【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

7-4 ★ 鬼雨の夜

「アルフレッド!」

 激しい雨に身を晒し、何度も彼の名を呼んでいると。

「ミミ、どうした?」
「アル?」

 勝手口にいたのはツルリンことチャールズだった。

「何度も兄上を呼ぶ大声が聞こえたぞ。こんな大雨に庭へ出て……一体何があった?」
「アルが……いないの」
「兄上が?」
「一階へ下りたきり、戻ってこないから様子を見に行ったの。勝手口が開いていて……。チャールズは何か物音を聞かなかった?」
「いいや、何も。とにかく中へ。びしょ濡れじゃないか」

 チャールズは庭へ飛び出て、私をゆっくり立ち上がらせる。勝手口から台所へ入ると、彼は私のそばに椅子を引いてくれた。洗面所から拭くものをとってきて私の肩にかぶせる。

「ありがとう、チャールズ。貴方あなたも濡れてしまったわね」
「僕は大丈夫だ。兄上が一階に下りたきり戻らず、様子を見に行ったら勝手口が開いていたと、そう言ったね?」
「う、うん」
「家の中は、既に探した?」
「いいえ。勝手口が開いていたから、外に出たのだとばかり……」

 階段をトントンと下りる二人分の足音が聞こえた。

「なんだか騒がしい声が……えっ」

 全身ずぶ濡れの私とチャールズを見て、アラベラが仰天した。

「こ、これは一体どうされたのですか」

 ナンシーが暗い台所をランプで照らす。

「ナンシーさん。兄上が……急にいなくなったそうなんです」

 私の代わりに、チャールズが事の次第を伝えた。

「僕は、礼拝堂とうまやを見てくる」
「わ、私も行くわ」

 椅子から立とうとするが、情けないことに膝が震えて力が入らない。全身の悪寒も止まらなかった。

「ミミ、顔が真っ青だぞ。ナンシーさん、すぐにミミの着替えを。アラベラさんは家の中を見てきてください。僕は外を探してきます」

 チャールズは棚からランタンを出すと、傘を差して玄関を出る。帰りを待つこと数分。びしょ濡れのチャールズが戻ってきた。

うまやも庭も、礼拝堂も見てきたが、どこにもいなかった」
「家の中にもおりませんでしたわ、チャールズ殿下」
「一体どこへ行ってしまわれたのでしょうか」

 ナンシーが両腕を抱いて、肩を震わせる。

「こんな雨の夜に外出? アルは戸締まりに人一倍敏感なの。鍵もかけずに出かけるはずがないわ」
「ああ、そうだとも。兄上がミミに一言も告げずに外出するなんて考えられない」
「変だわ。ほんの数分間に、アルの身に何かあったとしか思えない」
「一階に下りたところを……兄上は、誰かに襲われたとか?」

 チャールズの一言でその場がシンと静まった。

 ――まさか、アルフレッドを王位継承の話題から遠ざける為に殺そうとした……なんてことは。

 だがに落ちない点がある。

「襲われたのなら抵抗するはずよ。誰かアルの声を聞いた?」

 チャールズ、アラベラ、ナンシーが首を横に振った。

「やっぱり……私、外へ探しに行くわ」

 轟きと閃光が同時に突き抜けた。爆音に思わず耳を塞ぐ。近くに落雷したようだ。

「外は危険だ。止むまで待とう」
「でも、ここから一歩も動かない間にアルが傷ついたら、一生後悔するわ」
「じゃあ、ミミのかわりに僕が探しに行く」
「何言っているの。貴方あなたこそ危険なのよ、チャールズ。命を狙われている貴方あなたは絶対に外に出てはダメよ! 私が動くのが最善だわ」
「いいや、そんな状態でミミは動いてはいけない。ミミは人のことは心配するくせに、自分のことは心配しない。なんで頼ってくれないんだ!」

 チャールズの剣幕を前にして、まるでアルに叱られているような気がした。チャールズの顔はアルと似ている。やはり血縁なのだ。

「こういう悪天候の夜には家にいてくれ。兄上だって同じ事を言うはずだ! それに兄上がひょっこり帰ってくるかもしれないだろう。ナンシーさんはミミのそばにいてください。僕は警察に行ってきます!」
「チャールズ殿下。私も同行いたしますわ」

 アラベラがチャールズのそばに進み出た。

「アラベラさん、貴女あなたも外は危険だ。これ以上迷惑をかけるわけには」
「構いません、一大事いちだいじですもの。殿下をお一人で行かせるわけには参りません」

 アラベラの真摯しんしな申し出にチャールズは折れた。二人はてきぱきと支度したく調ととのえる。

「どうか二人とも気をつけて」
「絶対に無理はされないでくださいまし」
「はい、無理はしません、絶対に」
「ミミさん、司祭様は必ず帰ってきますわ」

 チャールズとアラベラは雨合羽あまがっぱをかぶり、ランタンをたずさえて鬼雨きうの夜を駆けた。

【つづく】

★★ 次話は明日更新します ★★

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