【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

6-4 ★ こら待たんかい


 婚約者を尾行したら、とんでもない悪党と再会しました。

「シモン。なぜ貴方あなたがここに?」
赦免しゃめんと社会奉仕です。貴女あなたは? 隣部屋に聞き耳を立てていたようですが?」
「複雑な事情よ、貴方あなたに関係ないわ」
「関係あります。貴女あなたはどちら側ですか?」
「どちら側って? 私は知人の動向が気になってけてきただけよ」
「知人の名は?」
「ザビエル・ピーターソン。私の婚約者よ。浮気調査中」

 シモンは「へぇ」と含み笑うと、変装一式を空き箱に放り込む。火かき棒を取り、天井を探った。棒の先端をつまみに引っかけ力を加えると天井から秘密のはしごが現れた。

「では用があるので、これで」
「こら待たんかい」

 はしごをのぼって逃げようとするシモンの右足をつかんでひきとめる。シモンは左手を滑らせ、右手一本で宙ぶらりんになった。

「事情を説明しなさい、この悪党」
「説明している時間がありません。調べ物があるんです」
「屋根裏で何の調べ事よ?」
「言えません」
「言いなさい。でないと引きずり下ろす」
「……。貴女あなたの婚約者にも関わることです」
「ザビエルに関わること?」
「そう。屋根裏から隣部屋をうかがうんですよ」
「私にも見せなさい」
「分かりました、分かりました。ただし、お静かに願います」

 私はシモンの後からはしごをのぼる。屋根裏は埃っぽく、至る所に蜘蛛の巣が張っている。シモンと共に忍び足で隣部屋の真上へと移動した。足元から男女の雑談が聞こえてくる。天井板にはあちこち切れ目があり、部屋の様子をうかがうことができた。

 円卓を囲んで七人の男女が集っている。頭頂部はしっかり見えるけれど、面持ちははっきりうかがえない。知らない人物ばかりだが、ザビエルの位置はすぐに分かった。

「ザビエルくん、今日はご足労だったね」
「とんでもございません」

 ザビエルに声をかけた赤髪の男は誰だろう。男の隣には、黒髪の女性が座っている。ふくよかな女性や、綺麗な身なりの老夫婦も着席していた。

 ――お金持ちそうな人間ばかり。あっ、教会の人間もいる。

 リンドバーグ司祭よりはるかに年上の禿げ頭の老人だ。

「諸君、本日はよくぞお集まりいただきました。それでは会議を始めましょう」

 赤髪の男がどうやら司会のようだ。

「今度こそチャールズを始末せねばなりません。当初はチャールズを執務室ごと丸焼きにするはずでした」

 ――王子を丸焼きぃ? 正気か。

「火種がすぐに発見され、ボヤ騒ぎになってしまったのは惜しかったですわ」

 司会の男の隣で、黒髪の女性は肩を落とす。

「馬車ごとチャールズを崖から突き落とす計画も、衣装箪笥の毒針も失敗に終わり、残念でなりません」

 黒髪の女性の言葉に、集まった一同は「しぶといチャールズ」「悪魔の申し子」と口々に毒づいた。

 ――まさかここは、王子さよなら委員会の秘密会議。

 身体の震えが止まらない。なんてあくどい人たちだ。

「やることなすこと全てが甘い。チャールズの私有地に呪いの御札おふだを貼ったのは誰だね?」

 老夫が苛立いらだたしげに吐き捨てた。

「あれはヒースの悪戯いたずらです。まったく無邪気な子で」

 黒髪の女性が笑いながら答えた。

 ――呪いの御札を貼る子供が無邪気? 邪気満々じゃきまんまんだわ。ヒースって誰よ。

 そういえば、チャールズ殿下の従兄弟いとこがヒースという名前じゃなかったっけ。新聞には「行儀が良く、賢い少年。彼こそ次の王に相応しい」と書いてあった。

「御札にしても火事にしても見つかるのが早過ぎる。チャールズへ及ぶ危険をブロンテが回避しているとしか思えない」

 赤髪の司会の男は、面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 ――ブロンテ? まさか秘書のザック・ブロンテ?

 調査嘱託しょくたくに応じたチャールズ殿下の新しい秘書だ。前任シモンが残した会計帳簿の原本を全て提出した有り難い人物である。

「そのブロンテも、チャールズも、休暇に入ってから行方がつかめないそうではないか。チャールズに悟られ、逃げられた時点で計画は失敗だ」

 老夫は机に置いた新聞を右手で叩きつけた。

「この記事を見ろ。さよなら委員会は馬鹿だカスだと叩かれている始末だぞ。我々の行動は知られるわけにはいかなかったのだ。いい加減、白状したらどうだね? 王子さよなら委員会とふざけた名前で、馬鹿丸出しの暗殺予告をばらまいたのは誰だ!」

 ――差出人も、名付け親も不明ってどういうことよ!

 あの暗殺予告を出したのは、この人たちではなくて、第三者なのか。

「我々は大義をもって行動しているのだ。チャールズのような出涸でがらしではなく、ヒースを次の王にするために。未来の王としての自覚をヒースには持ってもらわねばなるまい。呪いなどにうつつを抜かしている場合か!」

 ――呪いの御札おふだを貼ったのはヒース殿下本人なの?

 新聞に書かれていた人柄とまるっきり違うじゃない。

「よもや、あの暗殺予告を書いたのはヒースではあるまいな?」
「それはあり得ませんわ!」
「いいや、分からんぞ。イメルダ、自分の息子くらいしっかり見張っておかんか」

 ――この女性がヒース殿下の母親、イメルダ夫人だったのか。うわー、気が強そう。

 イメルダは怒りで肩をわなわなと震わせている。

「暗殺予告の駄文だぶんはさておき、さよなら委員会という名前は呼びやすいですがね」
「まさかおまえが〝さよなら委員会〟と言い出したのか、ペトロ主教」

 ――ペトロ主教ですって! この禿げ頭が?

「め、滅相もございません、エリオット殿下」

 ――この五月蠅うるさい老夫が、エリオット殿下?

 ギョーム陛下の叔父で、王族の中では現在最高齢だったはずだ。

「同胞の間で探り合いなどやめましょう、叔父上おじうえ

 司会の赤髪の男が、エリオット殿下をなだめた。

「そうは言うが、トーマ。由々ゆゆしき事態だぞ」

 ――トーマ殿下? ギョーム陛下の腹違いの弟が首謀だなんて。

「叔父上。あの暗殺予告は我々の計画をおおやけにするのが目的かもしれません」
「なんだと!」
「まだ断定はできません。我々以外でも〝チャールズ死すべし〟と声高らかに叫ぶ単細胞たんさいぼうもいますしね。馬鹿共ばかどもが私たちのあずかり知らぬところで、チャールズを殺す分には構いません。憂慮ゆうりょすべきは私たちに容疑がかかることです。真の目的がそれだったとしたら? どこに間諜かんちょうが潜んでいるか分かりませんよ」

 ――ここに潜んでおります、ハイ。

 天井裏に隠れる私は息を殺して様子を見守った。となりをうかがうと、シモンはうすら笑っている。この緊張感を楽しんでいるような面持ちだ。

「おい、そこの男は初めて見たぞ」

 エリオット殿下に指差されたザビエルは、席を立ち頭を垂れた。

「これは誠に失礼を、エリオット殿下。私はザビエル・ピーターソンです。リンドバーグ夫婦の身辺を調査しております」

 ――ザビエルが身辺の調査を? 一体何の為に?

 【つづく】




【このエピソードと関連の深いもの:5選】

4-6 ★ 秘書ブロンテの不慣れな模倣
4-7 ★ ねぇ、明かりを消してくれる?
5-2 ★ 故人の美徳
5-5 ★ でちゅねぇ?
5-6 ★ 氷漬けにされたような顔をしているぞ

物語の流れが分からなくなったら上記の5エピソードをプレイバックしてみてください。

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