【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-4 ★ 同じ棺から生まれ変わろう
筋書き通りにいかないのが世の常。
人の感情は複雑なので、思わぬ方向へ賽が転がる。
トーマ殿下は台本通りに俺とミミを犯人に仕立て上げた。
ギョーム陛下や俺にとって誤算だったのは、ミミとチャールズが先に到着したことだ。トーマ殿下がミミに酷い言葉を浴びせ始めた時には、今すぐ棺から起き上がり、拳をめり込ませてやりたい衝動に駆られた。さてどこで悪党トーマの鼻を明かしてやろうと考えていると、種明かしは意外にも妻の口から飛び出したのである。
「棺で眠っているのは、最愛の夫です」
俺はたまらずにミミを棺の中に引きずり込む。キスをするのに邪魔な眼帯を取り払うと、化粧班が糊で固めた【チャールズ風】の髪型が崩れた。チャールズの直毛に比べて、俺の髪にはくせがある為、死に化粧は髪の毛一本まで念入りに施されていたのだ。
全員がチャールズと信じて疑わなかったのに、ミミだけが俺だと気付いてくれた。ただでさえ不安にさせたのに、トーマ殿下が許しがたい暴言を彼女に吐いたものだから、絶望の種が芽吹いただろう。
――もう二度と、死にたいなんて思わせるものか。
あの子が棺に収められた時の悲しみが蘇る。
「泣かせてごめんね。前世の君が亡くなった時、どれだけ泣いただろうか、美名」
俺はミミの耳元で囁いた。周囲は大騒ぎなので、棺の中の会話は誰にも聞こえていない。いきなり〝前世〟などと、ミミは夫の戯言に感じただろうか。
「美名のことを……憶えているの?」
予想外の反応だ。まさかミミも前世の記憶を思い出したのか?
「憶えているよ。俺が……誰か分かる?」
ミミの目に新しい雫が溜まっていく。
「良樹先生?」
「正解です」
ミミは俺の胸に顔を押し当て、感情の溢れ出るまま噎び泣く。俺たち夫婦の棺には後悔と悲しみ、同じだけの愛と喜びがつまっていた。彼女には今世、愛に溺れて欲しい。
「アルフレッド。右目の痣……痛い?」
眼帯は取ったが、痣はそのままだ。外傷を印象づける為に、化粧班が眼帯からはみ出すくらいの大きさで、痣を描いてくれていたのだ。
「ただの化粧だよ、ミミ」
「化粧ですって?」
ミミはハンカチを出すと、目の痣をこすった。
「ミッ、ミミ! くすぐったいよ」
「じっとして。まだ色が残っているわ。本当に怪我はしていないのね?」
「この通り、無傷です」
「良かった。本当に……良かった。あんまり心配かけさせないでよ」
「心配をかけてごめん。さあ、同じ棺から生まれ変わろう」
俺はミミを両腕で抱えると、棺の外に出た。
「どうも、皆さん、おはようございます。愛する妻のキスで呪いが解けた王子いや司祭のアルフレッド・リンドバーグです」
ミミと俺へ向けて、写真機の閃光が焚かれる。聖堂には新聞社の記者が若干数招かれていた。左右から質問を投げかけられたが対応している暇がない。今攻略すべきは一人だ。
「トーマ殿下。誰がチャールズの暗殺を目論んだと仰いました?」
トーマ殿下は口をぱくぱくと動かし、俺から視線を逸らした。
「私は弟を狙う犯人をあぶり出すためにこうして、遺体役を買っていたのですが。弟を殺すなんてとんでもない」
変装しているチャールズを横目に捉えると、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「以前はチャールズと確執がありました。けれども司祭として按手された以上、私は生涯を通して赦しを説き、自らもそれを実践致します」
変わりたいと望むチャールズの姿勢を、俺とミミは認めている。
「貴方は先ほど、見当違いな推理で私の妻を詰問されましたね。妻はつい最近、俺の出生を知ったばかりです。ミミが婚約破棄をされた当てつけに、陛下の婚外子である俺に近付いたと誤解されるような言動は慎んでいただきたい」
トーマ殿下は唇を噛みしめる。
「トーマ殿下。私と妻にかけた嫌疑を撤回して下さい」
謝罪を求めます、という言葉は回避した。聖職者の自分は「真の贖罪は個々人の自由意思から生まれるもの」と、説く立場にあるからだ。
トーマ殿下は無言で俺たちを睨んでいたが、目を細め、口元を三日月形に広げた。
【つづく】
人の感情は複雑なので、思わぬ方向へ賽が転がる。
トーマ殿下は台本通りに俺とミミを犯人に仕立て上げた。
ギョーム陛下や俺にとって誤算だったのは、ミミとチャールズが先に到着したことだ。トーマ殿下がミミに酷い言葉を浴びせ始めた時には、今すぐ棺から起き上がり、拳をめり込ませてやりたい衝動に駆られた。さてどこで悪党トーマの鼻を明かしてやろうと考えていると、種明かしは意外にも妻の口から飛び出したのである。
「棺で眠っているのは、最愛の夫です」
俺はたまらずにミミを棺の中に引きずり込む。キスをするのに邪魔な眼帯を取り払うと、化粧班が糊で固めた【チャールズ風】の髪型が崩れた。チャールズの直毛に比べて、俺の髪にはくせがある為、死に化粧は髪の毛一本まで念入りに施されていたのだ。
全員がチャールズと信じて疑わなかったのに、ミミだけが俺だと気付いてくれた。ただでさえ不安にさせたのに、トーマ殿下が許しがたい暴言を彼女に吐いたものだから、絶望の種が芽吹いただろう。
――もう二度と、死にたいなんて思わせるものか。
あの子が棺に収められた時の悲しみが蘇る。
「泣かせてごめんね。前世の君が亡くなった時、どれだけ泣いただろうか、美名」
俺はミミの耳元で囁いた。周囲は大騒ぎなので、棺の中の会話は誰にも聞こえていない。いきなり〝前世〟などと、ミミは夫の戯言に感じただろうか。
「美名のことを……憶えているの?」
予想外の反応だ。まさかミミも前世の記憶を思い出したのか?
「憶えているよ。俺が……誰か分かる?」
ミミの目に新しい雫が溜まっていく。
「良樹先生?」
「正解です」
ミミは俺の胸に顔を押し当て、感情の溢れ出るまま噎び泣く。俺たち夫婦の棺には後悔と悲しみ、同じだけの愛と喜びがつまっていた。彼女には今世、愛に溺れて欲しい。
「アルフレッド。右目の痣……痛い?」
眼帯は取ったが、痣はそのままだ。外傷を印象づける為に、化粧班が眼帯からはみ出すくらいの大きさで、痣を描いてくれていたのだ。
「ただの化粧だよ、ミミ」
「化粧ですって?」
ミミはハンカチを出すと、目の痣をこすった。
「ミッ、ミミ! くすぐったいよ」
「じっとして。まだ色が残っているわ。本当に怪我はしていないのね?」
「この通り、無傷です」
「良かった。本当に……良かった。あんまり心配かけさせないでよ」
「心配をかけてごめん。さあ、同じ棺から生まれ変わろう」
俺はミミを両腕で抱えると、棺の外に出た。
「どうも、皆さん、おはようございます。愛する妻のキスで呪いが解けた王子いや司祭のアルフレッド・リンドバーグです」
ミミと俺へ向けて、写真機の閃光が焚かれる。聖堂には新聞社の記者が若干数招かれていた。左右から質問を投げかけられたが対応している暇がない。今攻略すべきは一人だ。
「トーマ殿下。誰がチャールズの暗殺を目論んだと仰いました?」
トーマ殿下は口をぱくぱくと動かし、俺から視線を逸らした。
「私は弟を狙う犯人をあぶり出すためにこうして、遺体役を買っていたのですが。弟を殺すなんてとんでもない」
変装しているチャールズを横目に捉えると、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「以前はチャールズと確執がありました。けれども司祭として按手された以上、私は生涯を通して赦しを説き、自らもそれを実践致します」
変わりたいと望むチャールズの姿勢を、俺とミミは認めている。
「貴方は先ほど、見当違いな推理で私の妻を詰問されましたね。妻はつい最近、俺の出生を知ったばかりです。ミミが婚約破棄をされた当てつけに、陛下の婚外子である俺に近付いたと誤解されるような言動は慎んでいただきたい」
トーマ殿下は唇を噛みしめる。
「トーマ殿下。私と妻にかけた嫌疑を撤回して下さい」
謝罪を求めます、という言葉は回避した。聖職者の自分は「真の贖罪は個々人の自由意思から生まれるもの」と、説く立場にあるからだ。
トーマ殿下は無言で俺たちを睨んでいたが、目を細め、口元を三日月形に広げた。
【つづく】
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