【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
5-6 ★ 氷漬けにされたような顔をしているぞ
「アルフレッド殿下。貴方以上の王の器はいないでしょう」
――俺の秘密は一体どこまで知れ渡っているんだ。
チャールズ廃嫡派に、俺を王に望む人間がいる。
これは面倒なことになりそうだ。
「ハインツ司祭。貴方は俺の出生について、どこで?」
「貴方は陛下のお若い頃と瓜二つです。チャールズ殿下よりもお顔立ちがよく似ていらっしゃいます。私だけでなく、他にも数名の司祭や主教も気付いておいでです」
――やはりそうだったか。薄々勘付いてはいたけれど。
他の聖職者からやけに仰々しい言葉遣いをされたり、異様に気遣われることがあった。あの裁判の一件が原因だけとは思えなかったのだ。
「私の兄も、殿下の秘密について存じています」
「貴方のお兄様というと……ペトロ主教ですね」
東の教区を任された主教で、聖職貴族として国政にも参加する一人だ。
「兄は愚かです。兄もチャールズ廃嫡派ですが、トーマ殿下親子を玉座に望んでいます」
――だろうな。俺、ペトロ主教に嫌われているみたいだし。
国教会の式典で会った時、なにかと上から目線の物言いをされたので、苦手意識があった。ハインツ司祭と同じく、兄弟そろって頭部が禿げている。
「アルフレッド殿下が玉座に着くのが最善だと、なぜ兄ペトロは分からないのだろう。私をはじめ、アルフレッド殿下を次の王に望む者は多くいるというのに」
「俺には玉座は不相応です」
「ご謙遜を。貴方が王になれば、万事が好転するでしょう」
ハインツ司祭は俺を王に望み、ペトロ主教はトーマ親子推し。蚊帳の外に追いやられ、命まで狙われているチャールズがあまりにも哀れだ。目の前で兄が王に望まれて、どんな複雑な気持ちを抱えていることだろう。
――氷漬けにされたような顔をしているぞ、チャールズ。
俺からチャールズにどんな言葉をかけたら良いやら。ハインツ司祭がいる手前、ツルリンがチャールズだとバレる言動は控えたい。
「アルフレッドは王様になれませんよ、ハインツ司祭」
俺にとってもチャールズにとっても救いの一言を放ったのは、ザックだった。
「なぜなれないのですか?」
「ハインツ司祭。貴方はアルフレッドの母親についてご存じですか?」
まさかここで俺の母親に話題を振るとは。ザックは何を考えているんだ。
「女中のキャロル・シュタインと伺いました。母親が誰であろうと、貴ぶべきは王の血と治世者たる人格です。トーマ殿下は底意地が悪い! ヒース殿下は父親そっくりだ! チャールズ殿下は頭が足りない!」
――そ、そこまで言わなくても。ああ、チャールズが今にも卒倒しそうだ。
チャールズは虚ろな眼差しで空を見つめ、放心している。
「アルフレッド殿下は大変ご苦労されていますし、勉学をご立派に修め、慈愛に溢れています。母親の血を気にする必要がどこにありますか! 大体、トーマ殿下のような者にも爵位が与えられているのですよ? あれの母親の卑しさに比べたら天と地の差だ!」
「残念なことに、キャロル・シュタインはただの女中では無かったのです。複雑な事情があります」
――ザックはどこまで知っているんだ?
母キャロルの妹にあたるナンシーの顔が頭に浮かぶ。シュタイン姉妹はとある名家の出だったか、腹違いの姉弟に毒を盛ったと濡れ衣を着せられたという。一族の姓を名乗ることを許されずに実家を追い出されたそうだが、ナンシーはあれから身の上話を語ろうとしない。
「どんな事情ですか? 教えてください、ブロンテ執事」
「今は語ることができません」
「そう……ですか」
ハインツ司祭は溜め息とともに、椅子に深く背を持たれた。
「どうやら私のような一介の司祭では推し量れぬことのようですね。ギョーム国王陛下は、どうお考えなのでしょうか? アルフレッド殿下が王に相応しいことに気付いておられるはずでしょう?」
「自分には、陛下のお気持ちを全て理解することはできません」
いやザックは理解している。明言を避けているだけだ。
「本日はハインツ司祭のお心を聞くことができて幸いでした。その真摯なお気持ちは必ずや陛下にお伝えしましょう。それでは、失礼致します」
ザックはハインツ司祭に頭を下げ、礼拝堂の入り口へ歩いて行く。
「貴方のご期待に添うことができず、申し訳なく思います」
俺も頭を下げ、礼拝堂を出ようとした。しかしチャールズがその場を動こうとしない。彼は失意に打ちひしがれるハインツ司祭のそばにかがんだ。
「最善の君主を望む貴方の愛国心に共感します」
チャールズは一礼すると、俺たちの後ろについて礼拝堂を出た。
「僕も兄上のように、求められる人間になりたい」
宿へ戻る道すがら、ツルリンは自分の両手を広げて見つめた。
「愛を求めるばかりの手を、求められる手にかえることはできるでしょうか」
「できるさ。帰りも馬車の手綱を任せて良いか?」
「はい、もちろん」
チャールズは喜色満面だ。
「もう少しの間だけ、殿下を頼むよ、アル」
「任せとけ、ザック」
「そうだ、御礼と言ってはなんだけど渡そうと思っていたものがあるんだ」
宿に戻ったザックは、旅行鞄から辞書大の木箱を取り出した。俺たちの帰りを待っていたミミが、ザックの手から贈り物を受け取る。
「まあ、これは!」
贈り物を手に取ったミミの表情がたちまちほころぶ。瓶の中に、精巧な帆船の模型がつくられていたからだ。
「凄いわ! ありがとう。ザックさんがこれを作ったの?」
「はい、自慢ですが傑作ができたので」
「ありがとう、ザック」
「なになに? なんですか、それ? 僕にも見せて下さい」
ツルリンにも帆船の模型を見せると、彼は「凄い、職人が作ったみたいだ」と目を輝かせた。
「リンドバーグ夫妻の船出が幸多きものであるようにと心を込めました。――それでは近いうちに、また」
――近いうちに?
意味深な言葉を残し、振り返ることなく宿を発つザック。彼の姿を見送った後、俺たちも帰路に就いた。
【つづく】
――俺の秘密は一体どこまで知れ渡っているんだ。
チャールズ廃嫡派に、俺を王に望む人間がいる。
これは面倒なことになりそうだ。
「ハインツ司祭。貴方は俺の出生について、どこで?」
「貴方は陛下のお若い頃と瓜二つです。チャールズ殿下よりもお顔立ちがよく似ていらっしゃいます。私だけでなく、他にも数名の司祭や主教も気付いておいでです」
――やはりそうだったか。薄々勘付いてはいたけれど。
他の聖職者からやけに仰々しい言葉遣いをされたり、異様に気遣われることがあった。あの裁判の一件が原因だけとは思えなかったのだ。
「私の兄も、殿下の秘密について存じています」
「貴方のお兄様というと……ペトロ主教ですね」
東の教区を任された主教で、聖職貴族として国政にも参加する一人だ。
「兄は愚かです。兄もチャールズ廃嫡派ですが、トーマ殿下親子を玉座に望んでいます」
――だろうな。俺、ペトロ主教に嫌われているみたいだし。
国教会の式典で会った時、なにかと上から目線の物言いをされたので、苦手意識があった。ハインツ司祭と同じく、兄弟そろって頭部が禿げている。
「アルフレッド殿下が玉座に着くのが最善だと、なぜ兄ペトロは分からないのだろう。私をはじめ、アルフレッド殿下を次の王に望む者は多くいるというのに」
「俺には玉座は不相応です」
「ご謙遜を。貴方が王になれば、万事が好転するでしょう」
ハインツ司祭は俺を王に望み、ペトロ主教はトーマ親子推し。蚊帳の外に追いやられ、命まで狙われているチャールズがあまりにも哀れだ。目の前で兄が王に望まれて、どんな複雑な気持ちを抱えていることだろう。
――氷漬けにされたような顔をしているぞ、チャールズ。
俺からチャールズにどんな言葉をかけたら良いやら。ハインツ司祭がいる手前、ツルリンがチャールズだとバレる言動は控えたい。
「アルフレッドは王様になれませんよ、ハインツ司祭」
俺にとってもチャールズにとっても救いの一言を放ったのは、ザックだった。
「なぜなれないのですか?」
「ハインツ司祭。貴方はアルフレッドの母親についてご存じですか?」
まさかここで俺の母親に話題を振るとは。ザックは何を考えているんだ。
「女中のキャロル・シュタインと伺いました。母親が誰であろうと、貴ぶべきは王の血と治世者たる人格です。トーマ殿下は底意地が悪い! ヒース殿下は父親そっくりだ! チャールズ殿下は頭が足りない!」
――そ、そこまで言わなくても。ああ、チャールズが今にも卒倒しそうだ。
チャールズは虚ろな眼差しで空を見つめ、放心している。
「アルフレッド殿下は大変ご苦労されていますし、勉学をご立派に修め、慈愛に溢れています。母親の血を気にする必要がどこにありますか! 大体、トーマ殿下のような者にも爵位が与えられているのですよ? あれの母親の卑しさに比べたら天と地の差だ!」
「残念なことに、キャロル・シュタインはただの女中では無かったのです。複雑な事情があります」
――ザックはどこまで知っているんだ?
母キャロルの妹にあたるナンシーの顔が頭に浮かぶ。シュタイン姉妹はとある名家の出だったか、腹違いの姉弟に毒を盛ったと濡れ衣を着せられたという。一族の姓を名乗ることを許されずに実家を追い出されたそうだが、ナンシーはあれから身の上話を語ろうとしない。
「どんな事情ですか? 教えてください、ブロンテ執事」
「今は語ることができません」
「そう……ですか」
ハインツ司祭は溜め息とともに、椅子に深く背を持たれた。
「どうやら私のような一介の司祭では推し量れぬことのようですね。ギョーム国王陛下は、どうお考えなのでしょうか? アルフレッド殿下が王に相応しいことに気付いておられるはずでしょう?」
「自分には、陛下のお気持ちを全て理解することはできません」
いやザックは理解している。明言を避けているだけだ。
「本日はハインツ司祭のお心を聞くことができて幸いでした。その真摯なお気持ちは必ずや陛下にお伝えしましょう。それでは、失礼致します」
ザックはハインツ司祭に頭を下げ、礼拝堂の入り口へ歩いて行く。
「貴方のご期待に添うことができず、申し訳なく思います」
俺も頭を下げ、礼拝堂を出ようとした。しかしチャールズがその場を動こうとしない。彼は失意に打ちひしがれるハインツ司祭のそばにかがんだ。
「最善の君主を望む貴方の愛国心に共感します」
チャールズは一礼すると、俺たちの後ろについて礼拝堂を出た。
「僕も兄上のように、求められる人間になりたい」
宿へ戻る道すがら、ツルリンは自分の両手を広げて見つめた。
「愛を求めるばかりの手を、求められる手にかえることはできるでしょうか」
「できるさ。帰りも馬車の手綱を任せて良いか?」
「はい、もちろん」
チャールズは喜色満面だ。
「もう少しの間だけ、殿下を頼むよ、アル」
「任せとけ、ザック」
「そうだ、御礼と言ってはなんだけど渡そうと思っていたものがあるんだ」
宿に戻ったザックは、旅行鞄から辞書大の木箱を取り出した。俺たちの帰りを待っていたミミが、ザックの手から贈り物を受け取る。
「まあ、これは!」
贈り物を手に取ったミミの表情がたちまちほころぶ。瓶の中に、精巧な帆船の模型がつくられていたからだ。
「凄いわ! ありがとう。ザックさんがこれを作ったの?」
「はい、自慢ですが傑作ができたので」
「ありがとう、ザック」
「なになに? なんですか、それ? 僕にも見せて下さい」
ツルリンにも帆船の模型を見せると、彼は「凄い、職人が作ったみたいだ」と目を輝かせた。
「リンドバーグ夫妻の船出が幸多きものであるようにと心を込めました。――それでは近いうちに、また」
――近いうちに?
意味深な言葉を残し、振り返ることなく宿を発つザック。彼の姿を見送った後、俺たちも帰路に就いた。
【つづく】
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