【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

7-5 ★ 新聞の弔文

 雨は「止んで欲しい」と思う時ほど降り続ける。こんなにも夜を長く感じたことがあっただろうか。チャールズの一報で、最寄りの警察署から駆けつけてきた職員に事情を説明したのが随分ずいぶん前のことに思える。チャールズとアラベラ、警察官は再度捜索に向かった。

 ――早く朝にならないかしら。アル、本当にどこへ行ってしまったの?

 やがて夜空の黒雲が灰色になり、窓辺に朝日が差し込んだ。どうやら雨が上がったようだ。外から話し声が聞こえたので玄関を開ける。チャールズとアラベラが戻ってきたのだ。

「手分けして探したが……見つからなかった」
あきらめるのはまだ早いですわ、殿下」

 がっくりと項垂うなだれるチャールズを、アラベラがはげます。

「主人を方々ほうぼう探してくれて、本当にありがとう。チャールズ、アラベラさん」
「お身体からだが冷えたでしょう? まず服を着替えて。朝食と紅茶を用意しましたわ」

 ナンシーは、アラベラとチャールズに着替えを渡す。チャールズはアルの服、アラベラは私の服だ。二人の着替えが終わり、食卓へ案内したその時、呼び鈴が鳴った。

「私が出るわ。ナンシーは二人に朝食を」
「かしこまりました」

 玄関を開けると、捜索に協力してくれた警察官がいた。アルと同い年くらいの彼は、すまなそうに深々と一礼した。

「すみません、奥様。思いつく限りの場所を探しましたが……」
「そうでしたか。ご尽力ありがとうございます」
「どうか気を落とされないで。警察官の数を増やして、引き続き捜索を行います。大丈夫、必ず司祭様は見つかりますよ」
「はい、必ず見つかると信じていますわ」

 ただ不安は拭えない。もしも手遅れだったら、と。

「おはようございます、新聞でーす。おや、どうかしたんですか?」

 新聞屋さんが、私と警察官を交互に見て不思議そうにたずねた。

「実は……昨夜から主人が行方不明なんです」
「司祭様が! そりゃ大変じゃないですか」
「新聞屋さん。もしも配達の途中で主人の姿を見かけたら、どうか報せてください」
「わ、分かりました。そうかい、司祭様が……。今日は目ん玉が飛び出るようなことばっかりだ」
「何かあったのですか?」
「ほら、コレですよ」

 新聞屋さんは紙面の大見出し記事を指差した。



【チャールズ殿下 交通事故死】

 昨夜、王都から南部にかけて雷を伴う記録的豪雨が発生。

 夏期休暇から帰省中のチャールズ殿下をのせた馬車が、傾斜のある路面で脱輪し、フォルテ川中流にて転落。事故当時、川の水位は上がっており、馬車は濁流だくりゅうに巻き込まれた。

 御者ぎょしゃの尽力により、殿下は馬車の中から救い出され、岸へ上げられたものの、救命活動もむなしく、病院にて死亡が確認された。遺体は昨夜のうちに王都の国教会大聖堂へ移動した。



 もう一度、記事を上から下まで読み直す。

「聡明で心優しい人だった」
「慈愛にあふれ、武芸にひいでていた」

 彼の悪口を連日かき立てていた新聞も、今日は大人しい弔文ちょうぶんせている。チャールズをたたえる美辞麗句びじれいくが紙面にびっしりだ。

 ――私は悪い夢を見ているのかしら。

 ほおをつねると痛い。ということは現実だ。

「ミミ。一体どうしたんだ?」

 チャールズが心配そうに台所から顔をのぞかせる。

 ――生きているわ、間違い無く、ここに。この記事は一体何なの?

 信じがたいこの状況を、チャールズ本人にどう伝えたら良いものか。「貴方あなたが亡くなったと新聞にっている」なんて言いにくい。

「チャールズ殿下が亡くなったそうですよ」

 新聞屋さんがあっさり告げてしまった。

「誰が……亡くなったって?」

 チャールズはひざから崩れ落ちた。

「一体どうされたのです?」
「司祭様が見つかったのですか?」

 台所からナンシーとアラベラも顔を出す。

「チャールズ殿下が亡くなったんですよ」

 警察官が新聞を指差す。
 ナンシーとアラベラは真っ青になった。

「な、何かの間違えではないのですか?」
「人違いでしょう? そうでしょう?」

 腰を抜かしているツルリンを、二人はじっと見下ろした。

「事故だと言ってるけど、これは怪しい。絶対殺されたんですよ。暗殺予告も出ていたし。王子さよなら委員会とやらの仕業しわざにちげぇねぇ! 可哀想かわいそうに……まだ若いのに」

 新聞屋さんは服のそでで目頭を押さえた。

「チャールズ殿下が生まれた時には、国中が祝ったのになぁ。立派な王子様じゃなかったけど、暗殺はやり過ぎだ。ひどい話ですよ」

 警察官もハンカチをまぶたへそっと押し当てる。

 ――誰が亡くなったのよ、誰が!

 哀憐あいれんの情を向けられる当の本人は、カツラと眼鏡をつけたまま、ただ座り込んでいた。

【つづく】

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