【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-2 ★ 司祭と爆破
此度の災難は嵐のように我が身を襲った。
司祭は毎日祈っているのに、神様は大層な試練をお与えになる。
――なんとしても逃げ出してやる。俺は絶対に死なないぞ!
俺にはまだ生きる目的が山ほどあるのだ。
「ぐー、すー、すぴー」
見張りの青年が居眠りを始めた。好機だ。
縄をほどけないか試行錯誤していると、どこからか大きな轟きが二回聞こえた。建物がビリビリと揺れ、天井から埃が舞う。眠っていた見張りが目を開けた。
「ふわわぁ……ケホッ、コホッ。な、なんだぁ?」
またドーンッと一発落ちた。物置の外がなにやら騒がしい。扉の前を行き交う慌ただしい足音と、男達の怒号が聞こえる。どれくらいの広さの建物に悪党が何人いるのか分からないが、大きな問題が起こったようだ。
「一体何事だ? おい、ここから動くんじゃねーぞ」
見張りの青年は、様子をうかがいに物置を出た。考えられるとしたら落雷による火事かな。消火に追われているのか見張りはなかなか帰ってこない。
「よし、今のうちに。だいぶ縄がゆるんできたぞ」
だがまたも邪魔が入る。物置の扉が突然開け放たれ、見覚えのある禿げ頭が飛び込んできたのだ。俺を「生かしてはおけない」と言った悪党である。
「おい、司祭。おまえは人質になってもらうぞ!」
「は?」
この禿げは、藪から棒に何を言い出すのか。
「俺を……何の交渉に使う気だ?」
「軍だよ! この屋敷を……近衛師団が包囲してやがる!」
――近衛師団? いや待て、ちょっと待て。冗談だろう?
「バ、バリーさん大変です!」
見張りの青年が物置に戻ってきた。この禿げは、バリーというようだ。
「屋敷の塀が、爆破されました!」
「ば、爆破だとぉ?」
「兵が敷地に入ってきました! 玄関が破られるのも時間の……」
青年の言葉を爆音が攫う。たった今〝玄関〟が破壊されたようだ。
「つ、捕まったら、縛り首ですよ」
「お、おまえは逃げ道を確保しろ。早く!」
青年が物置を去った直後、逃げ惑う悪党共の悲鳴と罵詈雑言が聞こえてきた。だがそれらが急に静まる。あっという間に粛正されたようだ。俺の隣で震えている、禿げバリーを除いて。
「縛り首なんて御免だ!」
バリーは鉄扉を閉め、内側から鍵をかけた。上着から折りたたみ式の小刀を出し、冷たい刃を俺の首筋へ近付ける。複数人の足音が物置へ近付き、扉の取っ手がガチャガチャと音を立てたが、急に静かになる。なんだこの静寂は……。嫌な予感がする。
――ま、まさかここも爆破するつもりじゃ……。
予感は最速で当たった。爆音とともに物置の壁が吹っ飛び、大穴が開いたのだ。飛び散った粉塵が目と鼻を刺激する。首筋から冷たい感触が遠のき、足元でカランッと音がした。爆発に驚いたバリーが小刀を取り落としたのだ。
――今だ!
バリーが小刀へ手を伸ばした瞬間、俺はゆるめておいた拘束から脱し、彼を思い切り蹴飛ばした。横転したバリーを、突入の兵士らがうっかり踏みつける。彼らはいずれも王家の紋章が刻まれた防具を身につけていた。本当に近衛師団だ。
「チャールズ殿下、ご無事でございますか!」
兵は俺の顔をのぞきこみ、ぎょっと目を剥いた。
「ア、アルフレッド殿下であらせられますか?」
――また〝殿下〟と呼ばれた。
「はい……アルフレッドです」
「ご、ご無事でなによりです。さあ外へ出ましょう」
兵とともに物置を出る。長い廊下を抜けると大きな玄関広間が現れた。元は立派な屋敷だったのだろうが、どこもかしこも埃を被り、破壊された玄関扉から湿っぽい夜風が吹き込んでいた。
玄関から外へ出る。屋敷を囲う塀にも大穴があけられ、庭中に瓦礫が散乱していた。夜空は相変わらず曇っていたが雨は止んでいる。
悪党共は拘束され、近衛師団の見張りに置かれた。建物の中と外にいた兵の数を合わせると、ざっと三十名弱か。このアジトを攻撃したのは小隊のようだ。兵士らは俺を見ると、仰々しく頭を垂れた。先程の殿下呼びといい、彼らも俺の秘密を知っているのだろう。
塀の外に黒塗りの馬車が一台駐まっていた。馬車から出てきたのは、なんと。
「ギョーム陛下! ザックも!」
「あ、アルフレッド? どうして君がここに?」
陛下は血相を変え、泥濘を駆けてきた。
「救護兵、アルフレッドの手当てを!」
打ち身や擦り傷程度だったが、大げさに治療されてしまう。
「チャールズが攫われたと連絡を受けたのだが……そうだろう、ザック?」
「はい。おそらく見張りの者が、アルとチャールズを見間違えたのでしょう。狙われるのはチャールズ殿下だけだろうと我々も思い込んでおりました」
「見張り? 思い込んでいた?」
「陛下の御指示で、リンドバーグ家の外に見張りを置いていたんだ。危険が及んだら対応できるよう、アンダンテの辺境に、この小隊を組ませていた」
水面下でとんでもない防御策が敷かれていたようだ。
「おかげで命拾いしました。ありがとうございます」
俺は陛下とザックに事の次第を伝えた。誘拐犯がチャールズと俺を見間違えたこと。「チャールズだけを狙うよう依頼された」と話していたことを。
「ミミは……俺がいないことに気付いているのでしょうか」
「分からない。見張りは報告に飛んできたし、こちらは君の救出に専念していたからね」
陛下はすまなそうに俯いた。
「俺が不在の間に、もしもミミの身に何か……」
「その心配は不要だ、アルフレッド。ミミさんは大丈夫だ。トーマの〝筋書き〟によればね」
陛下はあらかじめ、相手の筋書きを把握していたのか。一体どうやって?
「敵は事を起こした。君をチャールズと間違えて誘拐した悪党に、トーマの息がかかっているのは間違いない」
ギョーム陛下は縛られた悪党を見下ろす。悪党は一様に陛下から視線を逸らした。目は口ほどに物を言う。
「この好機を逃すわけにはいかない。私の考えた作戦を実行する」
「陛下。すぐに新聞社へ通達を致しましょう。自分が行って参ります」
「ありがとう、ザック。――誰か、彼に馬を」
兵の一人が馬の手綱をザックに渡す。ザックは馬の頭を優しく撫でながら、二言三言語りかけた。軽々とその背に跨がり、夜を駆ける。いつぞや「自分は馬を見る専門」だとか言っておいて、ちゃんと乗れるじゃないか。あんなに急いでどこへ行くのだろう。
「アルフレッド。チャールズのことで頼みたいことがある。馬車の中で説明しよう」
陛下に促されるがまま、俺は馬車に乗り込んだ。馬車に吊り下げられたランタンの灯火が、暗い夜道を割いていく。これから一体どこへ向かおうというのだろうか。
【つづく】
【関連のある過去エピソード】
ザックの「自分は馬を見る専門だ」発言
第1幕 7章-3 ★ もう一つの顔
司祭は毎日祈っているのに、神様は大層な試練をお与えになる。
――なんとしても逃げ出してやる。俺は絶対に死なないぞ!
俺にはまだ生きる目的が山ほどあるのだ。
「ぐー、すー、すぴー」
見張りの青年が居眠りを始めた。好機だ。
縄をほどけないか試行錯誤していると、どこからか大きな轟きが二回聞こえた。建物がビリビリと揺れ、天井から埃が舞う。眠っていた見張りが目を開けた。
「ふわわぁ……ケホッ、コホッ。な、なんだぁ?」
またドーンッと一発落ちた。物置の外がなにやら騒がしい。扉の前を行き交う慌ただしい足音と、男達の怒号が聞こえる。どれくらいの広さの建物に悪党が何人いるのか分からないが、大きな問題が起こったようだ。
「一体何事だ? おい、ここから動くんじゃねーぞ」
見張りの青年は、様子をうかがいに物置を出た。考えられるとしたら落雷による火事かな。消火に追われているのか見張りはなかなか帰ってこない。
「よし、今のうちに。だいぶ縄がゆるんできたぞ」
だがまたも邪魔が入る。物置の扉が突然開け放たれ、見覚えのある禿げ頭が飛び込んできたのだ。俺を「生かしてはおけない」と言った悪党である。
「おい、司祭。おまえは人質になってもらうぞ!」
「は?」
この禿げは、藪から棒に何を言い出すのか。
「俺を……何の交渉に使う気だ?」
「軍だよ! この屋敷を……近衛師団が包囲してやがる!」
――近衛師団? いや待て、ちょっと待て。冗談だろう?
「バ、バリーさん大変です!」
見張りの青年が物置に戻ってきた。この禿げは、バリーというようだ。
「屋敷の塀が、爆破されました!」
「ば、爆破だとぉ?」
「兵が敷地に入ってきました! 玄関が破られるのも時間の……」
青年の言葉を爆音が攫う。たった今〝玄関〟が破壊されたようだ。
「つ、捕まったら、縛り首ですよ」
「お、おまえは逃げ道を確保しろ。早く!」
青年が物置を去った直後、逃げ惑う悪党共の悲鳴と罵詈雑言が聞こえてきた。だがそれらが急に静まる。あっという間に粛正されたようだ。俺の隣で震えている、禿げバリーを除いて。
「縛り首なんて御免だ!」
バリーは鉄扉を閉め、内側から鍵をかけた。上着から折りたたみ式の小刀を出し、冷たい刃を俺の首筋へ近付ける。複数人の足音が物置へ近付き、扉の取っ手がガチャガチャと音を立てたが、急に静かになる。なんだこの静寂は……。嫌な予感がする。
――ま、まさかここも爆破するつもりじゃ……。
予感は最速で当たった。爆音とともに物置の壁が吹っ飛び、大穴が開いたのだ。飛び散った粉塵が目と鼻を刺激する。首筋から冷たい感触が遠のき、足元でカランッと音がした。爆発に驚いたバリーが小刀を取り落としたのだ。
――今だ!
バリーが小刀へ手を伸ばした瞬間、俺はゆるめておいた拘束から脱し、彼を思い切り蹴飛ばした。横転したバリーを、突入の兵士らがうっかり踏みつける。彼らはいずれも王家の紋章が刻まれた防具を身につけていた。本当に近衛師団だ。
「チャールズ殿下、ご無事でございますか!」
兵は俺の顔をのぞきこみ、ぎょっと目を剥いた。
「ア、アルフレッド殿下であらせられますか?」
――また〝殿下〟と呼ばれた。
「はい……アルフレッドです」
「ご、ご無事でなによりです。さあ外へ出ましょう」
兵とともに物置を出る。長い廊下を抜けると大きな玄関広間が現れた。元は立派な屋敷だったのだろうが、どこもかしこも埃を被り、破壊された玄関扉から湿っぽい夜風が吹き込んでいた。
玄関から外へ出る。屋敷を囲う塀にも大穴があけられ、庭中に瓦礫が散乱していた。夜空は相変わらず曇っていたが雨は止んでいる。
悪党共は拘束され、近衛師団の見張りに置かれた。建物の中と外にいた兵の数を合わせると、ざっと三十名弱か。このアジトを攻撃したのは小隊のようだ。兵士らは俺を見ると、仰々しく頭を垂れた。先程の殿下呼びといい、彼らも俺の秘密を知っているのだろう。
塀の外に黒塗りの馬車が一台駐まっていた。馬車から出てきたのは、なんと。
「ギョーム陛下! ザックも!」
「あ、アルフレッド? どうして君がここに?」
陛下は血相を変え、泥濘を駆けてきた。
「救護兵、アルフレッドの手当てを!」
打ち身や擦り傷程度だったが、大げさに治療されてしまう。
「チャールズが攫われたと連絡を受けたのだが……そうだろう、ザック?」
「はい。おそらく見張りの者が、アルとチャールズを見間違えたのでしょう。狙われるのはチャールズ殿下だけだろうと我々も思い込んでおりました」
「見張り? 思い込んでいた?」
「陛下の御指示で、リンドバーグ家の外に見張りを置いていたんだ。危険が及んだら対応できるよう、アンダンテの辺境に、この小隊を組ませていた」
水面下でとんでもない防御策が敷かれていたようだ。
「おかげで命拾いしました。ありがとうございます」
俺は陛下とザックに事の次第を伝えた。誘拐犯がチャールズと俺を見間違えたこと。「チャールズだけを狙うよう依頼された」と話していたことを。
「ミミは……俺がいないことに気付いているのでしょうか」
「分からない。見張りは報告に飛んできたし、こちらは君の救出に専念していたからね」
陛下はすまなそうに俯いた。
「俺が不在の間に、もしもミミの身に何か……」
「その心配は不要だ、アルフレッド。ミミさんは大丈夫だ。トーマの〝筋書き〟によればね」
陛下はあらかじめ、相手の筋書きを把握していたのか。一体どうやって?
「敵は事を起こした。君をチャールズと間違えて誘拐した悪党に、トーマの息がかかっているのは間違いない」
ギョーム陛下は縛られた悪党を見下ろす。悪党は一様に陛下から視線を逸らした。目は口ほどに物を言う。
「この好機を逃すわけにはいかない。私の考えた作戦を実行する」
「陛下。すぐに新聞社へ通達を致しましょう。自分が行って参ります」
「ありがとう、ザック。――誰か、彼に馬を」
兵の一人が馬の手綱をザックに渡す。ザックは馬の頭を優しく撫でながら、二言三言語りかけた。軽々とその背に跨がり、夜を駆ける。いつぞや「自分は馬を見る専門」だとか言っておいて、ちゃんと乗れるじゃないか。あんなに急いでどこへ行くのだろう。
「アルフレッド。チャールズのことで頼みたいことがある。馬車の中で説明しよう」
陛下に促されるがまま、俺は馬車に乗り込んだ。馬車に吊り下げられたランタンの灯火が、暗い夜道を割いていく。これから一体どこへ向かおうというのだろうか。
【つづく】
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