【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
6-1 ★ 格の違い
【第6章】は、アラベラ が語り手です。
一筆書かせれば、その人の教養や育ちは分かる。
弁護士の父ロビンが予てより私に説いたことだ。
父は仕事上、様々な人と接している。貧しくとも教養の深い人、裕福だけれども品性の欠けた人。「身なりや接遇では分からずとも、筆を持たせると内側の豊かさ」は明らかだという。
私はリンドバーグ司祭様の美しい言葉に恋をした。司祭様がミミさんと結婚する前のことだ。リンドバーグ司祭様の言葉は、前任司祭と引けを取らない程に洗練されていた。新しい神学や哲学にも精通した彼の博識さと、説教台に立ちながら決して上から目線では物を語らないその優しさに惹かれたのだ。
――この人と結婚したい。
少し前まで私は、先に嫁いだ町の娘たちを羨んでいた。「妻として、母親として」の苦労話をいやというほど聞かされ「もう大変なのよ」と口を揃える既婚女性にはうんざりだった。
――大変なら結婚なんてしなければ良いのに。「結婚して子どもを産んだら大変」と言えるようになれば女として勝ち組なのね。ならば私は「大変」なんて口にしないくらい、良い男をつかんでやる。
そうしたら、司祭の服を着た王子様があちらからやってきたのだもの。国教会の司祭は妻帯が許され、むしろ推奨されていると聞いた。エロイーズとパメラも司祭様を狙っていると分かったので、二人を出し抜くためにお菓子に惚れ薬を仕込んだのだ。
「私のお菓子が一番美味しかったと、言ってくれたわ」
「甘いものばかりだと喉がかわくでしょうから、紅茶を差し上げたらとても喜ばれたわ」
「差し入れなんてしなくても、司祭様は私のことをパムと愛称で呼んでくれたわ」
――虚言癖のあるパメラはともかくとして、恋敵はエロイーズくらいか。司祭様に相応しいのは私! 私の他に誰がいる!
ミミ嬢の遺書が世間を騒がす前は、そう信じていた。
『国教会司祭、渦中の侯爵令嬢を自裁から救済』
『ミミ・キャベンディッシュの遺書事件』
『ミミ嬢と司祭、救済と熱愛』
新聞や雑誌では毎日のように二人の仲が取り上げられた。
――嘘でしょう。嘘だと言って。
礼拝の時、司祭様に直接聞く勇気は無かった。町の人に聞かれても司祭様は多くを語ろうとしない。しばらく経った後、ミミさんとの婚約を以て、熱愛の噂が本当のことだと世間に公表された。
――王子に振られたお騒がせの令嬢! 社交界を追放されて、行き場を失ったものだから、司祭様をたぶらかしたんだ!
どんな顔か拝んでやろう。王子に振られたくらいだから、気が強くて高慢ちきに違いない。だが町人を前にミミさんが述べた言葉は、私の予想から大きくかけ離れていた。
「真実を告げる者も、事実を歪曲して伝える者もいます。何を選び信じるかは受取手次第です。誰が私のことでどんな嘘を立てようと、司祭の妻である私はより誠実に、より正直に生きていくつもりです」
――この女は格が違う。
悔しいけれど、彼女の凛とした姿に打ちのめされた。私がどんなに足掻いても彼女には敵わない。いいや敵うはずだと抗った私の愚かさときたら。「あの女は司祭様に相応しくない。司祭様の目を覚まさなくては」と、悪意のお茶会に彼女を招待したのだから。
――そもそも惚れ薬なんて作らなければ、こんなことには。
なんの偶然か、王都で見つけた医学誌に私が惚れ薬に使用した薬草の研究記事が載っていた。寄稿者は国教会の化学部員で、民間療法や自家薬について調査研究しているとのことだった。
研究者がこの薬草を扱う時には、粉末や汁が手指に付着しないよう細心の注意を払い、こまめに換気を行いましょう。精神的錯乱や悪心をもたらし、認知に重篤な障害を生じさせる恐れがあります。群生地は限られますが、茎葉の形状が酷似する草もある為、民間人が誤って料理などに用いる恐れもあります。
思い当たる節がありすぎる。
――惚れ薬を作っていた自分が、副作用で頭をやられていたなんて、本末転倒も良いところだ、まったく。
あれはミミさんが森で迷った夜更けのことだった。惚れ薬を作るのはもう止めようと器具を片付けている時に、急な目眩と吐き気に襲われ、一晩寝込んでしまったのである。
馬鹿な私に比べてミミさんの勇姿はどうだろう。キャベンディッシュ夫妻が毒を盛られた時、私は救命の一助を担うことができたけれど「夫妻の命の恩人」と言われることには違和感が募る。罪滅ぼしの機会を神様に与えられただけだ。「ミミさんの友人」と紹介されるのもおこがましい。
――私がミミさんと同じなら耐えられないもの。
司祭様と父が到着するまで、ミミさんは毅然とした態度で無実を主張したという。
――それに比べて私なんて。
私の苦悩は田舎娘らしく狭い世界の、年頃なら誰でも抱えるもので、なにも特別不幸というわけでは無かったのだ。罪深い私は「愛される資格は無い」「生涯独身でいられるならそれが良い」と諦めていた。
父の知人から、ザビエル・ピーターソンを紹介されるまでは。
【つづく】
一筆書かせれば、その人の教養や育ちは分かる。
弁護士の父ロビンが予てより私に説いたことだ。
父は仕事上、様々な人と接している。貧しくとも教養の深い人、裕福だけれども品性の欠けた人。「身なりや接遇では分からずとも、筆を持たせると内側の豊かさ」は明らかだという。
私はリンドバーグ司祭様の美しい言葉に恋をした。司祭様がミミさんと結婚する前のことだ。リンドバーグ司祭様の言葉は、前任司祭と引けを取らない程に洗練されていた。新しい神学や哲学にも精通した彼の博識さと、説教台に立ちながら決して上から目線では物を語らないその優しさに惹かれたのだ。
――この人と結婚したい。
少し前まで私は、先に嫁いだ町の娘たちを羨んでいた。「妻として、母親として」の苦労話をいやというほど聞かされ「もう大変なのよ」と口を揃える既婚女性にはうんざりだった。
――大変なら結婚なんてしなければ良いのに。「結婚して子どもを産んだら大変」と言えるようになれば女として勝ち組なのね。ならば私は「大変」なんて口にしないくらい、良い男をつかんでやる。
そうしたら、司祭の服を着た王子様があちらからやってきたのだもの。国教会の司祭は妻帯が許され、むしろ推奨されていると聞いた。エロイーズとパメラも司祭様を狙っていると分かったので、二人を出し抜くためにお菓子に惚れ薬を仕込んだのだ。
「私のお菓子が一番美味しかったと、言ってくれたわ」
「甘いものばかりだと喉がかわくでしょうから、紅茶を差し上げたらとても喜ばれたわ」
「差し入れなんてしなくても、司祭様は私のことをパムと愛称で呼んでくれたわ」
――虚言癖のあるパメラはともかくとして、恋敵はエロイーズくらいか。司祭様に相応しいのは私! 私の他に誰がいる!
ミミ嬢の遺書が世間を騒がす前は、そう信じていた。
『国教会司祭、渦中の侯爵令嬢を自裁から救済』
『ミミ・キャベンディッシュの遺書事件』
『ミミ嬢と司祭、救済と熱愛』
新聞や雑誌では毎日のように二人の仲が取り上げられた。
――嘘でしょう。嘘だと言って。
礼拝の時、司祭様に直接聞く勇気は無かった。町の人に聞かれても司祭様は多くを語ろうとしない。しばらく経った後、ミミさんとの婚約を以て、熱愛の噂が本当のことだと世間に公表された。
――王子に振られたお騒がせの令嬢! 社交界を追放されて、行き場を失ったものだから、司祭様をたぶらかしたんだ!
どんな顔か拝んでやろう。王子に振られたくらいだから、気が強くて高慢ちきに違いない。だが町人を前にミミさんが述べた言葉は、私の予想から大きくかけ離れていた。
「真実を告げる者も、事実を歪曲して伝える者もいます。何を選び信じるかは受取手次第です。誰が私のことでどんな嘘を立てようと、司祭の妻である私はより誠実に、より正直に生きていくつもりです」
――この女は格が違う。
悔しいけれど、彼女の凛とした姿に打ちのめされた。私がどんなに足掻いても彼女には敵わない。いいや敵うはずだと抗った私の愚かさときたら。「あの女は司祭様に相応しくない。司祭様の目を覚まさなくては」と、悪意のお茶会に彼女を招待したのだから。
――そもそも惚れ薬なんて作らなければ、こんなことには。
なんの偶然か、王都で見つけた医学誌に私が惚れ薬に使用した薬草の研究記事が載っていた。寄稿者は国教会の化学部員で、民間療法や自家薬について調査研究しているとのことだった。
研究者がこの薬草を扱う時には、粉末や汁が手指に付着しないよう細心の注意を払い、こまめに換気を行いましょう。精神的錯乱や悪心をもたらし、認知に重篤な障害を生じさせる恐れがあります。群生地は限られますが、茎葉の形状が酷似する草もある為、民間人が誤って料理などに用いる恐れもあります。
思い当たる節がありすぎる。
――惚れ薬を作っていた自分が、副作用で頭をやられていたなんて、本末転倒も良いところだ、まったく。
あれはミミさんが森で迷った夜更けのことだった。惚れ薬を作るのはもう止めようと器具を片付けている時に、急な目眩と吐き気に襲われ、一晩寝込んでしまったのである。
馬鹿な私に比べてミミさんの勇姿はどうだろう。キャベンディッシュ夫妻が毒を盛られた時、私は救命の一助を担うことができたけれど「夫妻の命の恩人」と言われることには違和感が募る。罪滅ぼしの機会を神様に与えられただけだ。「ミミさんの友人」と紹介されるのもおこがましい。
――私がミミさんと同じなら耐えられないもの。
司祭様と父が到着するまで、ミミさんは毅然とした態度で無実を主張したという。
――それに比べて私なんて。
私の苦悩は田舎娘らしく狭い世界の、年頃なら誰でも抱えるもので、なにも特別不幸というわけでは無かったのだ。罪深い私は「愛される資格は無い」「生涯独身でいられるならそれが良い」と諦めていた。
父の知人から、ザビエル・ピーターソンを紹介されるまでは。
【つづく】
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