【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
5-4 ★ ザビエルの秘密
浜辺の結婚式では照り焼きになりそうだったが、付近の食堂を貸し切って行われた披露宴は涼しく快適だった。やはり屋根のある場所は良い。音楽隊の生演奏に耳を澄ましながら、ご馳走に舌鼓を打つ。
祝福の声に満ちあふれ、披露宴は賑やかに幕を閉めた。
荷物をまとめ、さて帰ろうかという時のこと。
「ザック、どこへ行くんだ?」
ザックは乗合馬車で王都へ戻ると言った。だが彼は宿の受付で女将さんに荷物を預け、手ぶらで外へ出ようとする。彼は「散歩」とだけ答え、足早に宿を出た。
「ザックはどこへ行ったんでしょうか」
ツルリンが焼き菓子を頬張りながら眉を顰める。
「お土産でも買いに行ったんじゃない?」
紅茶を飲みながら、ミミが窓の外へ視線を遣る。
「俺、ちょっと出てくる。ミミも来る?」
「私はもう一歩も動きたくないわ。行ってらっしゃい、あまり遠くへはいかないでね」
「僕がお供します」
俺とツルリンは宿を後にした。
「兄上、あそこです」
ツルリンが道の先を指差す。ザックの背中がもうあんな遠いところに。俺とツルリンは行き交う人の背を盾に隠れながら、ザックとの距離を保ちつつ、彼の尾行を続けた。
「一体どこへ行こうとしているんでしょうか?」
「うーん、ますます怪しい」
「これは何かありますね」
道を行き交う人々が次第に少なくなる。木漏れ日降り注ぐ並木道を進むと、雑木林の近くに煉瓦造りの建物と鐘塔が見えてきた。
「兄上、あれってもしかして」
「教会だな」
ザックはすたすたと教会の門をくぐると、礼拝堂へ入った。俺とツルリンも西日の差し込む礼拝堂へ足を踏み入れたが、誰もいない。
「ザックが消えた?」
「確かにこの礼拝堂に入りましたよね」
「ここにいるよ」
告解室の幕裏からザックがお化けのように顔を出す。チャールズは腰を抜かした。
「お、おお、お化け! 兄上、お化けが!」
「よく見ろ、あれはザックだ。――おい、そこで何してる?」
「調べ物さ。二人も隠れた方が良い。隣部屋が空いてるよ」
告解室は二つの小部屋がつながったつくりだ。小部屋は格子状の窓と幕に覆われている。両脇の出入り口にも扉代わりに赤幕の目隠しがされていた。本来は片方に司祭が、隣に信徒が入る。信徒は網戸越しに罪を告白、隣部屋の司祭と共に贖罪と祈りの言葉を唱えるのだ。ここで告白された信徒の罪について、司祭は決して口外してはならない。
俺とツルリンは、ザックのいる小部屋の隣に入ったが。
「い、痛い! ツルリン、もう少し壁際に寄れ」
「は、はい、すみません」
「それでザック、なんで隠れるんだよ? 誰かこの礼拝堂に来るのか?」
「そんなとこ。密会の調査に来た。見ていれば分かるよ」
幕の隙間から片目をのぞかせ、待つこと数分。礼拝堂の扉が開いて、一組の男女が中へ入ってきた。私服に着替えていたので、一瞬誰だか分からなかったが。
――花嫁のオリーブと、友人代表のザビエル?
「誰もいないよ。外は暑いけど、礼拝堂の中は涼しいね、オリーブ」
「ええ。浜ではなく礼拝堂で式を挙げれば良かったわ」
――浜辺で式を挙げたいと言ったのは、他でもない貴女なんですが、オリーブさん?
それにしてもなぜ二人は礼拝堂へ来たのだろう。花婿ジェフは一緒にいないようだ。
「やっぱり辛いよ、オリーブ。君が他の男のものになるなんて」
「貴方も人のことは言えないでしょう、意地悪ね」
花嫁オリーブはザビエルの胸にそっと寄りかかった。
――ま、まさか、この二人……。
「ジェフがいなくなれば、後は私のものになるし。この結婚は保険よ」
「僕もそうだ。あの女との婚約は建前と打算さ」
――あの女って……アラベラのことだよな?
「お互い、金持ちの一人っ子を見つけられて良かったわね」
「ああ。後々、お金の心配はいらないよ。君が好きだ、オリーブ」
「ザビエル、愛しているわ」
聞くに堪えがたい情話だ。知性の欠片も無く、あの男女の精神的な堕落を感じた。ツルリンは呆れ返っている。網戸越しのザックはというと冷めた表情で偵察を続けていた。
「名残惜しいけれど、ジェフが親戚への挨拶を済ませた頃かな」
「ザビエルと抜け出せて良かった。ジェフの親戚は私を嫌っているし」
そもそも親戚の挨拶に付き添わない花嫁とはいかがなものか。この猛暑に港町まで呼び出しているのだから、気が進まなくても参列者に感謝を伝えるべきだろう。
「ジェフが死んだら、文句の一つも言えなくなるわ。舅も姑も患っていて長くないの」
「葬式が楽しみだね」
「待ち遠しいわ。明日でも良いくらいよ」
ダーシーと同じかそれ以上に心根の腐った悪女だ。これは結婚詐欺である。
「オリーブ、気をつけて帰るんだよ」
「貴方は帰らないの、ザビエル?」
「一緒に帰ったらジェフに疑われるだろう? 僕はもう少しここにいるよ」
「そうね。近いうち、また会いましょうね!」
オリーブが礼拝堂を出て行く。
――どいつもこいつも最低だ。
握り固めた拳が震える。教会の長椅子に背をもたれ、口笛を吹くザビエルの後ろ姿を見ていると、更に怒りがこみあげた。ザビエルと不義を貫くオリーブにも。挙式までに何度も花嫁の我が儘な要望に付き合わされ、猛暑の中、汗だくになりながら式を執り行った。そしてこの裏切りか。
今思うと、あのしょんべん小僧はよくやった。あれは神の采配か。いっそあの場で漏らしてくれても良かったくらいだ。
ギィと蝶番が軋み、再び礼拝堂の扉が開いた。
ザビエルは振り返ると、急に席を立ち、背筋をピンッと伸ばした。
「やあ、ザビエルくん。待たせたね?」
――この声は。
「いいえ、今来たところです。トーマ殿下、ご無沙汰しております!」
トーマ殿下の腕の中で、茶色の猫が「ニャア」と一声鳴いた。
【つづく】
祝福の声に満ちあふれ、披露宴は賑やかに幕を閉めた。
荷物をまとめ、さて帰ろうかという時のこと。
「ザック、どこへ行くんだ?」
ザックは乗合馬車で王都へ戻ると言った。だが彼は宿の受付で女将さんに荷物を預け、手ぶらで外へ出ようとする。彼は「散歩」とだけ答え、足早に宿を出た。
「ザックはどこへ行ったんでしょうか」
ツルリンが焼き菓子を頬張りながら眉を顰める。
「お土産でも買いに行ったんじゃない?」
紅茶を飲みながら、ミミが窓の外へ視線を遣る。
「俺、ちょっと出てくる。ミミも来る?」
「私はもう一歩も動きたくないわ。行ってらっしゃい、あまり遠くへはいかないでね」
「僕がお供します」
俺とツルリンは宿を後にした。
「兄上、あそこです」
ツルリンが道の先を指差す。ザックの背中がもうあんな遠いところに。俺とツルリンは行き交う人の背を盾に隠れながら、ザックとの距離を保ちつつ、彼の尾行を続けた。
「一体どこへ行こうとしているんでしょうか?」
「うーん、ますます怪しい」
「これは何かありますね」
道を行き交う人々が次第に少なくなる。木漏れ日降り注ぐ並木道を進むと、雑木林の近くに煉瓦造りの建物と鐘塔が見えてきた。
「兄上、あれってもしかして」
「教会だな」
ザックはすたすたと教会の門をくぐると、礼拝堂へ入った。俺とツルリンも西日の差し込む礼拝堂へ足を踏み入れたが、誰もいない。
「ザックが消えた?」
「確かにこの礼拝堂に入りましたよね」
「ここにいるよ」
告解室の幕裏からザックがお化けのように顔を出す。チャールズは腰を抜かした。
「お、おお、お化け! 兄上、お化けが!」
「よく見ろ、あれはザックだ。――おい、そこで何してる?」
「調べ物さ。二人も隠れた方が良い。隣部屋が空いてるよ」
告解室は二つの小部屋がつながったつくりだ。小部屋は格子状の窓と幕に覆われている。両脇の出入り口にも扉代わりに赤幕の目隠しがされていた。本来は片方に司祭が、隣に信徒が入る。信徒は網戸越しに罪を告白、隣部屋の司祭と共に贖罪と祈りの言葉を唱えるのだ。ここで告白された信徒の罪について、司祭は決して口外してはならない。
俺とツルリンは、ザックのいる小部屋の隣に入ったが。
「い、痛い! ツルリン、もう少し壁際に寄れ」
「は、はい、すみません」
「それでザック、なんで隠れるんだよ? 誰かこの礼拝堂に来るのか?」
「そんなとこ。密会の調査に来た。見ていれば分かるよ」
幕の隙間から片目をのぞかせ、待つこと数分。礼拝堂の扉が開いて、一組の男女が中へ入ってきた。私服に着替えていたので、一瞬誰だか分からなかったが。
――花嫁のオリーブと、友人代表のザビエル?
「誰もいないよ。外は暑いけど、礼拝堂の中は涼しいね、オリーブ」
「ええ。浜ではなく礼拝堂で式を挙げれば良かったわ」
――浜辺で式を挙げたいと言ったのは、他でもない貴女なんですが、オリーブさん?
それにしてもなぜ二人は礼拝堂へ来たのだろう。花婿ジェフは一緒にいないようだ。
「やっぱり辛いよ、オリーブ。君が他の男のものになるなんて」
「貴方も人のことは言えないでしょう、意地悪ね」
花嫁オリーブはザビエルの胸にそっと寄りかかった。
――ま、まさか、この二人……。
「ジェフがいなくなれば、後は私のものになるし。この結婚は保険よ」
「僕もそうだ。あの女との婚約は建前と打算さ」
――あの女って……アラベラのことだよな?
「お互い、金持ちの一人っ子を見つけられて良かったわね」
「ああ。後々、お金の心配はいらないよ。君が好きだ、オリーブ」
「ザビエル、愛しているわ」
聞くに堪えがたい情話だ。知性の欠片も無く、あの男女の精神的な堕落を感じた。ツルリンは呆れ返っている。網戸越しのザックはというと冷めた表情で偵察を続けていた。
「名残惜しいけれど、ジェフが親戚への挨拶を済ませた頃かな」
「ザビエルと抜け出せて良かった。ジェフの親戚は私を嫌っているし」
そもそも親戚の挨拶に付き添わない花嫁とはいかがなものか。この猛暑に港町まで呼び出しているのだから、気が進まなくても参列者に感謝を伝えるべきだろう。
「ジェフが死んだら、文句の一つも言えなくなるわ。舅も姑も患っていて長くないの」
「葬式が楽しみだね」
「待ち遠しいわ。明日でも良いくらいよ」
ダーシーと同じかそれ以上に心根の腐った悪女だ。これは結婚詐欺である。
「オリーブ、気をつけて帰るんだよ」
「貴方は帰らないの、ザビエル?」
「一緒に帰ったらジェフに疑われるだろう? 僕はもう少しここにいるよ」
「そうね。近いうち、また会いましょうね!」
オリーブが礼拝堂を出て行く。
――どいつもこいつも最低だ。
握り固めた拳が震える。教会の長椅子に背をもたれ、口笛を吹くザビエルの後ろ姿を見ていると、更に怒りがこみあげた。ザビエルと不義を貫くオリーブにも。挙式までに何度も花嫁の我が儘な要望に付き合わされ、猛暑の中、汗だくになりながら式を執り行った。そしてこの裏切りか。
今思うと、あのしょんべん小僧はよくやった。あれは神の采配か。いっそあの場で漏らしてくれても良かったくらいだ。
ギィと蝶番が軋み、再び礼拝堂の扉が開いた。
ザビエルは振り返ると、急に席を立ち、背筋をピンッと伸ばした。
「やあ、ザビエルくん。待たせたね?」
――この声は。
「いいえ、今来たところです。トーマ殿下、ご無沙汰しております!」
トーマ殿下の腕の中で、茶色の猫が「ニャア」と一声鳴いた。
【つづく】
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