【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-7 ★ 何よりのご褒美
葬式は開く前も、終わった後も忙しい。
めまぐるしい一日だった。記者たちの質問攻めに遭い、貴族たちから仰々しい挨拶を賜り、疲労感が募る。
夕時、宮殿にて内輪の晩餐に招かれた。参加者は、陛下、俺、ミミ、チャールズ、アラベラさん、キャベンディッシュ夫妻、ナンシーだ。喪服のままの晩餐は辛気臭い為、陛下は参加者一同の着替えを手配してくれた。
「この度は皆様に大変なご迷惑をおかけしました。ご馳走を用意しましたので、どうかおくつろぎください」
陛下は、円卓を囲む参加者一同へ挨拶を述べた。
「さて乾杯の杯を……と申し上げたいところだが」
陛下はチャールズへ視線を留めた。
「何か私に話したいことがありそうだね、チャールズ?」
チャールズは眉間に縦皺を二本寄せると、こう口を開いた。
「自分が死んだと速報を聞いた息子の悲しみが推し量れますか、父上?」
チャールズは、ギョーム陛下を凝視している。チャールズが怖い顔なので、隣の席のアラベラさんは窮屈そうだ。
「兄上が突然いなくなったので、アラベラさんと一晩中探したのですよ。雷雨の中、彼女が兄上の捜索にどれだけ尽力されたと?」
「あ、いえ、私は、その……」
「息子の為に本当にありがとうございます。御礼は改めてさせていただきます」
アラベラさんは「恐縮でございます」と身を竦めた。
「兄上は事前に計画を知っていたのですか?」
「し、知らないよ。悪党に誘拐されるわ、棺に入れと言われるわ、散々で……」
俺は〝偽の葬式〟に至るまでの経緯を話して聞かせた。
「陛下は事前に計画を話すつもりだったそうだ。でも……」
「トーマが事を起こしたので、この好機を活かすのが最善と判断してね。話す時間がなかったんだよ。だから迎えの馬車と使者を送ったんだ」
「奥様たちとすれ違いに、王家の馬車が到着した時には、陛下が一枚噛んでいると思いましたよ。アンダンテ教会区の皆さんが方々探し回っていたのですよ」
ナンシーは目を三角にした。彼女は、陛下の出した迎えの馬車で王都へやってきたのだ。
「〝アルフレッドが消えて警察沙汰になっていたら、捜索を切り上げるように〟と、使者に伝えていたはずだが……」
「ご無事だと聞いて安堵しましたが、遺体役として棺に入っているなんて夢にも思いませんでした。奥様とチャールズ殿下がどれだけ、お心を痛めたかお察しください」
「ナンシーさん、ありがとう……貴女のお言葉で救われます」
チャールズはもう涙声だ。陛下に面と向かって小言を呈すことができるのは、国中探してもおそらくナンシーだけだろう。
「大変すまなかった。本当は……トーマの悪事を暴いた後に、君たちを乗せた迎えの馬車が到着する予定だったんだ。筋書きが崩れてしまって肝が冷えたよ」
陛下は肩をすくめた。
「だが筋書きより尊い出来事もあった。お姫様のキスで、王子様が生き返ったからね」
ミミの顔が真っ赤になった。
「陛下、違います。王子様は自分で目覚めて、私にキスをしました」
「泣いている妻を前にしたら、脚本など頭から消え失せたのです」
「アルフレッド、それで正解だ。とはいえミミさんを傷付けてしまい、本当に申し訳なかった。それから……サイモン、ロザリー。この度の騒動にミミさんを巻き込んだことを心よりお詫び申し上げます」
義父の名はサイモンで、義母はロザリー。陛下がミミの両親を名前で呼ぶとは驚きだ。ミミの遺書事件の前後ではいろいろあったが、若い頃は親しい仲だったのかもしれない。
「陛下がご子息の為を思ったことならば、思料の上での最善策と存じますわ」
「私たちは忠実なる臣下ゆえ、生涯誠を尽くしていきます」
陛下は「感謝申し上げます」と一礼した。
「お二人は以前から、アルフレッドの秘密に気付いておいでだったのでしょう?」
キャベンディッシュ夫妻は「はい」「気付いておりましたわ」と肯定した。
「アルフレッドがミミさんに結婚を申し込んだ時は、複雑なご心情だったのでは?」
「アルフレッド殿下が娘を救ってくださったことに深く感謝しました。殿下は娘だけでなく、王室の暗雲を払ってくださいました」
「ご兄弟の健やかなる成長を、心よりお慶び申し上げます」
ご両親あってのミミなのだと感じる。それにしても褒めちぎられて少し照れくさい。
「我が国の未来を祈って乾杯しましょう」
わだかまりも解消したので、一同で杯を掲げる。食卓は和気藹々とした雰囲気に包まれた。すっかりお酒の回ったチャールズは、泣きながら陛下にからんでいる。
「陛下とチャールズって、素で話すと、あんな風なのね。仲の良い親子じゃない」
チャールズにからまれる陛下の姿を見て、ミミは「ふふっ」と笑む。
「チャールズが変わったのは、アルのおかげね」
「救いを求められたから応じただけだよ」
「救いを求める声に応じない人もいるわ。赦しを説き、その口に偽りなく善行を為す貴方は尊い存在よ」
ミミは葡萄酒色の吐息を一つ、俺の頬に与えてくれた。それが何よりのご褒美だった。
【つづく】
めまぐるしい一日だった。記者たちの質問攻めに遭い、貴族たちから仰々しい挨拶を賜り、疲労感が募る。
夕時、宮殿にて内輪の晩餐に招かれた。参加者は、陛下、俺、ミミ、チャールズ、アラベラさん、キャベンディッシュ夫妻、ナンシーだ。喪服のままの晩餐は辛気臭い為、陛下は参加者一同の着替えを手配してくれた。
「この度は皆様に大変なご迷惑をおかけしました。ご馳走を用意しましたので、どうかおくつろぎください」
陛下は、円卓を囲む参加者一同へ挨拶を述べた。
「さて乾杯の杯を……と申し上げたいところだが」
陛下はチャールズへ視線を留めた。
「何か私に話したいことがありそうだね、チャールズ?」
チャールズは眉間に縦皺を二本寄せると、こう口を開いた。
「自分が死んだと速報を聞いた息子の悲しみが推し量れますか、父上?」
チャールズは、ギョーム陛下を凝視している。チャールズが怖い顔なので、隣の席のアラベラさんは窮屈そうだ。
「兄上が突然いなくなったので、アラベラさんと一晩中探したのですよ。雷雨の中、彼女が兄上の捜索にどれだけ尽力されたと?」
「あ、いえ、私は、その……」
「息子の為に本当にありがとうございます。御礼は改めてさせていただきます」
アラベラさんは「恐縮でございます」と身を竦めた。
「兄上は事前に計画を知っていたのですか?」
「し、知らないよ。悪党に誘拐されるわ、棺に入れと言われるわ、散々で……」
俺は〝偽の葬式〟に至るまでの経緯を話して聞かせた。
「陛下は事前に計画を話すつもりだったそうだ。でも……」
「トーマが事を起こしたので、この好機を活かすのが最善と判断してね。話す時間がなかったんだよ。だから迎えの馬車と使者を送ったんだ」
「奥様たちとすれ違いに、王家の馬車が到着した時には、陛下が一枚噛んでいると思いましたよ。アンダンテ教会区の皆さんが方々探し回っていたのですよ」
ナンシーは目を三角にした。彼女は、陛下の出した迎えの馬車で王都へやってきたのだ。
「〝アルフレッドが消えて警察沙汰になっていたら、捜索を切り上げるように〟と、使者に伝えていたはずだが……」
「ご無事だと聞いて安堵しましたが、遺体役として棺に入っているなんて夢にも思いませんでした。奥様とチャールズ殿下がどれだけ、お心を痛めたかお察しください」
「ナンシーさん、ありがとう……貴女のお言葉で救われます」
チャールズはもう涙声だ。陛下に面と向かって小言を呈すことができるのは、国中探してもおそらくナンシーだけだろう。
「大変すまなかった。本当は……トーマの悪事を暴いた後に、君たちを乗せた迎えの馬車が到着する予定だったんだ。筋書きが崩れてしまって肝が冷えたよ」
陛下は肩をすくめた。
「だが筋書きより尊い出来事もあった。お姫様のキスで、王子様が生き返ったからね」
ミミの顔が真っ赤になった。
「陛下、違います。王子様は自分で目覚めて、私にキスをしました」
「泣いている妻を前にしたら、脚本など頭から消え失せたのです」
「アルフレッド、それで正解だ。とはいえミミさんを傷付けてしまい、本当に申し訳なかった。それから……サイモン、ロザリー。この度の騒動にミミさんを巻き込んだことを心よりお詫び申し上げます」
義父の名はサイモンで、義母はロザリー。陛下がミミの両親を名前で呼ぶとは驚きだ。ミミの遺書事件の前後ではいろいろあったが、若い頃は親しい仲だったのかもしれない。
「陛下がご子息の為を思ったことならば、思料の上での最善策と存じますわ」
「私たちは忠実なる臣下ゆえ、生涯誠を尽くしていきます」
陛下は「感謝申し上げます」と一礼した。
「お二人は以前から、アルフレッドの秘密に気付いておいでだったのでしょう?」
キャベンディッシュ夫妻は「はい」「気付いておりましたわ」と肯定した。
「アルフレッドがミミさんに結婚を申し込んだ時は、複雑なご心情だったのでは?」
「アルフレッド殿下が娘を救ってくださったことに深く感謝しました。殿下は娘だけでなく、王室の暗雲を払ってくださいました」
「ご兄弟の健やかなる成長を、心よりお慶び申し上げます」
ご両親あってのミミなのだと感じる。それにしても褒めちぎられて少し照れくさい。
「我が国の未来を祈って乾杯しましょう」
わだかまりも解消したので、一同で杯を掲げる。食卓は和気藹々とした雰囲気に包まれた。すっかりお酒の回ったチャールズは、泣きながら陛下にからんでいる。
「陛下とチャールズって、素で話すと、あんな風なのね。仲の良い親子じゃない」
チャールズにからまれる陛下の姿を見て、ミミは「ふふっ」と笑む。
「チャールズが変わったのは、アルのおかげね」
「救いを求められたから応じただけだよ」
「救いを求める声に応じない人もいるわ。赦しを説き、その口に偽りなく善行を為す貴方は尊い存在よ」
ミミは葡萄酒色の吐息を一つ、俺の頬に与えてくれた。それが何よりのご褒美だった。
【つづく】
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