【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-3 ★ おのれツルリン、どうしてくれよう
せっかくミミと二人きりになれたのに。
「た、たた、大変だあぁぁ――! 兄上、大変ですぅぅ――!」
勝手口からの叫び声で、椅子からずり落ちた。
「一体何事だ?」
「虫が出たとか、鼠の死骸を見つけたとか?」
「あり得るな」
俺とミミは勝手口へ移動した。チャールズが真っ青な顔でガタガタ震えている。
「た、大変なんです、兄上!」
「こら、兄上と呼ぶな。それで何が大変だって?」
「あ、アレを……ご覧下さい」
チャールズの指差した先、庭の光景に目を疑った。
黒い鬣をなびかせ、颯爽と風を切るのは。
「お、オオ、オスカル?」
「なんで外に出ているの!」
オスカル・リンドバーグは庭を気ままに右へ左へ駆けている。好奇心旺盛なオスカルは、小鳥が囀る方へ駆けたかと思えば、塀の上で「ニャア」と鳴いた野良猫に興味津々。自由を謳歌していた。
「きちんと繋いでいなかったのか!」
「繋いだ……つもりでした!」
「つもりじゃ困る!」
「きゃああぁっ、せ、洗濯物が!」
オスカルが洗濯物に頭から突っ込む。急に視界を奪われたオスカルは右往左往、物干竿をなぎ倒し、乾きかけの洗濯物にしっかり足跡をつけ、鉢植えを蹴っ飛ばした。洗濯物を頭にひっかけたまま、礼拝堂の煉瓦壁へ一目散に駆けていく。
「オスカル! そっちに行くな! 危ない!」
俺は声を張り上げ、オスカルの背中を追った。壁にぶつかる一歩手前で、オスカルが急停止。とはいえまだ興奮状態のようだ。
「オスカル、俺だよ。オスカル!」
蹴飛ばされないようにしながら何度も呼びかける。オスカルが落ち着いたのを見計らって、そっと近付いた。
「ヒヒン!」
オスカルは葡萄のような艶やかな目で俺を見つめる。
「怪我は無いな。良い子だオスカル、よしよし。俺のパンツを被るのはやめような」
頭にひっかかったパンツを取る。優しく撫でると、オスカルは俺に寄り添ってきた。
「凄い。僕が〝止まれ〟と言っても全然聞いてくれなかったのに。流石です、兄上」
「兄と呼ぶなと言っただろう。うっかり誰かに聞かれたどうする」
「は、はい!」
「それとツルリン、他に何か言うことは?」
「はい! 馬の繋ぎ方が甘くて申し訳ございませんでした!」
「こら。馬じゃなくて、オスカルと呼べ。名前を呼んで愛着が生まれるんだぞ」
「ヒヒン!」
――ほら見ろ、オスカルも「そうだぞ」と言っているじゃないか!
「ツルリン。おまえはオスカルを、もう一度ちゃんと繋いで来い」
「分かりました。ほら、行くぞ、オスカル」
オスカルは鼻息を鳴らしてチャールズからぷいっとそっぽを向いた。
――嫌われてんじゃないか、まったく。
「オスカル。良い子だから、お家へお戻り。ね?」
ミミが優しく声をかけると、オスカルは「仕方ないな」と言わんばかりにしぶしぶチャールズと一緒に厩へ移動した。
「ひっちゃかめっちゃかだな」
洗濯物は全滅、物干し竿は複雑骨折、崩壊した鉢植えの欠片と土が飛び散っている。
「賑やかな散歩だったわね。さあて洗い直しだわ」
ミミは洗濯物をかき集めた。
俺は、ひしゃげた物干し竿の修理と、鉢植えの後片付けを始める。
「オスカルを厩につないできました、兄上!」
「だから、兄上と呼ぶなと言っただろう! おまえは引き続き草むしりだ」
「はい、分かりました!」
チャールズに他に何か任せたら被害がさらに拡大する恐れがある。ただでさえ忙しいのだからこれ以上仕事を増やさないでくれ、まったく。
トンテンカンテン、物干し竿の修理を終えた頃には、一時間が過ぎていた。
ミミが洗い直してくれた衣類を、修理を終えた物干し竿にかける。
「なんだか疲れちゃったわ、私」
「休憩しよう。やれやれ、災難だったなぁ」
俺とミミは居間に戻り、長椅子に深く腰を下ろした。
「すっかり紅茶が冷めてしまったわね」
「淹れなおそう」
紅茶の器に手を伸ばすと、ミミが「あっ」と声を上げた。
「アル。指を怪我しているわ!」
「えっ。ああ、このくらい大したことないよ」
「ダメ。消毒しなきゃ!」
ミミは居間から救急箱をとってきてくれた。
「じっとしてね」
消毒液を染みこませた綿をトントンと優しく押し当ててくれるミミ。消毒を終えると、薬を塗布してくれた。
――うちの奥さん、優し過ぎる。
「早く良くなりますように」
そんなあったかい言葉をかけられたら。
「ミミ」
キスをしようと手を伸ばす。この人を深く愛さなければ、衆生の愛も悲しみも語れないぞ、俺は。
「兄上えぇぇ――! 大変です、非常事態です!」
「今度はなんだぁ――!」
勝手口から大声が聞こえ、ドスドスと足音が近付いてきた。
土まみれのチャールズが部屋に飛び込む。麦わら帽子のつばの上で、毛虫が二匹踊っていた。
「兄上、助けてください! もっと大変なことが起こって!」
「だから、兄と呼ぶなって!」
「あっ、そうでした。司祭様!」
ツルリンが背筋をピンッと伸ばしたその時だった。
麦わら帽子のつばが上下に揺れ、くっついていた毛虫が二匹ともミミへ飛んできた。
「んぎゃああ――!」
「ミミ! 髪に毛虫が!」
「とってとって、アルとって!」
「あれっ、消えた? さっきは、ここについていたはず……」
「髪に埋もれたんじゃないですか?」
「いやあああ! チャールズの馬鹿! 最低!」
お茶会どころでは無くなった。
――おのれチャールズ、いやツルリン、どうしてくれよう。
【つづく】
「た、たた、大変だあぁぁ――! 兄上、大変ですぅぅ――!」
勝手口からの叫び声で、椅子からずり落ちた。
「一体何事だ?」
「虫が出たとか、鼠の死骸を見つけたとか?」
「あり得るな」
俺とミミは勝手口へ移動した。チャールズが真っ青な顔でガタガタ震えている。
「た、大変なんです、兄上!」
「こら、兄上と呼ぶな。それで何が大変だって?」
「あ、アレを……ご覧下さい」
チャールズの指差した先、庭の光景に目を疑った。
黒い鬣をなびかせ、颯爽と風を切るのは。
「お、オオ、オスカル?」
「なんで外に出ているの!」
オスカル・リンドバーグは庭を気ままに右へ左へ駆けている。好奇心旺盛なオスカルは、小鳥が囀る方へ駆けたかと思えば、塀の上で「ニャア」と鳴いた野良猫に興味津々。自由を謳歌していた。
「きちんと繋いでいなかったのか!」
「繋いだ……つもりでした!」
「つもりじゃ困る!」
「きゃああぁっ、せ、洗濯物が!」
オスカルが洗濯物に頭から突っ込む。急に視界を奪われたオスカルは右往左往、物干竿をなぎ倒し、乾きかけの洗濯物にしっかり足跡をつけ、鉢植えを蹴っ飛ばした。洗濯物を頭にひっかけたまま、礼拝堂の煉瓦壁へ一目散に駆けていく。
「オスカル! そっちに行くな! 危ない!」
俺は声を張り上げ、オスカルの背中を追った。壁にぶつかる一歩手前で、オスカルが急停止。とはいえまだ興奮状態のようだ。
「オスカル、俺だよ。オスカル!」
蹴飛ばされないようにしながら何度も呼びかける。オスカルが落ち着いたのを見計らって、そっと近付いた。
「ヒヒン!」
オスカルは葡萄のような艶やかな目で俺を見つめる。
「怪我は無いな。良い子だオスカル、よしよし。俺のパンツを被るのはやめような」
頭にひっかかったパンツを取る。優しく撫でると、オスカルは俺に寄り添ってきた。
「凄い。僕が〝止まれ〟と言っても全然聞いてくれなかったのに。流石です、兄上」
「兄と呼ぶなと言っただろう。うっかり誰かに聞かれたどうする」
「は、はい!」
「それとツルリン、他に何か言うことは?」
「はい! 馬の繋ぎ方が甘くて申し訳ございませんでした!」
「こら。馬じゃなくて、オスカルと呼べ。名前を呼んで愛着が生まれるんだぞ」
「ヒヒン!」
――ほら見ろ、オスカルも「そうだぞ」と言っているじゃないか!
「ツルリン。おまえはオスカルを、もう一度ちゃんと繋いで来い」
「分かりました。ほら、行くぞ、オスカル」
オスカルは鼻息を鳴らしてチャールズからぷいっとそっぽを向いた。
――嫌われてんじゃないか、まったく。
「オスカル。良い子だから、お家へお戻り。ね?」
ミミが優しく声をかけると、オスカルは「仕方ないな」と言わんばかりにしぶしぶチャールズと一緒に厩へ移動した。
「ひっちゃかめっちゃかだな」
洗濯物は全滅、物干し竿は複雑骨折、崩壊した鉢植えの欠片と土が飛び散っている。
「賑やかな散歩だったわね。さあて洗い直しだわ」
ミミは洗濯物をかき集めた。
俺は、ひしゃげた物干し竿の修理と、鉢植えの後片付けを始める。
「オスカルを厩につないできました、兄上!」
「だから、兄上と呼ぶなと言っただろう! おまえは引き続き草むしりだ」
「はい、分かりました!」
チャールズに他に何か任せたら被害がさらに拡大する恐れがある。ただでさえ忙しいのだからこれ以上仕事を増やさないでくれ、まったく。
トンテンカンテン、物干し竿の修理を終えた頃には、一時間が過ぎていた。
ミミが洗い直してくれた衣類を、修理を終えた物干し竿にかける。
「なんだか疲れちゃったわ、私」
「休憩しよう。やれやれ、災難だったなぁ」
俺とミミは居間に戻り、長椅子に深く腰を下ろした。
「すっかり紅茶が冷めてしまったわね」
「淹れなおそう」
紅茶の器に手を伸ばすと、ミミが「あっ」と声を上げた。
「アル。指を怪我しているわ!」
「えっ。ああ、このくらい大したことないよ」
「ダメ。消毒しなきゃ!」
ミミは居間から救急箱をとってきてくれた。
「じっとしてね」
消毒液を染みこませた綿をトントンと優しく押し当ててくれるミミ。消毒を終えると、薬を塗布してくれた。
――うちの奥さん、優し過ぎる。
「早く良くなりますように」
そんなあったかい言葉をかけられたら。
「ミミ」
キスをしようと手を伸ばす。この人を深く愛さなければ、衆生の愛も悲しみも語れないぞ、俺は。
「兄上えぇぇ――! 大変です、非常事態です!」
「今度はなんだぁ――!」
勝手口から大声が聞こえ、ドスドスと足音が近付いてきた。
土まみれのチャールズが部屋に飛び込む。麦わら帽子のつばの上で、毛虫が二匹踊っていた。
「兄上、助けてください! もっと大変なことが起こって!」
「だから、兄と呼ぶなって!」
「あっ、そうでした。司祭様!」
ツルリンが背筋をピンッと伸ばしたその時だった。
麦わら帽子のつばが上下に揺れ、くっついていた毛虫が二匹ともミミへ飛んできた。
「んぎゃああ――!」
「ミミ! 髪に毛虫が!」
「とってとって、アルとって!」
「あれっ、消えた? さっきは、ここについていたはず……」
「髪に埋もれたんじゃないですか?」
「いやあああ! チャールズの馬鹿! 最低!」
お茶会どころでは無くなった。
――おのれチャールズ、いやツルリン、どうしてくれよう。
【つづく】
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