【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-6 ★ 苺と王子様
チャールズの右手から包丁が手放され、彼の足めがけて真っ逆さま。
「あぶない!」
俺は飛び出すと、包丁が彼の足に刺さる寸前でつかみとった。包丁を握り、床に腹ばいのまま静止する。チャールズは慌てて自分の足をひっこめた。もう少し遅かったら、料理教室は王子の血の海、惨劇の舞台となっていただろう。
「自分の足まで捌くつもりか?」
チャールズは顔面蒼白で、
「あり、が、とう、ございます」
と震えながら御礼を言う。
一連の出来事を目撃していた、ご婦人方からは拍手を送られた。
「司祭様。お見事ですわ」
「流石、司祭様です!」
「ツルリンくん。包丁はしっかり持たないとだめよ」
「は、はい。今度から絶対落としません」
「ツルリンが誠にすみません」
包丁を安全な場所に置き、ツルリンと頭を下げた。
「まったく心配をかけさせて。探したぞ、ツルリン」
「ごめんなさい……司祭様」
「買い出しは?」
「皆さんからいろいろと分けていただいて。全て揃いました」
弟は窓際の机を指差す。買い出しを頼んだ食材が籠につまっていた。
「勝手な行動をしてすみません。料理教室に誘われて……興味があって、その」
「興味があるのは良いことだよ」
「司祭様、ツルリンくんとご一緒に作っていかれませんか?」
「そうよ、それが良いわ」
ご婦人たちから参加を勧められた。留守番のミミが心配しているので、早く帰りたい気持ちは山々だったが。
――ツルリン一人を残して、またさっきの包丁騒ぎが起こったら。
被害が拡大、婦人会の皆さんに迷惑がかかることを考えれば、俺が付き添った方が無難だろう。
「ぜひ、一緒に作らせてください。どなたか余りのエプロンと三角巾をお持ちではないですか」
「あの、でしたら母が持ってきたものが……」
アラベラ・スチュワートが布袋から取り出したものは、なんと……。
――こ、ここ、これは!
肩のところにひらひらの飾りがついた、フリルエプロンだ。
「ツルリンのエプロンと同じ?」
「は、はい。先月の婦人会でお裁縫がありまして。私は参加していなかったので、これは母のお手製ですわ。ツルリンさんが着ているのは、会長さんのですよ」
会長夫人がにこやかに頭を下げる。夫人を始め、厨房はフリルエプロンのご婦人ばかりだ。
「あの。アラベラさんがお召しのエプロンは、皆さんと違うようですが」
アラベラはフリルのついていない白いエプロンを着ている。
――俺もそっちの地味系が良い!
「これは私の使い古しですわ。母は新しいエプロンを着て欲しかったみたいです。私が置き忘れたので先程届けてくれたのですが、ちょっと寸法が大きいんですよ~」
――意図的に置き忘れたでしょう、貴女。
フリルエプロンに対する、アラベラの密かな抵抗が垣間見えた。
「なので司祭様にお貸ししますわ。母もきっと喜びます」
――俺はどうすればいいんだ、神様。
ご婦人方は熱い視線を俺へ向けていた。会長さんもじっと見ている。
――何を期待されているんだ、俺は? なんだか断りにくい。し、仕方無いか。
「あ、ありがとうございます。お、お借りします」
俺はフリルエプロンをまとい、腰できゅっとリボンを結ぶ。エプロンと一緒に同封されていた三角巾で頭部を覆った。
「お似合いですわ、司祭様!」
「本当に! ステキです!」
料理教室は謎の活気に満ちた。
「ツルリンくん、司祭様がいれば大丈夫よ。材料は机の上のものを使ってね」
二層に分かれたケーキ生地。
生乳の入れられた器と、砂糖。
そしてこの……ぐちゃぐちゃの苺は一体なんだ。
「この苺はジャム用ですか?」
「生地の間にはさむ苺ですよ。今し方ツルリンくんが頑張って薄切りしたんです」
――薄切り? 潰した、の間違いでは?
「それでは皆さん。まずは生乳を泡立てましょう」
腹違いの弟と、ケーキ作りの始まり、始まり。
――成り行きとはいえ。弟の為とはいえ。何が楽しくて、こんなことに。
【つづく】
「あぶない!」
俺は飛び出すと、包丁が彼の足に刺さる寸前でつかみとった。包丁を握り、床に腹ばいのまま静止する。チャールズは慌てて自分の足をひっこめた。もう少し遅かったら、料理教室は王子の血の海、惨劇の舞台となっていただろう。
「自分の足まで捌くつもりか?」
チャールズは顔面蒼白で、
「あり、が、とう、ございます」
と震えながら御礼を言う。
一連の出来事を目撃していた、ご婦人方からは拍手を送られた。
「司祭様。お見事ですわ」
「流石、司祭様です!」
「ツルリンくん。包丁はしっかり持たないとだめよ」
「は、はい。今度から絶対落としません」
「ツルリンが誠にすみません」
包丁を安全な場所に置き、ツルリンと頭を下げた。
「まったく心配をかけさせて。探したぞ、ツルリン」
「ごめんなさい……司祭様」
「買い出しは?」
「皆さんからいろいろと分けていただいて。全て揃いました」
弟は窓際の机を指差す。買い出しを頼んだ食材が籠につまっていた。
「勝手な行動をしてすみません。料理教室に誘われて……興味があって、その」
「興味があるのは良いことだよ」
「司祭様、ツルリンくんとご一緒に作っていかれませんか?」
「そうよ、それが良いわ」
ご婦人たちから参加を勧められた。留守番のミミが心配しているので、早く帰りたい気持ちは山々だったが。
――ツルリン一人を残して、またさっきの包丁騒ぎが起こったら。
被害が拡大、婦人会の皆さんに迷惑がかかることを考えれば、俺が付き添った方が無難だろう。
「ぜひ、一緒に作らせてください。どなたか余りのエプロンと三角巾をお持ちではないですか」
「あの、でしたら母が持ってきたものが……」
アラベラ・スチュワートが布袋から取り出したものは、なんと……。
――こ、ここ、これは!
肩のところにひらひらの飾りがついた、フリルエプロンだ。
「ツルリンのエプロンと同じ?」
「は、はい。先月の婦人会でお裁縫がありまして。私は参加していなかったので、これは母のお手製ですわ。ツルリンさんが着ているのは、会長さんのですよ」
会長夫人がにこやかに頭を下げる。夫人を始め、厨房はフリルエプロンのご婦人ばかりだ。
「あの。アラベラさんがお召しのエプロンは、皆さんと違うようですが」
アラベラはフリルのついていない白いエプロンを着ている。
――俺もそっちの地味系が良い!
「これは私の使い古しですわ。母は新しいエプロンを着て欲しかったみたいです。私が置き忘れたので先程届けてくれたのですが、ちょっと寸法が大きいんですよ~」
――意図的に置き忘れたでしょう、貴女。
フリルエプロンに対する、アラベラの密かな抵抗が垣間見えた。
「なので司祭様にお貸ししますわ。母もきっと喜びます」
――俺はどうすればいいんだ、神様。
ご婦人方は熱い視線を俺へ向けていた。会長さんもじっと見ている。
――何を期待されているんだ、俺は? なんだか断りにくい。し、仕方無いか。
「あ、ありがとうございます。お、お借りします」
俺はフリルエプロンをまとい、腰できゅっとリボンを結ぶ。エプロンと一緒に同封されていた三角巾で頭部を覆った。
「お似合いですわ、司祭様!」
「本当に! ステキです!」
料理教室は謎の活気に満ちた。
「ツルリンくん、司祭様がいれば大丈夫よ。材料は机の上のものを使ってね」
二層に分かれたケーキ生地。
生乳の入れられた器と、砂糖。
そしてこの……ぐちゃぐちゃの苺は一体なんだ。
「この苺はジャム用ですか?」
「生地の間にはさむ苺ですよ。今し方ツルリンくんが頑張って薄切りしたんです」
――薄切り? 潰した、の間違いでは?
「それでは皆さん。まずは生乳を泡立てましょう」
腹違いの弟と、ケーキ作りの始まり、始まり。
――成り行きとはいえ。弟の為とはいえ。何が楽しくて、こんなことに。
【つづく】
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