【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
2-2 ★ 根こそぎ抜こうくん
不安に思っていることの大半は起こらないという。
チャールズがちゃんと自己紹介できるのか、カツラがずれないだろうか、正体がバレないだろうか、と礼拝の間は不安で仕方無かったが、
「私は、神学生のマイケル・ツルリンと申します」
全ては杞憂だった。チャールズは俺の渡した紹介文をちゃんと暗唱したのである。しかも一言一句間違えずに。なぜこういう才能を他で発揮しなかったのだろうか。王国一の謎である。
信徒さんたちから拍手が送られる。これでひとまず「教会に怪しい男がいる」「一体誰だ」と訊ねられることはないだろう。礼拝後、信徒さんたちが帰った後。
「なかなか良い挨拶だったぞ」
「本当ですか! 貴方に褒められるなんて……僕、嬉しいです!」
一言褒めただけで、満面の笑顔。
――本当に素直だな。そういえば陛下が〝素直さだけが取り柄〟だとおっしゃっていたっけ。こりゃ騙されるよ。
「それじゃあツルリン、早速だが庭の草むしりをしてもらう」
「任せてください」
「現場はこっちだ」
俺は家の庭に案内した。納屋の周囲に雑草が繁茂している。
「この使い古した麦わら帽子を授けよう」
「使い古し……」
「年季が入っている方が使いやすいものだぞ」
「なるほど! そういうものですか、分かりました!」
弟は嬉しそうに麦わら帽子を被った。
「これもおまえに進呈する」
俺の差し出した軍手を、チャールズはじっと見た。
「この軍手も、ボロボロですね」
「年季が入っている方が使いやすいと言っただろう」
「はい、分かりました!」
チャールズは軍手を装着した。
「まず、そこの雑草一本を抜いてみてくれ」
「これですか? はい、こんな感じでしょうか?」
弟の抜いた雑草を前に、俺は腕組みして首を横に振った。
「おまえは草むしりを全く分かっていない」
「えっ」
「地上に出ているものだけが敵だと思うな。諸悪の根源は地中に根を張っているんだ」
「つまり……葉っぱだけでなく、根こそぎ抜けということですね」
「そうだ、やってみろ」
――よし、今度はちゃんと抜けたな。
「雑草を根っこから抜くにはコツと力の加減が必要なのですね、知りませんでした」
「そう言うと思った。そんなおまえに、雑用を極めた司祭の俺から、伝家の宝刀を授ける」
「宝刀?」
「ちょっと待ってろ」
俺は納屋から秘密兵器を持ってきた。
のこぎりのようにギザギザとした刃が特徴的な道具だ。
「これは、根こそぎ抜こうくん。これをこうして雑草の生えた地中に差して、そのまま上げると」
雑草がこの刀一本で根っこから引き抜けた。
「す、すす、凄い! 素晴らしいです! 世の中には、こんな便利な道具があるのですね!」
「おまえもやってみるんだ」
「分かりました」
言われたとおりの手順に従い、彼はちゃんと雑草を根元から抜いた。
「とっても使いやすいです!」
「この調子でここに生えている雑草を、夕飯までに全部抜いてくれ」
「ぜ、全部ですか?」
「全部だ。最近忙しくて、俺もミミもナンシーも手が回らなかった場所だ。頼んだぞ」
庭を弟に任せ、礼拝堂へ向かうと。
「アル。礼拝堂のお掃除、終わったわよ」
ミミがちょうど礼拝堂から出て来た。
「ありがとう、ミミ」
「そうだ、ツ……ツルリンさんは?」
「庭の草むしりを任せたところだ」
「ああ。あそこね。いつの間にやら、夏草がぐんぐんのびて困っていたのよ」
「草むしりは彼に任せて、休憩しようか」
「そうね」
――やったぞ。ミミと二人きりになれる。
弟は草むしり、ナンシーは買い出し、夫婦水入らずで午後のお茶会をしよう。
俺たちは居間の長椅子に腰掛け、お茶会を始めた。
「昨日のお葬式、奥様の弔辞で泣いてしまったわ」
「本当に仲の良いご夫婦だったようだね」
「棺の中の旦那様を見つめる奥様の姿が忘れられないの。愛し、愛された人生だったのね」
「俺が棺に入ったら、ミミは泣く?」
「当たり前じゃない。悲しすぎて生きていられないわ」
「ミミ……」
紅茶を受け皿に置き、ミミへ向く。
――ああ、本当に綺麗な人だなぁ。
眼差しが近付くと、お互いから紅茶の香りがした。
「た、たた、大変だあぁぁ――! 兄上、大変ですぅぅ――!」
勝手口からの叫び声で、椅子からずり落ちた。
【つづく】
チャールズがちゃんと自己紹介できるのか、カツラがずれないだろうか、正体がバレないだろうか、と礼拝の間は不安で仕方無かったが、
「私は、神学生のマイケル・ツルリンと申します」
全ては杞憂だった。チャールズは俺の渡した紹介文をちゃんと暗唱したのである。しかも一言一句間違えずに。なぜこういう才能を他で発揮しなかったのだろうか。王国一の謎である。
信徒さんたちから拍手が送られる。これでひとまず「教会に怪しい男がいる」「一体誰だ」と訊ねられることはないだろう。礼拝後、信徒さんたちが帰った後。
「なかなか良い挨拶だったぞ」
「本当ですか! 貴方に褒められるなんて……僕、嬉しいです!」
一言褒めただけで、満面の笑顔。
――本当に素直だな。そういえば陛下が〝素直さだけが取り柄〟だとおっしゃっていたっけ。こりゃ騙されるよ。
「それじゃあツルリン、早速だが庭の草むしりをしてもらう」
「任せてください」
「現場はこっちだ」
俺は家の庭に案内した。納屋の周囲に雑草が繁茂している。
「この使い古した麦わら帽子を授けよう」
「使い古し……」
「年季が入っている方が使いやすいものだぞ」
「なるほど! そういうものですか、分かりました!」
弟は嬉しそうに麦わら帽子を被った。
「これもおまえに進呈する」
俺の差し出した軍手を、チャールズはじっと見た。
「この軍手も、ボロボロですね」
「年季が入っている方が使いやすいと言っただろう」
「はい、分かりました!」
チャールズは軍手を装着した。
「まず、そこの雑草一本を抜いてみてくれ」
「これですか? はい、こんな感じでしょうか?」
弟の抜いた雑草を前に、俺は腕組みして首を横に振った。
「おまえは草むしりを全く分かっていない」
「えっ」
「地上に出ているものだけが敵だと思うな。諸悪の根源は地中に根を張っているんだ」
「つまり……葉っぱだけでなく、根こそぎ抜けということですね」
「そうだ、やってみろ」
――よし、今度はちゃんと抜けたな。
「雑草を根っこから抜くにはコツと力の加減が必要なのですね、知りませんでした」
「そう言うと思った。そんなおまえに、雑用を極めた司祭の俺から、伝家の宝刀を授ける」
「宝刀?」
「ちょっと待ってろ」
俺は納屋から秘密兵器を持ってきた。
のこぎりのようにギザギザとした刃が特徴的な道具だ。
「これは、根こそぎ抜こうくん。これをこうして雑草の生えた地中に差して、そのまま上げると」
雑草がこの刀一本で根っこから引き抜けた。
「す、すす、凄い! 素晴らしいです! 世の中には、こんな便利な道具があるのですね!」
「おまえもやってみるんだ」
「分かりました」
言われたとおりの手順に従い、彼はちゃんと雑草を根元から抜いた。
「とっても使いやすいです!」
「この調子でここに生えている雑草を、夕飯までに全部抜いてくれ」
「ぜ、全部ですか?」
「全部だ。最近忙しくて、俺もミミもナンシーも手が回らなかった場所だ。頼んだぞ」
庭を弟に任せ、礼拝堂へ向かうと。
「アル。礼拝堂のお掃除、終わったわよ」
ミミがちょうど礼拝堂から出て来た。
「ありがとう、ミミ」
「そうだ、ツ……ツルリンさんは?」
「庭の草むしりを任せたところだ」
「ああ。あそこね。いつの間にやら、夏草がぐんぐんのびて困っていたのよ」
「草むしりは彼に任せて、休憩しようか」
「そうね」
――やったぞ。ミミと二人きりになれる。
弟は草むしり、ナンシーは買い出し、夫婦水入らずで午後のお茶会をしよう。
俺たちは居間の長椅子に腰掛け、お茶会を始めた。
「昨日のお葬式、奥様の弔辞で泣いてしまったわ」
「本当に仲の良いご夫婦だったようだね」
「棺の中の旦那様を見つめる奥様の姿が忘れられないの。愛し、愛された人生だったのね」
「俺が棺に入ったら、ミミは泣く?」
「当たり前じゃない。悲しすぎて生きていられないわ」
「ミミ……」
紅茶を受け皿に置き、ミミへ向く。
――ああ、本当に綺麗な人だなぁ。
眼差しが近付くと、お互いから紅茶の香りがした。
「た、たた、大変だあぁぁ――! 兄上、大変ですぅぅ――!」
勝手口からの叫び声で、椅子からずり落ちた。
【つづく】
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