【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

3-1 ★ ツルリン、ひらめきました!




【第3章】は、チャールズが語り手です。




 兄上の教会に滞在して、早六日が過ぎた。

 ――嫌なことも、良いことも、すべて夢なのではないだろうか。

 うまやで馬の毛並みをときながら、これまでのことを振り返る。命を狙われ、暗殺予告を出され、兄上へ助けを求めた。そして昨日、教会にかくまってもらっていること、神学生の変装をしている件について主教から速達が届いたのだ。アレックス主教は「機密事項、他言無用」という条件で快諾かいだくしたという。

「アレックス主教は、陛下のお耳にも入れたそうだ」
「父上に?」
「おまえが急に消えたから、心配していたそうだぞ。アレックス主教の判断で、陛下にだけおまえの居場所を伝えたそうだ」
「父上はなんと?」
「それはこの手紙には書かれていない。おまえのことを心配していた、とだけ」
「本当に僕のことを……心配してくれているのでしょうか。主教様もきっと、仕方無く……」
「力になってくれた人を信じないのは恩知らずで、相手に大変失礼だぞ。助けてくれた人を信じろ」
「は、はい」

 昨日の、兄の厳しい言葉は胸にささった。ささるといえば、先日の料理教室では、うっかり包丁を落とし、自分の足に突き刺すところだった。兄上は僕を助けようと反射で動いてくれた。

 ――僕はあんなにも狭い視野で物事を見て、兄上にもミミにも許されないことをしたというのに。

 兄上の「人を信じろ」という言葉は「俺を信じろ」という意味で受け取って良いのだろう。

 ――人を信じる、か。

 ダーシーの件で僕はすっかり人が怖くなってしまった。「優しい人」の言葉を信じることができない。物言わぬモノや、人の言葉を介さないものとの触れ合いに安らぎを得る。うまやで馬と語らっている今のような時間が幸せだ。それにこの馬とは通じ合えているような気がするのだ。

「おまえは良い馬だな、オスカル」

 兄上の愛馬を世話させてもらっていることも、信頼されている証拠なのだろうか。

「おまえはとても人気者だそうだぞ。おもに……僕のせいで」

 法廷を蹴破った司祭の馬、とな。
 新調された法廷の扉には馬の絵が彫られ、見物客が訪れるようになったと聞く。

「一度、おまえに乗ってみたいよ」

 ヒヒンと馬がいななく。「いいよ、乗れよ」と言ってくれたようだが、兄上の許可無くしてはな。

「さて。草むしりも、馬の世話もしたし」

 早起きは苦手だったが、朝の涼しいうちに草むしりをすると大変清々しい。

「そろそろ朝ご飯だな。今日は何だろう」

 王宮の朝食よりも、ここで食べるものの方が美味しい。田舎なので空気が綺麗だからだと思ったが、作り手の心が香辛料なのだ。

「仕事終わりました。あれ? 誰もいないんですか」

 食卓に出来立ての料理は並んでいるのに、ミミと兄上の姿が無い。家政婦ナンシーは通院の為、今日は午後から来ると聞いている。

「兄上とミミ、料理上手すぎ」

 焼き立ての木の実パン、きのこと夏野菜と鶏肉とりにく汁物しるもの、飴色に焼かれた牛乳と卵の生菓子。何もかも美味しそうだ。草むしりをする前に見た、台所の兄上とミミはとても楽しそうで、うらやましいくらいに仲睦まじかった。

兄上あにうえ? ミミ?」

 居間から話し声が聞こえる。おそらく僕の草むしりが終わるのを待ってくれていたのだろう。顔をのぞかせた僕は、仰け反りそうになった。朝日の満ちた居間で、兄上とミミが接吻を交わしていたからだ。

 兄上はミミの手をからめとり、彼女の耳元で「愛してる」と囁いた。幸せそうにはにかむミミの横顔を見て、胸がきゅっと締め付けられた。

 ――さみしい。なんだろうこの気持ち。

 自分とはあまりに違う。とても遠い世界の出来事を見ているみたいだ。

「チャールズ?」

 じっと見つめていたせいか、二人が僕の気配を察して、急にこちらへ振り返った。

「お、おまえ、いつからそこにいた?」
「十秒ほど……前から」

 ――家政婦は見た? いや〝王子は見た〟か。この状況は。

 二人の邪魔をしてしまった。この微妙な空気感、どうしたらいいものか。

「お腹が……いたんですけど」
「そ、そうね。ご、御飯、冷めちゃうわね」
「そ、外掃除ありがとな。チャ、チャールズ」
「お言葉ですが、僕はマイケル・ツルリンです、兄上あにうえ

 正体がばれないよう、チャールズのチャの字も出すなと言ったのに。恥ずかしいところを見られて、この賢く真面目な夫婦にしては珍しく、気が動転している。居間から食卓へ移動。いつもの朝食が始まったが、ぎこちない雰囲気だ。

 ――僕はいない方が良いのでは? 二人きりにしてあげたい。そうだ、ひらめいたぞ!

「兄上にお願いがあるのですが」
「な、な、なんだ?」
「オスカルに乗せてはもらえないでしょうか。良い馬なので乗りたくて」
「いいぞ、乗っても。森で風を切ると気持ち良いぞ」
「ありがとうございます。早速、乗ってきても良いですか。午前中は教会のお仕事は無かったですよね」
「ああ。玄関の戸棚に地図があるから、持っていくと良い。ゆ、ゆっくりしてきていいぞ」

 ――兄上も、ミミとごゆっくり。

「ごちそうさまでした。朝ご飯、美味しかったです」

 僕は食卓を出ると、戸棚の地図をふところに入れ、うまやに向かった。

【つづく】

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