【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
3-6 ★ 聖者の結婚
「聖職者を一般信徒とは別格の存在として認めることだ。これは偉大な功績ある聖者や、奇跡を起こす聖女を、死後に敬う【聖人信仰】とは異なるものだ」
「聖人信仰と聖別は、どう違うのですか?」
「聖人信仰は死者が対象だ。聖別は生きている聖職者に用いるものだ。教会の道具なども聖なるものとして聖別する」
「ものも聖別? 聖水などですか?」
「そうだ。さて【聖別】された者は神聖な人間なので、結婚は基本許されない。うちのような中道の国教会をのぞいてね」
――国教会をのぞいて? なぜなのだろうか。
「古来、聖別された者は結婚できないかわりに、地位や特権を与えられた。だが優遇された聖職者が私腹を肥やし、教会の腐敗を招いたんだ。他国でも、このヴェルノーン王国でもね」
教会の腐敗に関する歴史は、随分前に家庭教師から教わった気がする。
――確か、腐敗から大きな改革が……はて、なんだったっけ?
「こら、寝るな」
「ま、まだ寝てませんよ。ただ難しいことを思い出そうとしたら眠気が。宗教改革って何でしたっけ?」
「他国で起こった宗教改革では、聖職者が教会の腐敗に異を唱え〝万人が司祭である〟という説を打ち立てたんだ」
司祭である自分の胸をポンッと叩く兄上。
「なぜ改革者は〝司祭〟を指したのです?」
「信徒にとって一番身近な存在が、教会区の管理者である司祭だったからさ」
「でも、いくら教会が腐敗しても、聖書を分かりやすく説く存在は必要でしょう?」
「その通り。昔は識字率も低かった。改革に賛同した者たちは【司祭】ではなく【教師】という職位に就き、聖書のみを信仰の拠り所とし、教えを説くようになった」
「教師?」
「そうだよ。彼らは聖別されていないので、結婚できる」
――聖別されていない【教師】ならば結婚できるのか。あれ? でも、兄上は……。
「兄上は【司祭】として聖別されているのに、なぜ結婚できるのですか? 昔ながらの宗教では、聖職者の結婚はできなかったのでしょう。怒られないんですか?」
「そりゃもういろいろあったよ。おまえも聞いたことくらいはあるだろう? その昔、ヴェルノーンは宗教面で他国の教皇の傘下だったが、国王が結婚問題で教皇と揉めて、国教会が設立されたんだ」
――離婚と再婚で大揉めになったんだっけ。それは聞いたことがある。
「ヴェルノーン国王は神性を見出された聖者であると同時に、信徒の代表者であるとされた」
「信徒の代表者?」
「これは〝万人が司祭〟という宗教改革に影響を受けているのさ。国王も一般信徒なので、結婚が可能だ」
「なるほどなぁ。教会首長が結婚を許されて【主教、司祭、執事の結婚】が許されないのはおかしいというわけですね」
「禁欲生活に身を置く修道者の結婚は許されていないけどな。国王が信徒の代表という認識になったことで、礼拝も信徒中心になった。説教は分かりやすさが求められ、読みやすい聖書が普及した」
「ふーん……なるほど。いいじゃないですか、宗教改革」
聞いた限りでは、何も問題はなさそうに見える。聖職者の優遇より、信徒を優先したのだから。
「ところがどっこい、一つ大きな問題がある」
「なんです?」
「〝万人が司祭である〟と唱えた宗派には、教会の王様、教皇と呼ぶ存在がいない」
「なぜ、いないのです?」
「地位のある聖職者が教会を腐敗させたことに異を唱えた歴史があるからだ。さて、おさらいだ。ヴェルノーン国教会の首長は誰だ?」
「国王陛下です」
「その通り。ヴェルノーン王国は、特権を与えられた統率者を認めているんだ」
この国が君主制である以上、王は特権を与えられ、優遇される存在だ。国教会設立前から存在した王侯貴族の身分階級、元来の聖職者階級に〝万人が司祭である〟という説は、一部相容れない部分があったのだろう。
「他国の宗派からは〝中途半端・どっちつかず〟と揶揄されることもあるが、聖別もあり、礼拝も聖書も重んじ、聖職者の結婚も可能なこの【中道】こそが良いと俺は思う」
「一番の理由は、ミミと結婚できたからですか?」
兄上は幸せそうに破顔した。
「妻帯し、家族を愛することで、信徒の悩みに共感することが多くなった。中道が良いと思う理由がもう一つある」
「もう一つ?」
「正道に固執する排他主義者とはそりが合わないからだ。教皇のいる宗派は受け継がれた〝礼拝〟を重んじるが、改革派は〝聖書〟を重んじて不要な儀礼は撤廃するべきだという。正道と正道がぶつかり合って肩が凝るよ」
以前、兄上は「自分が真人間と信じ、正道を説く加害者におまえは辟易したことがあるか」と僕に訊ねた。「正道に固執した主張は争いを生む」ことを、遠回しに諭してくれたのだ。
――中道が良い、か。
教えてもらったことを思い出しながら、自分の犯した罪と照らし合わせる。
――悪女の嘘を「正しい」と信じ、法廷で恥を晒した自分が恥ずかしい。僕も、あらゆることを「決めつけない」中道を良しとし、常に探求しよう。
今日見た夢も、前世と決めつけることはできない。
――きっとまた不思議な夢を見て、因果を探求することになるだろう。
ろくな夢ではなく、必要だから見たのだ。謎を知る手がかりになるなら、どんな夢でも受け入れようと目を閉じたその時、ガサッと草を踏みしめる音が聞こえた。
「誰だ!」
僕は草むらから身を起こした。
「きゃっ、吃驚した!」
その女性は籠を胸に寄せ、身をすくませた。一つに束ねた長い茶色の髪が夏風に揺れる。
――この人は確か、ロビン弁護士の娘。アラベラ・スチュワート!
【つづく】
「聖人信仰と聖別は、どう違うのですか?」
「聖人信仰は死者が対象だ。聖別は生きている聖職者に用いるものだ。教会の道具なども聖なるものとして聖別する」
「ものも聖別? 聖水などですか?」
「そうだ。さて【聖別】された者は神聖な人間なので、結婚は基本許されない。うちのような中道の国教会をのぞいてね」
――国教会をのぞいて? なぜなのだろうか。
「古来、聖別された者は結婚できないかわりに、地位や特権を与えられた。だが優遇された聖職者が私腹を肥やし、教会の腐敗を招いたんだ。他国でも、このヴェルノーン王国でもね」
教会の腐敗に関する歴史は、随分前に家庭教師から教わった気がする。
――確か、腐敗から大きな改革が……はて、なんだったっけ?
「こら、寝るな」
「ま、まだ寝てませんよ。ただ難しいことを思い出そうとしたら眠気が。宗教改革って何でしたっけ?」
「他国で起こった宗教改革では、聖職者が教会の腐敗に異を唱え〝万人が司祭である〟という説を打ち立てたんだ」
司祭である自分の胸をポンッと叩く兄上。
「なぜ改革者は〝司祭〟を指したのです?」
「信徒にとって一番身近な存在が、教会区の管理者である司祭だったからさ」
「でも、いくら教会が腐敗しても、聖書を分かりやすく説く存在は必要でしょう?」
「その通り。昔は識字率も低かった。改革に賛同した者たちは【司祭】ではなく【教師】という職位に就き、聖書のみを信仰の拠り所とし、教えを説くようになった」
「教師?」
「そうだよ。彼らは聖別されていないので、結婚できる」
――聖別されていない【教師】ならば結婚できるのか。あれ? でも、兄上は……。
「兄上は【司祭】として聖別されているのに、なぜ結婚できるのですか? 昔ながらの宗教では、聖職者の結婚はできなかったのでしょう。怒られないんですか?」
「そりゃもういろいろあったよ。おまえも聞いたことくらいはあるだろう? その昔、ヴェルノーンは宗教面で他国の教皇の傘下だったが、国王が結婚問題で教皇と揉めて、国教会が設立されたんだ」
――離婚と再婚で大揉めになったんだっけ。それは聞いたことがある。
「ヴェルノーン国王は神性を見出された聖者であると同時に、信徒の代表者であるとされた」
「信徒の代表者?」
「これは〝万人が司祭〟という宗教改革に影響を受けているのさ。国王も一般信徒なので、結婚が可能だ」
「なるほどなぁ。教会首長が結婚を許されて【主教、司祭、執事の結婚】が許されないのはおかしいというわけですね」
「禁欲生活に身を置く修道者の結婚は許されていないけどな。国王が信徒の代表という認識になったことで、礼拝も信徒中心になった。説教は分かりやすさが求められ、読みやすい聖書が普及した」
「ふーん……なるほど。いいじゃないですか、宗教改革」
聞いた限りでは、何も問題はなさそうに見える。聖職者の優遇より、信徒を優先したのだから。
「ところがどっこい、一つ大きな問題がある」
「なんです?」
「〝万人が司祭である〟と唱えた宗派には、教会の王様、教皇と呼ぶ存在がいない」
「なぜ、いないのです?」
「地位のある聖職者が教会を腐敗させたことに異を唱えた歴史があるからだ。さて、おさらいだ。ヴェルノーン国教会の首長は誰だ?」
「国王陛下です」
「その通り。ヴェルノーン王国は、特権を与えられた統率者を認めているんだ」
この国が君主制である以上、王は特権を与えられ、優遇される存在だ。国教会設立前から存在した王侯貴族の身分階級、元来の聖職者階級に〝万人が司祭である〟という説は、一部相容れない部分があったのだろう。
「他国の宗派からは〝中途半端・どっちつかず〟と揶揄されることもあるが、聖別もあり、礼拝も聖書も重んじ、聖職者の結婚も可能なこの【中道】こそが良いと俺は思う」
「一番の理由は、ミミと結婚できたからですか?」
兄上は幸せそうに破顔した。
「妻帯し、家族を愛することで、信徒の悩みに共感することが多くなった。中道が良いと思う理由がもう一つある」
「もう一つ?」
「正道に固執する排他主義者とはそりが合わないからだ。教皇のいる宗派は受け継がれた〝礼拝〟を重んじるが、改革派は〝聖書〟を重んじて不要な儀礼は撤廃するべきだという。正道と正道がぶつかり合って肩が凝るよ」
以前、兄上は「自分が真人間と信じ、正道を説く加害者におまえは辟易したことがあるか」と僕に訊ねた。「正道に固執した主張は争いを生む」ことを、遠回しに諭してくれたのだ。
――中道が良い、か。
教えてもらったことを思い出しながら、自分の犯した罪と照らし合わせる。
――悪女の嘘を「正しい」と信じ、法廷で恥を晒した自分が恥ずかしい。僕も、あらゆることを「決めつけない」中道を良しとし、常に探求しよう。
今日見た夢も、前世と決めつけることはできない。
――きっとまた不思議な夢を見て、因果を探求することになるだろう。
ろくな夢ではなく、必要だから見たのだ。謎を知る手がかりになるなら、どんな夢でも受け入れようと目を閉じたその時、ガサッと草を踏みしめる音が聞こえた。
「誰だ!」
僕は草むらから身を起こした。
「きゃっ、吃驚した!」
その女性は籠を胸に寄せ、身をすくませた。一つに束ねた長い茶色の髪が夏風に揺れる。
――この人は確か、ロビン弁護士の娘。アラベラ・スチュワート!
【つづく】
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