【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-4 ★ この世の誰よりも恐ろしい
昼間に何度「大変だ」とチャールズに呼ばれ、ミミとの時間を邪魔されたことか。草むしりだけで大騒ぎ。やがて夕飯時になったので、俺はチャールズのいる庭へと足を運んだ。
「お、おい。抜けとは言ったが」
「言われたとおり根こそぎ抜きました。どうです? なかなかのものでしょう」
緊急事態発生。
こいつは抜いてはいけないものまで抜いた。
「な、なぜ花壇にまで手をつけた?」
「えっ、いや、雑草だし。目についたから」
「雑草じゃない。これは花だ!」
「えっ、花なんか咲いていなかったですよ」
「ミミが種から育てて、ようやく芽が出たのに。余計なことを」
幸いなことに、ミミはナンシーと夕飯を作っている最中だ。
「今のうちに植え直すぞ! 気付かれたら、ミミの雷が落ちる!」
「ミミの雷……ですか」
「おまえだってミミを怒らせたらどうなるか、身を以て知っているだろう!」
「はい、それはもう、この世の誰よりも恐ろしい」
「ツルリン、如雨露に水入れて持ってこい。葉っぱがくたびれちまっている!」
「は、はい! 今すぐに!」
弟が抜いた花の芽を、慌てて花壇に植え直す。
「水をくんできました!」
全身びしょ濡れの弟が、如雨露に水をくんで戻ってきた。花を二人で植え直し、花壇にも満遍なく水をやった。
「アル。御飯が出来たわよ。まぁ、綺麗になったわね!」
美味しい匂いを引き連れて、ミミが台所から庭へ顔を出した。
「あら? 花壇の中、ちょっと変わっていない?」
――き、気付かれた。ミミの雷が落ちる!
「抜いたわね、ツルリン?」
蛇に睨まれた蛙。弟の為にあるような言葉だ。弟は麦わら帽子でミミの眼光を防いだ。
「ぬ、ぬ、抜いていません」
「嘘おっしゃい。貴方の夕飯を、菜っ葉一枚にするわよ」
「すみません! 花と知らずに抜いたけど、元に戻しました!」
チャールズは土下座で謝った。
「まぁ……過ちを認めたので、一応良しとしましょう」
――ミミにしては寛容? 意外だ。
「ツルリン。おまえ、土まみれだぞ。お風呂で汚れを落としてから御飯にしたらどうだ?」
「僕が先に? 兄上が……」
「いいから。おまえ汗臭いぞ」
「えっ、そ、そうですか。分かりました。ではお先に」
弟を浴室へ追い立てる。
「優しいお兄さんね、アル」
ミミは背伸びをすると、俺の頬にキスをした。
「俺も汗臭いよ。ミミ」
「いいえ、ちっとも。そうそう、今日の晩ご飯は貴方の好きなものよ」
ミミが俺の手を握り、台所へ引いていく。弟に草むしりをさせただけで散々な一日だったが、妻の存在だけが唯一の癒やしである。
「ご馳走だな」
香草でじっくりと煮込んだ肉料理、青菜と果実の和え物、焼き立ての白パン、柑橘系の香り漂う冷たい紅茶。ミミとナンシーの手作り料理だ。
食卓の準備が終わる頃に、弟が風呂から上がってきた。
「まだ髪が濡れているじゃないか。ちゃんと拭いたのか? カツラは?」
「洗面所に干してきました」
「そうか。おまえの席は、俺の隣だ」
ナンシーの真向かいにチャールズは腰掛け、食事を始めた。
「美味しい!」
弟の表情に笑みが広がった。ナンシーが意外そうに目をしばたく。
「これは貴女が作ったのですか?」
「はい。私と奥様の二人で」
「凄いなぁ。こういうのは初めて食べた」
王宮で一流のものばかり食べて、すっかり舌が肥えているのかと思いきや、文句を言わずに全てを平らげてしまった。
「ご馳走様。どれもこれも素晴らしく美味しいです、最高です。こんな穏やかな気持ちで食事が出来るのは久しぶりで、凄く幸せだなぁ」
満腹は人の素の表情を引き出す。
この笑顔がチャールズの長所だというなら一つずつ探していこう。
【つづく】
「お、おい。抜けとは言ったが」
「言われたとおり根こそぎ抜きました。どうです? なかなかのものでしょう」
緊急事態発生。
こいつは抜いてはいけないものまで抜いた。
「な、なぜ花壇にまで手をつけた?」
「えっ、いや、雑草だし。目についたから」
「雑草じゃない。これは花だ!」
「えっ、花なんか咲いていなかったですよ」
「ミミが種から育てて、ようやく芽が出たのに。余計なことを」
幸いなことに、ミミはナンシーと夕飯を作っている最中だ。
「今のうちに植え直すぞ! 気付かれたら、ミミの雷が落ちる!」
「ミミの雷……ですか」
「おまえだってミミを怒らせたらどうなるか、身を以て知っているだろう!」
「はい、それはもう、この世の誰よりも恐ろしい」
「ツルリン、如雨露に水入れて持ってこい。葉っぱがくたびれちまっている!」
「は、はい! 今すぐに!」
弟が抜いた花の芽を、慌てて花壇に植え直す。
「水をくんできました!」
全身びしょ濡れの弟が、如雨露に水をくんで戻ってきた。花を二人で植え直し、花壇にも満遍なく水をやった。
「アル。御飯が出来たわよ。まぁ、綺麗になったわね!」
美味しい匂いを引き連れて、ミミが台所から庭へ顔を出した。
「あら? 花壇の中、ちょっと変わっていない?」
――き、気付かれた。ミミの雷が落ちる!
「抜いたわね、ツルリン?」
蛇に睨まれた蛙。弟の為にあるような言葉だ。弟は麦わら帽子でミミの眼光を防いだ。
「ぬ、ぬ、抜いていません」
「嘘おっしゃい。貴方の夕飯を、菜っ葉一枚にするわよ」
「すみません! 花と知らずに抜いたけど、元に戻しました!」
チャールズは土下座で謝った。
「まぁ……過ちを認めたので、一応良しとしましょう」
――ミミにしては寛容? 意外だ。
「ツルリン。おまえ、土まみれだぞ。お風呂で汚れを落としてから御飯にしたらどうだ?」
「僕が先に? 兄上が……」
「いいから。おまえ汗臭いぞ」
「えっ、そ、そうですか。分かりました。ではお先に」
弟を浴室へ追い立てる。
「優しいお兄さんね、アル」
ミミは背伸びをすると、俺の頬にキスをした。
「俺も汗臭いよ。ミミ」
「いいえ、ちっとも。そうそう、今日の晩ご飯は貴方の好きなものよ」
ミミが俺の手を握り、台所へ引いていく。弟に草むしりをさせただけで散々な一日だったが、妻の存在だけが唯一の癒やしである。
「ご馳走だな」
香草でじっくりと煮込んだ肉料理、青菜と果実の和え物、焼き立ての白パン、柑橘系の香り漂う冷たい紅茶。ミミとナンシーの手作り料理だ。
食卓の準備が終わる頃に、弟が風呂から上がってきた。
「まだ髪が濡れているじゃないか。ちゃんと拭いたのか? カツラは?」
「洗面所に干してきました」
「そうか。おまえの席は、俺の隣だ」
ナンシーの真向かいにチャールズは腰掛け、食事を始めた。
「美味しい!」
弟の表情に笑みが広がった。ナンシーが意外そうに目をしばたく。
「これは貴女が作ったのですか?」
「はい。私と奥様の二人で」
「凄いなぁ。こういうのは初めて食べた」
王宮で一流のものばかり食べて、すっかり舌が肥えているのかと思いきや、文句を言わずに全てを平らげてしまった。
「ご馳走様。どれもこれも素晴らしく美味しいです、最高です。こんな穏やかな気持ちで食事が出来るのは久しぶりで、凄く幸せだなぁ」
満腹は人の素の表情を引き出す。
この笑顔がチャールズの長所だというなら一つずつ探していこう。
【つづく】
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