【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-7 ★ 家族なのだから
腹違いの弟と、ケーキ作りの始まり、始まり。
――成り行きとはいえ、弟の為とはいえ。何が楽しくて、こんなことに。
深く考えてはダメだ。無心に努めよう。
俺は、生乳を泡立てるのを弟に任せた。
「おかしいな、全く泡立たない」
「かせ。こうするんだ」
「す、凄い! 流石です!」
結局俺が生乳をふわふわに泡立てる羽目になった。
「下層の生地の表面に、泡立てた生乳を塗って、薄切りした苺を並べててくださーい」
講師が全員へ呼びかける。
下部の生地を丸皿に置き、泡立てた生乳をふんわりのせて塗った。
「さあ、おまえの切った苺の出番だ。好きなだけ並べてくれ」
チャールズは嬉しそうに苺を並べたが。
「隙間が多すぎだ。花びらの絨毯みたいに敷き詰めるんだ。こんな感じに」
結局俺が苺を並べる羽目になった。
「皆さん、綺麗にできましたね。苺を並べた生地に、上の生地をかぶせてくださーい」
俺は上の生地をツルリンに渡した。
「大役だ、ツルリン。上にのせるだけだぞ」
「は、はい。こう……ですね」
「ずれてる、ずれてる」
俺は正しい位置に生地を置き直した。
「ケーキ全体に、泡立てた生乳を塗ってくださーい。生地を傷つけないよう、猫を撫でるように優しくですよー」
なんとなく不安な予感がしたが、泡立てた生乳の器をチャールズに手渡す。
「今の先生の言葉を聞いたな? 猫を撫でるように優しく、だ」
「分かりました! よっ、ほっ、とっ。よーし、こんな感じですかね」
――このケーキが猫なら、とっくに逃げ出しているな。
生地は傷付いていないが、塗り方が下手過ぎる。溶けた雪だるまのような見た目だ。
「かせ」
俺は余計な部分を削ぎ、均等の厚さで塗り直した。
「さあ、皆さんの腕のみせどころですよー。泡立てた生乳を絞り器に入れ、リボンのように表面に描きましょう。最後に苺をのせて完成でーす!」
ツルリンがちらっと俺を見た。
「ぼ、僕は器用でないので、司祭様が」
「いや。何事も人生経験だ」
絞り器をツルリンに渡す。ツルリンはリボンのようにゆるやかな流線を描き、花の蕾のような角を立たせていく。
「うまいじゃないか」
「そうですか! あ、あれ? 中身が出ない」
弟が絞り器を逆さにしたその時だった。ブシャッと音を立てて中身が飛び出し、俺の顔面に直撃した。
「す、すす、すみません、司祭様!」
「俺のことはいいから……続けて」
フリルエプロンの効果なし。エプロンの下の普段着にも飛び散った。飛び散ったものを拭いている間に、弟は絞り器の中身を全部使い切っていた。
――こういう飾り付けは上手いんだな。最後の苺も任せるか。
へたがとられた苺を器ごとチャールズに渡す。彼は時計の文字盤のように、苺をまあるく並べていく。一周し終えたら、内側にもう一周。さらに内側にもう一周。夏苺を贅沢に使った最高のケーキができた。
「できた。できました!」
「うん。よくできた」
「あら、美味しそう。頑張ったわね、ツルリンくん!」
講師に褒められると、チャールズはますます笑顔になった。王子の彼はケーキを食べるばかりで、作ったことは一度も無かったのだろう。
「こちらで召し上がりますか? それともお持ち帰りしますか」
「持ち帰ります。ミミにも食べさせたいので」
「きっと奥様、喜ばれますわ」
俺は買い物籠、弟は手作りケーキの箱を携えて家路に就く。市場から離れ、木々に囲まれた田舎道に出た。
「料理教室、案外楽しかったな」
「は、はい。兄上のおかげです。なんだかいっぺんにいろいろな冒険をしているみたいだ」
「冒険って、それは大げさだよ」
「いいえ。知らないことばかりなので。無知が恥ずかしくて、情けなくて」
チャールズは悲しげに視線を落とす。
「兄上が、王子なら良かったのに」
チャールズがこんな弱音を吐くなどと、誰が想像しただろう。哀愁漂う表情に、彼が今まで決して出さなかった脆さがにじみ出ていた。
――ミミと、少し似ている。
ミミもまた弱さを見せようとしない。皆が彼女を「強い」と勘違いしていた。自ら首吊りに臨むなど周囲の人間が誰も想像できないほどに彼女は「弱さ」を隠し通したのだ。
「王子はおまえしかいないよ」
チャールズは、ハッとして顔を上げた。
「俺は司祭が身の丈に合っているよ。これ以上ない天職なのでね」
「僕も司祭になりたかったです」
「おまえはゆくゆくは国教会の首長だぞ?」
「無知のまま、首長の座になど着けません。今から学んでも遅くはないでしょうか」
「早いくらいだ。でも少し急ぐぞ。だいぶ暑くなってきたからな。折角つくったケーキがダメになってしまう」
「はい、兄上!」
道なりに進むこと数分、我が家に着いた。
「おかえりなさい。心配したわよ」
「あの、これ、お土産……兄上と二人で作ったんだ」
弟はミミにケーキの箱を渡した。
「二人で作ったの? どこで?」
「いろいろあってツルリンと料理教室に参加してさ。ミミには留守番を任せた上に、心配をかけて本当にごめん」
「いいのよ、気にしないで。それより詳しく聞かせて。すぐに紅茶を淹れるから」
ミミは箱を抱えて台所へ向かい、ケーキを取り出した。
「美味しそう。苺のケーキね!」
「飾り付けはツルリンがしたんだ」
「本当に? 上手ね」
「ありがとう、兄上のおかげなんだ」
「どういたしまして」
家族三人でお茶会を始める。手作りのケーキを頬張る王子様は幸せ満腹だ。こいつが次に何をやらかそうと、心から憎しみを抱くことは出来ないだろう。彼はもう十分に反省した。要は弟に情が湧いてしまったのだ。チャールズが俺たちを信頼し続ける限り、彼を支えよう。家族なのだから。
【第3章につづく】
――成り行きとはいえ、弟の為とはいえ。何が楽しくて、こんなことに。
深く考えてはダメだ。無心に努めよう。
俺は、生乳を泡立てるのを弟に任せた。
「おかしいな、全く泡立たない」
「かせ。こうするんだ」
「す、凄い! 流石です!」
結局俺が生乳をふわふわに泡立てる羽目になった。
「下層の生地の表面に、泡立てた生乳を塗って、薄切りした苺を並べててくださーい」
講師が全員へ呼びかける。
下部の生地を丸皿に置き、泡立てた生乳をふんわりのせて塗った。
「さあ、おまえの切った苺の出番だ。好きなだけ並べてくれ」
チャールズは嬉しそうに苺を並べたが。
「隙間が多すぎだ。花びらの絨毯みたいに敷き詰めるんだ。こんな感じに」
結局俺が苺を並べる羽目になった。
「皆さん、綺麗にできましたね。苺を並べた生地に、上の生地をかぶせてくださーい」
俺は上の生地をツルリンに渡した。
「大役だ、ツルリン。上にのせるだけだぞ」
「は、はい。こう……ですね」
「ずれてる、ずれてる」
俺は正しい位置に生地を置き直した。
「ケーキ全体に、泡立てた生乳を塗ってくださーい。生地を傷つけないよう、猫を撫でるように優しくですよー」
なんとなく不安な予感がしたが、泡立てた生乳の器をチャールズに手渡す。
「今の先生の言葉を聞いたな? 猫を撫でるように優しく、だ」
「分かりました! よっ、ほっ、とっ。よーし、こんな感じですかね」
――このケーキが猫なら、とっくに逃げ出しているな。
生地は傷付いていないが、塗り方が下手過ぎる。溶けた雪だるまのような見た目だ。
「かせ」
俺は余計な部分を削ぎ、均等の厚さで塗り直した。
「さあ、皆さんの腕のみせどころですよー。泡立てた生乳を絞り器に入れ、リボンのように表面に描きましょう。最後に苺をのせて完成でーす!」
ツルリンがちらっと俺を見た。
「ぼ、僕は器用でないので、司祭様が」
「いや。何事も人生経験だ」
絞り器をツルリンに渡す。ツルリンはリボンのようにゆるやかな流線を描き、花の蕾のような角を立たせていく。
「うまいじゃないか」
「そうですか! あ、あれ? 中身が出ない」
弟が絞り器を逆さにしたその時だった。ブシャッと音を立てて中身が飛び出し、俺の顔面に直撃した。
「す、すす、すみません、司祭様!」
「俺のことはいいから……続けて」
フリルエプロンの効果なし。エプロンの下の普段着にも飛び散った。飛び散ったものを拭いている間に、弟は絞り器の中身を全部使い切っていた。
――こういう飾り付けは上手いんだな。最後の苺も任せるか。
へたがとられた苺を器ごとチャールズに渡す。彼は時計の文字盤のように、苺をまあるく並べていく。一周し終えたら、内側にもう一周。さらに内側にもう一周。夏苺を贅沢に使った最高のケーキができた。
「できた。できました!」
「うん。よくできた」
「あら、美味しそう。頑張ったわね、ツルリンくん!」
講師に褒められると、チャールズはますます笑顔になった。王子の彼はケーキを食べるばかりで、作ったことは一度も無かったのだろう。
「こちらで召し上がりますか? それともお持ち帰りしますか」
「持ち帰ります。ミミにも食べさせたいので」
「きっと奥様、喜ばれますわ」
俺は買い物籠、弟は手作りケーキの箱を携えて家路に就く。市場から離れ、木々に囲まれた田舎道に出た。
「料理教室、案外楽しかったな」
「は、はい。兄上のおかげです。なんだかいっぺんにいろいろな冒険をしているみたいだ」
「冒険って、それは大げさだよ」
「いいえ。知らないことばかりなので。無知が恥ずかしくて、情けなくて」
チャールズは悲しげに視線を落とす。
「兄上が、王子なら良かったのに」
チャールズがこんな弱音を吐くなどと、誰が想像しただろう。哀愁漂う表情に、彼が今まで決して出さなかった脆さがにじみ出ていた。
――ミミと、少し似ている。
ミミもまた弱さを見せようとしない。皆が彼女を「強い」と勘違いしていた。自ら首吊りに臨むなど周囲の人間が誰も想像できないほどに彼女は「弱さ」を隠し通したのだ。
「王子はおまえしかいないよ」
チャールズは、ハッとして顔を上げた。
「俺は司祭が身の丈に合っているよ。これ以上ない天職なのでね」
「僕も司祭になりたかったです」
「おまえはゆくゆくは国教会の首長だぞ?」
「無知のまま、首長の座になど着けません。今から学んでも遅くはないでしょうか」
「早いくらいだ。でも少し急ぐぞ。だいぶ暑くなってきたからな。折角つくったケーキがダメになってしまう」
「はい、兄上!」
道なりに進むこと数分、我が家に着いた。
「おかえりなさい。心配したわよ」
「あの、これ、お土産……兄上と二人で作ったんだ」
弟はミミにケーキの箱を渡した。
「二人で作ったの? どこで?」
「いろいろあってツルリンと料理教室に参加してさ。ミミには留守番を任せた上に、心配をかけて本当にごめん」
「いいのよ、気にしないで。それより詳しく聞かせて。すぐに紅茶を淹れるから」
ミミは箱を抱えて台所へ向かい、ケーキを取り出した。
「美味しそう。苺のケーキね!」
「飾り付けはツルリンがしたんだ」
「本当に? 上手ね」
「ありがとう、兄上のおかげなんだ」
「どういたしまして」
家族三人でお茶会を始める。手作りのケーキを頬張る王子様は幸せ満腹だ。こいつが次に何をやらかそうと、心から憎しみを抱くことは出来ないだろう。彼はもう十分に反省した。要は弟に情が湧いてしまったのだ。チャールズが俺たちを信頼し続ける限り、彼を支えよう。家族なのだから。
【第3章につづく】
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