【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-5 ★ なにやってんだ、あいつは。
チャールズが我が家に滞在して三日が経過した。
「いいか? 何を訊かれても、将来の為の勉強だと答えるんだぞ」
俺は玄関でツルリンに忠告した。
「それもう聞き飽きました、兄う……司祭様」
「じゃあこれ、買い物籠」
取っ手のついた丸籠を、弟に握らせる。今日はナンシーが休みなので、ミミは家事で忙しい。俺も手伝いたいが、急ぎ仕上げなければならない仕事がある。その為、チャールズに買い出しを頼むことにした。
「おまえに言い忘れたことが……絶対あったような気がするんだよな」
「子どもをお使いに出すんじゃないんだから大丈夫よ、アル」
「そ、それじゃ、行ってきます」
王子はじめてのおつかい。ちゃんとできるのだろうか。
+ + + + + +
カチコチと柱時計の音が今日は大きく聞こえる。時刻は午後三時。弟がおつかいに出て、既に二時間が経過しようとしていた。一時間もあれば済むような買い物なのに、待てども暮らせども帰ってこない。
「まさか市場で暗殺者に誘拐されて、囚われの身?」
「どこかに吊されていたらどうしましょう」
「宇宙人が、実験台に誘拐したかもしれないな」
「チャールズを被検体にしても、特段、発見は無いと思うけど」
「なんにせよ心配だ、探しに行くよ! ミミは家にいて。ひょっこり帰ってくるかもしれないし」
俺は市場へ急ぎ向かった。チャールズには林檎を買うように言ったので、店主が見たかもしれない。俺は「こんにちは」と果物屋の主人に声をかけた。
「おや、司祭様。こんにちは」
「突然ですが、茶髪で眼鏡をかけた、白い服の青年がこちらにうかがいませんでしたか。うちに研修に来ている神学生で、買い物を頼んだのですか」
「来ていないよ」
「そうですか、ありがとうございます」
他の店にも訊ねて回ったが、そのような人間は見ていないと言う。
――あいつ、どこで油売っているんだ?
どうやらうちの弟は市場へ来ていないらしい。
――まさか本当に、暗殺者集団に狙われたとか? いやいや、そんな馬鹿な。
あれだけちゃんと変装もさせているのだ。おそらく道に迷ったとか、そんなところだろう。
「あら、司祭様。ごきげんよう」
マチルダさんに声をかけられた。弁護士ロビンさんの妻だ。
「マチルダさん。うちに来ている神学生のことでお訊きしたいことがありまして」
「ツルリンさんですか。あの方は、とても面白い方ね」
「は……はい?」
「どうやら良いところのご子息のようね。若い人が入って、皆さん、今日は活き活きとされていましたわ」
「み、皆さんとは?」
「アンダンテ婦人会の皆さんですよ。ツルリンさんが料理を学びたいとおっしゃって、婦人会の教室に。ご存じありませんでしたか?」
――チャールズ自ら、婦人会の料理教室に? 嫌な予感しかしない!
「実はツルリンに買い物を頼んだのですが、帰ってこないので心配していたのです。マチルダさんは今、教室の帰りですか?」
「教室に参加したアラベラが忘れ物をしたので、届けた帰りですわ」
「ということはまだ授業中ですか? 今日の教室はどちらで? 婦人会の教室は、いつも場所が違いますよね」
園芸教室は屋外、料理教室は屋内と、趣旨や参加人数に合わせて開催場所が異なるのだ。
「今日はアンダンテ町民会館の一階ですわ。夏苺のケーキを作るそうですよ」
「情報ありがとうございます!」
俺は町民会館へ飛んだ。奥の厨房から、女性たちの楽しそうなおしゃべりが聞こえてきた。会館で公式行事が催される時には調理師が入るが、それ以外は町民に開放されているのだ。
コンコンッと扉を鳴らす。「どうぞ」と返事がしたので開けると、甘い匂いがたちまち鼻孔をくすぐった。老いも若いもエプロンをつけ、髪の毛を束ね、料理に勤しんでいる。
「あら、司祭様」
「こんにちは、司祭様」
「司祭様、ご、ごきげんよう」
アラベラはぎこちなく挨拶し、視線を逸らした。
「こんにちは、皆さん。――あ、いたいた」
窓際の調理台に探し人を発見……したのだが。
――なにやってんだ、あいつは。フリルエプロンなんか着て。
フリルエプロンの王子様は今にも人を殺めそうな顔で包丁を持ち、まな板の夏苺を見下ろす。
――自分の手を捌きそうで怖い! 怖すぎる!
夏苺に包丁を入れるチャールズを、おばちゃんたちは「その調子」「頑張って」と見守る。無事、苺を縦四等分に切り終えたチャールズに拍手喝采。苺だけで感動し過ぎだろ。
「あら、司祭様! ツルリン君、司祭様がいらっしゃったわよ」
おばちゃんの一人が俺に気付いた。
「えっ」
包丁を持ったまま、血の気の失せた顔で俺へ振り向くチャールズ。焦燥をあらわにするチャールズの右手から包丁が手放され、彼の足めがけて真っ逆さま。
「あぶない!」
俺は飛び出し、落下する包丁に手を伸ばした。
【つづく】
「いいか? 何を訊かれても、将来の為の勉強だと答えるんだぞ」
俺は玄関でツルリンに忠告した。
「それもう聞き飽きました、兄う……司祭様」
「じゃあこれ、買い物籠」
取っ手のついた丸籠を、弟に握らせる。今日はナンシーが休みなので、ミミは家事で忙しい。俺も手伝いたいが、急ぎ仕上げなければならない仕事がある。その為、チャールズに買い出しを頼むことにした。
「おまえに言い忘れたことが……絶対あったような気がするんだよな」
「子どもをお使いに出すんじゃないんだから大丈夫よ、アル」
「そ、それじゃ、行ってきます」
王子はじめてのおつかい。ちゃんとできるのだろうか。
+ + + + + +
カチコチと柱時計の音が今日は大きく聞こえる。時刻は午後三時。弟がおつかいに出て、既に二時間が経過しようとしていた。一時間もあれば済むような買い物なのに、待てども暮らせども帰ってこない。
「まさか市場で暗殺者に誘拐されて、囚われの身?」
「どこかに吊されていたらどうしましょう」
「宇宙人が、実験台に誘拐したかもしれないな」
「チャールズを被検体にしても、特段、発見は無いと思うけど」
「なんにせよ心配だ、探しに行くよ! ミミは家にいて。ひょっこり帰ってくるかもしれないし」
俺は市場へ急ぎ向かった。チャールズには林檎を買うように言ったので、店主が見たかもしれない。俺は「こんにちは」と果物屋の主人に声をかけた。
「おや、司祭様。こんにちは」
「突然ですが、茶髪で眼鏡をかけた、白い服の青年がこちらにうかがいませんでしたか。うちに研修に来ている神学生で、買い物を頼んだのですか」
「来ていないよ」
「そうですか、ありがとうございます」
他の店にも訊ねて回ったが、そのような人間は見ていないと言う。
――あいつ、どこで油売っているんだ?
どうやらうちの弟は市場へ来ていないらしい。
――まさか本当に、暗殺者集団に狙われたとか? いやいや、そんな馬鹿な。
あれだけちゃんと変装もさせているのだ。おそらく道に迷ったとか、そんなところだろう。
「あら、司祭様。ごきげんよう」
マチルダさんに声をかけられた。弁護士ロビンさんの妻だ。
「マチルダさん。うちに来ている神学生のことでお訊きしたいことがありまして」
「ツルリンさんですか。あの方は、とても面白い方ね」
「は……はい?」
「どうやら良いところのご子息のようね。若い人が入って、皆さん、今日は活き活きとされていましたわ」
「み、皆さんとは?」
「アンダンテ婦人会の皆さんですよ。ツルリンさんが料理を学びたいとおっしゃって、婦人会の教室に。ご存じありませんでしたか?」
――チャールズ自ら、婦人会の料理教室に? 嫌な予感しかしない!
「実はツルリンに買い物を頼んだのですが、帰ってこないので心配していたのです。マチルダさんは今、教室の帰りですか?」
「教室に参加したアラベラが忘れ物をしたので、届けた帰りですわ」
「ということはまだ授業中ですか? 今日の教室はどちらで? 婦人会の教室は、いつも場所が違いますよね」
園芸教室は屋外、料理教室は屋内と、趣旨や参加人数に合わせて開催場所が異なるのだ。
「今日はアンダンテ町民会館の一階ですわ。夏苺のケーキを作るそうですよ」
「情報ありがとうございます!」
俺は町民会館へ飛んだ。奥の厨房から、女性たちの楽しそうなおしゃべりが聞こえてきた。会館で公式行事が催される時には調理師が入るが、それ以外は町民に開放されているのだ。
コンコンッと扉を鳴らす。「どうぞ」と返事がしたので開けると、甘い匂いがたちまち鼻孔をくすぐった。老いも若いもエプロンをつけ、髪の毛を束ね、料理に勤しんでいる。
「あら、司祭様」
「こんにちは、司祭様」
「司祭様、ご、ごきげんよう」
アラベラはぎこちなく挨拶し、視線を逸らした。
「こんにちは、皆さん。――あ、いたいた」
窓際の調理台に探し人を発見……したのだが。
――なにやってんだ、あいつは。フリルエプロンなんか着て。
フリルエプロンの王子様は今にも人を殺めそうな顔で包丁を持ち、まな板の夏苺を見下ろす。
――自分の手を捌きそうで怖い! 怖すぎる!
夏苺に包丁を入れるチャールズを、おばちゃんたちは「その調子」「頑張って」と見守る。無事、苺を縦四等分に切り終えたチャールズに拍手喝采。苺だけで感動し過ぎだろ。
「あら、司祭様! ツルリン君、司祭様がいらっしゃったわよ」
おばちゃんの一人が俺に気付いた。
「えっ」
包丁を持ったまま、血の気の失せた顔で俺へ振り向くチャールズ。焦燥をあらわにするチャールズの右手から包丁が手放され、彼の足めがけて真っ逆さま。
「あぶない!」
俺は飛び出し、落下する包丁に手を伸ばした。
【つづく】
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