【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
1-2 ★ 盾の両面を見よ
【第1章】は、ミミが語り手です。
猛暑のみぎり【チャールズ暗殺予告】は国中の朝刊の第一面を飾った。
なんとこの暗殺予告、私が遺書を送った時と同じく、あらゆる機関に一斉にばらまかれたようだ。
「既視感があるわ」
「ミミの遺書に便乗してるな、これは。弟の青ざめた顔が目に浮かぶよ」
アルフレッドは「やれやれ」と溜め息を吐く。
「一人が面白そうなことをやると、みんな真似したがるのさ」
「模倣されて微妙な気分よ、私は」
「俺もあるから分かるよ。神学校時代の論文は掲載されたものから片っ端、模倣されたよ。語句や言い回しを、俺の真似だと分からないように変えられていてさ」
「真似した人に文句を言わなかったの?」
「おのれどうしてくれよう……と思ったけど、いやいや俺は神に仕える身。そんな醜い心を持ってはいけない、とね」
アルフレッドのこういう正直なところが好きだわ。
「真似したヤツから、論文を盗まれたと難癖をつけられたこともあったよ」
「盗んだ人間が、大きな顔をするなんて最低!」
「まぁね。でも同じものが好きとか、同じ系統の参考書を読んで似たような発想に至ることはあるから、誤解を解こうと思って〝どの本を参考にされたのですか〟と訊ねたら、相手が一冊も内容を話せないんだ」
「もしや一冊も読まずに、アルの論文だけ読んだと?」
「そのようだった。文末に参考文献が一冊も書かれていないのが変だとは思ったんだ。美味そうな魚だけ盗む猫みたいに、良さそうな文章だけ奪っていくからさ。俺にかけられた疑いは晴れて一件落着。盾の両面を見よ、とはこのことだね」
何事も、一面だけではなく両面を見て、全体の価値を判断することが大事ね。さすがうちの司祭様は言うことが違う。
「おっと、そろそろ時間だ」
「そうね、準備しないと」
今日はお葬式なのだ。司祭のアルが一年の内で最も携わるお仕事の一つである。私たちは礼拝堂を葬祭用に飾り付け始めた。祭壇に真っ白な布を引き、いつもより長い蝋燭を灯す。座席や祭壇に葬式花を飾り付けていると、
「ミミ、棺が来たよ」
アルフレッドが礼拝堂へ棺業者を案内する。故人のご遺体が病院から運ばれてきたら、ここで納棺する手筈なのだ。
「まぁ、今日のは大きいのね」
黒塗りの大きな空っぽの棺が、祭壇の前に安置された。これから運ばれてくるのは男性のご遺体だ。
「飾り付けありがとう、ミミ。早かったね」
「慣れたからね。これでお迎えの準備は出来たわね、他にやることは?」
「昨夜のうちに大方のことは済ませたよ。もう少し時間があるし、ゆっくりしていようよ」
「手持ち無沙汰もなんだし、庭を掃いておくわ」
「じゃあ、俺も」
「アルは紅茶を飲んでいて。お葬式はお祈りも説教も、話すことが多いから喉が渇いちゃうわ」
アルの手をつかみ家へ引いていく。掃除をしようとする彼を台所へ半ば無理矢理押し込んで、私は納屋へ。箒とちりとりをとって、礼拝堂へ向かった。
「あら?」
先程閉めたはずなのに、礼拝堂の玄関が開いていた。
――もしかすると、ご遺族が来たのかしら。
現在、午前六時半。時間を聞き間違えたという人や、訃報を聞いていてもたってもいられず駆けつけたという人もいる。箒とちりとりを脇に置き、礼拝堂の中をのぞいたが。
「誰もいない? おかしいわね」
風で開くような軽い扉では無いのに。アルフレッドが馬で蹴破った法廷の扉よりは薄いけど。
――動物でも入り込んだのかしら。
座席の下ものぞいてみたが、それらしき姿は見当たらない。礼拝堂の奥へ進んだ時だった。
カタタ……タン
祭壇の真ん前から音がした。蓋の開いた空っぽの棺《ひつぎ》から。おそらく小動物が棺の中に入り込んでしまったのだろう。田舎なので、栗鼠、兎、小鳥が礼拝堂へ迷い込むことが多々ある。
「見つけた、そこね!」
つかまえようと棺の中へ手をのばす。
「や、やあ」
見間違えかと思ったが、棺の中に先客がいた。上着とズボンには泥や枯れ草が付着しており、革靴は傷だらけ、赤髪は艶が無く、碧い双眸は虚ろだ。墓場から蘇った屍が一足早く故人を迎えに来たような光景だった。
「んぎゃあぁぁ!」
ドシンッと尻餅をついてしまう。膝に力が入らず、立つことができない。お尻を擦り付けたまま後退していると、
「ミミ、どうした!」
アルが礼拝堂へ飛び込んできた。
【つづく】
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