【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
4-6 ★ 秘書ブロンテの不慣れな模倣
「本当にアルになついていますね、驚いた」
「フリルエプロンを通して兄弟愛が深まったらしいわ」
「あの、意味が分からないのですが」
「二人とも大好きなんですって」
「へ、へぇ。意外です」
「あんなにぴったりのエプロン、特注としか思えないわ」
「特注? 奥様のエプロンを?」
「私のじゃなくて、アルのエプロンよ」
「はい?」
私はザックさんに、フリルエプロンの悲劇を語った。
「奥様、アルは自分でわざわざ着る変態じゃありませんよ。……多分」
「じゃあ、チャールズに女装癖は?」
「殿下の衣装箪笥に女物はありませんでした。毒針は山ほど見つかりましたけどね」
「ど、毒針ですって!」
「取り除きましたよ。一本残らず」
チャールズは気付かないところで、ザックさんに助けられていたのね。
「鈍感で、危機感の無い彼には何度も肝が冷えました。暗殺予告と芋虫の夕食が出ても、すぐには逃げようとしない。彼は城以外の安全な場所を知らなかったんです」
――すぐに逃げようとしない? もしかして、この人……。
「チャールズは自分で行き先を決めたように言ったけど、貴方が彼を巧みに誘導したのではなくて? 私たちの教会へ来るように」
聖職者の多くは他者の心理を見抜くことに長けている。人を説得・納得させることに関して、修辞学を極めたアルは他の追従を許さない。
ザックさんは表情が顔に出ないけれど、別のやり方で心理を操ることのできる人間なのではないかしら。チャールズが〝心配もしてくれない薄情者〟と言っていた。薄情ともとれる淡泊な態度こそが心理誘導だったのでは。
「教会へ助けを求めては、と安全な場所の候補を諭したのは確かに俺です。奥様とアルの住むアンダンテ教会区について、普段から度々話していました」
「やっぱり。そうだと思ったわ」
「チャールズ殿下は最善の選択をしましたよ。実はアレックス主教に宛てられたアルの手紙の全文を読ませていただいたんです。やっぱりアルは優しいですね。あいつの美しい言葉は真似しようと思ってもできない」
――真似しようと思ってもできない?
ザックさんの言葉に微かな違和感を覚えた。
とても〝ザックさんらしくない〟のだ。
「アルが、学生時代に論文を真似されたと話していたわ」
「はい、何度も。論破される盗作者を目の前で見ました」
「文章を盗む人の特徴ってある?」
「はい、あります」
「教えてくれる? 私も真似されたみたいなの。遺書の文体や、国中にばらまいた手口を、今回の暗殺予告にね」
彼の瞼がぴくりと痙攣した。
「私の遺書のように、暗殺予告を国中にばらまいた理由が分からなかった。怪盗気取りじゃあるまいし、悲願を達成したいのなら、わざわざ予告せず実力行使に出れば良いのに。計画を公にしたことで、さよなら委員会は難航を極めている。そうじゃない?」
「奥様の言う通り。国中にばらまかれた駄文によって、さよなら委員会の愚かさと低脳さが世間に周知されましたしね。新聞では、痛快な皮肉を以て、あの予告文が笑いの種にされています」
ザックさんは目を細める。
――へぇ。なかなか言うじゃない、この人。愚かさと低脳さが世間に周知された、か。
「私……暗殺予告を出した人間は、さよなら委員会の人間ではないと考えているの」
「なぜ委員会の部外者が、わざわざ暗殺予告を出すのです?」
「チャールズの為よ。チャールズは暗殺予告が出る前から変なことが起こっていたと話したわ。そして貴方は私にこう言ったわ。一つにチャールズは鈍感。二つにチャールズはすぐに逃げようとしなかった。三つに人の言葉を真似するのは難しいってね」
「なにかおかしなことを言ったでしょうか?」
「最近〝真似するのが難しい〟と思った人がいたの? おそらく貴方が真似たのは、普段から書き慣れているものと傾向が違ったんじゃない?」
私はザックさんに視線を合わせたまま、こうも畳みかけた。
「私の遺書に似せて、あの暗殺予告を書いたのは貴方かしら、ザックさん」
――チャールズに気付かせて、逃がす為に。
「あんなの模倣犯の書いた駄文ですよ。俺ならもっと上手に書きます」
目の前の〝模倣犯〟は薄ら笑った。
「学生時代、アルの文章を盗んだ同期生たちは賢くありませんでした。〝盗作〟に共通点があるかと奥様は訊ねましたね?」
「ええ」
「文章の下から透けて見える、下敷きにされたモノの残り香を消せない気持ち悪さでしょう。同じ神智に至り、論文が似通うのとは別です。例えば、俺とアルみたいにね」
「確かに、貴方とアルには似ているところがあるわ」
「惹かれた神智や哲学が同じだったからですよ。けれどもアルの文章をすすんで真似ようとは思いません。俺が読書に費やした時間も、筆を執った時間も、それは長い探求だったからです」
――ザックさんは自分の内側から出た言葉を大事にする人なのだわ。自己探求で得たものが彼の財産なのね。
「私感ですが、あの暗殺予告は模倣に不慣れな人間の駄文です。誰かに言われるがまま書いたのかもしれませんよ」
「誰かに?」
あの暗殺予告がチャールズの為に書かれたものなら、指示者は一人しか思い当たらない。
「まさか……」
ザックさんは自分の唇に人差し指を添えた。
「頼まれたら筆を執る。仕事はそういうものだ。自分のような秘書も」
これ以上私が何を訊ねようとも、彼は決して秘密を口にはしないだろう。
「ただいま! ミミ、ザック!」
「二人にお土産があるよ。はぁ……なんか疲れた」
喜色満面のチャールズと、やつれ顔のアルフレッドが戻ってきた。二人は露店で買い求めた肉や菓子の紙袋を抱えている。長椅子に四人並んで腰掛け、夜の海を眺めながらお土産を味わう。
「楽しいなぁ、夜の海は賑やかで良い。最高だ」
私の気苦労は、チャールズの脳天気な一言で溜め息に変わった。確かにこの王子は、自分の命が狙われているという危機感が無い。
「昼間はあまりうろちょろしたらダメですよ、殿下」
「心配は無用だ、ザック。この変装のおかげで、なんとか……」
「貴方の声は潮騒でも変えられません。昼間は猫のように大人しくしていてください。いいですね?」
「そうだぞ、ザックの言うことをちゃんと聞け」
「はい、分かりました」
――声?
アルフレッドは〝声〟だけでそれがザックさんだとすぐに気付いた。
――さよなら委員会の人間は、チャールズの声を聞き慣れている知り合いなのだわ。
【つづく】
「フリルエプロンを通して兄弟愛が深まったらしいわ」
「あの、意味が分からないのですが」
「二人とも大好きなんですって」
「へ、へぇ。意外です」
「あんなにぴったりのエプロン、特注としか思えないわ」
「特注? 奥様のエプロンを?」
「私のじゃなくて、アルのエプロンよ」
「はい?」
私はザックさんに、フリルエプロンの悲劇を語った。
「奥様、アルは自分でわざわざ着る変態じゃありませんよ。……多分」
「じゃあ、チャールズに女装癖は?」
「殿下の衣装箪笥に女物はありませんでした。毒針は山ほど見つかりましたけどね」
「ど、毒針ですって!」
「取り除きましたよ。一本残らず」
チャールズは気付かないところで、ザックさんに助けられていたのね。
「鈍感で、危機感の無い彼には何度も肝が冷えました。暗殺予告と芋虫の夕食が出ても、すぐには逃げようとしない。彼は城以外の安全な場所を知らなかったんです」
――すぐに逃げようとしない? もしかして、この人……。
「チャールズは自分で行き先を決めたように言ったけど、貴方が彼を巧みに誘導したのではなくて? 私たちの教会へ来るように」
聖職者の多くは他者の心理を見抜くことに長けている。人を説得・納得させることに関して、修辞学を極めたアルは他の追従を許さない。
ザックさんは表情が顔に出ないけれど、別のやり方で心理を操ることのできる人間なのではないかしら。チャールズが〝心配もしてくれない薄情者〟と言っていた。薄情ともとれる淡泊な態度こそが心理誘導だったのでは。
「教会へ助けを求めては、と安全な場所の候補を諭したのは確かに俺です。奥様とアルの住むアンダンテ教会区について、普段から度々話していました」
「やっぱり。そうだと思ったわ」
「チャールズ殿下は最善の選択をしましたよ。実はアレックス主教に宛てられたアルの手紙の全文を読ませていただいたんです。やっぱりアルは優しいですね。あいつの美しい言葉は真似しようと思ってもできない」
――真似しようと思ってもできない?
ザックさんの言葉に微かな違和感を覚えた。
とても〝ザックさんらしくない〟のだ。
「アルが、学生時代に論文を真似されたと話していたわ」
「はい、何度も。論破される盗作者を目の前で見ました」
「文章を盗む人の特徴ってある?」
「はい、あります」
「教えてくれる? 私も真似されたみたいなの。遺書の文体や、国中にばらまいた手口を、今回の暗殺予告にね」
彼の瞼がぴくりと痙攣した。
「私の遺書のように、暗殺予告を国中にばらまいた理由が分からなかった。怪盗気取りじゃあるまいし、悲願を達成したいのなら、わざわざ予告せず実力行使に出れば良いのに。計画を公にしたことで、さよなら委員会は難航を極めている。そうじゃない?」
「奥様の言う通り。国中にばらまかれた駄文によって、さよなら委員会の愚かさと低脳さが世間に周知されましたしね。新聞では、痛快な皮肉を以て、あの予告文が笑いの種にされています」
ザックさんは目を細める。
――へぇ。なかなか言うじゃない、この人。愚かさと低脳さが世間に周知された、か。
「私……暗殺予告を出した人間は、さよなら委員会の人間ではないと考えているの」
「なぜ委員会の部外者が、わざわざ暗殺予告を出すのです?」
「チャールズの為よ。チャールズは暗殺予告が出る前から変なことが起こっていたと話したわ。そして貴方は私にこう言ったわ。一つにチャールズは鈍感。二つにチャールズはすぐに逃げようとしなかった。三つに人の言葉を真似するのは難しいってね」
「なにかおかしなことを言ったでしょうか?」
「最近〝真似するのが難しい〟と思った人がいたの? おそらく貴方が真似たのは、普段から書き慣れているものと傾向が違ったんじゃない?」
私はザックさんに視線を合わせたまま、こうも畳みかけた。
「私の遺書に似せて、あの暗殺予告を書いたのは貴方かしら、ザックさん」
――チャールズに気付かせて、逃がす為に。
「あんなの模倣犯の書いた駄文ですよ。俺ならもっと上手に書きます」
目の前の〝模倣犯〟は薄ら笑った。
「学生時代、アルの文章を盗んだ同期生たちは賢くありませんでした。〝盗作〟に共通点があるかと奥様は訊ねましたね?」
「ええ」
「文章の下から透けて見える、下敷きにされたモノの残り香を消せない気持ち悪さでしょう。同じ神智に至り、論文が似通うのとは別です。例えば、俺とアルみたいにね」
「確かに、貴方とアルには似ているところがあるわ」
「惹かれた神智や哲学が同じだったからですよ。けれどもアルの文章をすすんで真似ようとは思いません。俺が読書に費やした時間も、筆を執った時間も、それは長い探求だったからです」
――ザックさんは自分の内側から出た言葉を大事にする人なのだわ。自己探求で得たものが彼の財産なのね。
「私感ですが、あの暗殺予告は模倣に不慣れな人間の駄文です。誰かに言われるがまま書いたのかもしれませんよ」
「誰かに?」
あの暗殺予告がチャールズの為に書かれたものなら、指示者は一人しか思い当たらない。
「まさか……」
ザックさんは自分の唇に人差し指を添えた。
「頼まれたら筆を執る。仕事はそういうものだ。自分のような秘書も」
これ以上私が何を訊ねようとも、彼は決して秘密を口にはしないだろう。
「ただいま! ミミ、ザック!」
「二人にお土産があるよ。はぁ……なんか疲れた」
喜色満面のチャールズと、やつれ顔のアルフレッドが戻ってきた。二人は露店で買い求めた肉や菓子の紙袋を抱えている。長椅子に四人並んで腰掛け、夜の海を眺めながらお土産を味わう。
「楽しいなぁ、夜の海は賑やかで良い。最高だ」
私の気苦労は、チャールズの脳天気な一言で溜め息に変わった。確かにこの王子は、自分の命が狙われているという危機感が無い。
「昼間はあまりうろちょろしたらダメですよ、殿下」
「心配は無用だ、ザック。この変装のおかげで、なんとか……」
「貴方の声は潮騒でも変えられません。昼間は猫のように大人しくしていてください。いいですね?」
「そうだぞ、ザックの言うことをちゃんと聞け」
「はい、分かりました」
――声?
アルフレッドは〝声〟だけでそれがザックさんだとすぐに気付いた。
――さよなら委員会の人間は、チャールズの声を聞き慣れている知り合いなのだわ。
【つづく】
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