【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
9-10 ★ 御伽の国に捧げるもの
「私と姉は……とある名家に生まれましたが……腹違いの姉弟に毒を盛ったと、冤罪を着せられましてね」
ミミと俺は無言で顔を見合わせる。ふと陛下をうかがうと、彼だけ表情が変わらない。
「私と姉は正妻の子でしたが、実父の愛情は妾の子ども二人へ注がれていました。妾は父が若い頃から恋し合っていた令嬢だったからです。――母が亡くなった直後のことでした。妾の姉弟が急に具合を悪くし、私と姉が嫉妬し毒を盛ったと濡れ衣を着せられたのです」
ナンシーは膝の上で拳をぎゅっと握った。
「刑事罰に問われなかったのは、このような家族の恥をさらすわけにはいかないと、実父が世間体を気にしたから。私と姉は一族の姓を名乗ることを許されず、石ころ同然で実家を放り出されたのです」
「その一族の名は?」
俺の問いに、ナンシーは「ご容赦ください」と頭を下げた。
「憎まれ、呪われた一族ですから。その名を口にしたくないのです。陛下はご存じでしょうが、どうか秘密に……」
「昔、君に同じことを頼まれたね。約束を守っているよ。とはいえ私は今でも、君たち姉妹にかけられた嫌疑を晴らしたい一心なのだが」
「そのお心が何よりも嬉しいです。苦難の連続でしたが、良いこともありました。王宮の女中として仕えている時は、姉妹で本当に楽しいひとときを過ごすことができたのですから。実家にいた時よりも、ずっと」
ナンシーは目を閉じ、幸せそうな面持ちで懐かしい思い出を回顧する。
「それに、実家であらぬ疑いがかけられたおかげで、毒薬に関しては独学を重ねて誰より詳しくなりましたしね」
ナンシーの鼻の良さは生来のものではなく、知識と経験に基づいたものだったのか。
「君たち姉妹に何度命を救われたか分からないよ、ナンシー」
ナンシーは「恐れ入ります」と誇らしげな表情で微笑んだ。
「私も、亡き先代の王も何度毒を盛られたことか。成長した今のアルフレッドが〝王の若き頃に似ている〟と勘付いた人間がいて、気がかりだった。出自が明かされたら命を狙われる。アルフレッドのそばに君をと、一計を案じてくれたポールには感謝しかない」
――養父が一計を案じた? まさか……。
「俺がこの教会区の後任に選ばれたのは、前任司祭と養父が友人だったからだとうかがっています。長く患っており、療養に専念する為、信頼できる後任を望んでいた、と……」
だが患っていたのは養父も同じなのだ。俺は亡き養父の後任として故郷の教会に赴任するのだろうと思っていたが、選ばれたのは別の司祭だった。内心とても残念だったのは言うまでもない。親の教会区を引き継ぐ子どもは多いのに「俺だけどうして?」と。
「ナンシーが司祭の家に勤めていたから、養父と陛下は……俺をこの教会区へ?」
陛下は「そうだよ」と肯いた。患っていた養父は、自分の寿命を悟っていて、ナンシーのそばに俺を置こうとしたのだ。湖畔に終の棲家を得て、心穏やかに療養に徹している前任司祭も秘密を共有しているのかもしれない。
「それからもう一つ。故郷以外の場所で精神の鍛錬を積んで欲しい、と。彼の遺言だった。最後まで君のことを心配し、健やかな成長を願っていた」
「アル……貴方は本当に愛されていたのね」
ミミの言葉で目頭が熱くなる。亡くなっても故人の心は生きているのだ。
「ポール司祭には本当に感謝しておりますわ。引き取りたくても出来なかった、姉の大切な忘れ形見を私のかわりに……慈しみ育ててくださいました」
ナンシーの声が俄にうわずった。
「君には、亡き王妃が大変な気苦労をかけたね。本当にすまない」
「どうかお気になさらないでください。陛下は私たちへ心を尽くしてくださいましたわ」
「けれども君は、王妃に大変虐げられていただろう。君を私の侍女にしたいと言っても、妻は決して君を手放そうとしなかった」
「アビゲイル様は、姉の行方を知りたがっておりましたから。私なら知らないはずが無い、と。先に〝長子〟が誕生されたことを勘付いておられました」
「だから君は……アルフレッドを守る為に、王宮を離れなかったのだろう?」
ナンシーは首を縦にも横にも振らず、黙って視線を落とした。
「全て愛すべき王国の為でございます」
胸に右手を添え、ナンシーは頭を垂れた。
「君の深い愛国心に感謝を申し上げる。品性と教養は、家柄ではなく、その人が何を求め学んだかによるね。長子を玉座に据えたかったが……アルフレッドがそれを望まないのならば、チャールズのことで苦労を強いられるだろう」
――仕方がないか。一応、俺はチャールズの兄だしな。
「そうそう、私は先日驚いたよ。晩餐の席でチャールズが君を絶賛していたんだ」
――ぜ、絶賛? なぜ?
「道を見失っていた彼に、誠の愛を諭してくれたそうだね。彼は素直さだけが取り柄なんだ。素直すぎてだまされやすいのが短所だがね。君の男気に惚れ込んでいるようだし、今後も兄として彼の心の支えになって欲しい」
――支えになれと言われても。不安しかない。
とはいえ、また変なのに唆されたら困る。これ以上あの王子に悪い虫がつくと困る人が大勢いるのだ。例えば国教会司祭の俺とか。チャールズは次期首長なのだから。
「お兄さんは大変ね、アル」
「ミミ、そういう君はチャールズの義理の姉だよ?」
「えっ」
ミミの眉間に縦皺が一本増えた。
「遺書に書いたことが現実になっちゃったわ!」
「姉のような気持ちで婚約者を見守っていたと書いていたね。手のかかる息子で本当にすまない。よろしく頼むよ」
陛下は溜め息とともに肩を落とした。この人は国を支えるので忙しく、息子まで手が回らないのだろう。
「かしこまりました。未来の王の力となりましょう」
「夫とともに彼に心を尽くします」
――情けは人のためならず。この救済が家族に良き報いをもたらすならば。
巡り巡る幸せを希い、この御伽の国に剣も盾も捧げよう。
【第一幕 おわり】
ミミと俺は無言で顔を見合わせる。ふと陛下をうかがうと、彼だけ表情が変わらない。
「私と姉は正妻の子でしたが、実父の愛情は妾の子ども二人へ注がれていました。妾は父が若い頃から恋し合っていた令嬢だったからです。――母が亡くなった直後のことでした。妾の姉弟が急に具合を悪くし、私と姉が嫉妬し毒を盛ったと濡れ衣を着せられたのです」
ナンシーは膝の上で拳をぎゅっと握った。
「刑事罰に問われなかったのは、このような家族の恥をさらすわけにはいかないと、実父が世間体を気にしたから。私と姉は一族の姓を名乗ることを許されず、石ころ同然で実家を放り出されたのです」
「その一族の名は?」
俺の問いに、ナンシーは「ご容赦ください」と頭を下げた。
「憎まれ、呪われた一族ですから。その名を口にしたくないのです。陛下はご存じでしょうが、どうか秘密に……」
「昔、君に同じことを頼まれたね。約束を守っているよ。とはいえ私は今でも、君たち姉妹にかけられた嫌疑を晴らしたい一心なのだが」
「そのお心が何よりも嬉しいです。苦難の連続でしたが、良いこともありました。王宮の女中として仕えている時は、姉妹で本当に楽しいひとときを過ごすことができたのですから。実家にいた時よりも、ずっと」
ナンシーは目を閉じ、幸せそうな面持ちで懐かしい思い出を回顧する。
「それに、実家であらぬ疑いがかけられたおかげで、毒薬に関しては独学を重ねて誰より詳しくなりましたしね」
ナンシーの鼻の良さは生来のものではなく、知識と経験に基づいたものだったのか。
「君たち姉妹に何度命を救われたか分からないよ、ナンシー」
ナンシーは「恐れ入ります」と誇らしげな表情で微笑んだ。
「私も、亡き先代の王も何度毒を盛られたことか。成長した今のアルフレッドが〝王の若き頃に似ている〟と勘付いた人間がいて、気がかりだった。出自が明かされたら命を狙われる。アルフレッドのそばに君をと、一計を案じてくれたポールには感謝しかない」
――養父が一計を案じた? まさか……。
「俺がこの教会区の後任に選ばれたのは、前任司祭と養父が友人だったからだとうかがっています。長く患っており、療養に専念する為、信頼できる後任を望んでいた、と……」
だが患っていたのは養父も同じなのだ。俺は亡き養父の後任として故郷の教会に赴任するのだろうと思っていたが、選ばれたのは別の司祭だった。内心とても残念だったのは言うまでもない。親の教会区を引き継ぐ子どもは多いのに「俺だけどうして?」と。
「ナンシーが司祭の家に勤めていたから、養父と陛下は……俺をこの教会区へ?」
陛下は「そうだよ」と肯いた。患っていた養父は、自分の寿命を悟っていて、ナンシーのそばに俺を置こうとしたのだ。湖畔に終の棲家を得て、心穏やかに療養に徹している前任司祭も秘密を共有しているのかもしれない。
「それからもう一つ。故郷以外の場所で精神の鍛錬を積んで欲しい、と。彼の遺言だった。最後まで君のことを心配し、健やかな成長を願っていた」
「アル……貴方は本当に愛されていたのね」
ミミの言葉で目頭が熱くなる。亡くなっても故人の心は生きているのだ。
「ポール司祭には本当に感謝しておりますわ。引き取りたくても出来なかった、姉の大切な忘れ形見を私のかわりに……慈しみ育ててくださいました」
ナンシーの声が俄にうわずった。
「君には、亡き王妃が大変な気苦労をかけたね。本当にすまない」
「どうかお気になさらないでください。陛下は私たちへ心を尽くしてくださいましたわ」
「けれども君は、王妃に大変虐げられていただろう。君を私の侍女にしたいと言っても、妻は決して君を手放そうとしなかった」
「アビゲイル様は、姉の行方を知りたがっておりましたから。私なら知らないはずが無い、と。先に〝長子〟が誕生されたことを勘付いておられました」
「だから君は……アルフレッドを守る為に、王宮を離れなかったのだろう?」
ナンシーは首を縦にも横にも振らず、黙って視線を落とした。
「全て愛すべき王国の為でございます」
胸に右手を添え、ナンシーは頭を垂れた。
「君の深い愛国心に感謝を申し上げる。品性と教養は、家柄ではなく、その人が何を求め学んだかによるね。長子を玉座に据えたかったが……アルフレッドがそれを望まないのならば、チャールズのことで苦労を強いられるだろう」
――仕方がないか。一応、俺はチャールズの兄だしな。
「そうそう、私は先日驚いたよ。晩餐の席でチャールズが君を絶賛していたんだ」
――ぜ、絶賛? なぜ?
「道を見失っていた彼に、誠の愛を諭してくれたそうだね。彼は素直さだけが取り柄なんだ。素直すぎてだまされやすいのが短所だがね。君の男気に惚れ込んでいるようだし、今後も兄として彼の心の支えになって欲しい」
――支えになれと言われても。不安しかない。
とはいえ、また変なのに唆されたら困る。これ以上あの王子に悪い虫がつくと困る人が大勢いるのだ。例えば国教会司祭の俺とか。チャールズは次期首長なのだから。
「お兄さんは大変ね、アル」
「ミミ、そういう君はチャールズの義理の姉だよ?」
「えっ」
ミミの眉間に縦皺が一本増えた。
「遺書に書いたことが現実になっちゃったわ!」
「姉のような気持ちで婚約者を見守っていたと書いていたね。手のかかる息子で本当にすまない。よろしく頼むよ」
陛下は溜め息とともに肩を落とした。この人は国を支えるので忙しく、息子まで手が回らないのだろう。
「かしこまりました。未来の王の力となりましょう」
「夫とともに彼に心を尽くします」
――情けは人のためならず。この救済が家族に良き報いをもたらすならば。
巡り巡る幸せを希い、この御伽の国に剣も盾も捧げよう。
【第一幕 おわり】
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
516
-
-
3431
-
-
70813
-
-
24252
-
-
15255
-
-
107
-
-
93
-
-
124
-
-
550
コメント