【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
8-1 ★ 嵐の夜に何が起こったか
【第8章】は、アルフレッドが語り手です。
聖職者は理性を重んじる。
我が国の神学では「理性」を「共同体の経験」として位置づけた。理性の解釈は個々人によって異なる。俺は「聖職者のあるべき姿を唱える内なる声、合理的思考」として解釈し、日々の折々で理性の判断を優先してしまう傾向がある。
ミミに「私だけの王様でいてほしい」と望まれた時は、多幸感のあまり理性が追いやられてしまった。逼迫した状況においては不謹慎だったので、頭を冷やそうと一階の台所で水を飲んでいると、雷鳴が立て続けに三度天地を揺らした。カーテンを開け、窓越しに外をうかがう。嵐はさらに激しさを増していた。
「オスカル、怖がっているかもな」
馬は大きな音を苦手とする。少し様子を見てこようかと、勝手口へ近付いたその時だった。突然扉が開き、黒い装束を纏った怪しい三人組が侵入してきたのだ。侵入者たちの逞しい体格から、いずれも男だと分かった。
――まさか暗殺者?
先陣切って襲いかかる一人目に拳をめりこませ、二人目に蹴りを入れようと軸足に力を込めた瞬間、三人目が俺の背後に回った。
三人目はボロ布で俺の口をふさいだ。
――うっ。なんだこの臭い!
刺激臭がし、急な目眩と脱力感に襲われる。指先や関節がびくびくと痙攣して思うように動かせない。ボロ布で猿ぐつわを噛まされ、両手両足を縛られた俺は、男たちに担がれた。勝手口から、風雨乱れる屋外へ運び出されてしまう。
教会から少し離れた木陰に、一台の古びた箱形馬車が駐まっており、俺は乱暴に中へ放り込まれた。襲撃犯の一人が御者席に着き、もう二人が馬車の内側に同乗する。すぐに馬車が走り出し、座席に寝かされた俺の身体は上下に激しく揺れた。
「案外あっけなくつかまりましたね」
「ちょうど一階にいたから好都合だったよ」
――ちょうど一階にいた? そうか、あの時!
カーテンを開けて、外の様子をうかがった時だ。庭に潜んでいた彼らは、台所にいる俺に気付いたのだろう。
「でも、殿下だけでいいんですか? 家の中には司祭もミミ嬢もいるのに。邪魔なら全員殺しちまえば良いじゃないですか」
――殿下だけでいい?
「チャールズだけという依頼なんだ」
――まさか俺はチャールズと間違われた?
もう少し彼らの会話を聞きたかったが、声が遠くなっていく。先程嗅がされた薬のせいだろう。必死で保っていた意識は限界に達した。
どれくらいの時間、ボロ馬車に揺られていたのだろうか。眠っていた間の記憶が無い。次に目覚めた時、俺は冷たい石床に寝かされていた。
――ここは一体どこだ?
窓のない薄暗い部屋には、油絵や革張りの長椅子など、高そうな美術品や家具が乱雑に置かれている。おそらく物置だろう。部屋の出入り口は錆びた鉄扉だけだ。
「早くここから逃げ出さないと」
猿ぐつわは外されているが、手足は硬く縛られたままだ。縄をほどけないか試行錯誤していると、扉の向こうから足音が近付き、重そうな鉄扉が軋みながら開いた。
「本当にチャールズだろうな? 間違えたら大変だぞ」
「どうぞお確かめ下さい。ありゃぁ、こいつ起きてやがる」
へらへら笑いながら言ったのは、筋骨隆々の青年だ。彼の隣には、眼鏡をかけた禿げ頭の男が立っていた。
「おまえたちは誰だ!」
禿げは顰め面だ。
対して隣の青年は、にやにやしている。
「さっさと殺してしまいましょうよ。依頼者の希望通り、ボロ馬車ごと川に突き落としますか? それとも王都に生首を晒しましょうか」
――野蛮過ぎる。こいつら本当に人間か?
「このド阿呆が!」
禿げが突然、青年を右手で張り倒した。
「この男はチャールズ殿下じゃねぇよ!」
「そ、そんな馬鹿な! 赤髪ですし、若いですし、チャールズ殿下の特徴と一致するじゃないですか」
「リンドバーグ司祭も赤髪だ。おまえが攫ったのは司祭だよ! 新聞の写真ちゃんと見たのかぁ? この司祭の顔なんざ、新聞に何百回と載っていたじゃないか」
「写真なんてどれも白黒ですし、同じ赤髪とは知らなかったんです。それに今夜は嵐で視界が悪くて……」
「言い訳するな、このクズ。どうするんだよ! 司祭を攫ったんじゃ、依頼者の計画が狂っちまうじゃねーか」
――依頼者は絶対にトーマだな。
「やっぱり一度、ここに連れてこさせて正解だったぜ。依頼者も依頼者だよ。リンドバーグ家にチャールズが隠れているなんて、とても信じられない」
――そりゃな。誰が聞いたって、普通は信じられないよ。
アラベラさんの話によれば「チャールズがツルリン」であることを、ザビエルがトーマに示唆してしまったという。暗殺委員会は「更に詳しく調べるよう」ザビエルに指示したそうだ。
――トーマ殿下は報告を待ちきれなかったのだろうな。
この悪党どもを我が家に忍び込ませ「チャールズがいたら引き出してこい」と指示したのではないか。情報が不十分だったので、悪党共は一度ここへ連れてきて、本当にチャールズか確かめてから殺す算段だったとみえる。
――さて、俺は殺されるのか? 生かされるのか?
「この際、司祭もチャールズも殺したら良いのでは?」
「まぁ、どの道この司祭は生かしちゃおけないけどな。逃げ出さないよう、しっかり見張っておけ」
鉄扉がバタンッと閉められる。
「こんなところで死んでたまるか」
――俺は絶対にミミの元に帰るんだ!
【つづく】
聖職者は理性を重んじる。
我が国の神学では「理性」を「共同体の経験」として位置づけた。理性の解釈は個々人によって異なる。俺は「聖職者のあるべき姿を唱える内なる声、合理的思考」として解釈し、日々の折々で理性の判断を優先してしまう傾向がある。
ミミに「私だけの王様でいてほしい」と望まれた時は、多幸感のあまり理性が追いやられてしまった。逼迫した状況においては不謹慎だったので、頭を冷やそうと一階の台所で水を飲んでいると、雷鳴が立て続けに三度天地を揺らした。カーテンを開け、窓越しに外をうかがう。嵐はさらに激しさを増していた。
「オスカル、怖がっているかもな」
馬は大きな音を苦手とする。少し様子を見てこようかと、勝手口へ近付いたその時だった。突然扉が開き、黒い装束を纏った怪しい三人組が侵入してきたのだ。侵入者たちの逞しい体格から、いずれも男だと分かった。
――まさか暗殺者?
先陣切って襲いかかる一人目に拳をめりこませ、二人目に蹴りを入れようと軸足に力を込めた瞬間、三人目が俺の背後に回った。
三人目はボロ布で俺の口をふさいだ。
――うっ。なんだこの臭い!
刺激臭がし、急な目眩と脱力感に襲われる。指先や関節がびくびくと痙攣して思うように動かせない。ボロ布で猿ぐつわを噛まされ、両手両足を縛られた俺は、男たちに担がれた。勝手口から、風雨乱れる屋外へ運び出されてしまう。
教会から少し離れた木陰に、一台の古びた箱形馬車が駐まっており、俺は乱暴に中へ放り込まれた。襲撃犯の一人が御者席に着き、もう二人が馬車の内側に同乗する。すぐに馬車が走り出し、座席に寝かされた俺の身体は上下に激しく揺れた。
「案外あっけなくつかまりましたね」
「ちょうど一階にいたから好都合だったよ」
――ちょうど一階にいた? そうか、あの時!
カーテンを開けて、外の様子をうかがった時だ。庭に潜んでいた彼らは、台所にいる俺に気付いたのだろう。
「でも、殿下だけでいいんですか? 家の中には司祭もミミ嬢もいるのに。邪魔なら全員殺しちまえば良いじゃないですか」
――殿下だけでいい?
「チャールズだけという依頼なんだ」
――まさか俺はチャールズと間違われた?
もう少し彼らの会話を聞きたかったが、声が遠くなっていく。先程嗅がされた薬のせいだろう。必死で保っていた意識は限界に達した。
どれくらいの時間、ボロ馬車に揺られていたのだろうか。眠っていた間の記憶が無い。次に目覚めた時、俺は冷たい石床に寝かされていた。
――ここは一体どこだ?
窓のない薄暗い部屋には、油絵や革張りの長椅子など、高そうな美術品や家具が乱雑に置かれている。おそらく物置だろう。部屋の出入り口は錆びた鉄扉だけだ。
「早くここから逃げ出さないと」
猿ぐつわは外されているが、手足は硬く縛られたままだ。縄をほどけないか試行錯誤していると、扉の向こうから足音が近付き、重そうな鉄扉が軋みながら開いた。
「本当にチャールズだろうな? 間違えたら大変だぞ」
「どうぞお確かめ下さい。ありゃぁ、こいつ起きてやがる」
へらへら笑いながら言ったのは、筋骨隆々の青年だ。彼の隣には、眼鏡をかけた禿げ頭の男が立っていた。
「おまえたちは誰だ!」
禿げは顰め面だ。
対して隣の青年は、にやにやしている。
「さっさと殺してしまいましょうよ。依頼者の希望通り、ボロ馬車ごと川に突き落としますか? それとも王都に生首を晒しましょうか」
――野蛮過ぎる。こいつら本当に人間か?
「このド阿呆が!」
禿げが突然、青年を右手で張り倒した。
「この男はチャールズ殿下じゃねぇよ!」
「そ、そんな馬鹿な! 赤髪ですし、若いですし、チャールズ殿下の特徴と一致するじゃないですか」
「リンドバーグ司祭も赤髪だ。おまえが攫ったのは司祭だよ! 新聞の写真ちゃんと見たのかぁ? この司祭の顔なんざ、新聞に何百回と載っていたじゃないか」
「写真なんてどれも白黒ですし、同じ赤髪とは知らなかったんです。それに今夜は嵐で視界が悪くて……」
「言い訳するな、このクズ。どうするんだよ! 司祭を攫ったんじゃ、依頼者の計画が狂っちまうじゃねーか」
――依頼者は絶対にトーマだな。
「やっぱり一度、ここに連れてこさせて正解だったぜ。依頼者も依頼者だよ。リンドバーグ家にチャールズが隠れているなんて、とても信じられない」
――そりゃな。誰が聞いたって、普通は信じられないよ。
アラベラさんの話によれば「チャールズがツルリン」であることを、ザビエルがトーマに示唆してしまったという。暗殺委員会は「更に詳しく調べるよう」ザビエルに指示したそうだ。
――トーマ殿下は報告を待ちきれなかったのだろうな。
この悪党どもを我が家に忍び込ませ「チャールズがいたら引き出してこい」と指示したのではないか。情報が不十分だったので、悪党共は一度ここへ連れてきて、本当にチャールズか確かめてから殺す算段だったとみえる。
――さて、俺は殺されるのか? 生かされるのか?
「この際、司祭もチャールズも殺したら良いのでは?」
「まぁ、どの道この司祭は生かしちゃおけないけどな。逃げ出さないよう、しっかり見張っておけ」
鉄扉がバタンッと閉められる。
「こんなところで死んでたまるか」
――俺は絶対にミミの元に帰るんだ!
【つづく】
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