【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

9-8 ★ お言葉に甘えて一つだけ

 裁判から三日が経過し、俺、ミミ、ナンシーは教会区に戻った。キャベンディッシュ夫妻とオパールが無事退院したからだ。弁護士のスチュワート親子はしばらく王都に滞在し、諸々の手続きや調査嘱託ちょうさしょくたく、情報照会等に動いてくれるという。後のことはロビンさんに一任して大丈夫だろう。これでようやく幸せな日々の始まりかと思いきや、帰宅して早々に仕事が立て続けに舞い込んだ。

「司祭様! すぐにいらしてください! 危篤なんです!」

 町人の最期を看取って葬式を執り行い、

「司祭様! うちの夫が悪魔に取り憑かれているみたいなんです!」

 夜半に暴れた酔っ払い亭主に禁酒をすすめ、

「司祭様! うちの犬が行方不明なんです!」

 飼い主と「愛犬探してます」のチラシを配り歩き、おばちゃんたちの井戸端会議に引きずり込まれ、町議会へ参加して住民の要望をまとめた議案を提出。

 ――司祭は万屋よろずやか? いや、違うけど。

 溜まった仕事を終えた後、徹夜で礼拝用の説教の下書きを仕上げた。信徒の皆さんは、俺たち夫婦の裁判について知りたがっているだろう。善と悪、裁きについて論じることにした。要は「お天道様が全て見ていらっしゃいますよ。人の道から逸れたことをすると必ず裁きが下ります」と。

 ――疲れた。あっという間に朝か。

 ミミが先程淹れてくれた、蜂蜜入りの紅茶に手を伸ばす。

「美味しい。ああ幸せ」

 そう言えばミミが一階に下りたきり戻ってこない。もしかするとナンシーが来る前に一人で朝食の準備を始めてしまったのかもしれない。俺も手伝おうと一階へ下りたが。

「ミミ? あれ、いない」

 台所にも居間にも影が無い。庭にもいないので、不思議に思って納屋を見ると、ミミは馬の毛並みをといていた。

「見つけた。おはよう、ミミ」
「おはよう、アル」
「馬の世話をしてくれていたんだね。大変だったろう?」
「いいえ。実家の馬とも仲良しだったから、なんだか懐かしくて」
「もしかしてミミは馬に乗れるのかい?」
常歩なみあしまでね。駈歩かけあし襲歩しゅうほなんて未知の世界よ」
「じゃあ今度、その速度で乗せてあげる。二人乗りの鞍を探してくるよ」
「いいって、そんな」
「散歩するだけじゃつまらないよ。この馬は本当に足が速いんだ」

 馬が「ヒヒーン」と元気よく返事をした。

「この子の名前、決まった?」
「悩んでいるよ。せっかく名馬をいただいたし、良い名前をつけたいと思って」

 馬車の貸し出し業者がお詫びにと、この馬を贈ってくれた。馬で法廷へ駆け込む俺の姿が写真に大きく掲載され、御者の失踪と馬車の故障が報道されたからだ。

 ちなみに失踪した例の御者はというと、人相書きが新聞に掲載されたことが功を奏した。村のはずれに身を潜めていたところを農作業中のおばちゃんらに発見され、蜂の巣にされたという。めでたし、めでたし。

「馬の名前。オスカル、なんてどうだい?」

 気配無く現れた客人の姿を見て、心臓が飛び出しそうだった。
 俺とミミは慌てて頭を下げようとしたが。

「ああ、そのまま。お忍びで来たのだから、堅苦しいのはよしてくれ」

 ギョーム陛下は肩をすくめた。

「チャールズの件で謝罪にうかがった。馬車は教会の繋ぎ場に止めさせてもらったよ。秘書と御者は馬車のそばで待たせている。アルフレッドとミミさんと私、内輪で話したいことがあってね。お邪魔しても構わないかい?」

「内輪の話でしたら自宅でうかがいます。お付きの方々には礼拝堂でお待ちいただきましょう。ミミ、紅茶を淹れてくれるかい?」

「分かったわ」

 俺は陛下を応接間へ案内し、礼拝堂の鍵を開けて侍従の皆さんを中へお通しする。自宅へ戻るとミミが紅茶とお菓子の準備を終えていた。陛下、侍従の皆さんにも紅茶とお菓子を振る舞い、ミミと居間へ移動した。

「気を遣わせてすまないね。なんて香り高い紅茶だろう。お菓子も美味しい。手作りだね」

 紅茶とお菓子を味わいながら、陛下は穏やかな面持ちでまぶたを閉じる。

「用件は、先日の裁判のことだ。お詫びをさせて欲しい」
「お心遣いに感謝します」
「そのお気持ちが嬉しいですわ」

 俺とミミは丁重に断りを入れたが。

「是非何かさせて欲しい。心配せずとも、私の個人的な資産から支払わせてもらうよ。先日の裁判のように、お金の出所をアレコレと探られては後々大変だからね」
「ではお言葉に甘えて、一つだけ」

 俺は書斎から一枚の書状を持ってくると、陛下に差し出した。

「壊してしまった法廷の扉の弁償を。案外高くついて、困っていたのです」
「なるほど。喜んで支払わせてもらおう」
「本当によろしいのですか」
勿論もちろん。勇敢な君の行動に対する賞賛さ。君に数え切れない苦労をかけてしまい申し訳ない。君は私の第一子、チャールズの兄なのに。本当は……初めからきみを王子として迎えるつもりだったんだ」

 陛下の目が真っ直ぐに俺を捉える。

「アルフレッドさえよければ……きみを私の跡取りにしたい」

 ――次の王に、俺を?

 全く喜べない自分がいた。
 まず頭に浮かんだのは、愛に恵まれなかった弟チャールズの寂しげな面持ちだ。

「チャールズ殿下は、陛下のご意志をご存じなのでしょうか」

 俺の問いに、陛下は「いや」と首を横に振った。

【つづく】

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