【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
9-9 ★ 淑女の品性
「チャールズ殿下は、陛下のご意志をご存じなのでしょうか」
俺の問いに、陛下は「いや」と首を横に振った。
「話していない。けれども私が、アルフレッドを王に望んでいることを薄々感じているようだ」
チャールズが鬱になってしまうのではないかと凄く不安になってきた。
「残念なことにチャールズは王の器ではない。もう、ずっと分かっていた。だからミミさんを婚約者に望んだのに、あの馬鹿者は……」
しっかりもののミミなら、チャールズを支えてくれるだろうと考えた陛下の気持ちが分からないでもない。だがミミには負担が大きすぎる。
「貴女は幼い頃から、ご両親に似てとても賢く、心豊かな女性だ。亡き王妃とは真逆の性格だから、君を……」
ミミへ穏やかな眼差しを向けていた陛下は悲しげに俯いた。
「今だから言うが……私は亡き王妃アビゲイルとの結婚に乗り気では無かった。アビゲイルは……感情の起伏が激しく、笑わない女性だった」
亡き伴侶のことを淡々と語る彼の面持ちは冷たく、一切の愛情を感じられない。
「チャールズは無意識に、母親と性格の似た女性……ダーシーの手を取ろうとしていたんだ。チャールズは人を見る目がなさ過ぎる。ミミさんが遺書に書いた通りさ」
「お見苦しいものを陛下に……申し訳ございません」
「いや。貴女は勇気ある人だ」
「とんでもございません、陛下。私は自死を選び、生きることを拒否した臆病者です。助けてくれた人に、私は命を預けております」
ミミが俺の目を見つめる。
――妻を愛すること。これは俺の天命で運命だ。
「司祭の私は、ミミが再び悲しい選択をせぬよう命の尊さを説いていかねばなりません。王子の立場では個人だけでなく国にも愛を尽くさなければならない。私は不器用な男です。此度のお話はご遠慮させて下さい」
俺は陛下から視線を逸らさずに告げた。陛下は辛そうに「残念だ」と呟いた。
「おはようございまーす」
台所の勝手口から居間へやってきた彼女はぎょっとした。
「やあ、ナンシー」
「へ、陛下? ど、どうしてこちらに?」
「私用でね。君とも話したいことがたくさんある」
「ナンシー。こちらへどうぞ」
俺の隣へナンシーを促す。ナンシーはおずおずと座った。
「ここへ来る前、アルフレッド司祭の故郷へ。ポールとキャロルのお墓の前に花を手向けてきたよ」
「左様でございましたか。姉もポール司祭様も喜んだことでしょう」
ナンシーは笑顔で二度肯いた。
「ナンシー。君のお姉さん……キャロルは俺の母親だね?」
俺が問うと、ナンシーは「はい」と答えた。
「母の墓に、キャロルと名前しか彫られていないのが子どもの頃から不思議だった」
亡き養父は「複雑な事情なのだ」と俺に語った。聖回廊で陛下の肖像を目にし「自分が王の息子だ」と分かった後は、「なぜ母の墓に姓が刻まれていないのか」を俺は調べていた。
「養父は〝俺が産まれた時には実父に婚約者がおり、後にその人と結婚をした〟と話しました。チャールズと俺は四歳差です」
陛下と王妃との間にチャールズが生まれたのは、結婚から数年が経過した後のことだった。王妃はその後、早くにこの世を去った。
「アビゲイル王妃が輿入れされる前、母は陛下のご寵愛を受けた後に身ごもって城を出たのではないかと思い、俺は王宮の人事異動にまつわる資料を参照したのです」
資料の多くは失われていた。人事異動は常に発生する為、膨大な資料は二十年保存を境に処分していくのが決まりという。
「キャロルという名の女中が、婚前の陛下のお世話を仰せつかっていたことを知りました。それが俺の母だと。人事資料は姓を略して記載されていたので、ナンシーのお姉さんだとは気付かなかった」
「女中に姓はあって無いようなものですわ。私自身、シュタインの姓に愛着はございません。シュタインはただの石ですもの」
ナンシーは寂しそうに視線を落とした。
「ナンシー。淑女の品性は隠せないわ。貴女は高貴な生まれの方でしょう?」
ミミが訊ねると、ナンシーは吃驚仰天した。
――ミミも気付いていたのか。
女中の服を着ていても、生まれながらに染みこんだ品性は隠しきれない。
長い沈黙の後、ナンシーは悲しみに満ちた表情で重い口を開いた。
「私と姉は……とある名家に生まれましたが……腹違いの姉弟に毒を盛ったと、冤罪を着せられましてね」
【つづく】
俺の問いに、陛下は「いや」と首を横に振った。
「話していない。けれども私が、アルフレッドを王に望んでいることを薄々感じているようだ」
チャールズが鬱になってしまうのではないかと凄く不安になってきた。
「残念なことにチャールズは王の器ではない。もう、ずっと分かっていた。だからミミさんを婚約者に望んだのに、あの馬鹿者は……」
しっかりもののミミなら、チャールズを支えてくれるだろうと考えた陛下の気持ちが分からないでもない。だがミミには負担が大きすぎる。
「貴女は幼い頃から、ご両親に似てとても賢く、心豊かな女性だ。亡き王妃とは真逆の性格だから、君を……」
ミミへ穏やかな眼差しを向けていた陛下は悲しげに俯いた。
「今だから言うが……私は亡き王妃アビゲイルとの結婚に乗り気では無かった。アビゲイルは……感情の起伏が激しく、笑わない女性だった」
亡き伴侶のことを淡々と語る彼の面持ちは冷たく、一切の愛情を感じられない。
「チャールズは無意識に、母親と性格の似た女性……ダーシーの手を取ろうとしていたんだ。チャールズは人を見る目がなさ過ぎる。ミミさんが遺書に書いた通りさ」
「お見苦しいものを陛下に……申し訳ございません」
「いや。貴女は勇気ある人だ」
「とんでもございません、陛下。私は自死を選び、生きることを拒否した臆病者です。助けてくれた人に、私は命を預けております」
ミミが俺の目を見つめる。
――妻を愛すること。これは俺の天命で運命だ。
「司祭の私は、ミミが再び悲しい選択をせぬよう命の尊さを説いていかねばなりません。王子の立場では個人だけでなく国にも愛を尽くさなければならない。私は不器用な男です。此度のお話はご遠慮させて下さい」
俺は陛下から視線を逸らさずに告げた。陛下は辛そうに「残念だ」と呟いた。
「おはようございまーす」
台所の勝手口から居間へやってきた彼女はぎょっとした。
「やあ、ナンシー」
「へ、陛下? ど、どうしてこちらに?」
「私用でね。君とも話したいことがたくさんある」
「ナンシー。こちらへどうぞ」
俺の隣へナンシーを促す。ナンシーはおずおずと座った。
「ここへ来る前、アルフレッド司祭の故郷へ。ポールとキャロルのお墓の前に花を手向けてきたよ」
「左様でございましたか。姉もポール司祭様も喜んだことでしょう」
ナンシーは笑顔で二度肯いた。
「ナンシー。君のお姉さん……キャロルは俺の母親だね?」
俺が問うと、ナンシーは「はい」と答えた。
「母の墓に、キャロルと名前しか彫られていないのが子どもの頃から不思議だった」
亡き養父は「複雑な事情なのだ」と俺に語った。聖回廊で陛下の肖像を目にし「自分が王の息子だ」と分かった後は、「なぜ母の墓に姓が刻まれていないのか」を俺は調べていた。
「養父は〝俺が産まれた時には実父に婚約者がおり、後にその人と結婚をした〟と話しました。チャールズと俺は四歳差です」
陛下と王妃との間にチャールズが生まれたのは、結婚から数年が経過した後のことだった。王妃はその後、早くにこの世を去った。
「アビゲイル王妃が輿入れされる前、母は陛下のご寵愛を受けた後に身ごもって城を出たのではないかと思い、俺は王宮の人事異動にまつわる資料を参照したのです」
資料の多くは失われていた。人事異動は常に発生する為、膨大な資料は二十年保存を境に処分していくのが決まりという。
「キャロルという名の女中が、婚前の陛下のお世話を仰せつかっていたことを知りました。それが俺の母だと。人事資料は姓を略して記載されていたので、ナンシーのお姉さんだとは気付かなかった」
「女中に姓はあって無いようなものですわ。私自身、シュタインの姓に愛着はございません。シュタインはただの石ですもの」
ナンシーは寂しそうに視線を落とした。
「ナンシー。淑女の品性は隠せないわ。貴女は高貴な生まれの方でしょう?」
ミミが訊ねると、ナンシーは吃驚仰天した。
――ミミも気付いていたのか。
女中の服を着ていても、生まれながらに染みこんだ品性は隠しきれない。
長い沈黙の後、ナンシーは悲しみに満ちた表情で重い口を開いた。
「私と姉は……とある名家に生まれましたが……腹違いの姉弟に毒を盛ったと、冤罪を着せられましてね」
【つづく】
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