【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
4-4 ★ 鼻の下がのびた司祭
「単刀直入に申しますと、この港町に、王子さよなら委員会の人間が来ているんですよ」
「は?」
「え?」
「うそ」
長い長い沈黙が落ちた。
「だ、だだ、誰だ、そ、そそそれは?」
チャールズが震えながら訊ねた。
「お教えできません」
「教えてくれ、僕は当事者だぞ。偶然ばったり出会ったら? どんなヤツか教えてくれればこちらも対策を……」
「貴方は顔に出やすいので教えることができません。せっかく変装しているのに、こんなところでばれたらどうするんです、マイケル・ツルリンさん?」
「ザックは、僕の偽名も知っていたのか」
「秘書の情報網は案外広いのですよ。さよなら委員会の人間と、チャールズ殿下が鉢合わせしないようにと陛下に頼まれましてね。変装をしても声で貴方だと気付かれることもあります。アルが僕を見抜いたみたいにね」
「おまえの声を、学生時代から聞き慣れているだけさ」
――私は気付かなかった。ザックさんの声を数度しか聞いていないもの。
「そうだ、アル。チャールズ殿下の護衛がてら、明日の結婚式は執事として手伝うよ。アレックス主教の了承もいただいてきた」
「それは助かる! ありがとう」
「あと今晩は、自分もこの宿に泊まるので」
「えっ、泊まる? どの部屋に?」
「アルの隣部屋。よろしく」
――ザックさんとチャールズに挟まれた部屋か。はぁ。
新婚旅行というよりは団体旅行。複雑な気持ちだわ。
晩餐の時間になると、私たちは一階の食堂へ移動した。ザックさんは黒髪のカツラをかぶっている。一部の人間に顔は知られているので、隣にいるのがチャールズと気付かれないようにする為だという。
女将さんは私たちを窓際の席へ案内してくれた。日没の水平線を一望しながらいただく、新鮮な魚料理は絶品だ。この世界にも魚を生で食べる風習があって良かった。醤油ではなくて、柑橘系の爽やかな塩ダレがあらかじめかけられている。瑞々しい野菜や宝石のように赤く甘い実と味わう。海最高、港町最高、肉も大好きだけど魚も素晴らしい!
「奥様は、とても美味しそうに食事をなさいますね」
向かいのザックさんが珍しく微笑んでいた。
「そんなに顔に出ていたかしら」
「はい、幸せそうで。誰と食事を取るかで、料理の味は変わるのですね」
ザックさんの言葉に、アルと似たものを感じた。今はチャールズの秘書だけど、彼もやはり根は聖職者なのだわ。「誰と食事を取るかで」と呟いた彼は自分の感情を見つめているからだ。
――なぜ幸せだと感じるのか。
その理由を多くの人は一過性にしか捉えない。日常の些細な感情の機微も、立ち止まって考えるのが本来あるべき聖職者の姿なのだと私は思う。アルもザックさんも意識の探求者ね。
「お酒を飲む相手もな。味覚は心に直結だ」
アルは仄かな赤ら顔で私を見つめた。
「美しい妻が隣にいるから、お酒が美味しい」
「馬鹿ね。お酒が美味しいから、私が綺麗に見えるのよ」
「相変わらずミミは自己肯定感が低いなぁ」
「こら、ちょっとやめてよ。二人の前で」
向かいの席のチャールズとザックさんをうかがうと、死んだ魚のような目でお酒を飲んでいた。
「アル、司祭にしては鼻の下が伸び過ぎだよ」
「こら、ザック。二人に水を差すな」
「貴方が一番水を差しているでしょうに」
「ぼ、僕は何も、二人の邪魔なんか!」
――自覚が無いというのは怖いわ。
「ツルリンさん、酔い冷ましに俺は外に出ますけど、ご一緒にいかがですか?」
「えっ、今から?」
「夜の浜辺もなかなか綺麗ですよ。夏の稼ぎ時で露店も出ていますし。それではお二人とも、ごゆっくり」
ザックさんはツルリンの手をつかんで、ぐいぐい外へ引っ張り出してしまった。
「ふ、二人きりにしてくれたのかしら?」
「あからさま過ぎるけどな。悪いやつじゃないんだよ、ザックは。不器用なだけで」
アルは私の肩を抱き寄せた。
「月が綺麗だし、部屋に戻りませんか」
「そうしましょうか」
頬に彼の優しい口づけが落とされた。
「あの、もしやお二人は、リンドバーグご夫妻ではございませんか?」
その時、食堂に入ってきた老紳士が声をかけてきた。
――毛が一本も無い。丸つるりだわ。
皺の寄った丸頭に思わず注目してしまった。アルと同じ服装で、襟に鳩と王冠の記章を付けているということは、もしや。
「ハインツ司祭! ご無沙汰しております」
アルが席を立ち挨拶したので、私も夫に倣った。
「久しぶり、アルフレッド司祭。隣にいらっしゃるのは、噂の奥様ですね。はじめまして、ハインツ・プールでございます」
老紳士は胸に手をあて、ゆっくりと頭を下げた。
【つづく】
「は?」
「え?」
「うそ」
長い長い沈黙が落ちた。
「だ、だだ、誰だ、そ、そそそれは?」
チャールズが震えながら訊ねた。
「お教えできません」
「教えてくれ、僕は当事者だぞ。偶然ばったり出会ったら? どんなヤツか教えてくれればこちらも対策を……」
「貴方は顔に出やすいので教えることができません。せっかく変装しているのに、こんなところでばれたらどうするんです、マイケル・ツルリンさん?」
「ザックは、僕の偽名も知っていたのか」
「秘書の情報網は案外広いのですよ。さよなら委員会の人間と、チャールズ殿下が鉢合わせしないようにと陛下に頼まれましてね。変装をしても声で貴方だと気付かれることもあります。アルが僕を見抜いたみたいにね」
「おまえの声を、学生時代から聞き慣れているだけさ」
――私は気付かなかった。ザックさんの声を数度しか聞いていないもの。
「そうだ、アル。チャールズ殿下の護衛がてら、明日の結婚式は執事として手伝うよ。アレックス主教の了承もいただいてきた」
「それは助かる! ありがとう」
「あと今晩は、自分もこの宿に泊まるので」
「えっ、泊まる? どの部屋に?」
「アルの隣部屋。よろしく」
――ザックさんとチャールズに挟まれた部屋か。はぁ。
新婚旅行というよりは団体旅行。複雑な気持ちだわ。
晩餐の時間になると、私たちは一階の食堂へ移動した。ザックさんは黒髪のカツラをかぶっている。一部の人間に顔は知られているので、隣にいるのがチャールズと気付かれないようにする為だという。
女将さんは私たちを窓際の席へ案内してくれた。日没の水平線を一望しながらいただく、新鮮な魚料理は絶品だ。この世界にも魚を生で食べる風習があって良かった。醤油ではなくて、柑橘系の爽やかな塩ダレがあらかじめかけられている。瑞々しい野菜や宝石のように赤く甘い実と味わう。海最高、港町最高、肉も大好きだけど魚も素晴らしい!
「奥様は、とても美味しそうに食事をなさいますね」
向かいのザックさんが珍しく微笑んでいた。
「そんなに顔に出ていたかしら」
「はい、幸せそうで。誰と食事を取るかで、料理の味は変わるのですね」
ザックさんの言葉に、アルと似たものを感じた。今はチャールズの秘書だけど、彼もやはり根は聖職者なのだわ。「誰と食事を取るかで」と呟いた彼は自分の感情を見つめているからだ。
――なぜ幸せだと感じるのか。
その理由を多くの人は一過性にしか捉えない。日常の些細な感情の機微も、立ち止まって考えるのが本来あるべき聖職者の姿なのだと私は思う。アルもザックさんも意識の探求者ね。
「お酒を飲む相手もな。味覚は心に直結だ」
アルは仄かな赤ら顔で私を見つめた。
「美しい妻が隣にいるから、お酒が美味しい」
「馬鹿ね。お酒が美味しいから、私が綺麗に見えるのよ」
「相変わらずミミは自己肯定感が低いなぁ」
「こら、ちょっとやめてよ。二人の前で」
向かいの席のチャールズとザックさんをうかがうと、死んだ魚のような目でお酒を飲んでいた。
「アル、司祭にしては鼻の下が伸び過ぎだよ」
「こら、ザック。二人に水を差すな」
「貴方が一番水を差しているでしょうに」
「ぼ、僕は何も、二人の邪魔なんか!」
――自覚が無いというのは怖いわ。
「ツルリンさん、酔い冷ましに俺は外に出ますけど、ご一緒にいかがですか?」
「えっ、今から?」
「夜の浜辺もなかなか綺麗ですよ。夏の稼ぎ時で露店も出ていますし。それではお二人とも、ごゆっくり」
ザックさんはツルリンの手をつかんで、ぐいぐい外へ引っ張り出してしまった。
「ふ、二人きりにしてくれたのかしら?」
「あからさま過ぎるけどな。悪いやつじゃないんだよ、ザックは。不器用なだけで」
アルは私の肩を抱き寄せた。
「月が綺麗だし、部屋に戻りませんか」
「そうしましょうか」
頬に彼の優しい口づけが落とされた。
「あの、もしやお二人は、リンドバーグご夫妻ではございませんか?」
その時、食堂に入ってきた老紳士が声をかけてきた。
――毛が一本も無い。丸つるりだわ。
皺の寄った丸頭に思わず注目してしまった。アルと同じ服装で、襟に鳩と王冠の記章を付けているということは、もしや。
「ハインツ司祭! ご無沙汰しております」
アルが席を立ち挨拶したので、私も夫に倣った。
「久しぶり、アルフレッド司祭。隣にいらっしゃるのは、噂の奥様ですね。はじめまして、ハインツ・プールでございます」
老紳士は胸に手をあて、ゆっくりと頭を下げた。
【つづく】
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