【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-8 ★ チャールズの置き土産
ギョーム陛下の開いた葬式劇の情報は、国中を駆け巡った。
陛下には「偽の葬式に税金を浪費した」と非難の声も上がったが「葬式の費用は全て、陛下の個人的資産から出した」と王室が公式に発表したので、幸い大きな燃え広がりにはならずに済んだ。
世間の関心は、俺とチャールズの兄弟仲にあるようだ。俺がチャールズを匿っていたことはアンダンテの町民に知れ渡っている。王都の記者が町民たちに質問する姿を何度も見かけた。
料理教室でチャールズを世話してくれたご婦人方は「ツルリンがチャールズ」という事実に大変驚いていたが、フリルエプロンのおかげか否か、思わぬ親愛の情が芽生えていたらしい。
「生まれの良い方だと思ったわ」
「そうそう。素直で勉強熱心で」
「それに、可愛かったわ~」
ご婦人方の語ることは、時に新聞よりも影響力を持つ。チャールズへの非難が弱まったのはさておき、俺たちの周囲は以前よりも更に騒々しくなった。
「記者がまたこっちを撮っているわよ、アル」
「寝室を撮られるよりいいけど、なんだか居心地が悪い」
俺は居間のカーテンを引いて、視界を遮った。記者どもに「ここへは来るな」とあれだけ言ったのに聞きゃしない。「アルフレッド・リンドバーグは陛下の落胤」だと知れてから、教会の敷地には不法侵入者が後を絶たない。此畜生。
「チャールズは帰ったのに、置き土産が大きすぎるよ。司祭に自由をください。穏やかな時間をください。朝も夕も神様に祈っているよ、二人きりで旅に出たいなぁ」
「でも……アルフレッドはお仕事があるし、なかなか教会区を離れられないでしょう?」
「そうだけど……。ミミは行きたいところはないのかい?」
「貴方と一緒なら、どこでも嬉しい」
頬にかかるミミの亜麻色の髪をかき上げる。ナンシーは市場へ買い物に出ていて留守だし、記者の視界も遮った。瞼を閉じたミミへ眼差しを近付けたちょうどその時、玄関から呼び鈴が鳴った。
「誰かしら?」
「俺が出るよ。ミミは座っていて」
玄関を開けて吃驚、そこに立っていたのは。
「おはようございます、兄上」
反射で扉を閉めてしまう。
――チャールズの幻が見えた。隣にザックもいた気がする。
いやそんな馬鹿な、と眉間を指でこねる。
――昨日我が家にやってきた詐欺師が、懲りずに変装してきたのかもしれないし。
「今、チャールズの声が聞こえなかった?」
ミミが居間から顔を出す。
「兄上! 開けてください!」
やはりチャールズの声が聞こえる。
俺は再び玄関扉を開けた。チャールズと秘書のザックが立っている。
「ひどいではないですか、兄上。いきなり扉を閉めたりして!」
「悪い、幻かと思って。それに……おまえと俺の仲が知られてから、隠された兄や弟、はたまた妹を騙る人物の来訪が絶えなくてな。つい反射で扉を閉めてしまった」
「えっ、僕たちに妹がいるのですか!」
「嬉しそうに言うな、馬鹿。いるわけないだろう! 金目当ての詐欺師ばっかりだよ」
天然突っ走りの弟の背後から閃光が走った。敷地を囲む塀の裏側から、記者が身を乗り出して写真機を構えている。このチャールズ電撃訪問は新聞に載るだろう。
「早く中へ入って。紅茶を淹れるわ」
俺とミミは二人を応接間へ通すと、紅茶とお菓子を卓に並べた。
「やはりここで飲む紅茶が最高です」
「香り豊かで美味しいですね」
チャールズとザックの表情が幸せそうにほころんだ。
「たくさんの秘密が明るみになってしまいましたが、本当に感謝しています。あの時、兄上の教会に助けを求めた自分の行動は間違っていなかった。本当におかげ様です」
「いや。おまえを救ったのは陛下だろう?」
チャールズの目が驚いたように見開かれた。
「あの葬式が無ければ事態は好転しなかった。全てはお前の為さ、チャールズ。愛されているんだよ、ちゃんと」
チャールズは少し俯き「ありがとうございます」と囁くような声で呟いた。涙腺が緩みっぱなしの弟だな、まったく。
「兄上とミミに御礼をさせてください。何か欲しいものは無いですか。僕と父上で叶えられるものなら仰ってください」
「俺の望みは、この国の恒久平和だよ」
私欲とは程遠い綺麗事を口にしたが。
「父上から言伝を賜りました。兄上が【 国の平和、王の健康、国民の幸い 】を口にしたら〝戯れ言は良いから、私利私欲を申すように〟と」
――見抜かれている! なんだか悔しい。
「ミミと旅行に行きたいなぁ」
ミミの表情が忽ち笑顔になった。
【つづく】
陛下には「偽の葬式に税金を浪費した」と非難の声も上がったが「葬式の費用は全て、陛下の個人的資産から出した」と王室が公式に発表したので、幸い大きな燃え広がりにはならずに済んだ。
世間の関心は、俺とチャールズの兄弟仲にあるようだ。俺がチャールズを匿っていたことはアンダンテの町民に知れ渡っている。王都の記者が町民たちに質問する姿を何度も見かけた。
料理教室でチャールズを世話してくれたご婦人方は「ツルリンがチャールズ」という事実に大変驚いていたが、フリルエプロンのおかげか否か、思わぬ親愛の情が芽生えていたらしい。
「生まれの良い方だと思ったわ」
「そうそう。素直で勉強熱心で」
「それに、可愛かったわ~」
ご婦人方の語ることは、時に新聞よりも影響力を持つ。チャールズへの非難が弱まったのはさておき、俺たちの周囲は以前よりも更に騒々しくなった。
「記者がまたこっちを撮っているわよ、アル」
「寝室を撮られるよりいいけど、なんだか居心地が悪い」
俺は居間のカーテンを引いて、視界を遮った。記者どもに「ここへは来るな」とあれだけ言ったのに聞きゃしない。「アルフレッド・リンドバーグは陛下の落胤」だと知れてから、教会の敷地には不法侵入者が後を絶たない。此畜生。
「チャールズは帰ったのに、置き土産が大きすぎるよ。司祭に自由をください。穏やかな時間をください。朝も夕も神様に祈っているよ、二人きりで旅に出たいなぁ」
「でも……アルフレッドはお仕事があるし、なかなか教会区を離れられないでしょう?」
「そうだけど……。ミミは行きたいところはないのかい?」
「貴方と一緒なら、どこでも嬉しい」
頬にかかるミミの亜麻色の髪をかき上げる。ナンシーは市場へ買い物に出ていて留守だし、記者の視界も遮った。瞼を閉じたミミへ眼差しを近付けたちょうどその時、玄関から呼び鈴が鳴った。
「誰かしら?」
「俺が出るよ。ミミは座っていて」
玄関を開けて吃驚、そこに立っていたのは。
「おはようございます、兄上」
反射で扉を閉めてしまう。
――チャールズの幻が見えた。隣にザックもいた気がする。
いやそんな馬鹿な、と眉間を指でこねる。
――昨日我が家にやってきた詐欺師が、懲りずに変装してきたのかもしれないし。
「今、チャールズの声が聞こえなかった?」
ミミが居間から顔を出す。
「兄上! 開けてください!」
やはりチャールズの声が聞こえる。
俺は再び玄関扉を開けた。チャールズと秘書のザックが立っている。
「ひどいではないですか、兄上。いきなり扉を閉めたりして!」
「悪い、幻かと思って。それに……おまえと俺の仲が知られてから、隠された兄や弟、はたまた妹を騙る人物の来訪が絶えなくてな。つい反射で扉を閉めてしまった」
「えっ、僕たちに妹がいるのですか!」
「嬉しそうに言うな、馬鹿。いるわけないだろう! 金目当ての詐欺師ばっかりだよ」
天然突っ走りの弟の背後から閃光が走った。敷地を囲む塀の裏側から、記者が身を乗り出して写真機を構えている。このチャールズ電撃訪問は新聞に載るだろう。
「早く中へ入って。紅茶を淹れるわ」
俺とミミは二人を応接間へ通すと、紅茶とお菓子を卓に並べた。
「やはりここで飲む紅茶が最高です」
「香り豊かで美味しいですね」
チャールズとザックの表情が幸せそうにほころんだ。
「たくさんの秘密が明るみになってしまいましたが、本当に感謝しています。あの時、兄上の教会に助けを求めた自分の行動は間違っていなかった。本当におかげ様です」
「いや。おまえを救ったのは陛下だろう?」
チャールズの目が驚いたように見開かれた。
「あの葬式が無ければ事態は好転しなかった。全てはお前の為さ、チャールズ。愛されているんだよ、ちゃんと」
チャールズは少し俯き「ありがとうございます」と囁くような声で呟いた。涙腺が緩みっぱなしの弟だな、まったく。
「兄上とミミに御礼をさせてください。何か欲しいものは無いですか。僕と父上で叶えられるものなら仰ってください」
「俺の望みは、この国の恒久平和だよ」
私欲とは程遠い綺麗事を口にしたが。
「父上から言伝を賜りました。兄上が【 国の平和、王の健康、国民の幸い 】を口にしたら〝戯れ言は良いから、私利私欲を申すように〟と」
――見抜かれている! なんだか悔しい。
「ミミと旅行に行きたいなぁ」
ミミの表情が忽ち笑顔になった。
【つづく】
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