【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

3-8 ★ 国民の正直な声

 奥さんの案内で、僕とアラベラは急ぎ寝室へ向かった。少女は真っ赤な顔で必死に呼吸を繰り返す。寝台の脇の机には病院の処方と見られる粉薬と水瓶が置かれていた。

「お医者様をお呼びしたいのですが、主人が馬で仕事へ……」
「馬ならある! 僕は馬に乗ってきました」

 奥さんが「本当に?」と聞き返した。

「今すぐに病院へ向かおう。奥さん、馬をつなぐことのできる車体はありますか?」
「は、はい。納屋に荷台が……」
「僕が馬と荷台をつなげます。奥さんは、この子を毛布にくるんで、すぐに支度をして下さい!」

 僕はすぐに外に出て、馬を玄関先に引いてきた。納屋から荷台を移動する。

「お手伝いしますわ」

 アラベラが荷台と馬をつなげる作業を手伝ってくれた。準備が整うと、毛布にくるまったカリンさんを馬車に乗せた。奥さんが娘さんを支え、アラベラが薬や水などの荷物を抱える。

「ここから一番近いのは、どこですか?」

   僕は地図を広げた。

「アンダンテ町立病院ですわ」

 アラベラが「ここです」と病院の場所を指差す。

「私が道案内します」
「助かる、アラベラさん。いくぞ、オスカル!」
「ヒヒン!」

 僕は手綱を打ち、小さな命を守る為に森をけた。無我夢中で小道を抜け、町へ急ぐ。荷台から少女の咳払い一つ聞こえただけで冷や汗が噴き出した。馬を走らせること約十五分。町立病院の玄関で馬を止める。

「急患です!」

 アラベラが真っ先に病院の正面玄関へ飛び込む。間も無く、看護師と医師が担架を抱えて外へ出てきた。カリンさんはすぐに担架に乗せられ、奥さんと病院の中へ。僕は馬車を病院の繋ぎ場へ移動させ、待ち合い室へ向かった。奥さんとアラベラの姿が無い。おそらく一緒に処置室へ入ったのだろう。手持ち無沙汰の僕は、待合室の椅子に腰掛けた。

 ――これで良かったのだよな?

 先程は「これが最善だ」と信じて、いてもたってもいられず行動した。少女の命を医師に預け、急に空白の時間が訪れると、得体の知れない不安が大波のように僕へ押し寄せた。炎天下を駆けたせいか頭がぼーっとして、胃のあたりがむかむかとする。

「まーたこれだよ、チャールズ殿下の記事」
「王子さよなら委員会とやらは、なにをもたもたしているんだ?」

 待合室に居合わせた男性二人が新聞を読みながら〝チャールズ〟の辛辣な批判を始めた。

おろかなるチャールズ、早くいなくなれば良いのに」
「この馬鹿が王様になったら、俺は国を出るね」
「俺も。人の命をなんとも思っちゃいないんだから。秘書が毒を盛っただの、女にだまされただのと、全部人になすりつけてのうのうと生きてやがる。知らぬ存ぜぬなわけないだろーが」

 ――これが国民の正直な声なんだ。

 僕は待合室を出て便所へ行くと、こみあげてきたものをすべて吐き出した。嘔吐していると目頭が熱くなった。今日は二度も泣いている。吐瀉物としゃぶつの浮いた便座の中に僕の顔がゆらゆらと映り込んでいた。

 ――どんなにつぐなっても、僕の罪は一生消えない。

 裁判での出来事がよみがえる。彼女に吐いた暴言は、それ以上となって僕に返ってきた。ここでカツラも眼鏡も脱ぎ捨てて「チャールズ・ヴェルノーンはここにいる」と宣言してしまおうか。暗殺者は草の根かき分けて僕を探していることだろう。だがここで「神学生の変装」を暴いては、兄上とミミをはじめ、多くの人に迷惑がかかる。

 ――誰にも迷惑をかけず、一人で死ねる方法は無いかな。

 手を差し伸べてくれた兄上には申し訳ないが、はじめから僻地へ向かえば良かったのだ。今からでも遅くはない。神学生の変装を返し、今一度手紙でこれまでの所業をび、人里離れた森の中で首をくくろう。

 僕は便所を出ると、ふらふらとした足取りで待合室に戻る。先程の男性二人の姿はもう無かった。

「お疲れ様、ツルリンさん」

 アラベラが処置室の方から歩いてきた。

「あと一歩遅ければ、どうなっていたことか。一命を取り留めたわ」

 安堵で全身から一気に緊張が抜ける。椅子からずり落ちた僕を「大丈夫ですか?」とアラベラが支えながら戻してくれた。

「ありがとう。ほっとした途端に、力が抜けてしまって」
「貴方は本当に優しい御方おかたなのね」
「優しい? 僕が?」
「ええ。他者たしゃこう不幸ふこうも自分のことように受け取れるのだもの。カリンさんが助かったのは貴方あなたのおかげよ、ありがとう」
「いや。僕のおかげじゃない。きっと神様のおかげです」
「さすが神学生。神のご加護があるのね」
「実はずっと心から神様を信じることが出来なかったけど、今日から信じることにしました」
「えっ」
「あの子が助かって本当に良かった」

 ――人の役に立てた。嬉しいな。

 自己実現の喜びよりも、はるかにとうとい幸福感だ。

「アラベラさん、貴女あなたもお疲れでしょう? 家まで送ります」
「えっ」

 アラベラが少し驚いた顔で僕を見た。

「あの、どうかされました?」
「いえ、なんでも。よ、よろしくお願いします」

 僕とアラベラは病院の玄関をくぐった。


【第4章:ミミ編につづく】






 第3章をお読みいただきありがとうございます。
 これからも楽しんで書きます!
 旭山リサ

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