【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
9-6 ★ この大馬鹿者が!
「おはようございます。いきなりお邪魔してすみません」
病室に現れたのはなんと、大きな花束を抱えたザック・ブロンテだった。
「ザック。来てくれて嬉しいよ」
「おはよう、アル」
「貴方が、アルの話していたザックさん?」
ミミが俺の隣に立つ。
「はじめまして、奥様。ザック・ブロンテと申します」
「ミミ・リンドバーグですわ。この度は本当にお世話になっております。なんて綺麗な花束。ご厚意に感謝致しますわ」
「いえ、これはその……あちらにいる御方からなんです」
「あちら?」
「連れがいるのか?」
俺とミミは病室から顔をのぞかせる。
「誰もいないぞ? ……ひっ」
「きゃあ! お化け!」
廊下の曲がり角から、闇色の外套を着た、長い黒髪の女が顔をのぞかせている。碧眼はぎらぎらと禍々しい光を湛えていた。
「正体を隠す為に変装させていますが、ああ見えて、一国の王子なんですよ」
――あれがチャールズだって?  嘘だろう!
「ああ見えて、が余計だ、ザック!」
「あ、すみません。つい」
「ついってなんだ!」
チャールズの声はガラガラで、瞼も腫れている。一晩中泣き明かしたのだろうか。彼は壁に寄りかかりながらへなへなと崩れ落ちていく。あれまぁ、すごく身体が柔らかくなったもんだ。
「せっかく憑きものが落ちたのに、魂が抜けたままで困っているんだ」
――憑きものって。ダーシーとシモンのことか。
「また変なのに唆されないよう諭してくれ。よろしく、お兄さん」
「……。ザック、今なんて?」
「実は前から知っていた」
――やれやれ。なんとなくそんな気はしていたけど、そういうことか。
神学校時代、ザックが「乗馬を見るのが専門」と答えた理由が分かった。馬に乗る俺を見ていた、つまりお目付役だったのだろう。そして今は秘書として弟チャールズの懐に入ったというわけだ。
――俺よりも、弟の方に手を焼いたことは明白だな。
俺はしぶしぶ病室を出て、重い足取りで変装したチャールズの元へ向かったが。
「く、くく、来るな。こっちへ来ないでくれ!」
弟は俺に背を向け、病院の廊下を全速力で駆け出した。
「チャールズ、おまえ……案外、体力有り余っているじゃないか!」
病院を泣きながら疾走する弟の背中を追う。病院で走るな! おまえが走るから、おまえを止める為に、俺も走らなきゃならんだろうが、馬鹿野郎!
チャールズは屋上へ駆け上がる。彼を追って飛び出すと、朝の向かい風が俺を襲った。
人気の無い屋上に、黒髪のカツラと外套が投げ捨てられている。柵に寄り掛かって大声で噎び泣いていた弟チャールズは、俺に追いつかれたことに気付くと。
「来るな! これ以上近づいたらここで死ぬぞ!」
「こら待て、やめろ! 早まるな、チャールズ!」
屋上の柵を越えて、足場の狭いところに立った。
「今日は謝罪に来ただけだ! 陛下に言われて……ミミに謝りに来ただけだ!」
「謝りに来て死ぬヤツがいるか、馬鹿野郎!」
「おまえが僕の前から消えたら、ここで死ぬのはやめてやる」
――なんて無茶苦茶な! この大馬鹿者が!
「俺はここを動かないぞ、チャールズ。俺は司祭だ。目の前で死のうとしている馬鹿がいたら誰であろうと止める」
一歩一歩、彼へ慎重に近付く。「来るな」と蚊の鳴くような声で懇願するチャールズは、柵をしっかり握っており、離す気配は無い。
――今だ。
俺は素早くチャールズの右手首をつかんだ。
「放せ! あぁっ」
俺の手を払いのけた拍子に、宙へ放り出されるチャールズ。
「危ない!」
弟の腕をつかみ、ぐいっと引き寄せる。彼はピタッと柵にしがみつき、真っ青で震えた。
「ほら。こっちに戻ってこい」
弟を肩で抱きかかえるようにして、柵の内側に戻す。チャールズは膝を崩し赤ん坊のように泣き始めた。
「ピーピーギャーギャー泣きわめいて、真っ赤な嘘吐き女とそっくりだぞ」
チャールズの眉がぴくりと痙攣し、吊り上がった。
【つづく】
病室に現れたのはなんと、大きな花束を抱えたザック・ブロンテだった。
「ザック。来てくれて嬉しいよ」
「おはよう、アル」
「貴方が、アルの話していたザックさん?」
ミミが俺の隣に立つ。
「はじめまして、奥様。ザック・ブロンテと申します」
「ミミ・リンドバーグですわ。この度は本当にお世話になっております。なんて綺麗な花束。ご厚意に感謝致しますわ」
「いえ、これはその……あちらにいる御方からなんです」
「あちら?」
「連れがいるのか?」
俺とミミは病室から顔をのぞかせる。
「誰もいないぞ? ……ひっ」
「きゃあ! お化け!」
廊下の曲がり角から、闇色の外套を着た、長い黒髪の女が顔をのぞかせている。碧眼はぎらぎらと禍々しい光を湛えていた。
「正体を隠す為に変装させていますが、ああ見えて、一国の王子なんですよ」
――あれがチャールズだって?  嘘だろう!
「ああ見えて、が余計だ、ザック!」
「あ、すみません。つい」
「ついってなんだ!」
チャールズの声はガラガラで、瞼も腫れている。一晩中泣き明かしたのだろうか。彼は壁に寄りかかりながらへなへなと崩れ落ちていく。あれまぁ、すごく身体が柔らかくなったもんだ。
「せっかく憑きものが落ちたのに、魂が抜けたままで困っているんだ」
――憑きものって。ダーシーとシモンのことか。
「また変なのに唆されないよう諭してくれ。よろしく、お兄さん」
「……。ザック、今なんて?」
「実は前から知っていた」
――やれやれ。なんとなくそんな気はしていたけど、そういうことか。
神学校時代、ザックが「乗馬を見るのが専門」と答えた理由が分かった。馬に乗る俺を見ていた、つまりお目付役だったのだろう。そして今は秘書として弟チャールズの懐に入ったというわけだ。
――俺よりも、弟の方に手を焼いたことは明白だな。
俺はしぶしぶ病室を出て、重い足取りで変装したチャールズの元へ向かったが。
「く、くく、来るな。こっちへ来ないでくれ!」
弟は俺に背を向け、病院の廊下を全速力で駆け出した。
「チャールズ、おまえ……案外、体力有り余っているじゃないか!」
病院を泣きながら疾走する弟の背中を追う。病院で走るな! おまえが走るから、おまえを止める為に、俺も走らなきゃならんだろうが、馬鹿野郎!
チャールズは屋上へ駆け上がる。彼を追って飛び出すと、朝の向かい風が俺を襲った。
人気の無い屋上に、黒髪のカツラと外套が投げ捨てられている。柵に寄り掛かって大声で噎び泣いていた弟チャールズは、俺に追いつかれたことに気付くと。
「来るな! これ以上近づいたらここで死ぬぞ!」
「こら待て、やめろ! 早まるな、チャールズ!」
屋上の柵を越えて、足場の狭いところに立った。
「今日は謝罪に来ただけだ! 陛下に言われて……ミミに謝りに来ただけだ!」
「謝りに来て死ぬヤツがいるか、馬鹿野郎!」
「おまえが僕の前から消えたら、ここで死ぬのはやめてやる」
――なんて無茶苦茶な! この大馬鹿者が!
「俺はここを動かないぞ、チャールズ。俺は司祭だ。目の前で死のうとしている馬鹿がいたら誰であろうと止める」
一歩一歩、彼へ慎重に近付く。「来るな」と蚊の鳴くような声で懇願するチャールズは、柵をしっかり握っており、離す気配は無い。
――今だ。
俺は素早くチャールズの右手首をつかんだ。
「放せ! あぁっ」
俺の手を払いのけた拍子に、宙へ放り出されるチャールズ。
「危ない!」
弟の腕をつかみ、ぐいっと引き寄せる。彼はピタッと柵にしがみつき、真っ青で震えた。
「ほら。こっちに戻ってこい」
弟を肩で抱きかかえるようにして、柵の内側に戻す。チャールズは膝を崩し赤ん坊のように泣き始めた。
「ピーピーギャーギャー泣きわめいて、真っ赤な嘘吐き女とそっくりだぞ」
チャールズの眉がぴくりと痙攣し、吊り上がった。
【つづく】
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