【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
1-6 ★ ハゲとカツラの機密情報
「それから、これをおまえに授けよう」
アルフレッドは謎の木箱を開けた。もじゃもじゃとした茶色い毛の塊が入っている。
「なんですか、このもじゃもじゃ?」 
「カツラだよ。実は、その……前任司祭が隠していたものらしい。ハゲの秘密は、戸棚に隠されたままだったんだ」
「やけにこのカツラの秘密に詳しいわね。なぜ?」
私が訊ねると、アルはしばらく黙った。
「以前・・・・・・教会本部の化学部にお邪魔した時に、この教会区の前任司祭は、うちの育毛剤のお得意様だったと聞いたのでね。俺は禿げていないのに、化学部員にやたらと育毛剤をオススメされてさ。俺に禿げの兆しでも見えたのか? どうやら人気商品らしいが」
教会の化学部は、育毛剤で儲けているらしい。司祭にはハゲが多いもの。彼らの名誉の為にも今聞いたことは秘密にしなくっちゃ。
「生えるまでに時間がかかるので、風に飛ばされにくいカツラをつけていたらしい。それがこれだ」
ハゲとカツラの機密情報が同胞の間でダダ漏れである。
「というわけで、被れ。正体を隠す為の変装だ。俺と同じ、おまえの赤髪はどうしても目立つからな」
「流石、兄上! 素晴らしいお考えです」
「だろ?」
――やっぱりこの二人は、正真正銘の兄弟ね。
チャールズは素直にカツラを被った。
「ま、前が全く見えません! 兄上!」
チャールズの視界が前髪ですっぽり覆われている。
「なんかキノコっぽいわね」
「アレにも似てないか? 籠を頭に被った、笛吹きの旅人」
「吟遊詩人のようなものですか、兄上」
「いや違う。名前が思い出せないんだよ。なんだっけ」
――虚無僧のことかしら? やっぱりアルの前世は日本人だわ。
私の夢に出てきた〝良樹先生〟だと思うのだけど。彼と断定できる確証が無いのよね。
「切り揃える必要があるな。俺、カツラの散髪なんてしたことないぞ」
「私も。どうすればいいのかしら?」
チャールズの頭に合うようにカツラの調整をしなきゃね。
「おはようございまーす」
勝手口からナンシーの声が聞こえた。
「奥様、旦那様、こちらにいらっしゃいましたか。――おや、どちら様ですか?」
「あ……ええと、僕は、その!」
慌てたチャールズの頭から、サイズの合わないカツラがずり落ちる。チャールズは慌ててカツラを拾ったけれど、時既に遅し。
「チャールズ……殿下?」
ナンシーの表情が凍り付いた。王宮の元女中ナンシーは、チャールズの母親である亡き王妃に散々虐げられたという。「息子のチャールズの顔を新聞で見る度に反吐が出る」と私に語ったくらいだ。因縁の相手である。
「旦那様、奥様。一体これはどういうことなのですか」
「話せば長くなる。そこにかけて」
アルはナンシーを椅子に促し、チャールズがここにきた経緯を説明する。
「なるほど、そういうわけですか」
「というわけで変装をしなきゃならないが、カツラの大きさが合わないんだ。調整できないかな、ナンシー」
「え? 私が? いっそ床屋で真っ白に染めたらどうです? きっとお似合いですよ」
「真っ白? そ、それは嫌だ!」
「あっ。床屋の亭主は町一番のおしゃべりでしたわ」
「チャールズが教会に隠れていると、町中に広まってしまうなぁ」
アルは眉を顰め、腕組みした。
「カツラが残っているので活かしますか。まずは赤髪が見えないよう束ねないと。ちょっと失礼しますよ」
ナンシーはチャールズの背後に回り、彼の髪をがしっとつかんだ。
「あいた! いたっ」
「動かないでください」
しぼるように髪をきつめに束ねる。そこにカツラをのせて、髪留めで固定していく。
「やっぱりカツラの前髪が問題ですわ。切りますので、風呂場に来てください」
「は、はい」
とぼとぼとした足取りでチャールズはナンシーについていく。
私とアルが紅茶を飲み終える頃、二人が居間に戻ってきた。
「おおっ、似合っているじゃないか、チャールズ」
「ほんとね、まるで別人だわ。さすがナンシー!」
「ふふっ、まぁ、ざっとこんなものですよ。我ながら良い出来です」
「な、ナンシーさん、あ、ありがとうございます」
チャールズが深々と頭を下げた。カツラは全くずり落ちない。
「そうだ! ついでに眼鏡もかけたらどうだ?」
アルはチャールズに眼鏡をかけた。
「これで誰も貴方だとは分からないわ、チャールズ。ところで、この眼鏡はアルの?」
「いや! カ……カツラと同じ箱に入っていた伊達眼鏡だよ」
「なぜそんなものがカツラと一緒に?」
「さ、さあ? 前任司祭が変装していたとか? ハゲ以外の秘密があったんだよ、きっと」
「あの人は秘密主義でしたからねぇ。必要がなくなったから、置いていったんでしょう」
ナンシーは「フフフ」と笑ってごまかした。前任司祭の身の回りを世話していた家政婦のナンシーは他にも秘密を握っているのだろう。
「いけない、もうこんな時間か! チャールズ、すぐに服を着替えろ。これから葬儀だ。おまえも手伝え」
「て、手伝うって何を! 僕は庭掃除と馬専門じゃ無かったんですか?」
「葬式は猫の手も借りたいほど忙しいんだよ。今日は泥のように働いてもらうからな!」
「ど、どど、泥のように?」
「何か文句あるのか?」
「いいえ! 泥のように働かせていただきます、兄上!」
「俺は厳しいぞ。せいぜい覚悟することだな」
アルが悪い顔で、獣のようにチャールズへ襲いかかる仕草をした。チャールズがおびえている。相変わらずうちの旦那様はお茶目なんだから。
「アル、そのくらいで」
「冗談だよ、ミミ」
「いいえ、今のは本気の目でした、兄上!」
かくしてリンドバーグ家に義理の弟が、雑用係として居候することになった。やれやれ、この夏は一波乱ありそうね。
【第2章へ続く】
アルフレッドは謎の木箱を開けた。もじゃもじゃとした茶色い毛の塊が入っている。
「なんですか、このもじゃもじゃ?」 
「カツラだよ。実は、その……前任司祭が隠していたものらしい。ハゲの秘密は、戸棚に隠されたままだったんだ」
「やけにこのカツラの秘密に詳しいわね。なぜ?」
私が訊ねると、アルはしばらく黙った。
「以前・・・・・・教会本部の化学部にお邪魔した時に、この教会区の前任司祭は、うちの育毛剤のお得意様だったと聞いたのでね。俺は禿げていないのに、化学部員にやたらと育毛剤をオススメされてさ。俺に禿げの兆しでも見えたのか? どうやら人気商品らしいが」
教会の化学部は、育毛剤で儲けているらしい。司祭にはハゲが多いもの。彼らの名誉の為にも今聞いたことは秘密にしなくっちゃ。
「生えるまでに時間がかかるので、風に飛ばされにくいカツラをつけていたらしい。それがこれだ」
ハゲとカツラの機密情報が同胞の間でダダ漏れである。
「というわけで、被れ。正体を隠す為の変装だ。俺と同じ、おまえの赤髪はどうしても目立つからな」
「流石、兄上! 素晴らしいお考えです」
「だろ?」
――やっぱりこの二人は、正真正銘の兄弟ね。
チャールズは素直にカツラを被った。
「ま、前が全く見えません! 兄上!」
チャールズの視界が前髪ですっぽり覆われている。
「なんかキノコっぽいわね」
「アレにも似てないか? 籠を頭に被った、笛吹きの旅人」
「吟遊詩人のようなものですか、兄上」
「いや違う。名前が思い出せないんだよ。なんだっけ」
――虚無僧のことかしら? やっぱりアルの前世は日本人だわ。
私の夢に出てきた〝良樹先生〟だと思うのだけど。彼と断定できる確証が無いのよね。
「切り揃える必要があるな。俺、カツラの散髪なんてしたことないぞ」
「私も。どうすればいいのかしら?」
チャールズの頭に合うようにカツラの調整をしなきゃね。
「おはようございまーす」
勝手口からナンシーの声が聞こえた。
「奥様、旦那様、こちらにいらっしゃいましたか。――おや、どちら様ですか?」
「あ……ええと、僕は、その!」
慌てたチャールズの頭から、サイズの合わないカツラがずり落ちる。チャールズは慌ててカツラを拾ったけれど、時既に遅し。
「チャールズ……殿下?」
ナンシーの表情が凍り付いた。王宮の元女中ナンシーは、チャールズの母親である亡き王妃に散々虐げられたという。「息子のチャールズの顔を新聞で見る度に反吐が出る」と私に語ったくらいだ。因縁の相手である。
「旦那様、奥様。一体これはどういうことなのですか」
「話せば長くなる。そこにかけて」
アルはナンシーを椅子に促し、チャールズがここにきた経緯を説明する。
「なるほど、そういうわけですか」
「というわけで変装をしなきゃならないが、カツラの大きさが合わないんだ。調整できないかな、ナンシー」
「え? 私が? いっそ床屋で真っ白に染めたらどうです? きっとお似合いですよ」
「真っ白? そ、それは嫌だ!」
「あっ。床屋の亭主は町一番のおしゃべりでしたわ」
「チャールズが教会に隠れていると、町中に広まってしまうなぁ」
アルは眉を顰め、腕組みした。
「カツラが残っているので活かしますか。まずは赤髪が見えないよう束ねないと。ちょっと失礼しますよ」
ナンシーはチャールズの背後に回り、彼の髪をがしっとつかんだ。
「あいた! いたっ」
「動かないでください」
しぼるように髪をきつめに束ねる。そこにカツラをのせて、髪留めで固定していく。
「やっぱりカツラの前髪が問題ですわ。切りますので、風呂場に来てください」
「は、はい」
とぼとぼとした足取りでチャールズはナンシーについていく。
私とアルが紅茶を飲み終える頃、二人が居間に戻ってきた。
「おおっ、似合っているじゃないか、チャールズ」
「ほんとね、まるで別人だわ。さすがナンシー!」
「ふふっ、まぁ、ざっとこんなものですよ。我ながら良い出来です」
「な、ナンシーさん、あ、ありがとうございます」
チャールズが深々と頭を下げた。カツラは全くずり落ちない。
「そうだ! ついでに眼鏡もかけたらどうだ?」
アルはチャールズに眼鏡をかけた。
「これで誰も貴方だとは分からないわ、チャールズ。ところで、この眼鏡はアルの?」
「いや! カ……カツラと同じ箱に入っていた伊達眼鏡だよ」
「なぜそんなものがカツラと一緒に?」
「さ、さあ? 前任司祭が変装していたとか? ハゲ以外の秘密があったんだよ、きっと」
「あの人は秘密主義でしたからねぇ。必要がなくなったから、置いていったんでしょう」
ナンシーは「フフフ」と笑ってごまかした。前任司祭の身の回りを世話していた家政婦のナンシーは他にも秘密を握っているのだろう。
「いけない、もうこんな時間か! チャールズ、すぐに服を着替えろ。これから葬儀だ。おまえも手伝え」
「て、手伝うって何を! 僕は庭掃除と馬専門じゃ無かったんですか?」
「葬式は猫の手も借りたいほど忙しいんだよ。今日は泥のように働いてもらうからな!」
「ど、どど、泥のように?」
「何か文句あるのか?」
「いいえ! 泥のように働かせていただきます、兄上!」
「俺は厳しいぞ。せいぜい覚悟することだな」
アルが悪い顔で、獣のようにチャールズへ襲いかかる仕草をした。チャールズがおびえている。相変わらずうちの旦那様はお茶目なんだから。
「アル、そのくらいで」
「冗談だよ、ミミ」
「いいえ、今のは本気の目でした、兄上!」
かくしてリンドバーグ家に義理の弟が、雑用係として居候することになった。やれやれ、この夏は一波乱ありそうね。
【第2章へ続く】
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