【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
5-3 ★ だから言ったのに、聞きゃしない
宿で朝食を食べた俺たちは、馬車で荷物を浜辺へ移動した。荷物の設置が済むと、参列者用の長椅子を地元の商工会館から運ぶ。椅子はどうしてもかさばるし重いので事前に借りる約束をしていたのだ。
力仕事は男の俺たちで、女性のミミには会場の飾り付けをしてもらう。リボンやレースで会場を華やかにしてくれるミミ。彼女の磨かれた感性に今までもどれだけ助けられたことか。
会場の設置が終わり、木陰の長椅子で一息吐いていると。
「おはようございます。リンドバーグ司祭様ではございませんか」
濃い朱色の背広を身に纏った、茶髪の青年に声をかけられた。灰色の目が笑みに細められる。
「はじめまして、ザビエル・ピーターソンと申します。花婿の友人です」
「ああ! 参列者名簿でお名前を拝見しました。アルフレッド・リンドバーグです」
ザビエルと俺は握手を交わす。
「妻のミミ・リンドバーグですわ」
「お会いできて光栄です、奥様」
彼は腰を低くして、ミミの手の甲に口づけをした。彼女が元貴族の令嬢だからだろうか。やけに仰々しい挨拶だ。
「お二人には、アラベラがいつもお世話になっております」
「貴方はアラベラさんのお知り合いなのですか?」
ミミが訊ねると、ザビエルは意外そうに目を丸くした。
「僕は、アラベラの婚約者です」
俺とミミは顔を見合わせた。
「アラベラから僕のことを何もお聞きしておりませんか?」
「え、ええ」
「アラベラは奥様のご友人なので、既に話したものと思っておりました。まぁ、アラベラは恥ずかしがり屋ですからね」
――アラベラが恥ずかしがり屋? えっ、誰かと間違えていないか?
「近いうちに僕たちの結婚もリンドバーグ司祭様に執り行ってもらいたい。ですから本日の式前にご挨拶を、と。どうぞよろしくお願いします」
「お任せください」
「そうだ、ジェフとオリーブみたいに、僕たちも浜辺で挙式させてもらおうかな」
ジェフとオリーブ。本日の新郎新婦の名前だ。
――浜辺で結婚式。正直、あまりオススメはできないんだけどなぁ。
「アラベラも一緒に来れば良かったのになぁ。誘ったのですが私用があるからと断られてしまって。日を改めて、司祭様のお宅へご挨拶にうかがいます」
ザビエルは残念そうに肩をすくめた。
        + + + + +
開式の時間が近づくと、別の宿に泊まっていた新郎新婦、親類縁者が浜辺へ集まってきた。全員が着席したのを確認し、式を始める。夏の日差しがじりじりと照りつける中、誓いの言葉を読み上げた。
――暑いなぁ。ここは鉄板の上か?
参列者たちも汗だくだ。「なぜ真夏に屋根のない場所で式をあげるんだ」と顔にかいてある。司祭が一番思っているよ。
「病める時も健やかなる時も、愛することを誓いますか?」
「ぼく、おしっこ!」
――水を差したのは、どこのしょんべん小僧だ!
それはもう無邪気で大きな声だった。尿意が限界に達した少年は「もれる、死んじゃう」と訴えて、花嫁の誓いの言葉を遮った。「静かにしなさい」「我慢するんだ」と両親が少年を注意したが。
「おしっこ、おしっこ、おしっこぉぉぉ――!」
――大事なことだからって三回言うな。
「う……うんこも出そう!」
――そ、その子どもを黙らせてくれ!
新郎新婦の凍り付いた表情ときたら。親類縁者は苦笑いだ。
「お、お手洗いへご案内しますわ」
ミミがすぐに親子のそばへ走ってくれた。父親と母親は平謝りしながら、しょんべん小僧を抱えて浜辺を疾走する。
「おかあさん、あたしも。ここ、あつーい」
「丸焼きになりそうだ」
「私はちょっと水を……」
暑さ、尿意、水分不足が限界に達した参列者が一人、また一人と抜けていく。
――それでいいのか、親戚一同! まだ式の途中だぞ、おーい!
涼んでいるのか、先に披露宴会場へ向かったのか、誰一人として戻ってこない。
空しい気持ちでいっぱいの司祭の俺、眼鏡が熱気でくもったツルリンとザック、化粧が流れたすっぴんの花嫁、日射病で倒れそうなふらふらの花婿、ネクタイを緩めるザビエル、双方の肉親だけが浜辺に残された。全員汗だくで真っ赤、もはや我慢大会である。
「お二人に神の祝福があらんことを」
参列者の体調を優先し、途中の段取りをいくつか端折って幕締めとする。式が終わるや否や、残った全員が我先にと日陰へ退散した。
「だから言ったのに……夏の浜辺は暑いですよって」
新郎新婦は「平気よ」「どうってことないさ」と聞きゃしない。それがこの結果である。
「兄上、お疲れ様でした」
「今日は暑すぎたね、アル」
ツルリンとザックが、肩をポンッと叩いて励ましてくれた。
「あら? 結婚式は? みんなどこに行ったの?」
しょんべん小僧をお手洗いに案内していたミミが、もぬけの殻となった浜辺を見てきょとんとした。
【つづく】
力仕事は男の俺たちで、女性のミミには会場の飾り付けをしてもらう。リボンやレースで会場を華やかにしてくれるミミ。彼女の磨かれた感性に今までもどれだけ助けられたことか。
会場の設置が終わり、木陰の長椅子で一息吐いていると。
「おはようございます。リンドバーグ司祭様ではございませんか」
濃い朱色の背広を身に纏った、茶髪の青年に声をかけられた。灰色の目が笑みに細められる。
「はじめまして、ザビエル・ピーターソンと申します。花婿の友人です」
「ああ! 参列者名簿でお名前を拝見しました。アルフレッド・リンドバーグです」
ザビエルと俺は握手を交わす。
「妻のミミ・リンドバーグですわ」
「お会いできて光栄です、奥様」
彼は腰を低くして、ミミの手の甲に口づけをした。彼女が元貴族の令嬢だからだろうか。やけに仰々しい挨拶だ。
「お二人には、アラベラがいつもお世話になっております」
「貴方はアラベラさんのお知り合いなのですか?」
ミミが訊ねると、ザビエルは意外そうに目を丸くした。
「僕は、アラベラの婚約者です」
俺とミミは顔を見合わせた。
「アラベラから僕のことを何もお聞きしておりませんか?」
「え、ええ」
「アラベラは奥様のご友人なので、既に話したものと思っておりました。まぁ、アラベラは恥ずかしがり屋ですからね」
――アラベラが恥ずかしがり屋? えっ、誰かと間違えていないか?
「近いうちに僕たちの結婚もリンドバーグ司祭様に執り行ってもらいたい。ですから本日の式前にご挨拶を、と。どうぞよろしくお願いします」
「お任せください」
「そうだ、ジェフとオリーブみたいに、僕たちも浜辺で挙式させてもらおうかな」
ジェフとオリーブ。本日の新郎新婦の名前だ。
――浜辺で結婚式。正直、あまりオススメはできないんだけどなぁ。
「アラベラも一緒に来れば良かったのになぁ。誘ったのですが私用があるからと断られてしまって。日を改めて、司祭様のお宅へご挨拶にうかがいます」
ザビエルは残念そうに肩をすくめた。
        + + + + +
開式の時間が近づくと、別の宿に泊まっていた新郎新婦、親類縁者が浜辺へ集まってきた。全員が着席したのを確認し、式を始める。夏の日差しがじりじりと照りつける中、誓いの言葉を読み上げた。
――暑いなぁ。ここは鉄板の上か?
参列者たちも汗だくだ。「なぜ真夏に屋根のない場所で式をあげるんだ」と顔にかいてある。司祭が一番思っているよ。
「病める時も健やかなる時も、愛することを誓いますか?」
「ぼく、おしっこ!」
――水を差したのは、どこのしょんべん小僧だ!
それはもう無邪気で大きな声だった。尿意が限界に達した少年は「もれる、死んじゃう」と訴えて、花嫁の誓いの言葉を遮った。「静かにしなさい」「我慢するんだ」と両親が少年を注意したが。
「おしっこ、おしっこ、おしっこぉぉぉ――!」
――大事なことだからって三回言うな。
「う……うんこも出そう!」
――そ、その子どもを黙らせてくれ!
新郎新婦の凍り付いた表情ときたら。親類縁者は苦笑いだ。
「お、お手洗いへご案内しますわ」
ミミがすぐに親子のそばへ走ってくれた。父親と母親は平謝りしながら、しょんべん小僧を抱えて浜辺を疾走する。
「おかあさん、あたしも。ここ、あつーい」
「丸焼きになりそうだ」
「私はちょっと水を……」
暑さ、尿意、水分不足が限界に達した参列者が一人、また一人と抜けていく。
――それでいいのか、親戚一同! まだ式の途中だぞ、おーい!
涼んでいるのか、先に披露宴会場へ向かったのか、誰一人として戻ってこない。
空しい気持ちでいっぱいの司祭の俺、眼鏡が熱気でくもったツルリンとザック、化粧が流れたすっぴんの花嫁、日射病で倒れそうなふらふらの花婿、ネクタイを緩めるザビエル、双方の肉親だけが浜辺に残された。全員汗だくで真っ赤、もはや我慢大会である。
「お二人に神の祝福があらんことを」
参列者の体調を優先し、途中の段取りをいくつか端折って幕締めとする。式が終わるや否や、残った全員が我先にと日陰へ退散した。
「だから言ったのに……夏の浜辺は暑いですよって」
新郎新婦は「平気よ」「どうってことないさ」と聞きゃしない。それがこの結果である。
「兄上、お疲れ様でした」
「今日は暑すぎたね、アル」
ツルリンとザックが、肩をポンッと叩いて励ましてくれた。
「あら? 結婚式は? みんなどこに行ったの?」
しょんべん小僧をお手洗いに案内していたミミが、もぬけの殻となった浜辺を見てきょとんとした。
【つづく】
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