【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
4-5 ★ チャールズ以外の適任者
食堂で声をかけてきた老紳士は、この港町の教会区担当司祭、ハインツ・プールだった。
「はじめまして、ハインツ・プールでございます」
老紳士は胸に手をあて、ゆっくりと頭を下げた。
「はじめまして。妻のミミ・リンドバーグです」
「お会いできて光栄です、奥様」
「アル、ハインツ司祭に、お土産があったんじゃなくて?」
「そうそう。ハインツ司祭、どうぞこちらにおかけください」
アルは空いた椅子を引き、ハインツ司祭に着席を促す。アルが部屋にお土産を取りに行っている間、私はハインツ司祭の話し相手になった。数分もしないうちに、アルがお土産を抱えて、食堂に戻ってきた。
「アンダンテの名産、赤葡萄酒です」
「これは嬉しい! ありがとう」
「お気に召してなによりです。我々ほど葡萄酒を必要とする職業はありませんからね」
「全くその通り。美しい赤をいただいたので、私からは甘い白をおごらせて下さい」
私とアルは遠慮したのだが、ハインツ司祭は女将さんを呼んで白葡萄酒を三杯注文した。私、アル、ハインツ司祭は、グラスを打ち鳴らして乾杯。食事に合わせて飲んでいた辛口の白葡萄酒と味が全く違う。
「甘くて美味しいわ。香りもなんて爽やかなのかしら」
「これは発泡性の葡萄酒ですね」
「ええ、リタルダンドの特産です。今日は飲む相手がいて嬉しい。夏は問題が多くて。晩酌が唯一の楽しみなんです」
アルが「何かお困りですか」と訊ねた。
「この時期に押し寄せる観光客ですよ。教会の庭に煙草の吸い殻を捨てられたり、礼拝堂で酒宴を開きたいと頼まれたり、飼い犬を押しつけられたり。今も、ある御方の愛猫を預かっていますが、教会の備品に爪とぎをするので困っていて」
――ある御方の愛猫。おそらく預け主は裕福な人間ね。
「地位の高い人間だから常識があるとは限りません。アルフレッド司祭も、チャールズ殿下のことで大変ご苦労されていましたね」
「まぁ……いろいろありましたね」
――現在進行形で、いろいろありまくりよ。
「ギョーム陛下の息子とは、とても思えません。ギョーム陛下が国教会首長である現状に不満はございませんが、チャールズ殿下となると抵抗はあります。非国教会派の気持ちが分からなくもない」
ハインツ司祭は苦々しげに呟いた。
「アル、非国教というのは? 詳しくないから教えてくれる?」
「教会首長が陛下であることを快く思わない人たちだよ。でも非国教とひとくくりには言えないね。それぞれの信念で枝分かれしている。陛下を政治的君主としては認める人もいるし、それすらも認めない王室廃止派もいる」
「王室への批判をしない、万人が司祭であることを良しとするだけの国教会に属さない集団もいますしね。その逆、教皇側の典礼主義者もいる。多種多様です」
ハインツ司祭は、はげ頭を撫でながら眉を顰めた。
「万人が司祭とし、聖書のみを信仰の拠り所にしても、これを曲解する宗派も多い。私は礼拝と聖別を重んじますが、教皇側の典礼主義は些か厳格だ。一部には共感しても全体では非国教とそりが合いません。チャールズ殿下を次の首長に認めざるを得ないでしょう。彼以外の適任者がいるのならば良いのですが」
「他の適任に思い浮かぶ御方がいますか?」
アルの問いに、ハインツ司祭はしばし考え込む。
「奥様は……どう思われます?」
「えっ。私?」
「奥様は王室に詳しいかと。チャールズ殿下以外の適任者が浮かびますか?」
「いいえ。真人間を探す方が大変です」
ハインツ司祭は声を立てて笑った。時間を忘れて話し込んでいるうちに宵が深まり、空に輝く星は何倍にも増えていた。
「それでは私はこれで。お土産をありがとう、今夜は楽しかったです」
私たちは宿の玄関先でハインツ司祭を見送ると、浜辺へ向かった。焚き火の近くで演奏会が行われているようだ。舞台から少し離れたところに長椅子を見つけたので腰掛ける。軽快な演奏に身体が揺れた。
「夜なのに、昼間みたいに賑やかね」
渚には露店が出ていて、肉や魚、お酒、甘いものを手にした人々が行き交っていた。子連れもいたが、私やアルと年の近い若者が多数を占める。
「あっ、二人も来たんですね! おーい!」
ツルリンの表情は輝いているけど、ザックさんは疲れが見て取れる。
「一緒に見て回りませんか? どれもこれも素晴らしいですよ」
「アル、よろしく。俺はもう疲れた」
ザックさんはアルの肩をポンッと叩いた。
「交替な。まぁ座れよ、ザック。ミミも一緒に行くかい?」
「私、しばらく座っていたいわ」
「そっか。ザック、ミミのそばにいてくれ。だいぶできあがった客が浜をうろついてるし。それじゃあツルリン、行くぞ」
「はっ、はい!」
チャールズは嬉しそうに、アルの隣に並んだ。
「本当にアルになついていますね、驚いた」
「フリルエプロンを通して兄弟愛が深まったらしいわ」
「あの、意味が分からないのですが」
困惑するのも無理はないわ。
【つづく】
「はじめまして、ハインツ・プールでございます」
老紳士は胸に手をあて、ゆっくりと頭を下げた。
「はじめまして。妻のミミ・リンドバーグです」
「お会いできて光栄です、奥様」
「アル、ハインツ司祭に、お土産があったんじゃなくて?」
「そうそう。ハインツ司祭、どうぞこちらにおかけください」
アルは空いた椅子を引き、ハインツ司祭に着席を促す。アルが部屋にお土産を取りに行っている間、私はハインツ司祭の話し相手になった。数分もしないうちに、アルがお土産を抱えて、食堂に戻ってきた。
「アンダンテの名産、赤葡萄酒です」
「これは嬉しい! ありがとう」
「お気に召してなによりです。我々ほど葡萄酒を必要とする職業はありませんからね」
「全くその通り。美しい赤をいただいたので、私からは甘い白をおごらせて下さい」
私とアルは遠慮したのだが、ハインツ司祭は女将さんを呼んで白葡萄酒を三杯注文した。私、アル、ハインツ司祭は、グラスを打ち鳴らして乾杯。食事に合わせて飲んでいた辛口の白葡萄酒と味が全く違う。
「甘くて美味しいわ。香りもなんて爽やかなのかしら」
「これは発泡性の葡萄酒ですね」
「ええ、リタルダンドの特産です。今日は飲む相手がいて嬉しい。夏は問題が多くて。晩酌が唯一の楽しみなんです」
アルが「何かお困りですか」と訊ねた。
「この時期に押し寄せる観光客ですよ。教会の庭に煙草の吸い殻を捨てられたり、礼拝堂で酒宴を開きたいと頼まれたり、飼い犬を押しつけられたり。今も、ある御方の愛猫を預かっていますが、教会の備品に爪とぎをするので困っていて」
――ある御方の愛猫。おそらく預け主は裕福な人間ね。
「地位の高い人間だから常識があるとは限りません。アルフレッド司祭も、チャールズ殿下のことで大変ご苦労されていましたね」
「まぁ……いろいろありましたね」
――現在進行形で、いろいろありまくりよ。
「ギョーム陛下の息子とは、とても思えません。ギョーム陛下が国教会首長である現状に不満はございませんが、チャールズ殿下となると抵抗はあります。非国教会派の気持ちが分からなくもない」
ハインツ司祭は苦々しげに呟いた。
「アル、非国教というのは? 詳しくないから教えてくれる?」
「教会首長が陛下であることを快く思わない人たちだよ。でも非国教とひとくくりには言えないね。それぞれの信念で枝分かれしている。陛下を政治的君主としては認める人もいるし、それすらも認めない王室廃止派もいる」
「王室への批判をしない、万人が司祭であることを良しとするだけの国教会に属さない集団もいますしね。その逆、教皇側の典礼主義者もいる。多種多様です」
ハインツ司祭は、はげ頭を撫でながら眉を顰めた。
「万人が司祭とし、聖書のみを信仰の拠り所にしても、これを曲解する宗派も多い。私は礼拝と聖別を重んじますが、教皇側の典礼主義は些か厳格だ。一部には共感しても全体では非国教とそりが合いません。チャールズ殿下を次の首長に認めざるを得ないでしょう。彼以外の適任者がいるのならば良いのですが」
「他の適任に思い浮かぶ御方がいますか?」
アルの問いに、ハインツ司祭はしばし考え込む。
「奥様は……どう思われます?」
「えっ。私?」
「奥様は王室に詳しいかと。チャールズ殿下以外の適任者が浮かびますか?」
「いいえ。真人間を探す方が大変です」
ハインツ司祭は声を立てて笑った。時間を忘れて話し込んでいるうちに宵が深まり、空に輝く星は何倍にも増えていた。
「それでは私はこれで。お土産をありがとう、今夜は楽しかったです」
私たちは宿の玄関先でハインツ司祭を見送ると、浜辺へ向かった。焚き火の近くで演奏会が行われているようだ。舞台から少し離れたところに長椅子を見つけたので腰掛ける。軽快な演奏に身体が揺れた。
「夜なのに、昼間みたいに賑やかね」
渚には露店が出ていて、肉や魚、お酒、甘いものを手にした人々が行き交っていた。子連れもいたが、私やアルと年の近い若者が多数を占める。
「あっ、二人も来たんですね! おーい!」
ツルリンの表情は輝いているけど、ザックさんは疲れが見て取れる。
「一緒に見て回りませんか? どれもこれも素晴らしいですよ」
「アル、よろしく。俺はもう疲れた」
ザックさんはアルの肩をポンッと叩いた。
「交替な。まぁ座れよ、ザック。ミミも一緒に行くかい?」
「私、しばらく座っていたいわ」
「そっか。ザック、ミミのそばにいてくれ。だいぶできあがった客が浜をうろついてるし。それじゃあツルリン、行くぞ」
「はっ、はい!」
チャールズは嬉しそうに、アルの隣に並んだ。
「本当にアルになついていますね、驚いた」
「フリルエプロンを通して兄弟愛が深まったらしいわ」
「あの、意味が分からないのですが」
困惑するのも無理はないわ。
【つづく】
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