【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

9-7 ★ 愛に飢えた王になるな

「ピーピーギャーギャー泣きわめいて、真っ赤な嘘吐うそつき女とそっくりだぞ」

 チャールズのまゆがぴくりと痙攣けいれんし、吊り上がった。

「おまえのせいで、僕とあの女が近親相姦きんしんそうかんだ禁断の愛だのとちまたじゃ言われ放題だ!」
「自業自得だ。おまえはミミをどれだけ傷つけた?」

 チャールズが「それは……」と口籠もる。罪の自覚は芽生えているようだな。

「原告の王子が、何も知らされず利用されたと世間に明るみになったとしても、おまえがミミに与えた心の傷は消えない。陛下に謝罪をうながされたと言ったな。そんな謝罪なんか聞きたくない。ミミの気持ちを考えろ」

「ミミの気持ち?」

「謝罪は時に自己満足だ。おまえはミミから〝許す〟と優しい言葉をかけられて、安心したいだけだろう?」

 チャールズの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

「許される資格は無いし、今もこれからも……心から安堵あんどできる時間なんておとずれない。愛されていると感じたことさえ無いんだ、僕は」

「じゃあくが、おまえは心から人を愛したことがあるのか? おまえは本当にダーシーを愛していたのか?」

「それは……」

 俺はうずくまるチャールズと同じ目線にかがんだ。

「無い物ねだりの愛にえた王になるな。愛を与え、見返りを求めない慈悲深き王に、民の心は自然と付いてくる」

 チャールズはきょとんとした顔で俺をじっと見た。

貴方あなたの言う通りだ……兄上あにうえ

 ――聞き間違いか? 兄上と聞こえた気が。

 弟の目がきらきらと輝きを帯びる。

「今のお言葉で僕は本当に目が覚めた。貴方あなたは……司祭のかがみだ」

 ――待て待て、なんだその羨望せんぼうの眼差しは。いきなりどうした!

「僕は間違っていた。心から謝罪したい。兄上とミミに多大なご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」

 弟は人が変わったように頭をすりつけて土下座どげざした。ここまでされては流石さすがにもう厳しい言葉はかけられない。

貴方あなたを許すわ」

 亜麻色の髪を朝風になびかせ、屋上に現れた彼女は、んだ声を響かせた。

「ミミ! どうしてここが分かったんだい?」

 俺が訊ねると、ミミは肩をすくめた。

「もう、病院で走り回らないでよ、恥ずかしいじゃない。目撃者の証言を追ってきたのよ」

 ミミは俺のとなりひざを落とすと、うずくまるチャールズに右手を差し出した。

貴方あなたが心安らかになり、王国の未来に安寧あんねいをもたらすならば、私は貴方あなたを許します。チャールズ・ヴェルノーン」

 俺が言葉をひねり出すまでもなかったようだ。彼女の許しの言葉と差し出された手こそが、チャールズの救済きゅうさいに他ならなかった。チャールズはミミの手を取り、ひざふるわせながら立ち上がる。彼は胸に手を添え、ミミへ深くこうべを垂れた。

貴女あなたに感謝申し上げます。ミミ・リンドバーグ」

 ミミは「恐れ入ります」と片足を引き、ひざを曲げてお辞儀した。 

「あ、あの……ミミと兄上にお願いがあるのですが」

 ――お願い? い、一体なんだ?

「キャベンディッシュご夫妻に謝罪をしたいのです。付き添っていただけませんか」

 ――やれやれ。付き添いますか。

 チャールズはキャベンディッシュ夫妻へ心からの謝罪をした。つたない言葉ではあったが、震えながら自分の気持ちをちゃんと一人で口にしたのだ。「無知であったこと、おろかであさはかな自分が恥ずかしい」と。

 キャベンディッシュ夫妻はミミと同じ言葉を口にした。「貴方あなたゆるします」と。やはりこのご両親あってのミミなのだ。

 ――俺の実父じっぷ……陛下へいかは何しているんだろう。

 チャールズに「謝りに行け」と言ったくせに、自分は見舞いにも来ないとは。やっぱり好きになれない。

【つづく】

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