【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

6-2 ★ よーし、いっちょ探りを入れてみるか

 ザビエルと初めて出会ったのは大雨の日だった。
 我が家に来る途中、雷雨に見舞われたという彼は、びしょ濡れの服と泥だらけの靴で屋敷の床を盛大に汚した。

 ザビエルは、服を貸した父ロビンに何度も謝罪と感謝を伝えた。

 けれど床を掃除をした我が家の使用人に謝罪の言葉をかけることは無かった。「使用人と口を利くべからず」といった錆び付いた風習を徹底するのは、今では古風で偏屈な貴族くらいだろう。それにここは弁護士の家で、貴族の城でも宮殿でもない。汚した床をせっせと掃除している人がいたら一言あっても良いと思うのだが、ザビエルは素通りだった。

 ――相手の地位や職業によって態度を変える人を、信用して良いの?

 父ロビンは弁護士として仲間意識を感じ、母は「礼儀正しくてステキな紳士」と浮き足立っている。周囲に勧められ、流されるがままに「婚約」が進んでしまった。容姿、職業、家柄。これ以上の相手はいないけれど。

 ――この人、何かひっかかる。

 ザビエルと会う度に疑問は膨れ上がった。
 今日の昼下がりに我が家を訪れたザビエルは、私への挨拶あいさつをすっ飛ばしてこう訊ねた。

「ロビンさんのお姿が見えませんが、ご不在ですか」

 ――貴方あなた、私じゃなくて父に会いに来たの?

 じきに仕事から帰るだろうと伝え、ザビエルを居間に通す。すると彼は急に父ロビンを絶賛し始めた。

「貴女のお父上は本当に素晴らしい人ですね、アラベラ。先日も難しい裁判で、巧みな弁と確固たる証拠を検察につきつけて勝訴したと伺いました。弱者の代弁者。僕が成りたい理想そのものです。心から尊敬しています」

 娘の父親を恐れる男性は多いけれど、こうも絶賛してくると、胡散臭うさんくささすら感じる。

「アラベラはお父上に似たのですね。本当に素晴らしい女性だ」

 ――父だけでなく、母にも似ているのですが?

 口先まで出かけた言葉を呑み込む。男親だけを褒めることが無礼だと彼は知らないのかしら。母がこの場にいなくて良かった。

「私は……極めて平凡へいぼんですわ」
「ご謙遜けんそんを。貴女は恥ずかしがり屋なのですね。ご自分に自信を持ってください。貴女はつつましくすてきな女性です。勇気もあります」
「勇気?」
「貴女はキャベンディッシュ夫妻の命の恩人ではありませんか。貴女の功績こうせきを新聞で読んだ時、僕は心打たれたのです」

 ――功績?

 人命救助は見返りを求めない行為。仕事の勲章くんしょうのようにめることかしら。

 ――もしやこの人は、私を利用している?

 ロビン弁護士の娘であり、リンドバーグ夫妻の件で名前が知られた私を、出世の道具にしか考えていないのではないか。彼は弁護士としての実績が浅く、名も知られていないので、父や知人からのコネを重視している。

 ――この人、父の話ばかりするけど、自分の仕事の話は一切しない。

 彼は普段、何をしているのだろう。
 父ロビンは知っているかもしれないけど。

 ――よーし、いっちょ探りを入れてみるか。

「ザビエルさんは……とても真面目な方なのね」
「いえ、そんな」
「お仕事への情熱と、弁護士としての誇りを感じるわ。でも……最近お忙しいみたいで少し寂しいわ。明日もお仕事?」
「そうなんです。明日は少し遠出するので、残念ながらこちらへ伺うことはできません。寂しい思いをさせて申し訳ないです、アラベラ」

 ――正直、私は全く寂しくも残念でもないけれど。

「遠出? どちらへ行かれるの?」

 ――私は彼の行動範囲を知らない。いや知るべきなのだ。

「明日はその……仕事で王都おうとへ行きます。あっ、そうだ! 何か欲しいものや必要なものはないですか?」

 ――話題を誤魔化そうとしている。駆け出しの弁護士が王都おうとで仕事? きな臭い。

「ちょうど良かった。私、王都で探したい本があるの。貴方あなたと一緒に行ってもいいかしら?」
「えっ、一緒に?」
「書店のそばには喫茶店もあるし、ザビエルさんのお仕事が終わるまで待たせていただくわ。貴方あなたにぎやかな場所へ出かけたいと考えていたの。映画を見たり、お茶をしたり。ねぇ、どうかしら?」
「でも……帰りが遅くなったら、ロビンさんが心配を……」
「夕方までには必ず帰ると伝えるわ。ザビエルさんのお仕事が長引くようなら、馬車を見つけて私一人で帰れば良いですし」
「そ、それはダメです。ぼ、僕がきちんと送り届けます」
「あら本当? 嬉しいわザビエルさん。我が儘を申してごめんなさいね」
「こ、婚約者の為なら、む、無理をしてでも……じ、時間くらい作りますよ」

 ――あらあら、声が上ずってるわよ。ますます怪しい。

 ザビエルは私と目を合わせようとしない。

 ――絶対に隠し事をしているわね。ま、浮気ってとこかな?

 私を出世の道具としか考えていないのなら、別に愛し合う相手がいてもおかしくはないだろう。

 ――結婚は打算なの? 愛のない結婚なんてまっぴら御免だわ。ああ私、なんて狭い世界にいるんだろう!

 ミミさんのお説教は今も胸に深く刻まれている。エロイーズとパムも同じだろう。エロイーズは隣町の地主の息子と電撃結婚した。エロイーズの今後に関心は無いが――あの性格だから嫁ぎ先でも上手くやっていくだろう――気になるのはパムよ。

 パムの本名はパメラ。司祭様に「ガメラ」と名前を間違えられたことがよほど悔しかったのか「世界が狭すぎるとミミさんに言われたから、自分探しの旅に出る」と他国へ去ってしまった。

 ――自分探しねぇ? パム、あんたはどこへ行ってもあんただって。

 あっ、そういえば。
 パムが盗んだ司祭様の下着、ちゃんと返したのかしら?

【つづく】

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