【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
7-1 ★ なぜばれたし、マイケル・ツルリン。
【第7章】は、ミミ が語り手です。
私の遺書事件以降「ミミ」と名付けられる赤ん坊が増えたという。「アルフレッド」「アルフォンス」「アルバート」も人気急上昇だ。
逆に「シモン」「ダーシー」「チャールズ」と名付けられる赤ん坊が減ったそうだ。名前の流行は時事に左右されるとはいえ、何ら関係のないシモンさん、ダーシーさん、チャールズさんには良い迷惑だろう。
「シモン・コスネキンのような悪人がいるせいで」
「チャールズ・ヴェルノーンのようなお馬鹿がいるせいで」
「ダーシー・ハーパーのような悪女がいるせいで」
などなど、同名の方々の小言を直接聞いた。
愛の伝道師シモン、天才チャールズ、癒やし系ダーシーもいるだろう。悪党アルフレッド、肉食系ミミも世界のどこかにいる。同名の分母に応じて悪人も増えるし、その逆もあり得る。
「きっと天使のような優しいミミさんも世の中にいたりして」
書斎で新聞を読みながらぽつりと呟くと、アルは書きものの手を止めて微笑んだ。
「誰よりもミミは聡明で、優しさと愛に溢れているよ」
「そ、そう? ありがとう、アル」
「内側から滲み出る賢さと心の豊かさは、我武者羅に学んで、無心に祈っても得られるものではない。ましてや誰かと争って獲得するものでもない。君の精神は数多の試練の先にある。自分に自信を持って」
とても高尚な言葉を以て褒められた。「自信を持つ」ことが苦手なのは、失態を恐れているからだ。謙遜も過ぎると自己嫌悪に繋がるので、心の均衡を保つのは、今も昔も異世界でも難しい。
突然、一階から呼び鈴が聞こえた。司祭の家は毎日来客があるけれど、夕食後の訪問者といえば危篤や不幸の報せだ。一階にいたナンシーがすぐ来客に対応してくれたようだ。私とアルも一階へ下りる。
「あら、アラベラさん。こんばんは」
「なんだか息が切れているようですが……走ってきたのですか?」
私とアルが声をかけると、
「急ぎお伝えしないといけないことがあって。夜分にすみません」
彼女は深々と頭を下げた。
「やあ、こんばんは。アラベラさんじゃないですか」
吹き抜けの二階から、ツルリンが朗らかに声をかける。すると急にアラベラの表情が緊張を帯びた。
「こ、ここ、こんばんは」
ツルリンが階段を下りてくる。アラベラは視線を右へ左へ逸らして、落ち着きの無い様子だ。この二人、何かあったのかしら。
「あの、ツルリンさん。貴方にどうしても確かめたいことがあって」
「確かめたいこと?」
アラベラは一つ肯き、こくりと喉を鳴らした。
「貴方は、チャールズ殿下なのですか」
この状況をごまかす言葉が見つからない。アル、チャールズ、ナンシーも口をぽかんと開けたまま固まっている。
――なぜばれたし、マイケル・ツルリン。
「ぼ、ぼぼ、ぼくは、おお、王子じゃないですよ! チャ、チャチャ、チャールズ殿下なんて見たことも聞いたこともないです。だ、だだ、誰ですかぁ、それは!」
「このお馬鹿者! おまえの名前を知らない国教会の神学生なんているか!」
「国中探したっていないわよ。まったく噛みまくりで動揺して情けない」
「カツラと散髪の甲斐もない。私の努力を水の泡にして!」
アル、私、ナンシーに叱られたチャールズは「すみません、ごめんなさい」と身を小さくした。アラベラはチャールズに同情の視線を向けている。
「ところでアラベラさん。どうしてツルリンがチャールズだと分かったの?」
「話せば長くなるのですが」
私たちはアラベラを応接間へ通す。アラベラは王都での経緯を語った。ザビエルの浮気を疑って尾行したこと、そこでシモンと再会したこと、屋根裏からのぞき見た【王子さよなら委員会】の会議のことを。司会がトーマ殿下で、彼の叔父にあたるエリオット殿下や、イメルダ夫人、ペトロ主教、他にも名前の分からない参加者の特徴について、アラベラは事細かに語った。
「そ、それはおそらく……ルイーズ叔母に、パトリシア大叔母だ」
チャールズはガチガチと歯を鳴らしながら、アルの腕にすがりつく。
「エリオット大叔父上まで僕を……親類縁者全員じゃないか。親族一同諸共集って……暗殺予告に書いてあった通りだ。ひどい、あんまりだ。血も涙も無いのか」
チャールズは暗殺予告を書いたのがザックさんだとは知らない。ザックさんと陛下は初めから「チャールズの親類縁者が暗殺を企んでいる」ことに気付いて、わざと文言に盛り込んだと見える。
「ペトロ主教もさよなら委員会の人間だったか。弟のハインツ司祭にトーマ殿下が猫を預けた理由が分かったよ」
兄のペトロ主教は〝暗殺派〟でヒース殿下推し。
弟のハインツ司祭は暗殺を望まない〝廃嫡派〟でアルフレッド推し。ハインツ司祭は猫を預けられたけれど、兄のペトロ主教と違い「トーマ殿下親子を快く思っていない」という。
「やはりアレックス主教だけに手紙を出して正解だった。国教会内にチャールズが殺されることを望む、血なまぐさい聖職者がいるということが分かったよ。ペトロ主教だけではないだろう」
アルは腕組みして唸った。
「ザビエルが余計なことを告げたばかりに、チャールズ殿下の御身を危険にさらしてしまい申し訳ございません」
「とんでもないです、アラベラさん。この度は危険を冒してまで、貴重な情報を得てくださり本当にありがとうございます。――おい、チャールズ、泣くのはやめろ。おまえの為に動いてくれる人がたくさんいるんだぞ」
アルはチャールズの両肩をつかみ、俯く彼の顔を上げさせた。
「敵におまえの正体を悟られた以上、ここに置くことはできない」
チャールズの目から大粒の涙がボタボタと零れた。
「分かりました。ここを出ていきます。もしも僕が死んだら、弔いは兄上にお願いしたい」
「馬鹿野郎。他の安全な場所に、おまえを匿うつもりだ。こういう事態に備えて、いくつか候補を見つけておいた。おまえのことは俺が守ってやる」
「あ、あ、あにうぇぇええ」
兄弟愛がさらに深まったのは、まぁ感動的として、新たな問題が発生したわ。
「兄上と仰いました? 司祭様が……チャールズ殿下の兄上?」
――ほーらね、バレた。
アラベラがいることをすっかり忘れて、チャールズが「兄上」と二回も口走ってんだから。ダメだこりゃ、誤魔化しきれない。
【つづく】
私の遺書事件以降「ミミ」と名付けられる赤ん坊が増えたという。「アルフレッド」「アルフォンス」「アルバート」も人気急上昇だ。
逆に「シモン」「ダーシー」「チャールズ」と名付けられる赤ん坊が減ったそうだ。名前の流行は時事に左右されるとはいえ、何ら関係のないシモンさん、ダーシーさん、チャールズさんには良い迷惑だろう。
「シモン・コスネキンのような悪人がいるせいで」
「チャールズ・ヴェルノーンのようなお馬鹿がいるせいで」
「ダーシー・ハーパーのような悪女がいるせいで」
などなど、同名の方々の小言を直接聞いた。
愛の伝道師シモン、天才チャールズ、癒やし系ダーシーもいるだろう。悪党アルフレッド、肉食系ミミも世界のどこかにいる。同名の分母に応じて悪人も増えるし、その逆もあり得る。
「きっと天使のような優しいミミさんも世の中にいたりして」
書斎で新聞を読みながらぽつりと呟くと、アルは書きものの手を止めて微笑んだ。
「誰よりもミミは聡明で、優しさと愛に溢れているよ」
「そ、そう? ありがとう、アル」
「内側から滲み出る賢さと心の豊かさは、我武者羅に学んで、無心に祈っても得られるものではない。ましてや誰かと争って獲得するものでもない。君の精神は数多の試練の先にある。自分に自信を持って」
とても高尚な言葉を以て褒められた。「自信を持つ」ことが苦手なのは、失態を恐れているからだ。謙遜も過ぎると自己嫌悪に繋がるので、心の均衡を保つのは、今も昔も異世界でも難しい。
突然、一階から呼び鈴が聞こえた。司祭の家は毎日来客があるけれど、夕食後の訪問者といえば危篤や不幸の報せだ。一階にいたナンシーがすぐ来客に対応してくれたようだ。私とアルも一階へ下りる。
「あら、アラベラさん。こんばんは」
「なんだか息が切れているようですが……走ってきたのですか?」
私とアルが声をかけると、
「急ぎお伝えしないといけないことがあって。夜分にすみません」
彼女は深々と頭を下げた。
「やあ、こんばんは。アラベラさんじゃないですか」
吹き抜けの二階から、ツルリンが朗らかに声をかける。すると急にアラベラの表情が緊張を帯びた。
「こ、ここ、こんばんは」
ツルリンが階段を下りてくる。アラベラは視線を右へ左へ逸らして、落ち着きの無い様子だ。この二人、何かあったのかしら。
「あの、ツルリンさん。貴方にどうしても確かめたいことがあって」
「確かめたいこと?」
アラベラは一つ肯き、こくりと喉を鳴らした。
「貴方は、チャールズ殿下なのですか」
この状況をごまかす言葉が見つからない。アル、チャールズ、ナンシーも口をぽかんと開けたまま固まっている。
――なぜばれたし、マイケル・ツルリン。
「ぼ、ぼぼ、ぼくは、おお、王子じゃないですよ! チャ、チャチャ、チャールズ殿下なんて見たことも聞いたこともないです。だ、だだ、誰ですかぁ、それは!」
「このお馬鹿者! おまえの名前を知らない国教会の神学生なんているか!」
「国中探したっていないわよ。まったく噛みまくりで動揺して情けない」
「カツラと散髪の甲斐もない。私の努力を水の泡にして!」
アル、私、ナンシーに叱られたチャールズは「すみません、ごめんなさい」と身を小さくした。アラベラはチャールズに同情の視線を向けている。
「ところでアラベラさん。どうしてツルリンがチャールズだと分かったの?」
「話せば長くなるのですが」
私たちはアラベラを応接間へ通す。アラベラは王都での経緯を語った。ザビエルの浮気を疑って尾行したこと、そこでシモンと再会したこと、屋根裏からのぞき見た【王子さよなら委員会】の会議のことを。司会がトーマ殿下で、彼の叔父にあたるエリオット殿下や、イメルダ夫人、ペトロ主教、他にも名前の分からない参加者の特徴について、アラベラは事細かに語った。
「そ、それはおそらく……ルイーズ叔母に、パトリシア大叔母だ」
チャールズはガチガチと歯を鳴らしながら、アルの腕にすがりつく。
「エリオット大叔父上まで僕を……親類縁者全員じゃないか。親族一同諸共集って……暗殺予告に書いてあった通りだ。ひどい、あんまりだ。血も涙も無いのか」
チャールズは暗殺予告を書いたのがザックさんだとは知らない。ザックさんと陛下は初めから「チャールズの親類縁者が暗殺を企んでいる」ことに気付いて、わざと文言に盛り込んだと見える。
「ペトロ主教もさよなら委員会の人間だったか。弟のハインツ司祭にトーマ殿下が猫を預けた理由が分かったよ」
兄のペトロ主教は〝暗殺派〟でヒース殿下推し。
弟のハインツ司祭は暗殺を望まない〝廃嫡派〟でアルフレッド推し。ハインツ司祭は猫を預けられたけれど、兄のペトロ主教と違い「トーマ殿下親子を快く思っていない」という。
「やはりアレックス主教だけに手紙を出して正解だった。国教会内にチャールズが殺されることを望む、血なまぐさい聖職者がいるということが分かったよ。ペトロ主教だけではないだろう」
アルは腕組みして唸った。
「ザビエルが余計なことを告げたばかりに、チャールズ殿下の御身を危険にさらしてしまい申し訳ございません」
「とんでもないです、アラベラさん。この度は危険を冒してまで、貴重な情報を得てくださり本当にありがとうございます。――おい、チャールズ、泣くのはやめろ。おまえの為に動いてくれる人がたくさんいるんだぞ」
アルはチャールズの両肩をつかみ、俯く彼の顔を上げさせた。
「敵におまえの正体を悟られた以上、ここに置くことはできない」
チャールズの目から大粒の涙がボタボタと零れた。
「分かりました。ここを出ていきます。もしも僕が死んだら、弔いは兄上にお願いしたい」
「馬鹿野郎。他の安全な場所に、おまえを匿うつもりだ。こういう事態に備えて、いくつか候補を見つけておいた。おまえのことは俺が守ってやる」
「あ、あ、あにうぇぇええ」
兄弟愛がさらに深まったのは、まぁ感動的として、新たな問題が発生したわ。
「兄上と仰いました? 司祭様が……チャールズ殿下の兄上?」
――ほーらね、バレた。
アラベラがいることをすっかり忘れて、チャールズが「兄上」と二回も口走ってんだから。ダメだこりゃ、誤魔化しきれない。
【つづく】
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