【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
4-7 ★ ねぇ、明かりを消してくれる?
渚から宿に帰った私は、ザックさんとのやりとりをアルに話して聞かせた。
「ミミの話をまとめると、本物と偽物のさよなら委員会がいるということになるね。暗殺予告の前後で起こった事件の時系列を整理してみよう」
  アルは手帳にこれまでの事件をさらさらと記した。
「馬車の事故、ボヤ騒ぎなどは、暗殺予告が出る前に起こったことだとチャールズは話した」
「馬車の事故が引っかかっているのよね。裁判の時、アルとロビンさんの乗った馬車が大変な目に遇ったじゃない。まさか〝あの男〟の仕業じゃ……」
「でもあの男は豚箱に入ったよ。ダーシーも」
「まだ不審火の種が残っているんじゃないかしら。だってあの男、私の両親に毒薬を仕掛けたのよ。ザックさんの話だと、チャールズの衣装箪笥に毒針が仕掛けられていたそうだし」
「毒を盛った人間が近くにいる。これはチャールズを本気で殺そうとしているな。本物のさよなら委員会の仕業だ」
アルは「それに対して」と頭をくしゃりと撫でた。
「ミミの言う通り、暗殺予告や芋虫の晩餐、ひょっとすると弓矢が飛んできた件も〝チャールズを逃がす為の仕掛けだった〟可能性が高いな。大体……あの暗殺予告、女難だの、鳥の糞だの、暗殺を目論んでいる割には可愛すぎるだろ」
アルは苦笑いを浮かべながら、今日の新聞を開いた。
「さよなら委員会は馬鹿ではないかと、連日皮肉も載っているしな」
暗殺予告に関する〝辛辣な考察〟をアルが指差した。
一つに、教養の無さを露呈した、阿呆な文章。
二つに、女難しか実績の無い、ゆるい呪い方。
三つに、目立ちたがり屋。予告文で暗殺の難易度を高め、悲願達成から遠のいた間抜けっぷり。
「ザックさん本人は、期待通りの〝酷評〟でご満悦みたいよ」
「本物のさよなら委員会の正体を明かす時を待っているのかな。本物の敵は、馬鹿丸出しの暗殺予告のせいで、大恥をかくことになる」
「本物は一体誰なのかしら。私ね、チャールズを狙っているのは、彼をよく知る人物だと思うのよ」
「ザックがチャールズに言ったな。昼間は大人しくとか、声は変えられないとか」
「昼間に明るい場所で声を聞かれると、チャールズだとばれる危険が高まるから?」
「そうだね。明日の結婚式。チャールズには裏方に回ってもらおう」
「用心に越したことは無いわ。こうなると誰も彼もが怪しく感じてしまうもの」
するとアルフレッドが腕組みし、十秒ほど無言で考えこんだ。
「どうしたの、アル? なにか分かった?」
「ギョーム陛下のお考えが分からなくてさ。暗殺予告の件にしてもそうだ。ザックに指示したのは陛下だろう?」
「ザックさんは名前を伏せたけど、そうとしか思えないわ」
「世論をぐつぐつ煮詰めて揺らして、どこに終着点を設けているのだか」
アルは再び新聞に視線を落とした。
「暗殺予告が出た直後は、世論が入り乱れていたけど、まとまりが出てきたな。チャールズ擁護派、チャールズ廃嫡派、王室廃止派の三つに分かれた」
一つ目のチャールズ擁護派。暗殺予告を出されたチャールズへの同情だ。人は誰しも間違いを犯すものであり、暴力で彼の命を奪うのは愚の骨頂。チャールズは猛省し、公務へ精を出している。ダーシーとの一件は高くついた勉強代だったが、彼には良い結果をもたらしたという評価だ。
二つ目のチャールズ廃嫡派。チャールズではなく別の者を王位継承者にした方が良いという意見で、最多数を占める。アルは世間に認知されていない陛下の婚外子なので、王位継承に名前が挙がることは無い。
三つ目の王室廃止派。チャールズは殺されて当然。殿下の言動が王室の名誉を傷付けた。我が国の君主制に未来は無い、と。暗殺予告が出されるほど人望が無いことをチャールズが受け入れ、君主制そのものを解体すべきという意見だ。
「三者三様ね。世論の動きまで陛下は見越していたのかしら」
「賢い人だからな。筋書きの内かもしれない。次に何をしてくるか」
「怖いわね」
「実父が心労を与えて御免。もう寝ようか」
「ねぇ、アル。今夜は……その……」
私は隣のアルをじっと見上げた。心臓がドクドクと音を立てて頬が熱くなる。言葉に詰まってしまった私の頭を、アルがそっと撫でた。
「君を独占したいのだけど、この薄い壁が気がかりで」
アルは、ザックさんのいる壁側をゴンッと拳で一発叩く。
「もしもーし、お隣さん?」
隣部屋が開く音がして、私たちの部屋の扉がコンコンッと鳴らされた。
「アル、呼んだ?」
寝間着姿のザックさんは、左手にランタン、右手に果実たっぷりの甘い飲み物を携えていた。無表情で飲む。
「寝る前にそんな甘いのを飲むのか?」
「え? 毎晩飲んでいるよ」
――きっと凄く疲れているのね。
「とにかく早く寝てくれ。明日は忙しいんだ」
「はいはーい」
ザックさんはすまし顔で隣部屋へ戻った。
「アル。窓を開けてもいい?」
「うん、開けて」
日没の水平線を臨んだ窓を開放した。
「ねぇ、明かりを消してくれる?」
「分かった」
アルは寝台脇のランプを消した。私は肩からかけていた薄手の上着を取り払い、アルへ近付いた。
「不安がいっぱいで眠れそうにないの。抱きしめてくれる?」
「勿論。おいで」
私は彼の胸に飛び込んだ。両腕でそっと抱きしめられると、不安も何もかも夜の静寂に溶けていくようだった。アルは私をそっと横に寝かせてくれた。
「夜の波の音は、こんなに静かなのね」
「まるで天国のようだね」
いつか遠い未来、私が天へ召される時は、この静かな月夜の海を思い出すのでしょう。彼を心から愛した記憶を手放すことはないわ。
【第5章:アル編につづく】
「ミミの話をまとめると、本物と偽物のさよなら委員会がいるということになるね。暗殺予告の前後で起こった事件の時系列を整理してみよう」
  アルは手帳にこれまでの事件をさらさらと記した。
「馬車の事故、ボヤ騒ぎなどは、暗殺予告が出る前に起こったことだとチャールズは話した」
「馬車の事故が引っかかっているのよね。裁判の時、アルとロビンさんの乗った馬車が大変な目に遇ったじゃない。まさか〝あの男〟の仕業じゃ……」
「でもあの男は豚箱に入ったよ。ダーシーも」
「まだ不審火の種が残っているんじゃないかしら。だってあの男、私の両親に毒薬を仕掛けたのよ。ザックさんの話だと、チャールズの衣装箪笥に毒針が仕掛けられていたそうだし」
「毒を盛った人間が近くにいる。これはチャールズを本気で殺そうとしているな。本物のさよなら委員会の仕業だ」
アルは「それに対して」と頭をくしゃりと撫でた。
「ミミの言う通り、暗殺予告や芋虫の晩餐、ひょっとすると弓矢が飛んできた件も〝チャールズを逃がす為の仕掛けだった〟可能性が高いな。大体……あの暗殺予告、女難だの、鳥の糞だの、暗殺を目論んでいる割には可愛すぎるだろ」
アルは苦笑いを浮かべながら、今日の新聞を開いた。
「さよなら委員会は馬鹿ではないかと、連日皮肉も載っているしな」
暗殺予告に関する〝辛辣な考察〟をアルが指差した。
一つに、教養の無さを露呈した、阿呆な文章。
二つに、女難しか実績の無い、ゆるい呪い方。
三つに、目立ちたがり屋。予告文で暗殺の難易度を高め、悲願達成から遠のいた間抜けっぷり。
「ザックさん本人は、期待通りの〝酷評〟でご満悦みたいよ」
「本物のさよなら委員会の正体を明かす時を待っているのかな。本物の敵は、馬鹿丸出しの暗殺予告のせいで、大恥をかくことになる」
「本物は一体誰なのかしら。私ね、チャールズを狙っているのは、彼をよく知る人物だと思うのよ」
「ザックがチャールズに言ったな。昼間は大人しくとか、声は変えられないとか」
「昼間に明るい場所で声を聞かれると、チャールズだとばれる危険が高まるから?」
「そうだね。明日の結婚式。チャールズには裏方に回ってもらおう」
「用心に越したことは無いわ。こうなると誰も彼もが怪しく感じてしまうもの」
するとアルフレッドが腕組みし、十秒ほど無言で考えこんだ。
「どうしたの、アル? なにか分かった?」
「ギョーム陛下のお考えが分からなくてさ。暗殺予告の件にしてもそうだ。ザックに指示したのは陛下だろう?」
「ザックさんは名前を伏せたけど、そうとしか思えないわ」
「世論をぐつぐつ煮詰めて揺らして、どこに終着点を設けているのだか」
アルは再び新聞に視線を落とした。
「暗殺予告が出た直後は、世論が入り乱れていたけど、まとまりが出てきたな。チャールズ擁護派、チャールズ廃嫡派、王室廃止派の三つに分かれた」
一つ目のチャールズ擁護派。暗殺予告を出されたチャールズへの同情だ。人は誰しも間違いを犯すものであり、暴力で彼の命を奪うのは愚の骨頂。チャールズは猛省し、公務へ精を出している。ダーシーとの一件は高くついた勉強代だったが、彼には良い結果をもたらしたという評価だ。
二つ目のチャールズ廃嫡派。チャールズではなく別の者を王位継承者にした方が良いという意見で、最多数を占める。アルは世間に認知されていない陛下の婚外子なので、王位継承に名前が挙がることは無い。
三つ目の王室廃止派。チャールズは殺されて当然。殿下の言動が王室の名誉を傷付けた。我が国の君主制に未来は無い、と。暗殺予告が出されるほど人望が無いことをチャールズが受け入れ、君主制そのものを解体すべきという意見だ。
「三者三様ね。世論の動きまで陛下は見越していたのかしら」
「賢い人だからな。筋書きの内かもしれない。次に何をしてくるか」
「怖いわね」
「実父が心労を与えて御免。もう寝ようか」
「ねぇ、アル。今夜は……その……」
私は隣のアルをじっと見上げた。心臓がドクドクと音を立てて頬が熱くなる。言葉に詰まってしまった私の頭を、アルがそっと撫でた。
「君を独占したいのだけど、この薄い壁が気がかりで」
アルは、ザックさんのいる壁側をゴンッと拳で一発叩く。
「もしもーし、お隣さん?」
隣部屋が開く音がして、私たちの部屋の扉がコンコンッと鳴らされた。
「アル、呼んだ?」
寝間着姿のザックさんは、左手にランタン、右手に果実たっぷりの甘い飲み物を携えていた。無表情で飲む。
「寝る前にそんな甘いのを飲むのか?」
「え? 毎晩飲んでいるよ」
――きっと凄く疲れているのね。
「とにかく早く寝てくれ。明日は忙しいんだ」
「はいはーい」
ザックさんはすまし顔で隣部屋へ戻った。
「アル。窓を開けてもいい?」
「うん、開けて」
日没の水平線を臨んだ窓を開放した。
「ねぇ、明かりを消してくれる?」
「分かった」
アルは寝台脇のランプを消した。私は肩からかけていた薄手の上着を取り払い、アルへ近付いた。
「不安がいっぱいで眠れそうにないの。抱きしめてくれる?」
「勿論。おいで」
私は彼の胸に飛び込んだ。両腕でそっと抱きしめられると、不安も何もかも夜の静寂に溶けていくようだった。アルは私をそっと横に寝かせてくれた。
「夜の波の音は、こんなに静かなのね」
「まるで天国のようだね」
いつか遠い未来、私が天へ召される時は、この静かな月夜の海を思い出すのでしょう。彼を心から愛した記憶を手放すことはないわ。
【第5章:アル編につづく】
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