【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
1-4 ★ 無農薬栽培の証拠よ
アルと私は、チャールズを住まいへ案内した。温かい紅茶をふるまうと、チャールズはこわごわとカップの中をのぞいた。
「もしかして、紅茶の中に、埃でも入っていたかしら?」
「ご、ごめん、ミミ。先日紅茶に毛虫が浮かんでいたばかりだから、怖くなって」
アルが「なんだって?」と目を剥く。
「実はこの前の夕食にも、芋虫の死体が汁に浮かんでいて」
「あら。イモムシの一つや二つ、一緒に煮込んでしまうことくらいあるわよ? 綺麗に洗っても気付かないことがあるのよね。ちょうちょになれなかった青虫一匹、煮込んで食べても大丈夫ってナンシーが言ってた」
――あらら、二人して青虫よりも青ざめちゃって、まあ。
「虫がいるのは無農薬栽培の証拠よ」
「だ、そうだぞ、チャールズ? 宮廷料理人だって多少の過失はあるさ」
「親指ほどの大きさの芋虫を見過ごしますか、兄上?」
「そ……それは流石に見過ごさないな」
「そういう宮廷料理なんじゃない?」
「冗談でもやめてくれ、ミミ!」
「だってほら、蜂の幼虫とか、燕の巣とか、猿の脳みそとか食べる高級料理があるくらいじゃない」
「一体どこの料理だ、それ? ミミは食べたことがあるのか?」
「ないわよ」
――今は遙か遠い、地球という星の、摩訶不思議な珍味ってやつよ。
「芋虫混入について、料理長はなんと言っていたんだ?」
「料理長は平謝りで、全く身に覚えがない、と。つまり作られた後に、誰かが故意に混入したんですよ」
「城の中に、さよなら委員会の人間もしくは手先がいるということだな」
「そうなんです、兄上! そもそも暗殺予告が出る前から、おかしなことばかり起こっていて、変だとは思っていたんです!  頭上から銅像の剣が落ちてくるし、執務室のすぐ近くでボヤ騒ぎはあるし、馬車の車輪が片方抜けてあわや事故に遭いかけるし、僕の名前が書かれた呪いの御札が、私有地の林から大量に発見されるし」
「呪いの御札ですって?」
「一体どんな御札だ?」
「蛇の絵が書いてあって……気味が悪くて燃やしましたよ! でも御札を燃やした後から、枕元に人の気配を感じるようになって」
「おまえを恨む、生霊じゃないのか?」
「さらっと怖いこと言わないで下さい、兄上!」
チャールズはガタガタと身を震わせた。
「医者に相談したら休養が必要だと言われまして。少し早めの夏期休暇に入ったのですが、避暑地に赴いてからも怪現象が続くし、あやうく弓矢で頭を射抜かれそうになって」
「弓矢ですって?」
「それは怖すぎるだろ」
「林の中から突然飛んできて、もう少しで頭を突き抜かれるところだったんです! それで命からがら逃げ出してきたというわけで……」
「今頃おまえの行方を捜して、心配している人間がいるんじゃないか?」
「誰もいませんよ、そんな人!」
「ザックは?」
「〝旅に出る〟と言ったら〝お気を付けて〟とだけ」
「おまえが旅に出るというから、気後れしないように送り出してくれたんだろ?」
「そんなわけないじゃないですか! あいつは船の模型作りが忙しそうでしたよ」
「えっ……ああ、そういえばザックの趣味は模型だったな」
「趣味に没頭していて、旅に出る僕を心配もしてくれないんです。薄情なヤツだ」
「いや、あいつは良いやつだぞ」
本当はザックさんに心配して欲しかったのね。相変わらず分かりやすい性格だわ、チャールズ。ザックさんのことだから、チャールズがどこへ行くか大体見当は付いていたんじゃないかしら。
「それで? 旅の目的地が、なぜここなんだよ?」
アルが訊ねると、チャールズは「それは、その」と人差し指をツンツン合わせた。まるで恥じらう乙女のような仕草ね。
「僻地へ行けば人も少ないのでサクッと野山で殺されるかもしれない。街中へ行けば人が多く、どこで僕の姿を目撃されるとも知れない。だから教会だと思ったんです。兄上の教会なら、まさか確執のある相手に助けを求めたとは敵も思うまい、と」
「なるほど分かった。サクッと殺されたらたまらないな、力になろう。ただし【夏期休暇の間】だけな。休暇はあと何日だ?」
「あと二週間です」
アルの眉がぴくっと跳ね上がった。
「お……王族のおまえに言っておく。司祭の俺は葬式があると聞きゃ休み返上、結婚式をあげると聞きゃ旅行の計画すら返上だ。ミミと未だに新婚旅行にも行けていない。悠々と夏期休暇を取れるおまえと違って毎日多忙だ。――よって、この教会に匿う以上、おまえには働いてもらうからな」
「はい、兄上! なんでもやります!」
胸の前でむんっと拳を握るチャールズを前に、アルは難しい顔で唸った。
「その心意気だけは買うが、期待はしていない」
「いや、ちょっとは期待して欲しいのですが!」
期待できない理由は、私にも察しがつく。
【つづく】
「もしかして、紅茶の中に、埃でも入っていたかしら?」
「ご、ごめん、ミミ。先日紅茶に毛虫が浮かんでいたばかりだから、怖くなって」
アルが「なんだって?」と目を剥く。
「実はこの前の夕食にも、芋虫の死体が汁に浮かんでいて」
「あら。イモムシの一つや二つ、一緒に煮込んでしまうことくらいあるわよ? 綺麗に洗っても気付かないことがあるのよね。ちょうちょになれなかった青虫一匹、煮込んで食べても大丈夫ってナンシーが言ってた」
――あらら、二人して青虫よりも青ざめちゃって、まあ。
「虫がいるのは無農薬栽培の証拠よ」
「だ、そうだぞ、チャールズ? 宮廷料理人だって多少の過失はあるさ」
「親指ほどの大きさの芋虫を見過ごしますか、兄上?」
「そ……それは流石に見過ごさないな」
「そういう宮廷料理なんじゃない?」
「冗談でもやめてくれ、ミミ!」
「だってほら、蜂の幼虫とか、燕の巣とか、猿の脳みそとか食べる高級料理があるくらいじゃない」
「一体どこの料理だ、それ? ミミは食べたことがあるのか?」
「ないわよ」
――今は遙か遠い、地球という星の、摩訶不思議な珍味ってやつよ。
「芋虫混入について、料理長はなんと言っていたんだ?」
「料理長は平謝りで、全く身に覚えがない、と。つまり作られた後に、誰かが故意に混入したんですよ」
「城の中に、さよなら委員会の人間もしくは手先がいるということだな」
「そうなんです、兄上! そもそも暗殺予告が出る前から、おかしなことばかり起こっていて、変だとは思っていたんです!  頭上から銅像の剣が落ちてくるし、執務室のすぐ近くでボヤ騒ぎはあるし、馬車の車輪が片方抜けてあわや事故に遭いかけるし、僕の名前が書かれた呪いの御札が、私有地の林から大量に発見されるし」
「呪いの御札ですって?」
「一体どんな御札だ?」
「蛇の絵が書いてあって……気味が悪くて燃やしましたよ! でも御札を燃やした後から、枕元に人の気配を感じるようになって」
「おまえを恨む、生霊じゃないのか?」
「さらっと怖いこと言わないで下さい、兄上!」
チャールズはガタガタと身を震わせた。
「医者に相談したら休養が必要だと言われまして。少し早めの夏期休暇に入ったのですが、避暑地に赴いてからも怪現象が続くし、あやうく弓矢で頭を射抜かれそうになって」
「弓矢ですって?」
「それは怖すぎるだろ」
「林の中から突然飛んできて、もう少しで頭を突き抜かれるところだったんです! それで命からがら逃げ出してきたというわけで……」
「今頃おまえの行方を捜して、心配している人間がいるんじゃないか?」
「誰もいませんよ、そんな人!」
「ザックは?」
「〝旅に出る〟と言ったら〝お気を付けて〟とだけ」
「おまえが旅に出るというから、気後れしないように送り出してくれたんだろ?」
「そんなわけないじゃないですか! あいつは船の模型作りが忙しそうでしたよ」
「えっ……ああ、そういえばザックの趣味は模型だったな」
「趣味に没頭していて、旅に出る僕を心配もしてくれないんです。薄情なヤツだ」
「いや、あいつは良いやつだぞ」
本当はザックさんに心配して欲しかったのね。相変わらず分かりやすい性格だわ、チャールズ。ザックさんのことだから、チャールズがどこへ行くか大体見当は付いていたんじゃないかしら。
「それで? 旅の目的地が、なぜここなんだよ?」
アルが訊ねると、チャールズは「それは、その」と人差し指をツンツン合わせた。まるで恥じらう乙女のような仕草ね。
「僻地へ行けば人も少ないのでサクッと野山で殺されるかもしれない。街中へ行けば人が多く、どこで僕の姿を目撃されるとも知れない。だから教会だと思ったんです。兄上の教会なら、まさか確執のある相手に助けを求めたとは敵も思うまい、と」
「なるほど分かった。サクッと殺されたらたまらないな、力になろう。ただし【夏期休暇の間】だけな。休暇はあと何日だ?」
「あと二週間です」
アルの眉がぴくっと跳ね上がった。
「お……王族のおまえに言っておく。司祭の俺は葬式があると聞きゃ休み返上、結婚式をあげると聞きゃ旅行の計画すら返上だ。ミミと未だに新婚旅行にも行けていない。悠々と夏期休暇を取れるおまえと違って毎日多忙だ。――よって、この教会に匿う以上、おまえには働いてもらうからな」
「はい、兄上! なんでもやります!」
胸の前でむんっと拳を握るチャールズを前に、アルは難しい顔で唸った。
「その心意気だけは買うが、期待はしていない」
「いや、ちょっとは期待して欲しいのですが!」
期待できない理由は、私にも察しがつく。
【つづく】
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