【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
7-3 ★ 私だけの王様でいてほしいわ
私、アラベラ、ナンシーの三人が玄関先に現れると。
「こんばんは、夜分遅くすみません。アラベラ、心配したじゃないか」
ザビエルが胡散臭い。
「書店そばの喫茶店で待ち合わせと言ったのに、君がどこにもいないから探したんだよ。ひょっとしたら、待ちきれずに帰ったのかも知れないと、お宅へうかがったところだったのさ。どうして先に帰ったんだい?」
「それは、その……」
「王都で記者につきまとわれたそうなの」
私がアラベラの代わりに答えた。
「記者から根掘り葉掘り訊ねられたんですって。アラベラさんはザビエルさんを巻き込みたくなくて、先に帰ったそうよ」
「そうだったのかい、辛い思いをしたんだね、アラベラ」
――心にも思っていないでしょうが。
「記者は、私たち夫婦のことまで、アラベラさんに訊ねたらしいわ」
私はザビエルから目を離さずに語りかけた。ザビエルは思うところあってか目をそらす。あなたも野卑な記者と同類でしょう。
「どうしてそんなに他人のことが気になるのかしら。のぞくのが楽しいのね。アラベラさんはお疲れのようだから、お茶会をしていたの。まだおしゃべりしたいから、今晩はここに泊まっていただくわ。悪いけれどザビエルさん、アラベラさんのご両親にそう伝えてくださる?」
「それは……構いませんが、その」
ザビエルは何か土産話が欲しそうな仕草だ。
「何かございました?」
「司祭様にご挨拶を、と」
「夫は仕事中ですわ」
「左様でしたか。神学生のツルリンさんは?」
「彼なら実家に帰りましたよ」
「えっ、帰った?」
「夏期休暇も残すところわずかですから」
「ツルリンさんのご実家はどちらですか?」
「え? 彼に何か御用でもございますの?」
「い、いえ。ただ……訊いてみただけです」
ザビエルは、ごにょごにょと口ごもった。
「ザビエルさん、雨の気配がございますし、お足元にどうか気をつけて。こちらをお使い下さい」
ナンシーに黒い傘を手渡され、ザビエルは苦い顔だ。ナンシーは良家の元ご令嬢なので、佇まいや言葉遣いが洗練されている。品性漂う年長者の女性に、それとなく帰宅を促されては、若造のザビエルは引き下がるしかない。
「で、では、失礼致します」
ザビエルは不満そうに我が家を去る。
私、アラベラ、ナンシーは応接間に戻ると、アルとチャールズに事の次第を伝えた。
「とりあえず、ツルリンは実家に帰ったってことにしたから。アルはチャールズをどこに匿うつもりなの?」
「湖水地方さ。景観は美しいが、幽霊の名所なので人が少ない」
チャールズが「ひっ」とすくみ上がった。
「学生時代に一人で旅した場所なんだ。安宿もあるし、長期で隠れるには持ってこいだ。支度を調えてすぐに出発を……」
だが急に降り出した雨が窓を叩き出した。アルとチャールズは出立の準備を終えたが天候は悪化するばかり。雷雲も段々と接近しているようだ。この嵐の中、可愛いオスカルに馬車を引かせるわけにはいかない。道路が泥濘んでいて事故の危険が高まる。
「雨が止まないことには身動きが取れない。天候が落ち着くまで待機しよう」
私たちはそれぞれの部屋で、豪雨が止むまで待機することにした。ナンシー、チャールズ、アラベラは客室に、私とアルは寝室へ下がった。
「アルは寝ていて。雨が止んだら私が教えるわ」
「いいよ、ミミ。俺も起きているから」
「ダメよ、貴方は馬車を引かなければならないのだもの。アルがチャールズを湖水地方へ送り届けている間は、私とナンシーが留守番をするわ。不在の理由はきちんとごまかしておくから安心して」
「迷惑をかけてごめん。さて一眠り……できそうにない」
「不安が多くて?」
「うん。俺は完璧な人間じゃないから」
「アル」
寝台に腰掛けるアルを胸に抱き寄せた。私が立っているので、アルの背が縮んだような気がした。安心させるように彼の頭や背中を撫でる。肩幅も体躯も自分より遥かに逞しい人間だと分かる。
「ミミは俺を王様に望む?」
「私だけの王様でいてほしいわ」
彼の両腕が私の背中へ回る。私はあっという間に彼の膝にのせられた。砂糖菓子よりも甘い口づけに酔いしれ、多幸感が不安を拭い去る。
しかし急に彼が私へ触れるのを止めた。真っ赤な顔で視線を逸らし、隣室と繋がった壁を見つめる。彼の理性が愛を制したと分かった。
「御免、ミミ。こんな時に、俺……どうかしていたよ。少し頭を冷やしてくる」
「そう……分かったわ」
アルは私の額に口づけを落とすと、一階へ下りた。お手洗いかしら。私は一人で寝台に転がり、夜の音に耳を澄ました。雨の音が心地良く、うとうとしてしまう。無の時間が足早に過ぎていく。ひときわ強い雨風が窓を叩き、微睡みから目覚めた。
「アル……遅いなぁ」
一階に下りたきり、なかなか戻ってこない。そのまましばらく身体を丸めて横になっていたが、気持ちがそわそわとして落ち着かず、私は寝室を出た。階段を下りると、台所から風の音が聞こえた。不思議に思って台所をうかがうと、強風と雨粒が前方から私を襲った。
「きゃぁ! 一体何?」
勝手口の扉は解放されており、雨でぐっしょり濡れている。
「アル?」
勝手口から庭をのぞく。横雨が降りしきり、芝生が夜の海の如く波を立てていた。人の気配は無く、雨風が全身を濡らしていく。
「アルフレッド! アルフレッド!」
嫌な予感が全身を駆け抜け、私は庭へ飛び出した。閃光が走り、爆音が天地を揺らしたので足がすくむ。雷は絶えず落下して、彼の名を呼ぶ私の声を邪魔した。
【つづく】
「こんばんは、夜分遅くすみません。アラベラ、心配したじゃないか」
ザビエルが胡散臭い。
「書店そばの喫茶店で待ち合わせと言ったのに、君がどこにもいないから探したんだよ。ひょっとしたら、待ちきれずに帰ったのかも知れないと、お宅へうかがったところだったのさ。どうして先に帰ったんだい?」
「それは、その……」
「王都で記者につきまとわれたそうなの」
私がアラベラの代わりに答えた。
「記者から根掘り葉掘り訊ねられたんですって。アラベラさんはザビエルさんを巻き込みたくなくて、先に帰ったそうよ」
「そうだったのかい、辛い思いをしたんだね、アラベラ」
――心にも思っていないでしょうが。
「記者は、私たち夫婦のことまで、アラベラさんに訊ねたらしいわ」
私はザビエルから目を離さずに語りかけた。ザビエルは思うところあってか目をそらす。あなたも野卑な記者と同類でしょう。
「どうしてそんなに他人のことが気になるのかしら。のぞくのが楽しいのね。アラベラさんはお疲れのようだから、お茶会をしていたの。まだおしゃべりしたいから、今晩はここに泊まっていただくわ。悪いけれどザビエルさん、アラベラさんのご両親にそう伝えてくださる?」
「それは……構いませんが、その」
ザビエルは何か土産話が欲しそうな仕草だ。
「何かございました?」
「司祭様にご挨拶を、と」
「夫は仕事中ですわ」
「左様でしたか。神学生のツルリンさんは?」
「彼なら実家に帰りましたよ」
「えっ、帰った?」
「夏期休暇も残すところわずかですから」
「ツルリンさんのご実家はどちらですか?」
「え? 彼に何か御用でもございますの?」
「い、いえ。ただ……訊いてみただけです」
ザビエルは、ごにょごにょと口ごもった。
「ザビエルさん、雨の気配がございますし、お足元にどうか気をつけて。こちらをお使い下さい」
ナンシーに黒い傘を手渡され、ザビエルは苦い顔だ。ナンシーは良家の元ご令嬢なので、佇まいや言葉遣いが洗練されている。品性漂う年長者の女性に、それとなく帰宅を促されては、若造のザビエルは引き下がるしかない。
「で、では、失礼致します」
ザビエルは不満そうに我が家を去る。
私、アラベラ、ナンシーは応接間に戻ると、アルとチャールズに事の次第を伝えた。
「とりあえず、ツルリンは実家に帰ったってことにしたから。アルはチャールズをどこに匿うつもりなの?」
「湖水地方さ。景観は美しいが、幽霊の名所なので人が少ない」
チャールズが「ひっ」とすくみ上がった。
「学生時代に一人で旅した場所なんだ。安宿もあるし、長期で隠れるには持ってこいだ。支度を調えてすぐに出発を……」
だが急に降り出した雨が窓を叩き出した。アルとチャールズは出立の準備を終えたが天候は悪化するばかり。雷雲も段々と接近しているようだ。この嵐の中、可愛いオスカルに馬車を引かせるわけにはいかない。道路が泥濘んでいて事故の危険が高まる。
「雨が止まないことには身動きが取れない。天候が落ち着くまで待機しよう」
私たちはそれぞれの部屋で、豪雨が止むまで待機することにした。ナンシー、チャールズ、アラベラは客室に、私とアルは寝室へ下がった。
「アルは寝ていて。雨が止んだら私が教えるわ」
「いいよ、ミミ。俺も起きているから」
「ダメよ、貴方は馬車を引かなければならないのだもの。アルがチャールズを湖水地方へ送り届けている間は、私とナンシーが留守番をするわ。不在の理由はきちんとごまかしておくから安心して」
「迷惑をかけてごめん。さて一眠り……できそうにない」
「不安が多くて?」
「うん。俺は完璧な人間じゃないから」
「アル」
寝台に腰掛けるアルを胸に抱き寄せた。私が立っているので、アルの背が縮んだような気がした。安心させるように彼の頭や背中を撫でる。肩幅も体躯も自分より遥かに逞しい人間だと分かる。
「ミミは俺を王様に望む?」
「私だけの王様でいてほしいわ」
彼の両腕が私の背中へ回る。私はあっという間に彼の膝にのせられた。砂糖菓子よりも甘い口づけに酔いしれ、多幸感が不安を拭い去る。
しかし急に彼が私へ触れるのを止めた。真っ赤な顔で視線を逸らし、隣室と繋がった壁を見つめる。彼の理性が愛を制したと分かった。
「御免、ミミ。こんな時に、俺……どうかしていたよ。少し頭を冷やしてくる」
「そう……分かったわ」
アルは私の額に口づけを落とすと、一階へ下りた。お手洗いかしら。私は一人で寝台に転がり、夜の音に耳を澄ました。雨の音が心地良く、うとうとしてしまう。無の時間が足早に過ぎていく。ひときわ強い雨風が窓を叩き、微睡みから目覚めた。
「アル……遅いなぁ」
一階に下りたきり、なかなか戻ってこない。そのまましばらく身体を丸めて横になっていたが、気持ちがそわそわとして落ち着かず、私は寝室を出た。階段を下りると、台所から風の音が聞こえた。不思議に思って台所をうかがうと、強風と雨粒が前方から私を襲った。
「きゃぁ! 一体何?」
勝手口の扉は解放されており、雨でぐっしょり濡れている。
「アル?」
勝手口から庭をのぞく。横雨が降りしきり、芝生が夜の海の如く波を立てていた。人の気配は無く、雨風が全身を濡らしていく。
「アルフレッド! アルフレッド!」
嫌な予感が全身を駆け抜け、私は庭へ飛び出した。閃光が走り、爆音が天地を揺らしたので足がすくむ。雷は絶えず落下して、彼の名を呼ぶ私の声を邪魔した。
【つづく】
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