【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

3-5 ★ 中道の旅人

 憂鬱ゆううつな気持ちで眠るとろくな夢を見ない。
 葬式、従兄弟いとことの確執かくしつ、道連れにされた悪魔。

 ――良樹兄さんは、アルフレッド兄上だ。

 雰囲気が同じ、完全一致だ。兄上の他に誰がいるというのだろう。
 
 ――首吊りをした美名みなは……おそらくミミ。

 前世をこうだと決めつけることはできない。僕は夢で見ただけで証拠は何一つ無いからだ。僕の誇大こだい妄想が生み出したまぼろしかもしれないが、いろいろなことのつじつまが合う。ミミが首吊りに臨み、兄上が救い、彼女を愛した出来事や、僕をからめた因果を説明できる。

 ――兄上はミミを助ける為に、もう一度生まれてきたのかな。

 人は前世の願いを叶える為に輪廻転生りんねてんせいを繰り返すのかと僕は常々つねづね考える。

 思考をめぐらせていると「意識の探求、旅人」と兄上が教えてくれた言葉が頭に浮かぶ。兄上と料理教室に参加した後のことだ。「教会の勉強をしたい」と言った僕に、兄上は「国教会とは何か」について個別指導をしてくれた。

「ヴェルノーン王国国教会は【中道】の精神を良しとする。旅人として明確な答えは出さずに意識の探求を止まない、これが教義だ」

「兄上。一体なんの中道なのですか?」

 誰もいない礼拝堂で、説教台に立つ兄上に僕は訊ねた。

「この世界に、いくつの宗教があるか、おまえは知っているか?」
「いいえ、分かりません」
「司祭の俺も多すぎて分からないよ。ただし三つの傾向で分類することはできる」
「三つの傾向?」

 兄上は説教台のそばに置いた黒板を持ち上げ、白い粉筆記で文字を書いた。

排他はいた主義、包括ほうかつ主義、多元たげん主義の三つだ」

 ――うっ。なんだか小難しそうだ……。

 僕はおそらく間抜けな顔をしていたのだろう。兄上は「順に説明する」と苦笑いした。

「まず排他主義。これは一つの宗教を絶対的に信じて、他の宗教を全て否定するものだ。過去に教会は、土着の神を否定してきた歴史がある」
「土着の神様?」
「火、水、大地、風。妖精や精霊の信仰さ。これらは魔女狩りの対象ともなった。身の毛もよだつような残虐な刑罰が日常的に行われ、無実の者が殺められた」
「お、恐ろしい……。魔女など本当に存在するのでしょうか」
「本物はいるぞ。不思議な力の有無をのぞき、心の醜い悪魔のような女がね。おまえも心当たりがあるだろう?」

 ――大ありだ。ダーシーのことか。

「心根の善し悪しはともかく、森に一人で住んでいただけ、自家薬を作っていただけ、人より勘が良いだけ、幽霊が見えるだけで魔女狩りの対象となった人々は多い」
「そんな……それはあまりにも可哀想だ!」
「そう。魔女狩りは排他主義の犯した罪だ」

 兄上は黒板に書かれた文字の真ん中の行を飛ばして、三番目の行を指差した。

「多元主義はその真逆だ。全ての宗教の神様を肯定する。〝神は多くの名前を持つ〟とな。例え話として、太陽を司る神の名前が、西の国と東の国で違っていたとする。西の国ではサン、東の国ではソルと呼ぶが〝名前が違うだけで同一の神〟と考えるのが多元主義だ」
「多元主義。良さそうですが……面倒なことになりそうな気が」

「おっ、良いところに気付いたな。西の国でサンと呼ぶ神様を、東の国ではソルと呼んでいますよと言われても、サンと呼んで信仰する人には受け入れがたい。西の国にはサンの為に作られた賛美歌や祈りがある。東の国にはソルの登場する神話がある。それらを同一として扱えるのは学者くらいだ」

 兄上は「そこで」と、真ん中の二行目を指差した。

「包括主義は、自分の信仰を持ちながら、他の宗教の存在を認めるものだ。先程の例え話なら、太陽をサンと呼ぶ信仰は変えずに、太陽をソルと呼ぶ信仰も認め、邪教だと排他しない」
「それが兄上の言う〝中道〟ですか?」
「包括こそが、平和的解決だと思っただろう?」

 うなずく僕に、兄上は肩をすくめた。

「包括主義の〝中道〟も一筋縄ではいかなかった。過去から現在にかけて、何度も議論されて時代とともに変化したものがある。例えば俺にまつわることで。何か分かるか?」
「兄上の? いえ、さっぱり」
「聖職者、司祭の結婚にまつわる規定だ。うちの国教会は司祭だけでなく主教も執事も結婚できる」

 思わず「あっ」と声を上げてしまう。ミミの結婚相手が司祭と聞いた時にも驚いたのだ。

「僕は、司祭は結婚できないと、長らく勘違いしていたんです」
「勘違いしても仕方無い。【聖別せいべつ】のある宗派の聖職者は大抵、結婚できないからな」
「聖別?」
「聖職者を一般信徒とは別格の存在として認めることだ。これは偉大な功績ある聖者や、奇跡を起こす聖女を、死後にうやまう【聖人信仰】とは異なるものだ」
「聖人信仰と聖別は、どう違うのですか?」
「聖人信仰は死者が対象だ。聖別は生きている聖職者に用いるものだ。教会の道具なども聖なるものとして聖別する」
「ものも聖別? 聖水などですか?」
「そうだ。さて【聖別】された者は神聖な人間なので、結婚は基本許されない。うちのような中道の国教会をのぞいてね」

 ――国教会をのぞいて? なぜなのだろうか。

【つづく】




【備考】作中の聖人信仰、聖別に関する説明について
 一般に、プロテスタント教会には聖別がありません。教皇をはじめ聖職者の特権・優遇による腐敗に異を唱えた、マルティン・ルターの宗教改革に起因します。因みにルターは、キリスト教以外の異端の宗教に寛容ではなく排他主義でした。




■参考文献
『今さら聞けない!? キリスト教:聖公会の歴史と教理編:ウィリアムス神学館叢書Ⅴ』
 岩城聰著/教文館/二〇二二年五月

『ふしぎなイギリス』
 笠原敏彦著/講談社/二〇一五年五月

『聖公会が大切にしてきたもの』
 西原廉太著/教文館/二〇一六年十二月

『聖公会物語――英国国教会から世界へ――』
 マーク・チャップマン著・岩城聰監訳/かんよう出版/二〇一三年十月

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