【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

8-9 ★ チャールズの贈り物

「ミミと旅行に行きたいなぁ」

 ミミの表情がたちまち笑顔になる。
 金品をいただくより、二人で過ごす有限の時間が尊いのだ。

「長期の旅行などで、教会区を離れられないんだ。近隣の教会区司祭へ代打を任せても、普通は二日程度だからな」

兄上あにうえの旅行中、不在の教会区の便宜を図れば良いのですね。承知いたしました。旅費諸々を含めて工面します」

「えっ。旅費まで?」

勿論もちろんです。何かと遠慮される兄上のことだから〝高くついても、せいぜい扉二枚だろう〟と陛下はおっしゃいました」

「代打の担当者さえ手配してもらえば、旅費は自分で……」

「心配せずとも、陛下と僕の私的資産から工面致しますのでご安心を」

 不動産賃貸や財団への金融投資等、王族は多くの個人収入を得ている。俺達の旅費に税金があてがわれないと聞いただけでも安心だ。

「ありがとう、チャールズ」
「陛下には改めて御礼を伝えるわ」

 おそらく旅行は秋になるだろう。どこへ行こうか、オススメの場所はあるかと談笑していると、玄関扉が開く音がした。ナンシーが帰ってきたようだ。

「ただいま帰りました。あの、お客様がみえていますよ」
「お、おはようございます、皆様」

 アラベラさんだ。彼女は応接間の入口で深く一礼した。

「表に立派な馬車が駐まっていたので、もしやとは思いましたが、やはり。その節は大変お世話になりました、チャールズ殿下」

「お世話になったのは僕の方ですよ、アラベラさん」

 チャールズは席を立つと笑顔で頭を下げた。

「アラベラさん、座ってください。ナンシーもこちらに」

 俺は長椅子に二人を促す。ミミ、ナンシー、アラベラさんの三人が横並んで腰掛ける。もう一つの長椅子にチャールズとザックが座っていた。俺は背もたれのない一人がけの椅子に腰を下ろす。

「周囲が騒々しくて、気の休まる間もなく大変でしたね、アラベラさん」
「お気遣いありがとうございます、チャールズ殿下」
「ザビエルが捕まったことで、貴女がご迷惑をこうむったようですが」
「そうですね、多少は。けれど本人が罪を自白したそうなので」

 王子さよなら委員会の諜報活動に参じていたとして、ザビエルは身柄を拘束された。助命嘆願の際、彼は「情報を得る為に、ミミの友人であるアラベラさんに近付いた」と自白したのだ。アラベラさんも相当世間から注目の的となったが、幸いにも彼女にあらぬ疑いがかかることは無かった。

「弁護士の父が、私に火の粉がふりかからないよう動いてくださいました。親の愛に感謝です。ザビエルの本性を見抜けなかったことが、父は相当くやしいようで……。ザビエルを私に紹介した知人の弁護士から、彼がトーマ殿下のふところに入った経緯けいいを調べているそうですよ」

 弁護士というよりは刑事のような仕事振りだ。

「ちょうど良かった、アラベラさん。とある件で、お父様の力を借りたいことがあります」
「どのようなご用件でしょうか、アルフレッド殿下」
「オリーブとジェフさんの離婚の件です」
「オリーブはザビエルの浮気相手でしょう? 結婚したばかりなのに、もう離婚?」
「オリーブの金遣いの荒さに、ジェフさんが悲鳴を上げています。つい数日前、ジェフさんとご両親が涙ながらに我が家にやってきまして……」

 俺、ミミ、ナンシーの三人は一晩中、彼らから事情を聞いた。「すぐにでも離婚したい」とのことだったので、早急に動いているところだ。

「ジェフさんとご両親は親戚を頼って今は別居状態です。離婚に伴う宗教的誓約の破棄はこちらで行えても、オリーブがジェフさんの家を離れないので、追い出すには腕の立つ名士が必要です」

「父は喜んでご相談に乗るでしょう。すぐに取り次ぎますわ」

 胸のつかえが一つ取り除かれて、少々安堵した。

「実は……本日おうかがいしたのは、皆様にご報告したいことがあったからなのです」

 アラベラさんは胸にそっと右手を添えた。

「私、この町を離れます。看護師になるために」

 ――アラベラさんが看護師に?

 驚いたが、天職だと感じた。アラベラさんには薬学の知識があるし、それを活かさないのは勿体ない。

「これまでは、多忙を極める父の雑務を、母と共に手伝っておりました。けれども本当は看護を学びたかった。何もせずに後悔するよりも、手に確かなわざを身につけたいのです。急な請願でしたが、王都の看護学校に、秋から入学できることとなりました」

貴女あなたの門出を心からお祝いします」

 俺がお祝いの言葉を送ると、アラベラさんは「ありがとうございます」と微笑んだ。

「アラベラさん、貴女あなたに渡したいものがあります。ザック、あれを」
「はい」

 ザックがかばんから小箱を取り出す。チャールズは箱のふたを開け、アラベラさんへ差し出した。美しい鳩のガラス細工が入っている。台座には王家の紋章と、アラベラ・スチュワートの名が彫られていた。

 ヴェルノーン王室には、優れた施政者や芸術家に与えられる褒賞が数多く存在する。アラベラさんに渡されたのは特に珍しく、王族が個人的な感謝の意を表す際に送るものだ。

「王家を代表し、多大なご貢献こうけんに深い感謝を。貴女あなたの門出を祝福します」
「身に余る光栄です。心から感謝申し上げます」

 アラベラさんは深く頭を垂れた。

「アラベラさん。王都で学ばれるのなら様子を見に伺っても構わないですか」
「チャールズ殿下が……看護学校へ?」

 彼女は目をぱちくりとしている。

「貴女のご迷惑にならないよう、その時はマイケル・ツルリンの変装でうかがいます」
「その姿も名前も知られていますよ、殿下」

 ザックが苦笑いを浮かべた。

「新しいカツラは手配させましょう。化学部が持っていますから。次の偽名は、マルツルなんてどうです?」
「マルツル。うん、いいじゃないか、チャールズ」
「そうですね、兄上あにうえ。じゃあ今度は、マルツルで」
「チャールズ殿下……本当にそれでいいのですか?」

 アラベラさんが困惑顔で弟を見つめていた。

「はぁ、この兄弟は相変わらず……」

 ミミが深い溜め息をく。

「あまり心配なさると身体に毒ですよ、奥様」

 ザックが声をかけた。

「そうね。禿げたらどうしましょう」
「奥様は大丈夫ですよ。心配なのは……」

 ザックは俺とチャールズの頭部をじっと見つめた。

「先代の王は禿げていたから、兄弟ともに油断大敵ですね」

 ザックの発言で、俺たち兄弟は顔を見合わせた。

「お、おじいさまの肖像画は……ふさふさだったぞ?」
「あれはカツラですよ、チャールズ殿下」

 ハゲとカツラの機密情報は相変わらずダダ漏れである。

 この王国は、他に幾つの秘密を隠しているのだろうか。俺の出生にまつわる謎も残っているが、すでに大勢の人間が探りを入れているようだ。機密のきんが解かれる日は、案外近いかもしれない。

【第3幕 へ つづく】




■【第2幕】を最後までお読みいただきありがとうございます。皆様の応援に励まされ、ここまで来ることができました。本当におかげさまです。

■ 次話は【あとがき】です。

■ 【外伝】を近日公開、お楽しみに!

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