【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
7-6 ★ オスカルは馬の鏡よ
チャールズが交通事故で亡くなったという。新聞には、雷雨の中、馬車が川に落ちたと書いてある。昨夜のような悪天候で馬車を走らせるなど狂気の沙汰だ。
「アルがいなくなったのも……昨夜よ」
「ただの偶然でしょうか? 他人事とは思えません」
私とアラベラは顔を見合わせた。
「チャールズ殿下の死亡と、司祭様の失踪に何か関わりがあるのですか?」
警察官が動揺をあらわに訊ねた。
――アルとチャールズは顔が似ている。
そっくりというわけではない。だが髪の色も同じで四歳差だ。チャールズが「リンドバーグ家に隠れている」と情報を得た何者かが「アルをチャールズと間違えて馬車に乗せ、事故に遭った」とか? もしくは事故に見せかけて……。いやひょっとすると「アル」を直接狙った?
――チャールズとアルの遺体が間違えられた、なんてことは。いいえ、アルは無事よ。そんな馬鹿なことあってたまるものですか!
「王都へ……行く。真相を確かめねば。今すぐに……」
先程から魂の抜け殻になっていたチャールズが、ぽつりと呟いた。
「そうね。遺体は国教会の大聖堂に安置されたと書いてあるわ。すぐに馬車で王都へ向かいましょう」
「あの、奥様。司祭様の捜索はどうするのですか?」
警察官が困惑顔だ。
「取り急ぎ確認しなければならないことがあるのです。勝手を申して恐縮ですが、引き続き捜索をお願い致します」
「か、かしこまりました」
警察官は敬礼し、急ぎ足で我が家を去った。
「奥様。自分も配達しながら情報を集めて参ります」
「よろしくお願い致します」
新聞屋さんは急ぎ足で、次の配達先へ向かった。
「ナンシー、留守番をお願いしてもいいかしら。付近を捜索してくださる皆さんの連絡役になって欲しいの」
「かしこまりました。お任せください」
「アラベラさん、一緒に王都へ来てくださる? 貴女は、さよなら委員会の目撃者だもの」
「でも私……天井から見ただけですよ」
「それでも十分だわ。聖堂にはチャールズの親戚が集まっているはずよ。声や姿が、さよなら委員会の人間と一致するか確認して欲しいの」
「私も聖堂に入ることができるのでしょうか?」
「大丈夫、なんとかするわ。とにかく付いてきて」
「分かりました、お伴致します」
私、チャールズ、アラベラは支度を調え、すぐに厩へ飛んだ。
「オスカル。朝早くにごめんね。急ぎ王都へ行かなくてはならないの」
「ヒヒン!」
朝露に濡れた庭で、オスカルと荷台を取り付けようとした、その時。
「お、お待ちください!」
ナンシーの引き留めを無視して、玄関先からずんずんとした足取りで近付いてきたのは、なんと。
――げげっ、ザビエル。なんて間の悪い!
おそらく今朝の新聞を見て様子を確かめに来たのだろう。ザビエルは憤怒の表情で、アラベラを見据えた。
「アラベラ! 心配して迎えに来たのに一体どこへ行くつもりだ! あれっ、そこにいるのはツルリンさん?」
ザビエルはツルリンへまじまじと見入った。
「ツルリンさん、実家に帰ったんじゃなかったんですか?」
「貴方には関係ないわ、ザビエル!」
アラベラがツルリンの前に立ち塞がる。
ザビエルの眉がぴくりと痙攣した。
「関係あるよ。君とツルリンさんはどういう仲なんだ! 婚約者の僕を差し置いて隠し事かい?」
「婚約者? それは過去の話よ」
「な、なんだって?」
「貴方は打算で私と結婚したいのよ。他に愛する人がいるでしょう?」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。僕が愛しているのは君だけだ!」
「いいえ、嘘よ」
「なんだと!」
ザビエルは眦をつり上げ叫ぶと、アラベラの腕を乱暴につかんだ。アラベラは振り払おうとするが、男性の力には敵わないようだ。
「彼女に近付くな!」
チャールズはザビエルを引き剥がし、アラベラを守るように立ち塞がった。
「君だけを愛している? この大嘘吐きめ。オリーブとおまえの関係を知っているぞ!」
オリーブの名が出た途端、ザビエルの表情が一転した。怒りに我を見失っていた彼は眉を顰め、怯えた表情になる。
「な、なんのことだか。聖職者風情が騎士気取りとはご立派だな」
「しらばっくれても無駄だ。おまえは残念な男だよ、ザビエル。あの悪女が本当におまえを愛していると?」
「な、なんだと?」
「後学の為に教えてやる。悪女は、男が死んだ時の保険で浮気をするんだ。おまえはあの二股女の保険さ」
ダーシーに唆されて痛い目を見たチャールズが、二股男を諭すことになるとはね。
「お、おまえの妄言に付き合っている暇はない」
「こっちこそ。おまえと話す時間が勿体ない。二度とアラベラさんに近付くな!」
「フン! アラベラのような女と結婚なんて、こちらから御免だね!」
ザビエルが踵を返し、オスカルの横を通り過ぎようとしたその時。
「ヒヒン!」
オスカルが脚を遊ばせ、泥水をザビエルにお見舞いした。
泥まみれになったザビエルは悪態をつきながら、逃げるように我が家を去った。
「よくやった、偉い! オスカルは馬の鏡よ!」
頭を撫でて褒めると、オスカルは「ヒヒヒン」とこそばゆそうに嘶いた。
「助けてくださりありがとうございます、チャールズ殿下。ミミさん、オスカルくん」
アラベラは安堵の笑みを浮かべる。
「さあ、ぐずぐずしていられないわ。一刻も早く出発しなければ」
私たちは手分けして、オスカルと荷台を取り付けた。
「オスカル、頼むわよ。チャールズ、手綱をよろしくね」
「任せてくれ」
私とアラベラは荷台に乗り、チャールズは御者席に着く。馬車が進み出すと、私は地図を開いて道案内をした。
――アル。どうか無事でいて。
馬車が森の一本道へと入る。私は地図を置き、両手を組み合わせて一心に祈りの言葉を唱えた。
【つづく】
「アルがいなくなったのも……昨夜よ」
「ただの偶然でしょうか? 他人事とは思えません」
私とアラベラは顔を見合わせた。
「チャールズ殿下の死亡と、司祭様の失踪に何か関わりがあるのですか?」
警察官が動揺をあらわに訊ねた。
――アルとチャールズは顔が似ている。
そっくりというわけではない。だが髪の色も同じで四歳差だ。チャールズが「リンドバーグ家に隠れている」と情報を得た何者かが「アルをチャールズと間違えて馬車に乗せ、事故に遭った」とか? もしくは事故に見せかけて……。いやひょっとすると「アル」を直接狙った?
――チャールズとアルの遺体が間違えられた、なんてことは。いいえ、アルは無事よ。そんな馬鹿なことあってたまるものですか!
「王都へ……行く。真相を確かめねば。今すぐに……」
先程から魂の抜け殻になっていたチャールズが、ぽつりと呟いた。
「そうね。遺体は国教会の大聖堂に安置されたと書いてあるわ。すぐに馬車で王都へ向かいましょう」
「あの、奥様。司祭様の捜索はどうするのですか?」
警察官が困惑顔だ。
「取り急ぎ確認しなければならないことがあるのです。勝手を申して恐縮ですが、引き続き捜索をお願い致します」
「か、かしこまりました」
警察官は敬礼し、急ぎ足で我が家を去った。
「奥様。自分も配達しながら情報を集めて参ります」
「よろしくお願い致します」
新聞屋さんは急ぎ足で、次の配達先へ向かった。
「ナンシー、留守番をお願いしてもいいかしら。付近を捜索してくださる皆さんの連絡役になって欲しいの」
「かしこまりました。お任せください」
「アラベラさん、一緒に王都へ来てくださる? 貴女は、さよなら委員会の目撃者だもの」
「でも私……天井から見ただけですよ」
「それでも十分だわ。聖堂にはチャールズの親戚が集まっているはずよ。声や姿が、さよなら委員会の人間と一致するか確認して欲しいの」
「私も聖堂に入ることができるのでしょうか?」
「大丈夫、なんとかするわ。とにかく付いてきて」
「分かりました、お伴致します」
私、チャールズ、アラベラは支度を調え、すぐに厩へ飛んだ。
「オスカル。朝早くにごめんね。急ぎ王都へ行かなくてはならないの」
「ヒヒン!」
朝露に濡れた庭で、オスカルと荷台を取り付けようとした、その時。
「お、お待ちください!」
ナンシーの引き留めを無視して、玄関先からずんずんとした足取りで近付いてきたのは、なんと。
――げげっ、ザビエル。なんて間の悪い!
おそらく今朝の新聞を見て様子を確かめに来たのだろう。ザビエルは憤怒の表情で、アラベラを見据えた。
「アラベラ! 心配して迎えに来たのに一体どこへ行くつもりだ! あれっ、そこにいるのはツルリンさん?」
ザビエルはツルリンへまじまじと見入った。
「ツルリンさん、実家に帰ったんじゃなかったんですか?」
「貴方には関係ないわ、ザビエル!」
アラベラがツルリンの前に立ち塞がる。
ザビエルの眉がぴくりと痙攣した。
「関係あるよ。君とツルリンさんはどういう仲なんだ! 婚約者の僕を差し置いて隠し事かい?」
「婚約者? それは過去の話よ」
「な、なんだって?」
「貴方は打算で私と結婚したいのよ。他に愛する人がいるでしょう?」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。僕が愛しているのは君だけだ!」
「いいえ、嘘よ」
「なんだと!」
ザビエルは眦をつり上げ叫ぶと、アラベラの腕を乱暴につかんだ。アラベラは振り払おうとするが、男性の力には敵わないようだ。
「彼女に近付くな!」
チャールズはザビエルを引き剥がし、アラベラを守るように立ち塞がった。
「君だけを愛している? この大嘘吐きめ。オリーブとおまえの関係を知っているぞ!」
オリーブの名が出た途端、ザビエルの表情が一転した。怒りに我を見失っていた彼は眉を顰め、怯えた表情になる。
「な、なんのことだか。聖職者風情が騎士気取りとはご立派だな」
「しらばっくれても無駄だ。おまえは残念な男だよ、ザビエル。あの悪女が本当におまえを愛していると?」
「な、なんだと?」
「後学の為に教えてやる。悪女は、男が死んだ時の保険で浮気をするんだ。おまえはあの二股女の保険さ」
ダーシーに唆されて痛い目を見たチャールズが、二股男を諭すことになるとはね。
「お、おまえの妄言に付き合っている暇はない」
「こっちこそ。おまえと話す時間が勿体ない。二度とアラベラさんに近付くな!」
「フン! アラベラのような女と結婚なんて、こちらから御免だね!」
ザビエルが踵を返し、オスカルの横を通り過ぎようとしたその時。
「ヒヒン!」
オスカルが脚を遊ばせ、泥水をザビエルにお見舞いした。
泥まみれになったザビエルは悪態をつきながら、逃げるように我が家を去った。
「よくやった、偉い! オスカルは馬の鏡よ!」
頭を撫でて褒めると、オスカルは「ヒヒヒン」とこそばゆそうに嘶いた。
「助けてくださりありがとうございます、チャールズ殿下。ミミさん、オスカルくん」
アラベラは安堵の笑みを浮かべる。
「さあ、ぐずぐずしていられないわ。一刻も早く出発しなければ」
私たちは手分けして、オスカルと荷台を取り付けた。
「オスカル、頼むわよ。チャールズ、手綱をよろしくね」
「任せてくれ」
私とアラベラは荷台に乗り、チャールズは御者席に着く。馬車が進み出すと、私は地図を開いて道案内をした。
――アル。どうか無事でいて。
馬車が森の一本道へと入る。私は地図を置き、両手を組み合わせて一心に祈りの言葉を唱えた。
【つづく】
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