【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
7-2 ★ とっておきの秘密
チャールズとアルフレッドが兄弟だと、アラベラにばれてしまった。
「どういうことです? 兄上と確かに呼びましたよね?」
チャールズが口走ったせいで言い逃れできない。
「腹違いですよ。俺は陛下の婚外子です。チャールズが命を狙われ、我が家へ逃げ込んできたので、急遽匿ったというわけです」
アルは手短に経緯を話した。アラベラはすぐに受け入れられずに「なるほど」「はい」と生返事を繰り返していたが、アルが「隠された王子」という現実をようやく受け入れたらしく、顔の汗を何度もハンカチで拭う。
「トーマ殿下は、ヒース殿下を玉座に望んでいるようですね?」
「ええ。この耳で確かに聞きました、あ、アルフレッド殿下!」
「殿下はよしてください。俺は認められていない隠し子です。けれどもチャールズ廃嫡派の中には、隠し子の俺を王に望む者もいるようです」
「司祭様が、未来の王に?」
「俺は玉座を望んでいません。けれどトーマ殿下にとっては一刻も排除したい不安要素なのでしょう。トーマ殿下がザビエルを使い、俺やミミの身辺を探っていたのは、悪い風評を広める為だったようです。アラベラさんにはご迷惑をかけましたね」
「とんでもございません。お二人のことはザビエルに何も話していませんわ。彼の言動に気になることが多々あって心を許せなかったのです」
「以前、森で……貴女が浮かない顔をされていた理由が分かりました」
チャールズが哀しげな面持ちでアラベラを見つめていた。
「望んでいた幸せとは違う、と仰っていた。貴女は聡いから、ザビエルの心根の醜さに気付いたのですね」
「そ、そんな。私の心根も汚れています、真っ黒ですわ」
「僕はそう思いません、アラベラさん。貴女はとても優しい御方です」
チャールズは本心からそう言ったのだろう。前から、こういう優しいところはあったのよね。アラベラは「ありがとうございます」と泣き出しそうな声で頭を下げた。
「私……帰ります。両親に説明してザビエルとの婚約を破棄しなければ。でも暗殺委員会のことは説明できないわ。ザビエルは私と両親の機嫌をとろうとするかも。なぜあんなに良い人を振るのかと両親は問うでしょう。どうしたら良いのかしら」
アラベラの不安は雪だるま式にふくれあがっている。だがやはり彼女は賢い。これから何が起こるか予想を立てている点はダーシーと全く違う。ダーシーは行き当たりばったりで無計画に事を進めていたようだしね。振る側、振られる側。双方円満に解決なんて夢見事だ。
「当初の尾行の目的は、ザビエルの浮気調査だったと仰ったわね?」
私が訊ねると、アラベラは「そうです」と肯いた。
「婚約破棄に足りないものがあるわ。証拠より大事なのは貴女の怒りよ」
アラベラは目を剥き、ごくりと息を呑んだ。
「かなしみはちからに、欲りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし。貴女の秘めたる力を最大限に引き出す、とっておきの秘密を教えてもいい?」
「ミミ。ま、まさか、アレを言う気じゃ……」
「ダメだ、その人を傷つけてしまう!」
アルとチャールズが真っ青だ。やっぱり並んで見ると顔が似ているわね、さすが血縁。
「アラベラさんはザビエルに少しでも好意を抱いていたの?」
「いえ、ちっとも」
「小鳥の涙ほども?」
「蟻も泣かないほどですわ」
「それなら大丈夫ね。というわけだから言うわよ、二人とも?」
アルとチャールズは「良いのか?」と言いたげに顔を見合わせた。
「ザビエルは浮気しているわ。最近人妻になったオリーブという女性と。アルとチャールズが偶然見ちゃったそうなの」
アラベラは宙を見つめて呆然としていが、怒りに拳を握りしめた。
「人妻と仰いました? オリーブの夫は誰です?」
「ジェフさんという人よ。先日アラベラさんが参列を断った結婚式……その裏側で、オリーブとザビエルが仲良くしていたってわけ。オリーブはジェフさんを騙して結婚詐欺真っ最中。ザビエルと同じく、貴女のように裕福な家庭の一人っ子を狙ってね」
「結婚詐欺……良い度胸しているじゃない、あのクズ!」
地団駄を踏み、怒り狂った彼女の恐ろしい姿を前に、アルとチャールズが身をすくませている。
――よしよし。やっぱりアラベラは、こうでないと!
いつぞや私に啖呵を切った時の悪い顔そのもの。さあ、貴女の実力を存分に発揮するのよ。
「頑張ってね、アラベラさん」
「ザビエルを振らぬは一生の後悔ですよ」
「ありがとうございます、ミミさん、ナンシーさん!」
私とナンシーがアラベラと固い握手を交わしたその時、またも玄関の呼び鈴が鳴った。
「私が出ますわ」
ナンシーは応接間を出て、玄関へ向かう。その後、足早に部屋へ戻ってきた彼女は真っ青だった。扉をしっかりと閉め、肩を小刻みに震わせる。
「ザ、ザザ、ザビエルです」
――噂をすれば影か。怖すぎる、なんで来たのよ!
「ア、アラベラさんを迎えに来たと仰っています。ご、ご両親が心配していた、と……」
アラベラは「しまった」と唇を噛んだ。
「乗合馬車を降りて、こちらへ向かう途中、仕事帰りの父とすれ違ったんです。どこへ行くのか訊ねられたので、ミミさんに用があると答えてしまいました。ザビエルはそれを聞いたんだわ。――迎えなんて白々しい」
彼女は眉間に力をこめた。
「こうなったら、今ここでオリーブとの関係を問い詰めて……」
「急いてはダメよ、アラベラさん。貴女はとりあえず、今晩ここにお泊まりなさいな」
アラベラは「えっ」と目をぱちくりとして、私へ見入った。
「のこのこやってきたザビエルには、ご両親への伝言をお願いしましょう。私が対応するから、アラベラさんは適当に相槌を打つだけ、いい? それから、アルとチャールズは隠れて。絶対に出てきてはダメよ」
「でも、ミミ……」
「大丈夫。心配しないで、アル。私に任せてちょうだい」
「奥様、私も付き添います」
「ありがとう、ナンシー。女三人でザビエルを上手く追っ払いましょう」
私、ナンシー、アラベラの三人は玄関へ移動した。
【つづく】
【引用文献】
『賢治の旅:賢治への旅』三上満著/二〇一三年十月/本の泉社
宮沢賢治の詩 三十四頁一行より引用
「かなしみはちからに、欲りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし」
「どういうことです? 兄上と確かに呼びましたよね?」
チャールズが口走ったせいで言い逃れできない。
「腹違いですよ。俺は陛下の婚外子です。チャールズが命を狙われ、我が家へ逃げ込んできたので、急遽匿ったというわけです」
アルは手短に経緯を話した。アラベラはすぐに受け入れられずに「なるほど」「はい」と生返事を繰り返していたが、アルが「隠された王子」という現実をようやく受け入れたらしく、顔の汗を何度もハンカチで拭う。
「トーマ殿下は、ヒース殿下を玉座に望んでいるようですね?」
「ええ。この耳で確かに聞きました、あ、アルフレッド殿下!」
「殿下はよしてください。俺は認められていない隠し子です。けれどもチャールズ廃嫡派の中には、隠し子の俺を王に望む者もいるようです」
「司祭様が、未来の王に?」
「俺は玉座を望んでいません。けれどトーマ殿下にとっては一刻も排除したい不安要素なのでしょう。トーマ殿下がザビエルを使い、俺やミミの身辺を探っていたのは、悪い風評を広める為だったようです。アラベラさんにはご迷惑をかけましたね」
「とんでもございません。お二人のことはザビエルに何も話していませんわ。彼の言動に気になることが多々あって心を許せなかったのです」
「以前、森で……貴女が浮かない顔をされていた理由が分かりました」
チャールズが哀しげな面持ちでアラベラを見つめていた。
「望んでいた幸せとは違う、と仰っていた。貴女は聡いから、ザビエルの心根の醜さに気付いたのですね」
「そ、そんな。私の心根も汚れています、真っ黒ですわ」
「僕はそう思いません、アラベラさん。貴女はとても優しい御方です」
チャールズは本心からそう言ったのだろう。前から、こういう優しいところはあったのよね。アラベラは「ありがとうございます」と泣き出しそうな声で頭を下げた。
「私……帰ります。両親に説明してザビエルとの婚約を破棄しなければ。でも暗殺委員会のことは説明できないわ。ザビエルは私と両親の機嫌をとろうとするかも。なぜあんなに良い人を振るのかと両親は問うでしょう。どうしたら良いのかしら」
アラベラの不安は雪だるま式にふくれあがっている。だがやはり彼女は賢い。これから何が起こるか予想を立てている点はダーシーと全く違う。ダーシーは行き当たりばったりで無計画に事を進めていたようだしね。振る側、振られる側。双方円満に解決なんて夢見事だ。
「当初の尾行の目的は、ザビエルの浮気調査だったと仰ったわね?」
私が訊ねると、アラベラは「そうです」と肯いた。
「婚約破棄に足りないものがあるわ。証拠より大事なのは貴女の怒りよ」
アラベラは目を剥き、ごくりと息を呑んだ。
「かなしみはちからに、欲りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし。貴女の秘めたる力を最大限に引き出す、とっておきの秘密を教えてもいい?」
「ミミ。ま、まさか、アレを言う気じゃ……」
「ダメだ、その人を傷つけてしまう!」
アルとチャールズが真っ青だ。やっぱり並んで見ると顔が似ているわね、さすが血縁。
「アラベラさんはザビエルに少しでも好意を抱いていたの?」
「いえ、ちっとも」
「小鳥の涙ほども?」
「蟻も泣かないほどですわ」
「それなら大丈夫ね。というわけだから言うわよ、二人とも?」
アルとチャールズは「良いのか?」と言いたげに顔を見合わせた。
「ザビエルは浮気しているわ。最近人妻になったオリーブという女性と。アルとチャールズが偶然見ちゃったそうなの」
アラベラは宙を見つめて呆然としていが、怒りに拳を握りしめた。
「人妻と仰いました? オリーブの夫は誰です?」
「ジェフさんという人よ。先日アラベラさんが参列を断った結婚式……その裏側で、オリーブとザビエルが仲良くしていたってわけ。オリーブはジェフさんを騙して結婚詐欺真っ最中。ザビエルと同じく、貴女のように裕福な家庭の一人っ子を狙ってね」
「結婚詐欺……良い度胸しているじゃない、あのクズ!」
地団駄を踏み、怒り狂った彼女の恐ろしい姿を前に、アルとチャールズが身をすくませている。
――よしよし。やっぱりアラベラは、こうでないと!
いつぞや私に啖呵を切った時の悪い顔そのもの。さあ、貴女の実力を存分に発揮するのよ。
「頑張ってね、アラベラさん」
「ザビエルを振らぬは一生の後悔ですよ」
「ありがとうございます、ミミさん、ナンシーさん!」
私とナンシーがアラベラと固い握手を交わしたその時、またも玄関の呼び鈴が鳴った。
「私が出ますわ」
ナンシーは応接間を出て、玄関へ向かう。その後、足早に部屋へ戻ってきた彼女は真っ青だった。扉をしっかりと閉め、肩を小刻みに震わせる。
「ザ、ザザ、ザビエルです」
――噂をすれば影か。怖すぎる、なんで来たのよ!
「ア、アラベラさんを迎えに来たと仰っています。ご、ご両親が心配していた、と……」
アラベラは「しまった」と唇を噛んだ。
「乗合馬車を降りて、こちらへ向かう途中、仕事帰りの父とすれ違ったんです。どこへ行くのか訊ねられたので、ミミさんに用があると答えてしまいました。ザビエルはそれを聞いたんだわ。――迎えなんて白々しい」
彼女は眉間に力をこめた。
「こうなったら、今ここでオリーブとの関係を問い詰めて……」
「急いてはダメよ、アラベラさん。貴女はとりあえず、今晩ここにお泊まりなさいな」
アラベラは「えっ」と目をぱちくりとして、私へ見入った。
「のこのこやってきたザビエルには、ご両親への伝言をお願いしましょう。私が対応するから、アラベラさんは適当に相槌を打つだけ、いい? それから、アルとチャールズは隠れて。絶対に出てきてはダメよ」
「でも、ミミ……」
「大丈夫。心配しないで、アル。私に任せてちょうだい」
「奥様、私も付き添います」
「ありがとう、ナンシー。女三人でザビエルを上手く追っ払いましょう」
私、ナンシー、アラベラの三人は玄関へ移動した。
【つづく】
【引用文献】
『賢治の旅:賢治への旅』三上満著/二〇一三年十月/本の泉社
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「かなしみはちからに、欲りはいつくしみに、いかりは智慧にみちびかるべし」
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