【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
5-5 ★ でちゅねぇ?
猫を抱えたトーマ殿下と、最低不倫男ザビエル。
二人はこの礼拝堂で会う約束をしていたようだ。
――この二人、一体どういう関係だ?
告解室から偵察を続けていると、トーマ殿下の腕の中で猫が「ニャア!」とまた鳴いた。
「殿下、とっても可愛い猫でございますね」
「そうだろう? ビビアンは本当に愛くるしいんだ。ビビアン、私は用があるから、ここで遊んでいなさい」
猫は近くの椅子で爪とぎを始めた。人様の教会なのに猫の粗相を咎めもしない。
「アラベラ・スチュワートとは順調かい? 何か情報は分かったか?」
「今のところは何も。アラベラは、ミミ嬢のことも司祭のことも全く話さないんですよ」
「普通、女友達になら、夫の愚痴をこぼすものだろう?」
「そう思ったのですが、違うようで」
「ふーむ」
トーマ殿下は【アラベラはミミの友人】と思い込んでいるようだ。毒を盛られた【キャベンディッシュ夫妻の命の恩人】【ミミの大親友】と、新聞に大きく掲載されたからだろう。だがミミとアラベラは、腹を割って打ち明け話をするほど親しい仲というわけでもない。まぁ、いろいろあったからな。
「引き続きリンドバーグ夫妻を調査するんだ。どんな些細なことでも、あの夫婦の評価を下げる情報が入ったら教えてくれ。おまえの働きに応じて、良い仕事を回してやる」
「ありがとうございます。私のような駆け出しの弁護士をお引き立ていただき光栄です。殿下の為に全力を尽くします」
「期待しているぞ。――ビビアン、ビ~ビアン、こっちにおいで」
猫はトーマ殿下の声を無視して、軽やかな歩調で告解室へ近付く。
――こ、こら、こっちへ来るな! あっちへ行け、猫!
俺たちは息を殺して身を潜めた。
「ほ~ら、捕まえた」
告解室の一歩手前で、トーマ殿下は猫を両手ですくいあげる。
「ビビアンは、いたずらっ子でちゅねぇ」
――でちゅねぇ?
「さあ、お家へ帰りまちゅよ」
――まちゅよ? このおっさん、気持ち悪い!
「ザビエル、君もこれから発つのかい?」
「はい、すぐに」
トーマ殿下とザビエル、二人分の足音が礼拝堂を去る。
再び静寂が訪れたが、ツルリンもザックもひたすら無言だ。
「これを見る為に、おまえはここに?」
網戸に顔を近付け、隣の小部屋にいるザックへ訊ねる。
「オリーブとザビエルの不倫は想定外だった。俺が探りたかったのはトーマとザビエルだよ」
「この密会の情報を、どこで得たんだ?」
「秘密。ところでアル、トーマ殿下と会って話しただろう?」
「ああ、今朝ばったり会ったよ。まさか見ていたのか?」
「そんなとこ。何を話したの?」
「何って……とびきりの皮肉を吐かれたよ」
「僕の顔を見てもトーマ叔父は皮肉しか言いませんよ、兄上。あ~んなデブのバカ猫を溺愛して〝いたずらっ子でちゅね~、帰りまちゅよ~〟って聞きました? うぇぇ、気持ち悪い!」
「同感だよ、チャールズ。おまえは本当にトーマ殿下が嫌いなんだな」
「大大大っ嫌いですよ! 化粧の厚いイメルダ叔母も、くそ生意気な従兄弟のヒースも」
チャールズは拳を握り固め、怒りを爆発させる。
「分かった、分かった。あまり汚い言葉を使うな、ここは教会だぞ」
「告解室では本音を晒しても良いんじゃないかい、アル?」
「なるほど、ザックの言う通りだな」
「とにかく大嫌いなんです。父上だってトーマ叔父が大嫌いですよ。直接聞いたわけではないですが、父上のお気持ちが僕には痛いほどよく分かるんです」
「おまえが言うからそうなのだろう。俺もああいう輩は苦手だ」
「僕だけでなく、兄上に毒づいたなんて許せません。なぜトーマ叔父は、ザビエルのような小者を使って、兄上とミミの足をすくおうとしているのでしょうか?」
「シッ。チャールズ、静かに」
誰かの足音が礼拝堂へ近付く。幕の隙間から様子をうかがった。
――ハインツ司祭だ!
ハインツ司祭は礼拝堂をぐるりと見回す。その視線がなんと俺たちの隠れる告解室へぴたりと留まった。
「誰かそこにいらっしゃるでしょう? 今日はもう礼拝堂を閉めますよ」
ザビエル、トーマ、オリーブ、三人は気付かなかったのにな。
俺とザックは柵越しに目配せすると、観念して告解室を出た。ツルリンもガタガタ震えながら俺の後ろにぴったりくっつく。
「アルフレッド司祭ではありませんか! おや、そちらの御方は……」
ツルリンの肩がびくりとはね上がる。ハインツ司祭はこちらへカツカツと近付いてきた。彼の視線はツルリンではなく、変装した隣のザックへ留まった。
「ブロンテ執事ではございませんか」
「よくお分かりになりましたね」
「一度見た人の顔は忘れないので。その髪はカツラですか?」
「そんなところです」
「何かご事情がおありのようだ。おや? アルフレッド司祭の後ろにいらっしゃる御方はどなたです? 神学生のようですが」
ツルリンは俺を盾にし、ハインツ司祭の視界から逃れようとした。
「ハインツ司祭。トーマ殿下とは随分親しいようですね」
ザックが唐突に質問を投げかけると、ハインツ司祭は焦燥の色を浮かべた。
「親しいなんて、そんな! ブロンテ執事の勘違いです」
「トーマ殿下は信頼しない人間に愛猫を預けません」
「私は頼まれたら断れないだけですよ。見てくださいよ、これ。また椅子を修理しなければならない」
椅子についた爪とぎの痕を、ハインツ司祭は撫でた。
「猫で話題を逸らそうとしていませんか、ハインツ司祭。貴方はチャールズ廃嫡派でしょう?」
ザックの問いかけに、ハインツ司祭は眉を顰める。
「まさかブロンテ執事は、私がチャールズ殿下に害をなすと考えておいでで? それはとんでもない誤解です! 確かにチャールズ殿下の即位には反対ですが」
「では誰を望まれますか? トーマ殿下ですか?」
「いいえ。トーマ殿下は王の器ではありません。他に、未来の王に相応しい御方がいるとしたら」
ハインツ司祭は俺の前に跪き、頭を垂れた。
「アルフレッド殿下。貴方以上の王の器はいないでしょう」
――俺の秘密は一体どこまで知れ渡っているんだ。
チャールズ廃嫡派に、俺を王に望む人間がいる。
これは面倒なことになりそうだ。
【つづく】
二人はこの礼拝堂で会う約束をしていたようだ。
――この二人、一体どういう関係だ?
告解室から偵察を続けていると、トーマ殿下の腕の中で猫が「ニャア!」とまた鳴いた。
「殿下、とっても可愛い猫でございますね」
「そうだろう? ビビアンは本当に愛くるしいんだ。ビビアン、私は用があるから、ここで遊んでいなさい」
猫は近くの椅子で爪とぎを始めた。人様の教会なのに猫の粗相を咎めもしない。
「アラベラ・スチュワートとは順調かい? 何か情報は分かったか?」
「今のところは何も。アラベラは、ミミ嬢のことも司祭のことも全く話さないんですよ」
「普通、女友達になら、夫の愚痴をこぼすものだろう?」
「そう思ったのですが、違うようで」
「ふーむ」
トーマ殿下は【アラベラはミミの友人】と思い込んでいるようだ。毒を盛られた【キャベンディッシュ夫妻の命の恩人】【ミミの大親友】と、新聞に大きく掲載されたからだろう。だがミミとアラベラは、腹を割って打ち明け話をするほど親しい仲というわけでもない。まぁ、いろいろあったからな。
「引き続きリンドバーグ夫妻を調査するんだ。どんな些細なことでも、あの夫婦の評価を下げる情報が入ったら教えてくれ。おまえの働きに応じて、良い仕事を回してやる」
「ありがとうございます。私のような駆け出しの弁護士をお引き立ていただき光栄です。殿下の為に全力を尽くします」
「期待しているぞ。――ビビアン、ビ~ビアン、こっちにおいで」
猫はトーマ殿下の声を無視して、軽やかな歩調で告解室へ近付く。
――こ、こら、こっちへ来るな! あっちへ行け、猫!
俺たちは息を殺して身を潜めた。
「ほ~ら、捕まえた」
告解室の一歩手前で、トーマ殿下は猫を両手ですくいあげる。
「ビビアンは、いたずらっ子でちゅねぇ」
――でちゅねぇ?
「さあ、お家へ帰りまちゅよ」
――まちゅよ? このおっさん、気持ち悪い!
「ザビエル、君もこれから発つのかい?」
「はい、すぐに」
トーマ殿下とザビエル、二人分の足音が礼拝堂を去る。
再び静寂が訪れたが、ツルリンもザックもひたすら無言だ。
「これを見る為に、おまえはここに?」
網戸に顔を近付け、隣の小部屋にいるザックへ訊ねる。
「オリーブとザビエルの不倫は想定外だった。俺が探りたかったのはトーマとザビエルだよ」
「この密会の情報を、どこで得たんだ?」
「秘密。ところでアル、トーマ殿下と会って話しただろう?」
「ああ、今朝ばったり会ったよ。まさか見ていたのか?」
「そんなとこ。何を話したの?」
「何って……とびきりの皮肉を吐かれたよ」
「僕の顔を見てもトーマ叔父は皮肉しか言いませんよ、兄上。あ~んなデブのバカ猫を溺愛して〝いたずらっ子でちゅね~、帰りまちゅよ~〟って聞きました? うぇぇ、気持ち悪い!」
「同感だよ、チャールズ。おまえは本当にトーマ殿下が嫌いなんだな」
「大大大っ嫌いですよ! 化粧の厚いイメルダ叔母も、くそ生意気な従兄弟のヒースも」
チャールズは拳を握り固め、怒りを爆発させる。
「分かった、分かった。あまり汚い言葉を使うな、ここは教会だぞ」
「告解室では本音を晒しても良いんじゃないかい、アル?」
「なるほど、ザックの言う通りだな」
「とにかく大嫌いなんです。父上だってトーマ叔父が大嫌いですよ。直接聞いたわけではないですが、父上のお気持ちが僕には痛いほどよく分かるんです」
「おまえが言うからそうなのだろう。俺もああいう輩は苦手だ」
「僕だけでなく、兄上に毒づいたなんて許せません。なぜトーマ叔父は、ザビエルのような小者を使って、兄上とミミの足をすくおうとしているのでしょうか?」
「シッ。チャールズ、静かに」
誰かの足音が礼拝堂へ近付く。幕の隙間から様子をうかがった。
――ハインツ司祭だ!
ハインツ司祭は礼拝堂をぐるりと見回す。その視線がなんと俺たちの隠れる告解室へぴたりと留まった。
「誰かそこにいらっしゃるでしょう? 今日はもう礼拝堂を閉めますよ」
ザビエル、トーマ、オリーブ、三人は気付かなかったのにな。
俺とザックは柵越しに目配せすると、観念して告解室を出た。ツルリンもガタガタ震えながら俺の後ろにぴったりくっつく。
「アルフレッド司祭ではありませんか! おや、そちらの御方は……」
ツルリンの肩がびくりとはね上がる。ハインツ司祭はこちらへカツカツと近付いてきた。彼の視線はツルリンではなく、変装した隣のザックへ留まった。
「ブロンテ執事ではございませんか」
「よくお分かりになりましたね」
「一度見た人の顔は忘れないので。その髪はカツラですか?」
「そんなところです」
「何かご事情がおありのようだ。おや? アルフレッド司祭の後ろにいらっしゃる御方はどなたです? 神学生のようですが」
ツルリンは俺を盾にし、ハインツ司祭の視界から逃れようとした。
「ハインツ司祭。トーマ殿下とは随分親しいようですね」
ザックが唐突に質問を投げかけると、ハインツ司祭は焦燥の色を浮かべた。
「親しいなんて、そんな! ブロンテ執事の勘違いです」
「トーマ殿下は信頼しない人間に愛猫を預けません」
「私は頼まれたら断れないだけですよ。見てくださいよ、これ。また椅子を修理しなければならない」
椅子についた爪とぎの痕を、ハインツ司祭は撫でた。
「猫で話題を逸らそうとしていませんか、ハインツ司祭。貴方はチャールズ廃嫡派でしょう?」
ザックの問いかけに、ハインツ司祭は眉を顰める。
「まさかブロンテ執事は、私がチャールズ殿下に害をなすと考えておいでで? それはとんでもない誤解です! 確かにチャールズ殿下の即位には反対ですが」
「では誰を望まれますか? トーマ殿下ですか?」
「いいえ。トーマ殿下は王の器ではありません。他に、未来の王に相応しい御方がいるとしたら」
ハインツ司祭は俺の前に跪き、頭を垂れた。
「アルフレッド殿下。貴方以上の王の器はいないでしょう」
――俺の秘密は一体どこまで知れ渡っているんだ。
チャールズ廃嫡派に、俺を王に望む人間がいる。
これは面倒なことになりそうだ。
【つづく】
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