【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
5-1 ★ いただきまーしゅ
司祭は夢の専門家ではない。だが信徒さんから夢相談をされることが時々ある。「亡くなった家族が出てきた」もしくは「聖霊がおりてきた」という類いの夢が多い。中には「この夢は神様のお告げに違いないわ!」と信じ切っている人もいる。
不思議な夢に、第三者が解釈を与えるのは難しい。「こういう意味なら良いのに」と相談者の願望があるからだ。結局本当の意味は夢を見た本人にしか分からない。他者が解釈を与えても納得されないことが多いのだ。
夢相談に来た信徒さんからは、こんな質問もされる。
「司祭様はどんな夢を見るのですか?」
ごくごく普通の夢ばかりだ。
いや、普通じゃない夢も結構ある。
――俺、なんでこんな夢見ているんだ。
亀の姿をした巨大怪獣が「キェェェ」と奇声を発しながら、俺の背後に迫る。夢の中だけど絶体絶命だ。司祭の口から真っ先に出た祈りの言葉は。
「助けてくれえぇぇ、神様あぁぁあ!」
全身全霊で「助けて」と大声を張り上げる。怪獣に破壊され炎に呑まれた町を、我武者羅に駆け抜けた。
「俺はまだ死にたくないんだよおおお! なんでいっつもいっつも邪魔するんだ! 死ぬ前に妻とあんなことや、こんなことや!」
司祭らしからぬ不埒な本音が次々に口から爆発した。なりふり構っていられるか!
――オスカルがいてくれたら逃げ切れるのに!
今にも崩壊しそうなボロボロの教会へ飛び込む。死角を利用して怪獣を撒こうとしたが、煉瓦壁の前でとうとう追い込まれてしまった。
「俺は食べても美味くないぞ! 脂がのったデブをあたってくれ!」
ドシン、ドシンと足音を響かせ、怪獣が俺を食わんと大口を開けた。
「いただきまーしゅ」
怪獣にしては可愛らしい声だった。
「今の声はミミ? んぎゃあああ!」
怪獣は俺の腹にガブッとかぶりついた。ジタバタ暴れていると急に視界が遠のき、悪夢からようやく目覚めた。
  ――寝相怪獣ミミの仕業だったか。
ミミはうつ伏せで俺の上にのっかっている。俺の腹は涎まみれだ。おまけにヘソの辺りが痛い。寝ぼけたミミにヘソを狙われたのか。夜中に蒸し暑さから目覚め、上着を脱いだのが災いした。服の上からなら噛まれても傷は浅かったろう。
「あ……朝だよ、ミミ」
「ん~ん、夜でしゅ」
「朝です」
「まんぷくで、うごけましぇ~ん」
ミミは子どものようにぐずり、俺の腹にぎゅっと抱きついた。何度も優しく声をかけていると、ミミの瞼がうっすらと開いた。
「ふわわぁ。おはよう、アル」
「おはよう、ミミ」
「アル……元気ない? どうしたの?」
「ヘソをとられそうになってさ」
「おヘソを? 雷様に? ど、どうしたの、この痣!」
ミミの表情からサッと血の気が引く。
「虫に噛まれたんだよ」
「よほど大きい虫だったのね。消毒しましょう」
「大したことないって。ところで寝言を呟いていたようだけど、なにか良い夢を見たの?」
「そう! そうなのよ、思い出したわ! それはそれは大きな鶏の丸焼きが出てきたのよ。出来たてで、湯気がのぼっていて、肉汁が滴っていたわ。しかも食べ放題だったの! あんな夢ならもう一回見たいわ」
「そ、そう……もう一回ね」
――今度こそヘソを取られるかもしれない。
「アルは何か夢を見た?」
「い、いや、特には。ところでもうすぐ夜明けだよ。渚で日の出を見ないかい?」
「行く! 行きたい!」
ミミは寝台から飛び出した。着替えを済ませ、俺たちは砂浜へ足を運んだ。朝食をとったらすぐに結婚式の準備にとりかからなければならないので、ゆっくりできるのは今くらいだ。
「まるで貸切だな。誰もいない」
「風が気持ち良いわね。見て、アル。朝日よ」
水平線が明るくなり、朝日がゆっくりと顔をのぞかせた。
――こんな朝を何度でも君と過ごしたい。
朝日に照らされた微笑むミミの横顔に見蕩れた。黄金色に染まった朝の波打ち際をミミと並んで歩いていると、向こう側から釣り道具を抱えた男がこちらへやってきた。眼鏡をかけており、赤髪のひげ面だ。
「おや? お二人は、リンドバーグ夫妻ではございませんか」
――この男、どこかで見覚えが。
【つづく】
不思議な夢に、第三者が解釈を与えるのは難しい。「こういう意味なら良いのに」と相談者の願望があるからだ。結局本当の意味は夢を見た本人にしか分からない。他者が解釈を与えても納得されないことが多いのだ。
夢相談に来た信徒さんからは、こんな質問もされる。
「司祭様はどんな夢を見るのですか?」
ごくごく普通の夢ばかりだ。
いや、普通じゃない夢も結構ある。
――俺、なんでこんな夢見ているんだ。
亀の姿をした巨大怪獣が「キェェェ」と奇声を発しながら、俺の背後に迫る。夢の中だけど絶体絶命だ。司祭の口から真っ先に出た祈りの言葉は。
「助けてくれえぇぇ、神様あぁぁあ!」
全身全霊で「助けて」と大声を張り上げる。怪獣に破壊され炎に呑まれた町を、我武者羅に駆け抜けた。
「俺はまだ死にたくないんだよおおお! なんでいっつもいっつも邪魔するんだ! 死ぬ前に妻とあんなことや、こんなことや!」
司祭らしからぬ不埒な本音が次々に口から爆発した。なりふり構っていられるか!
――オスカルがいてくれたら逃げ切れるのに!
今にも崩壊しそうなボロボロの教会へ飛び込む。死角を利用して怪獣を撒こうとしたが、煉瓦壁の前でとうとう追い込まれてしまった。
「俺は食べても美味くないぞ! 脂がのったデブをあたってくれ!」
ドシン、ドシンと足音を響かせ、怪獣が俺を食わんと大口を開けた。
「いただきまーしゅ」
怪獣にしては可愛らしい声だった。
「今の声はミミ? んぎゃあああ!」
怪獣は俺の腹にガブッとかぶりついた。ジタバタ暴れていると急に視界が遠のき、悪夢からようやく目覚めた。
  ――寝相怪獣ミミの仕業だったか。
ミミはうつ伏せで俺の上にのっかっている。俺の腹は涎まみれだ。おまけにヘソの辺りが痛い。寝ぼけたミミにヘソを狙われたのか。夜中に蒸し暑さから目覚め、上着を脱いだのが災いした。服の上からなら噛まれても傷は浅かったろう。
「あ……朝だよ、ミミ」
「ん~ん、夜でしゅ」
「朝です」
「まんぷくで、うごけましぇ~ん」
ミミは子どものようにぐずり、俺の腹にぎゅっと抱きついた。何度も優しく声をかけていると、ミミの瞼がうっすらと開いた。
「ふわわぁ。おはよう、アル」
「おはよう、ミミ」
「アル……元気ない? どうしたの?」
「ヘソをとられそうになってさ」
「おヘソを? 雷様に? ど、どうしたの、この痣!」
ミミの表情からサッと血の気が引く。
「虫に噛まれたんだよ」
「よほど大きい虫だったのね。消毒しましょう」
「大したことないって。ところで寝言を呟いていたようだけど、なにか良い夢を見たの?」
「そう! そうなのよ、思い出したわ! それはそれは大きな鶏の丸焼きが出てきたのよ。出来たてで、湯気がのぼっていて、肉汁が滴っていたわ。しかも食べ放題だったの! あんな夢ならもう一回見たいわ」
「そ、そう……もう一回ね」
――今度こそヘソを取られるかもしれない。
「アルは何か夢を見た?」
「い、いや、特には。ところでもうすぐ夜明けだよ。渚で日の出を見ないかい?」
「行く! 行きたい!」
ミミは寝台から飛び出した。着替えを済ませ、俺たちは砂浜へ足を運んだ。朝食をとったらすぐに結婚式の準備にとりかからなければならないので、ゆっくりできるのは今くらいだ。
「まるで貸切だな。誰もいない」
「風が気持ち良いわね。見て、アル。朝日よ」
水平線が明るくなり、朝日がゆっくりと顔をのぞかせた。
――こんな朝を何度でも君と過ごしたい。
朝日に照らされた微笑むミミの横顔に見蕩れた。黄金色に染まった朝の波打ち際をミミと並んで歩いていると、向こう側から釣り道具を抱えた男がこちらへやってきた。眼鏡をかけており、赤髪のひげ面だ。
「おや? お二人は、リンドバーグ夫妻ではございませんか」
――この男、どこかで見覚えが。
【つづく】
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