【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-3 ★ 必要なものは三つ
俺は一体、馬車でどこへ連れていかれるのだろう。実父と二人きりは少々気まずい。
「チャールズを助けてくれて本当にありがとう、アルフレッド」
「俺の力など微々たるものです。先程仰っていた計画とはなんです? ザックは何を伝えに新聞社へ?」
「ここに控えがある。読んでごらん」
陛下は座席に置いた鞄から、書類挟みを出す。渡された書面の内容に目を疑った。
「チャールズが……死んだ?」
事故で川に転落したと、事務的な文体で綴られていた。
「トーマを嵌めるための罠さ。とはいえチャールズは知らないから、朝刊を見た彼はきっと度肝を抜かれるだろうね」
含み笑う実父の姿に苛立ちを覚えた。
「生者を死者とする嘘は、自分が最も忌み嫌うものでございます」
俺は実父を真正面から睨みつけた。
「まだ生きている当人に失礼で、その心を踏みにじる行為です。チャールズが本当に死にたいと思ったらどうするのですか。陛下のお考えを理解することができません」
ギョーム陛下はしばらく黙って俺を見つめていたが、満面の笑みを浮かべた。
「司祭の苦言が耳に痛いよ。ポールに似ている。だが息子に叱られる日が来たかと思うと感慨深い。もっと存分に罵ってくれて構わないよ!」
――もっと存分に罵れ? 変態だ。
「ザックに頼んで、暗殺予告を書かせたのは陛下でしょう?」
「その通り。〝皮肉節を盛り込みつつ、学のない文体で暗殺予告を書いてくれ〟と頼んだのは私だ」
「チャールズを守るが故の苦肉の策と、自分は考えておりました」
「ご推察の通り。暗殺予告を出した後、ザックには冷たくチャールズををあしらうよう指示を出した。アルフレッドとアンダンテ教会区について何度も話すように、ともね」
「チャールズの心理を誘導されたのですね」
「そう。頼れるのは君だけ。アルフレッドならチャールズを助けてくれると思った。とある者にチャールズを尾行させてはいたけれど。君たちの教会に匿われたと報告を受けた時には安心したよ」
鈍いチャールズのことだから、尾行にも気付いていなかっただろう。
「本当はチャールズと君たちに、きちんと説明した上で計画を実行するつもりだった。しかし〝暗殺者が依頼を達成した〟とトーマを信じ込ませるには、この機会を置いて他に無い」
陛下は鞄から冊子を取り出すと、俺に渡した。
「これは?」
「さよなら委員会のつくった〝チャールズ死亡時の台本〟だ。働き者のシモンが盗んでくれた。奉仕を条件に、外へ出して正解だったよ」
――どれだけ使いっ走りにされているんだよ、シモン。
「トーマの筋書きは〝チャールズがある日、さくっと殺される〟ところから始まる」
――さくっと殺されたら、チャールズが浮かばれないよ。
「葬式で〝犯人は誰だ〟と探りを入れさせ、アルフレッドが隠された王子だと弔問客の前で公表する算段のようだ。チャールズと確執のあった腹違いの君が暗殺の黒幕で、妻のミミさんは共犯だ、とね」
「ミミにも疑いを? とんでもない!」
「彼女の遺書は利用できるとトーマは考えたのさ。彼が恐れているのは、アルフレッドが長子と認められ、王位継承権一位になることだ。次の玉座は〝ヒースしかいない〟と世論を動かす為には、公の場で君たち夫婦に暗殺の疑いをかければいいのだ、とね」
――狡い真似を。
「嘘でもチャールズが亡くなったことにして、トーマに下手くそな芝居を打たせた後、化けの皮を剥がすのさ。必要なものは三つある。一に暗殺予告、二に兄弟愛、三に遺体だ」
兄弟愛と遺体。なんだか嫌な予感がする。
「アルフレッド、棺に入って欲しいんだ」
――ああ、神よ。
「君は棺から起き上がって〝チャールズを狙う犯人をあぶり出す為に、弟の遺体役をしていた〟と話してくれたら良い。暗殺予告を通して兄弟愛が育まれたことを知ったら、トーマは面食らうだろう」
「俺が……チャールズの兄で、陛下の隠し子であることはもう隠せないのですね」
「諦めてくれ」
――おお、神よ。
もう一端の司祭として過ごすことはできないようだ。
「遺体を見て、チャールズではないと気付かれませんか?」
「君がチャールズと同じ髪形で、王子の服を着れば大丈夫。顔に痣を描き、怪我を印象づける為に眼帯を添えよう。事故死なのに外傷が一つもない死に顔じゃ説得力がないからね。死に顔は化粧班がつくってくれる」
――既に、死に化粧の準備が整っているだと!
「い、遺体役はともかく、やはりチャールズに説明をすべきです! 新聞を見たチャールズが、王都へ駆け付けたらどうするのですか」
「それについては早急に手配をする。アンダンテへ迎えの馬車を出し、使者に事情を説明させよう」
「迎え? チャールズを偽の葬式に呼ぶ気ですか」
「チャールズが生きていることの証明が必要だからね。とはいえ種明かしの前に来ては困るから、使者には時間を調整するよう伝えなくてはならないな」
「迎えを出すのなら、ミミも王都へ呼んでください。俺の口から説明したい」
「そのつもりだよ。ミミさんだけでなく、ナンシーも。君は愛されているから、二人ともさぞ心配していることだろう」
陛下は「それに比べて……」と溜め息を落とした。
「チャールズは、誰に愛されているのだろうか。愛の不祥事は王族の名誉に傷を付ける。チャールズ廃嫡派が多数を占める現状は変わらない」
悲しい哉、司祭の俺は許すことを説くが、世の中には復讐と制裁こそが正義であると主張する排他的集団がいる。チャールズは生まれ変わろうと努力したが、彼の改心は国民に伝わっていない。
「チャールズは次の王として頼りないが、トーマとヒースに玉座を渡すわけにはいかない。どうか力になって欲しい、アルフレッド」
陛下が右手を差し出す。
――司祭は、教会首長に忠誠を誓う。首長たる陛下の命に逆らうことはできない。
俺は陛下の手を握り返し、生者を死者とする嘘を受け入れた。この嘘が永遠に続くわけではない。きっと神様も、ひととき目を瞑ってくださることだろう。
【つづく】
「チャールズを助けてくれて本当にありがとう、アルフレッド」
「俺の力など微々たるものです。先程仰っていた計画とはなんです? ザックは何を伝えに新聞社へ?」
「ここに控えがある。読んでごらん」
陛下は座席に置いた鞄から、書類挟みを出す。渡された書面の内容に目を疑った。
「チャールズが……死んだ?」
事故で川に転落したと、事務的な文体で綴られていた。
「トーマを嵌めるための罠さ。とはいえチャールズは知らないから、朝刊を見た彼はきっと度肝を抜かれるだろうね」
含み笑う実父の姿に苛立ちを覚えた。
「生者を死者とする嘘は、自分が最も忌み嫌うものでございます」
俺は実父を真正面から睨みつけた。
「まだ生きている当人に失礼で、その心を踏みにじる行為です。チャールズが本当に死にたいと思ったらどうするのですか。陛下のお考えを理解することができません」
ギョーム陛下はしばらく黙って俺を見つめていたが、満面の笑みを浮かべた。
「司祭の苦言が耳に痛いよ。ポールに似ている。だが息子に叱られる日が来たかと思うと感慨深い。もっと存分に罵ってくれて構わないよ!」
――もっと存分に罵れ? 変態だ。
「ザックに頼んで、暗殺予告を書かせたのは陛下でしょう?」
「その通り。〝皮肉節を盛り込みつつ、学のない文体で暗殺予告を書いてくれ〟と頼んだのは私だ」
「チャールズを守るが故の苦肉の策と、自分は考えておりました」
「ご推察の通り。暗殺予告を出した後、ザックには冷たくチャールズををあしらうよう指示を出した。アルフレッドとアンダンテ教会区について何度も話すように、ともね」
「チャールズの心理を誘導されたのですね」
「そう。頼れるのは君だけ。アルフレッドならチャールズを助けてくれると思った。とある者にチャールズを尾行させてはいたけれど。君たちの教会に匿われたと報告を受けた時には安心したよ」
鈍いチャールズのことだから、尾行にも気付いていなかっただろう。
「本当はチャールズと君たちに、きちんと説明した上で計画を実行するつもりだった。しかし〝暗殺者が依頼を達成した〟とトーマを信じ込ませるには、この機会を置いて他に無い」
陛下は鞄から冊子を取り出すと、俺に渡した。
「これは?」
「さよなら委員会のつくった〝チャールズ死亡時の台本〟だ。働き者のシモンが盗んでくれた。奉仕を条件に、外へ出して正解だったよ」
――どれだけ使いっ走りにされているんだよ、シモン。
「トーマの筋書きは〝チャールズがある日、さくっと殺される〟ところから始まる」
――さくっと殺されたら、チャールズが浮かばれないよ。
「葬式で〝犯人は誰だ〟と探りを入れさせ、アルフレッドが隠された王子だと弔問客の前で公表する算段のようだ。チャールズと確執のあった腹違いの君が暗殺の黒幕で、妻のミミさんは共犯だ、とね」
「ミミにも疑いを? とんでもない!」
「彼女の遺書は利用できるとトーマは考えたのさ。彼が恐れているのは、アルフレッドが長子と認められ、王位継承権一位になることだ。次の玉座は〝ヒースしかいない〟と世論を動かす為には、公の場で君たち夫婦に暗殺の疑いをかければいいのだ、とね」
――狡い真似を。
「嘘でもチャールズが亡くなったことにして、トーマに下手くそな芝居を打たせた後、化けの皮を剥がすのさ。必要なものは三つある。一に暗殺予告、二に兄弟愛、三に遺体だ」
兄弟愛と遺体。なんだか嫌な予感がする。
「アルフレッド、棺に入って欲しいんだ」
――ああ、神よ。
「君は棺から起き上がって〝チャールズを狙う犯人をあぶり出す為に、弟の遺体役をしていた〟と話してくれたら良い。暗殺予告を通して兄弟愛が育まれたことを知ったら、トーマは面食らうだろう」
「俺が……チャールズの兄で、陛下の隠し子であることはもう隠せないのですね」
「諦めてくれ」
――おお、神よ。
もう一端の司祭として過ごすことはできないようだ。
「遺体を見て、チャールズではないと気付かれませんか?」
「君がチャールズと同じ髪形で、王子の服を着れば大丈夫。顔に痣を描き、怪我を印象づける為に眼帯を添えよう。事故死なのに外傷が一つもない死に顔じゃ説得力がないからね。死に顔は化粧班がつくってくれる」
――既に、死に化粧の準備が整っているだと!
「い、遺体役はともかく、やはりチャールズに説明をすべきです! 新聞を見たチャールズが、王都へ駆け付けたらどうするのですか」
「それについては早急に手配をする。アンダンテへ迎えの馬車を出し、使者に事情を説明させよう」
「迎え? チャールズを偽の葬式に呼ぶ気ですか」
「チャールズが生きていることの証明が必要だからね。とはいえ種明かしの前に来ては困るから、使者には時間を調整するよう伝えなくてはならないな」
「迎えを出すのなら、ミミも王都へ呼んでください。俺の口から説明したい」
「そのつもりだよ。ミミさんだけでなく、ナンシーも。君は愛されているから、二人ともさぞ心配していることだろう」
陛下は「それに比べて……」と溜め息を落とした。
「チャールズは、誰に愛されているのだろうか。愛の不祥事は王族の名誉に傷を付ける。チャールズ廃嫡派が多数を占める現状は変わらない」
悲しい哉、司祭の俺は許すことを説くが、世の中には復讐と制裁こそが正義であると主張する排他的集団がいる。チャールズは生まれ変わろうと努力したが、彼の改心は国民に伝わっていない。
「チャールズは次の王として頼りないが、トーマとヒースに玉座を渡すわけにはいかない。どうか力になって欲しい、アルフレッド」
陛下が右手を差し出す。
――司祭は、教会首長に忠誠を誓う。首長たる陛下の命に逆らうことはできない。
俺は陛下の手を握り返し、生者を死者とする嘘を受け入れた。この嘘が永遠に続くわけではない。きっと神様も、ひととき目を瞑ってくださることだろう。
【つづく】
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