【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

5-2 ★ 故人の美徳

「おや、お二人は、リンドバーグ夫妻ではございませんか」

 ――この男、どこかで見覚えが。

「ト……トーマ殿下?」

 ミミが目をぱちくりとさせる。

「トーマ殿下だって?」

 俺はまじまじと彼へ見入った。国教会の式典に参列する彼を何度か見かけたことがある。

 ――ギョーム陛下へいかの腹違いの弟!

「こんなところでお会いするとは、奇遇ですね、ミミさん、リンドバーグ司祭」

 トーマ殿下は青色の瞳で俺をじっと見つめた。

 ――トーマ殿下は俺の叔父おじにあたる。俺は陛下へいかの婚外子だし、なんだか気まずいな。

 顔立ちは異なるが、若干似ていないこともない。同じなのは赤色の髪か。

 ――そういえば「トーマ殿下とギョーム陛下は兄弟仲が悪い」と聞いた。うわさは本当なのだろうか。

「殿下、これはお久しゅう」
「お初にお目にかかります、アルフレッド・リンドバーグです」

 ミミと俺は同時に頭を下げる。トーマ殿下が俺へ握手を求めたので応じた。

「アルフレッド司祭。きみと会うのは裁判以来ですね。私は傍聴席ぼうちょうせきにいたので言葉を交わすのは初めてですけれど。ミミさんとご旅行中ですか?」
「いいえ、仕事です」
「ほう。ミミさんもご主人のお仕事に付き添いを? 献身的けんしんてきですね」
とうといお役目だと感じておりますわ」

 ミミの表情がこわばっている。トーマ殿下に気を許していない様子だ。

「あなた! 随分ずいぶん早いお帰りだったわねぇ」 

 黒いワンピースを着た碧眼の女性が、手を振りながら浜辺にやってきた。肩の上で切りそろえた黒髪を夏風になびかせ、紅をさした唇に微笑を湛える。朝から少々、色味の強い化粧とよそおいだ。

 ――イメルダ夫人。トーマ殿下の奥方だな。

「あら、めずらしい顔ぶれで。ミミさんと司祭様ではございませんか」
「ご無沙汰ぶさたしております、イメルダ様」
「はじめまして。アルフレッド・リンドバーグです」

 イメルダ夫人と握手を交わした。

「そうそう。君のお父様は、ポール・リンドバーグ司祭だそうですね?」

 トーマ殿下の唐突な話題の振り方に違和感を覚えた。

「はい、そうでございます」
「ポール司祭とは、あまり似ていませんね」
「殿下は、私の養父ちちをご存じなのですか」
「国教会の式典で数度見かけましたよ。最近知ったのですが、兄上は亡きポール司祭を、とても信頼していたそうですね」

 ――とても信頼していた?

   トーマ殿下の言葉に引っかかりを覚えた。俺が陛下の落胤らくいんで、養父が育てたことを知っているという可能性もある。

「教会首長たる陛下へいかが、主教ではなく田舎町の司祭に告解こっかいをしていたとは驚きました」

 ――田舎町の司祭。養父ちち侮辱ぶじょくしたな。

 養父ちちポールと縁のあった、実父じっぷのギョーム陛下へいかをも卑下ひげする発言だ。

「ポール司祭は素晴らしい人格者ですわ」

 ミミが俺の一歩前に出て、トーマ殿下を見据えた。

「ミミさん。貴女あなたはポール司祭とお会いしたことはないでしょう?」

 トーマ殿下は小馬鹿にするようにミミに嘲笑をくべた。はらわたが煮えくり返る。

「ポール司祭とは毎日向かい合って話していますわ。おっとアルフレッドの姿は亡きしゅうとポール司祭の姿です。故人の美徳はアルフレッドに受け継がれております。陛下へいかが信頼を置いていたはずです。信頼と親愛は必ずしも職位から生まれません。はるかむかし大工だいくの息子が救いの御子みこであったように」

 ――ありがとう、ミミ。

 ミミは俺の代わりに、養父と実父の両方を立ててくれたのだ。

「素晴らしいわ、ミミさん。貴女あなたのお言葉は大主教に勝るとも劣らないわね」

 イメルダ夫人はとげのある口調で、ミミを見据みすえた。

貴女あなたがいなくなって社交界がかすみましたわ。舞踏会が恋しいことでしょう? 返り咲きたいと望まれることは?」
「いいえ、一度も」
「まさか。司祭の妻となったからそうおっしゃるだけで、本心ではないでしょう?」
「本心でございます。トーマ殿下、イメルダ様とのご縁が遠のいたことは寂しく思います。長いことご無沙汰ぶさたしておりましたのに、本日はまこと親身しんみなお言葉をかけていただき恐縮きょうしゅくです」

 今は縁遠くなった相手の境遇にずけずけという物言いは不躾ぶしつけだと、ミミは皮肉をしのばせている。トーマ殿下とイメルダ夫人は怪訝けげんそうにまゆを寄せた。

「申し訳ありませんが、私たちは忙しいので。アル、そろそろ」
「そうだね。失礼致します」

 俺とミミは一礼して、二人のそばを離れた。

「父を立ててくれてありがとう、ミミ」
「私も腹が立ったのだもの。トーマ殿下は前からああなの。人をすぐに比べたがるし、自慢が多くて肩がるわ。チャールズも、あの夫婦が苦手よ」
「だと思った」
「あの夫婦には、ヒースという息子がいるのだけど、年下のくせに生意気でね」
「目に浮かぶよ、どんな性格か」

 子が親の鏡ならそっくりそのままだろう。

「チャールズとあの夫婦を絶対に遭遇そうぐうさせるわけにはいかないな……あっ」

 俺とミミは同時に足を止めた。

「まさか。ザックが遭遇そうぐうさせたくないと言ったのは……」
「あり得ない話ではないわね。あの二人がさよなら委員会の人間かも。王族は血で血を洗っているわ。あの二人がチャールズを消したいと願っても、なんらおかしくないことよ。王室なんて……」

 ミミは「綺麗なのは外面そとづらだけ」と言って肩をすくめた。

「トーマ殿下は、アルフレッドの出生を知っているわね」
「そんな口調だったしな」
「危険なのはチャールズだけではないわ。アルフレッド、貴方あなたもどうか気をつけて」

 不安そうに俺の腕に寄り添うミミ。

「ミミがいれば俺は無敵だよ」

 嘘ではなく本当にそうなのだ。ミミがいるから強くなれる。生涯を通してこの人を守り通すと誓った。

【つづく】

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品