【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
【ミミ】 春と夏の狭間 〈後編〉
園芸教室の帰り、私は書店へ寄り道することにした。
――庭造りの本は……あった。この棚だわ。
図解が載っている本が良いな、と上から下へ書棚へ視線を走らせる。夢中になって本を探していると、カラランと書店の入口が鳴った。
カツコツコツと誰かの足音が聞こえ、ここから少し離れた場所で止まる。本を引き出す音が聞こえた。こういう書店の知的な物音が好きだ。頁を開く時の紙が擦れる微音に何故か癒やされる。アルが本を読んでいる時の、綺麗な横顔が思い浮かんだ。
――アルの勉強熱心なところが好き。私も学ばなきゃ。
私のような庭造り初心者にも分かりやすい本を見つけたので、これにしようと会計に持って行く。できるなら図書館の本で知識を補いたかった。けれどこの町の図書館は規模が小さく、蔵書量も少なく、難しい本ばかりが置いてあるのだ。大衆向けの書店だからこそ、良書と出会えることができた。
書棚の間を抜けていると、別のお客さんの姿が見えた。暗がりの奥まった場所にいるので姿がよく見えない。もっさりとした茶髪で、眼鏡をかけ、黒っぽい服装の男性ということだけは分かった。
――うわぁ、たくさんの本を抱えているわ。
そういえば、あの辺りの書棚はあまり見たことがない。暗がりだからお化けが出そうなのよね。私は会計を済ませ、書店を後にした。
「さあて、やりますか」
帰宅した私は、ナンシーを庭造りに誘った。雑草を抜き、花壇に種を蒔いて、水をやる。
「きっと綺麗な花が咲きますわ」
「手伝ってくれてありがとう、ナンシー」
「あっ、奥様。旦那様がお帰りですわ」
「あら、本当。なんだか大荷物ね」
右肩に下げた布製の大きな鞄は、異様に膨らんでいた。
「アル、お帰り」
「た、ただいま、ミミ」
返答がぎこちない。
「その荷物、どうしたの? 一体何?」
「え? あ、これは別に。園芸教室はどうだった?」
「素晴らしかったわ。花の種をもらったから、ナンシーと一緒に植えたところよ」
「そうかい。きっと綺麗な花が咲くよ」
アルはそう言うと、足早に家の中へ入った。
「何か変だと思わない、ナンシー? あの大荷物……」
「ええ、妙でしたね。ひょっとすると……」
「ひょっとすると?」
「奥様への贈り物では? ほら、旦那様は隠すのが下手ですから、あのようにこそこそと」
「わ、私に? そ……そうなのかしら」
本当にナンシーの言う通りだとしたら、舞い上がってしまいそう。家の中からガタガタゴットンと物音が聞こえる。何かを隠しているのがバレバレだ。
「今、私が一番欲しいのはエプロンかなぁ。洗濯し過ぎて、綻びが気になっていたし」
「エプロンだけじゃないかもしれませんよ。かなり大荷物でしたし」
「そ、そうね。なんだろう……気になるわ」
ああもう妄想が膨らんでしまう。いつ隠し事を明かしてくれるのだろうとそわそわすること数日。
――何も無い。やっぱりアルの態度がおかしい。あの大荷物はなんだったのよ!
彼が仕事で出かけた後、鬱々とした気分を紛らわそうと掃除を始めた。ハタキを持ってアルの書斎へ入る。机の上に聖書でも祈祷書でもない一冊の本が置かれていた。町民の危篤の報せを受け、慌てて出て行ったから、読みかけの本を棚に戻すのを忘れたのね。本の表紙が机に伏されて、裏表紙が天井を向いていた。
――何の本かしら。
本の表紙を確かめる。おそらく新品だろう。図書館の本ではなく、私もよく行く町の書店で買い求めたものと思われた。
【黒薔薇の冤罪 茨の枷】
無断で人の本を読むのは気が引けたけど、意味深な題名に惹かれてしまった。おそらく推理小説だろう。書斎の椅子に腰掛けて表紙を開く。そこには挿絵が……。
「ひゃぁっ」
思わず秒で本を閉じてしまった。
「な、なな、なに、この本!」
――と、とと、とんでもないものを見つけてしまったわ!
【アル編につづく】次話は明日更新します。
――庭造りの本は……あった。この棚だわ。
図解が載っている本が良いな、と上から下へ書棚へ視線を走らせる。夢中になって本を探していると、カラランと書店の入口が鳴った。
カツコツコツと誰かの足音が聞こえ、ここから少し離れた場所で止まる。本を引き出す音が聞こえた。こういう書店の知的な物音が好きだ。頁を開く時の紙が擦れる微音に何故か癒やされる。アルが本を読んでいる時の、綺麗な横顔が思い浮かんだ。
――アルの勉強熱心なところが好き。私も学ばなきゃ。
私のような庭造り初心者にも分かりやすい本を見つけたので、これにしようと会計に持って行く。できるなら図書館の本で知識を補いたかった。けれどこの町の図書館は規模が小さく、蔵書量も少なく、難しい本ばかりが置いてあるのだ。大衆向けの書店だからこそ、良書と出会えることができた。
書棚の間を抜けていると、別のお客さんの姿が見えた。暗がりの奥まった場所にいるので姿がよく見えない。もっさりとした茶髪で、眼鏡をかけ、黒っぽい服装の男性ということだけは分かった。
――うわぁ、たくさんの本を抱えているわ。
そういえば、あの辺りの書棚はあまり見たことがない。暗がりだからお化けが出そうなのよね。私は会計を済ませ、書店を後にした。
「さあて、やりますか」
帰宅した私は、ナンシーを庭造りに誘った。雑草を抜き、花壇に種を蒔いて、水をやる。
「きっと綺麗な花が咲きますわ」
「手伝ってくれてありがとう、ナンシー」
「あっ、奥様。旦那様がお帰りですわ」
「あら、本当。なんだか大荷物ね」
右肩に下げた布製の大きな鞄は、異様に膨らんでいた。
「アル、お帰り」
「た、ただいま、ミミ」
返答がぎこちない。
「その荷物、どうしたの? 一体何?」
「え? あ、これは別に。園芸教室はどうだった?」
「素晴らしかったわ。花の種をもらったから、ナンシーと一緒に植えたところよ」
「そうかい。きっと綺麗な花が咲くよ」
アルはそう言うと、足早に家の中へ入った。
「何か変だと思わない、ナンシー? あの大荷物……」
「ええ、妙でしたね。ひょっとすると……」
「ひょっとすると?」
「奥様への贈り物では? ほら、旦那様は隠すのが下手ですから、あのようにこそこそと」
「わ、私に? そ……そうなのかしら」
本当にナンシーの言う通りだとしたら、舞い上がってしまいそう。家の中からガタガタゴットンと物音が聞こえる。何かを隠しているのがバレバレだ。
「今、私が一番欲しいのはエプロンかなぁ。洗濯し過ぎて、綻びが気になっていたし」
「エプロンだけじゃないかもしれませんよ。かなり大荷物でしたし」
「そ、そうね。なんだろう……気になるわ」
ああもう妄想が膨らんでしまう。いつ隠し事を明かしてくれるのだろうとそわそわすること数日。
――何も無い。やっぱりアルの態度がおかしい。あの大荷物はなんだったのよ!
彼が仕事で出かけた後、鬱々とした気分を紛らわそうと掃除を始めた。ハタキを持ってアルの書斎へ入る。机の上に聖書でも祈祷書でもない一冊の本が置かれていた。町民の危篤の報せを受け、慌てて出て行ったから、読みかけの本を棚に戻すのを忘れたのね。本の表紙が机に伏されて、裏表紙が天井を向いていた。
――何の本かしら。
本の表紙を確かめる。おそらく新品だろう。図書館の本ではなく、私もよく行く町の書店で買い求めたものと思われた。
【黒薔薇の冤罪 茨の枷】
無断で人の本を読むのは気が引けたけど、意味深な題名に惹かれてしまった。おそらく推理小説だろう。書斎の椅子に腰掛けて表紙を開く。そこには挿絵が……。
「ひゃぁっ」
思わず秒で本を閉じてしまった。
「な、なな、なに、この本!」
――と、とと、とんでもないものを見つけてしまったわ!
【アル編につづく】次話は明日更新します。
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