【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
4-3 ★ 不意打ち
「それは後でもいいんじゃない?」
「えっ」
後ろからアルに、そっと抱きしめられた。
「馬車に乗っている時に悲しい夢を見たんだ。目が覚めたら、君に触りたくてたまらなくなった」
耳朶や首筋を、彼の唇で優しく愛撫される。
「好きだよ、ミミ。愛してる」
口付けの雨に打たれていると、全身が熱を帯び、頭がくらくらとした。後ろから抱き寄せられたままなので、こそばゆくとも逃げられない。私がじたばた暴れると、アルはくすくすと悪戯げに笑った。
「ぎゃあぁ――っ、な、なんだぁ――!」
隣の部屋から、チャールズの素っ頓狂な悲鳴が聞こえてきた。
「い、今のって、ツルリンよね?」
「あいつは水を差す天才か?」
私たちはチャールズのいる隣部屋へ向かう。
「ツルリン、どうした? 悲鳴が……」
部屋の扉を開けたアルが急に立ち止まったので、私は彼の背中にぶつかってしまった。
「アル、どうしたの急に止まって……え?」
「た、たた、助けて! 兄上!」
黒い長衣を頭からかぶった、顔の見えない怪しい人物が、チャールズの身動きを封じていたのだ。不審人物は刃物を構えている。チャールズは顔面蒼白で、口をぱくぱく動かした。
「お、おまえは誰だ!」
アルが距離を縮めると、不審人物は「近付くな」と言わんばかりに刃物の切っ先をさらにチャールズへ近付けた。
「一体どこからこの部屋に入った!」
「お、押し入れです! 中に隠れていたんです!」
「五月蠅い。静かにしろ」
「ひ、ひ、ひぃい!」
不審人物は「暴れるな」と切っ先でチャールズを脅した。
――ど、どど、どうしよう!
私とアル、不審人物とチャールズ。にらみ合いが続く中。
「ふっ……アハハッ」
「え? アル? なんで笑っているの?」
「なんでもなにも。アッハハハハ!」
抱腹絶倒する夫を、私もチャールズも、不審人物も無言で見つめた。
「なんだよその格好! 武器だって、よく見たらバターナイフじゃないか! そうだろう、ザック・ブロンテ?」
――ザックさんですって!
不審人物がチャールズを解放する。黒い長衣を取り払うと、青い背広を着た、亜麻色の髪に夕日色の目の若い男性が現れた。眼鏡をかけていないので以前と印象が違うけれど、間違いなくザックさんだわ。
「ざ、ザザザ、ザック? どうしてここに? 一体何の真似だ!」
「避難訓練ですよ、チャールズ殿下。これでいつ襲われても、心の備えは完璧ですね」
「おまえのせいで僕の寿命が縮まった!」
「大丈夫。縮んでも一日か二日ですよ。はぁ、慣れないことをして疲れました」
「だったら慣れないことをするな!」
「陛下のご命令に従ったまでです」
「な、ななな、なに? ち、ちちち、父上の?」
「はい。貴方には危機感がなさ過ぎるので、不意打ちをしかけなさい、と」
唖然とするチャールズを前にザックさんは淡々と語る。
「アルには一発で見抜かれたね」
「声がザックのままだったしな。暗殺者にしては覇気も無い」
「これでも結構気合いを入れたんだけどな」
ザックさんは「はぁ」と溜め息を吐いた。
「結婚式でアルがこの町に来ると聞いてさ。チャールズ殿下もご一緒だろう、と思ったら正解。アレックス主教に手紙を書いてくれた件、陛下からうかがった」
「そうだったか。結婚式の情報はどこで?」
「国教会づてにね。アルの担当教会区も、ハインツ司祭が担当するこの教会区も、アレックス主教の管轄教区だから。挙式に関する情報は全て耳に入るさ。ハインツ司祭がこの宿をアルに勧めたというのもね」
――流石、国教会の諜報員。何もかもお見通し、情報があちらから入ってくるみたいね。
「殿下に伝えることがあったのですが、手紙は安全でないと判断し、直接うかがいました。チャールズ殿下宛ての郵便物に開封されたあとがあったんですよ。分からないように、のり付けされてましたけどね」
郵便物を開封されたということは、やはり王室内部に、チャールズ暗殺を目論む工作員が忍び込んでいるということなのね。怖いわ。
「それで、僕を心配もしてくれなかった薄情者が、わざわざ出向いて伝えたいこととは?」
チャールズの問いにはちくちくとした皮肉がこめられていた。本当は心配して欲しかったくせに、子どものようにすねちゃって。天邪鬼ね。
「単刀直入に申しますと、この港町に、王子さよなら委員会の人間が来ているんですよ」
「は?」
「え?」
「うそ」
長い長い沈黙が落ちた。
【つづく】
「えっ」
後ろからアルに、そっと抱きしめられた。
「馬車に乗っている時に悲しい夢を見たんだ。目が覚めたら、君に触りたくてたまらなくなった」
耳朶や首筋を、彼の唇で優しく愛撫される。
「好きだよ、ミミ。愛してる」
口付けの雨に打たれていると、全身が熱を帯び、頭がくらくらとした。後ろから抱き寄せられたままなので、こそばゆくとも逃げられない。私がじたばた暴れると、アルはくすくすと悪戯げに笑った。
「ぎゃあぁ――っ、な、なんだぁ――!」
隣の部屋から、チャールズの素っ頓狂な悲鳴が聞こえてきた。
「い、今のって、ツルリンよね?」
「あいつは水を差す天才か?」
私たちはチャールズのいる隣部屋へ向かう。
「ツルリン、どうした? 悲鳴が……」
部屋の扉を開けたアルが急に立ち止まったので、私は彼の背中にぶつかってしまった。
「アル、どうしたの急に止まって……え?」
「た、たた、助けて! 兄上!」
黒い長衣を頭からかぶった、顔の見えない怪しい人物が、チャールズの身動きを封じていたのだ。不審人物は刃物を構えている。チャールズは顔面蒼白で、口をぱくぱく動かした。
「お、おまえは誰だ!」
アルが距離を縮めると、不審人物は「近付くな」と言わんばかりに刃物の切っ先をさらにチャールズへ近付けた。
「一体どこからこの部屋に入った!」
「お、押し入れです! 中に隠れていたんです!」
「五月蠅い。静かにしろ」
「ひ、ひ、ひぃい!」
不審人物は「暴れるな」と切っ先でチャールズを脅した。
――ど、どど、どうしよう!
私とアル、不審人物とチャールズ。にらみ合いが続く中。
「ふっ……アハハッ」
「え? アル? なんで笑っているの?」
「なんでもなにも。アッハハハハ!」
抱腹絶倒する夫を、私もチャールズも、不審人物も無言で見つめた。
「なんだよその格好! 武器だって、よく見たらバターナイフじゃないか! そうだろう、ザック・ブロンテ?」
――ザックさんですって!
不審人物がチャールズを解放する。黒い長衣を取り払うと、青い背広を着た、亜麻色の髪に夕日色の目の若い男性が現れた。眼鏡をかけていないので以前と印象が違うけれど、間違いなくザックさんだわ。
「ざ、ザザザ、ザック? どうしてここに? 一体何の真似だ!」
「避難訓練ですよ、チャールズ殿下。これでいつ襲われても、心の備えは完璧ですね」
「おまえのせいで僕の寿命が縮まった!」
「大丈夫。縮んでも一日か二日ですよ。はぁ、慣れないことをして疲れました」
「だったら慣れないことをするな!」
「陛下のご命令に従ったまでです」
「な、ななな、なに? ち、ちちち、父上の?」
「はい。貴方には危機感がなさ過ぎるので、不意打ちをしかけなさい、と」
唖然とするチャールズを前にザックさんは淡々と語る。
「アルには一発で見抜かれたね」
「声がザックのままだったしな。暗殺者にしては覇気も無い」
「これでも結構気合いを入れたんだけどな」
ザックさんは「はぁ」と溜め息を吐いた。
「結婚式でアルがこの町に来ると聞いてさ。チャールズ殿下もご一緒だろう、と思ったら正解。アレックス主教に手紙を書いてくれた件、陛下からうかがった」
「そうだったか。結婚式の情報はどこで?」
「国教会づてにね。アルの担当教会区も、ハインツ司祭が担当するこの教会区も、アレックス主教の管轄教区だから。挙式に関する情報は全て耳に入るさ。ハインツ司祭がこの宿をアルに勧めたというのもね」
――流石、国教会の諜報員。何もかもお見通し、情報があちらから入ってくるみたいね。
「殿下に伝えることがあったのですが、手紙は安全でないと判断し、直接うかがいました。チャールズ殿下宛ての郵便物に開封されたあとがあったんですよ。分からないように、のり付けされてましたけどね」
郵便物を開封されたということは、やはり王室内部に、チャールズ暗殺を目論む工作員が忍び込んでいるということなのね。怖いわ。
「それで、僕を心配もしてくれなかった薄情者が、わざわざ出向いて伝えたいこととは?」
チャールズの問いにはちくちくとした皮肉がこめられていた。本当は心配して欲しかったくせに、子どものようにすねちゃって。天邪鬼ね。
「単刀直入に申しますと、この港町に、王子さよなら委員会の人間が来ているんですよ」
「は?」
「え?」
「うそ」
長い長い沈黙が落ちた。
【つづく】
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