【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

5-8 ★ やはり噂は本当だったのですね

「さあ、お話ししていただきましょうか」

 ナンシーの眼鏡がキラリと光った。

「やっぱりフリルエプロンのことで、アラベラと隠し事をしているのね」
「違う! それは断じて違うよ、ミミ!」

 ――まだフリルエプロンのことを疑われていたのか、俺は!

「アル、正直に話して。私、貴方あなたひそかな趣味を受け入れる覚悟よ」
「密かな趣味とはなんですか、奥様?」
「ナンシー、落ち着いて聞いて。貴女に話すことができなくて。アルは……夜中にこっそりフリルエプロンを着ようとしていたみたいなの」
「えっ……じゃあ、やはり噂は本当だったのですね。料理教室に参加された旦那様は、フリルエプロンがそれはお似合いで、かがやくような笑顔だった、と」

 ――輝く笑顔? 誰だよ、そんなこと言ったのは!

「誤解だ。兄上あにうえのエプロンは本当にアラベラさんが貸してくれただけなんだ!」
「アルにしか着こなせない大きさの説明は? はじめから男用として作られたとしか思えないわ」
「アラベラさんは、お母上が寸法すんぽうを間違ったと話していた! 僕が証人だ!」
「ほほーう。じゃあ、アラベラとザビエルが来た途端に噛みまくりだった理由を教えてちょうだい、ツルリン?」

 ――チャールズ。どうかこれ以上失言しないでくれよ、頼む。

「お、お似合いの美男美女びなんびじょだと思ったんだ。神様も気合いを入れて、この二人の顔をおつくりになられたなぁ、と」

 ――チャールズ、おまえなんでそんなに嘘吐くのが下手なんだよ。ザビエルの腐った性格なんて、神様の大失敗だよ!

 恐る恐るミミをうかがうと、妻は「フッ」と嘲笑をくべた。

「不思議ね、ツルリン、いやチャールズ。貴方が不自然な美辞麗句びじれいくを吐くと私には全部胡散臭うさんくさく聞こえるの。昔からめ言葉が下手よね」
「そ、それは誤解だ! 僕だって美しいものを見たら、自然と語彙ごいあふれるものさ」
「貴方が本当に感動した時にはね〝すごーい〟しか言わないわよ?」

 チャールズは黙った。自覚はあったようだな。

「秘密の趣味でも、エプロンの発注先でもいいから、隠していること全部話して。大抵のことは受け入れるけど、浮気は例外よ」

 ――仕方無い、話すしかない。トーマ殿下のことでミミをあまり不安にさせたくなかったけど。

「実は……」

 ザビエルの密会を偵察したことについて、俺は洗いざらい話した。ザビエルとオリーブの不倫関係。ザビエルがトーマ殿下の諜報員で、アラベラから俺たちの情報を引き出そうとしていることなど、全て。

「どうしてそういう大事なことは先に言わないの!」
「まったくですわ!」

 ミミとナンシーにお叱りの言葉を受け、司祭の俺も形無しだ。

「ザビエルはアラベラを利用しようとしているのね。最低の男だわ。不倫相手のオリーブなんて、悪女ここに極まれり。海のそばで挙式したいと言って、司祭のアルや私たち、親類縁者を遠路はるばる寄越したのに。終始気にしていたのは招待客より、自分の御化粧だったじゃない!」

 ミミは拳をわなわな振るわせた。

「自分を美しく魅せることには余念が無い女性なのでしょうね。見た目の磨き方しかしらない女がダメ男をもっとダメにします」

 ナンシーが冷ややかに言い放った。

「ダーシーが悪い例よ。彼女は脳みそを磨くより化粧に時間をかけていたわ。嘘吐きの鼻もどんどん伸びっぱなし。服や宝飾品を、チャールズの名前でツケにしていたしね」

「あああぁぁ――っ、た、頼む! いや、お願いです。そ、その女の名前をもう出さないでください!」

 チャールズは頭を抱えてうずくまった。負債請求、責任追及、暗殺予告。悪女に人生を滅ぼされた男、おまえはその代表か。哀れとしか言い様がない。

「ひどい女も、悪い男も世の中にはありふれているんですね。アラベラさんには、僕と同じようにはなって欲しくない」

 チャールズは溜め息を吐くと「そういえば」と顔を上げた。

「先日森で、アラベラさんが〝望んでいた幸せとは違う〟と仰っていました。それに今日の彼女は元気がなさそうで……。ザビエルに裏切られていると分かりながら婚約したのでしょうか?」
「分からないよ、彼女に聞いたわけではないし。ただ……好きでもない相手と打算で結婚するのはよくあることだ」
「見返りを求めることが前提では、どちらも愛に飢えるのではないでしょうか」
「そうだな。全て反面教師だ。でもおまえは……愛を与える王になるのだろう?」
「見返りを求めない愛に……応えてくれる人が本当にいると思いますか」
「いるぞ。俺たち家族が」

 うずくまるチャールズの頭をカツラの上からポンッとなでる。青色の瞳から涙が零れる。

「うわあぁぁん、あにうえぇぇ」

 チャールズは膝立ちで俺の腹にしがみつき、子どものようにわんわん泣き始めた。

「ああもう泣くな。おまえの鼻水が服に付いたじゃないか!」

 泣き虫な弟のおかげで、ただでさえ多い洗濯物がまた一枚増えてしまった。

【6章につづく】





【第5章】をお読みいただきありがとうございます!
 さて次章の語り手は、誰でしょう?
 つづきもお楽しみいただけるよう、心をこめて書いて参ります。

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