【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
9-5 ★ ミミの初恋
勧善懲悪は素晴らしい。
王国中の新聞は【リンドバーグ夫婦勝訴】【チャールズ殿下敗訴】を見出しにかかげている。裁判の詳細は、各出版社の記者がそれぞれの文体、着眼点でまとめてくれた。
ダーシーとシモンは詐欺罪ほか数え切れない咎を受けている。元交際相手だけでなく、裁判長、裁判官にまで賄賂を渡していたことも明るみになった。こちらの推理通り「被告ミミは答弁書の提出もせず、裁判に遅刻して敗訴」を筋書きに動いていたという。
悪女ダーシーは自分が罪に問われることが分かるや否や、関係者全員の名前を芋づる式に列挙して、地獄へ引っ張った。「自分だけではない」ので「みんな悪人なら怖くない」と言った心理か。その中でダーシーが「自分よりも悪党」呼ばわりしたのは、シモンであった。
――シモン。確かにアイツは大悪党だ。
ミミとチャールズが婚約していた頃、殿下の資産を私的に流用していたのはやはりシモンだった。ダーシーによると「シモンが身の丈に合わない私物を身に着けていたので、問い詰めて首根っこをつかんだ」という。まるで自分の手柄のように彼女は語った。ハーパー家は貿易商、目利きである。
ダーシーは「お金をくすねていたのはシモンだけど、ミミということにして、殿下に嘘を吹き込んでやろう。ミミに罪をなすりつけてシモンに恩を売ればいいんだわ!」と思ったそうで、彼女の策略は白日の下に晒されたのである。
それよりもシモンがチャールズの資産に手を伸ばした理由が驚きだ。シモンはとある貴族の令嬢に見初められ、恋し合い、彼女の家族に気に入られようと必死だったという。チャールズから横領した資産は、身の丈に合わない服飾品や貢ぎ物に充てていたそうだ。
――人の家族に毒を盛っておいて。逆玉の輿とは良い度胸だ。
ミミだけがご両親と裁判所に到着したことで、シモンは焦り、控え室の紅茶に毒を盛ることを思いついたそうだ。そのまま裏口から病院へ運び出して欠席退場にする計画だったとか。
「全てチャールズ殿下の名誉の為でした」
忠誠心を盾にしてシモンは法廷で語ったが、当のチャールズはというと、問い詰めるほどに「本当に何も知らない阿呆」だと明らかになり、彼は「ダーシーとシモンから資産を横領されていた被害者」だった為、罪科を免れた。ダーシーが王室御用達の店で買い求めた宝飾品のツケも相当の額だったしな。
――腹違いの弟がお咎め無しなのは解せないが、一つだけ良いことがあった。
俺が馬で突入する前に起こった、とあるやりとりの件だ。はじめから傍聴席に通されていた王室贔屓の新聞社の記者は、殿下に配慮した内容の記事をまとめ【殿下も心打たれたリンドバーグ夫婦愛】という美談めいた見出しをつけた。
「ミミの初恋が、俺って本当?」
ミミは耳まで真っ赤になり「そうよ」と病室のすみの椅子で縮こまった。読んでいた本で顔を隠す姿が愛おしい。
「昔は……お父様が世界で一番好きって言ってくれたのにな。時が経つのは早いね」
「貴方ったら、年甲斐もなく拗ねちゃって。ごめんなさいね」
さみしそうなお義父様の肩を撫でながら、お義母様が苦笑した。
「いえいえ。お二人が回復なさって本当に嬉しいです」
紅茶に盛られた毒薬の件では、アラベラが活躍してくれた。症状を見たアラベラは、医師より先に薬の名を言い当てたというから驚きだ。処置が早かったおかげで、ご両親もオパールも大事には至らなかった。
アラベラは毒薬を判別した経緯について、シモンの裁判で証言してくれるそうだ。毒の混入に気付かないまま紅茶を淹れ、自分も飲んでしまった女中オパールも法廷で証言が求められている。
「全て私の不注意が原因です。本当に申し訳ございません」
女中のオパールは昨日から謝り尽くしだ。
「貴女のせいじゃないわ、オパール」
ミミが宥めるも、オパールはふるふると首を横に振った。
「私はもう……お仕えする自信がございません。どうかお暇を許可してくださいまし。恥ずかしくて、皆様にお顔向けできません」
「自分を責めないで、オパールさん」
ナンシーが、オパールの隣に腰掛けた。
「キャベンディッシュご夫妻は貴女を咎めてはいないではないですか」
「そうよ、オパール。それに貴女は、裁判前に私の身支度を調えてくれたじゃない。貴女がいなければ私、寝癖お化けのままで法廷に立つところだったのだから」
――やっぱり馬車の中で寝たんだな、ミミ。
座位でも、仰向けでも、寝相が悪い人間はいる。眠っているミミに毛布を全部剥ぎ取られ、夜中に震えながら目覚めた夜もあったっけ。寝台の下で、簀巻きのようになっていたミミを救出したこともあった。
「オパール。君には本当に感謝しているんだよ」
「これからも家族の支えとなって欲しいの」
キャベンディッシュご夫妻が温かい言葉をかけると、オパールは目にいっぱい涙を溜めて肯いた。
コンコンッと病室の扉が鳴った。
「アラベラさんかしら?」
「あ、奥様。私が出ます」
ミミにかわり、ナンシーが扉へ近付く。アラベラはご両親と一緒に病院近くの宿に泊まっており「明日またうかがいます」と言っていた。
「おはようございます。お加減はいかがですか」
現れたのはなんと、大きな花束を抱えたザック・ブロンテだった。
【つづく】
王国中の新聞は【リンドバーグ夫婦勝訴】【チャールズ殿下敗訴】を見出しにかかげている。裁判の詳細は、各出版社の記者がそれぞれの文体、着眼点でまとめてくれた。
ダーシーとシモンは詐欺罪ほか数え切れない咎を受けている。元交際相手だけでなく、裁判長、裁判官にまで賄賂を渡していたことも明るみになった。こちらの推理通り「被告ミミは答弁書の提出もせず、裁判に遅刻して敗訴」を筋書きに動いていたという。
悪女ダーシーは自分が罪に問われることが分かるや否や、関係者全員の名前を芋づる式に列挙して、地獄へ引っ張った。「自分だけではない」ので「みんな悪人なら怖くない」と言った心理か。その中でダーシーが「自分よりも悪党」呼ばわりしたのは、シモンであった。
――シモン。確かにアイツは大悪党だ。
ミミとチャールズが婚約していた頃、殿下の資産を私的に流用していたのはやはりシモンだった。ダーシーによると「シモンが身の丈に合わない私物を身に着けていたので、問い詰めて首根っこをつかんだ」という。まるで自分の手柄のように彼女は語った。ハーパー家は貿易商、目利きである。
ダーシーは「お金をくすねていたのはシモンだけど、ミミということにして、殿下に嘘を吹き込んでやろう。ミミに罪をなすりつけてシモンに恩を売ればいいんだわ!」と思ったそうで、彼女の策略は白日の下に晒されたのである。
それよりもシモンがチャールズの資産に手を伸ばした理由が驚きだ。シモンはとある貴族の令嬢に見初められ、恋し合い、彼女の家族に気に入られようと必死だったという。チャールズから横領した資産は、身の丈に合わない服飾品や貢ぎ物に充てていたそうだ。
――人の家族に毒を盛っておいて。逆玉の輿とは良い度胸だ。
ミミだけがご両親と裁判所に到着したことで、シモンは焦り、控え室の紅茶に毒を盛ることを思いついたそうだ。そのまま裏口から病院へ運び出して欠席退場にする計画だったとか。
「全てチャールズ殿下の名誉の為でした」
忠誠心を盾にしてシモンは法廷で語ったが、当のチャールズはというと、問い詰めるほどに「本当に何も知らない阿呆」だと明らかになり、彼は「ダーシーとシモンから資産を横領されていた被害者」だった為、罪科を免れた。ダーシーが王室御用達の店で買い求めた宝飾品のツケも相当の額だったしな。
――腹違いの弟がお咎め無しなのは解せないが、一つだけ良いことがあった。
俺が馬で突入する前に起こった、とあるやりとりの件だ。はじめから傍聴席に通されていた王室贔屓の新聞社の記者は、殿下に配慮した内容の記事をまとめ【殿下も心打たれたリンドバーグ夫婦愛】という美談めいた見出しをつけた。
「ミミの初恋が、俺って本当?」
ミミは耳まで真っ赤になり「そうよ」と病室のすみの椅子で縮こまった。読んでいた本で顔を隠す姿が愛おしい。
「昔は……お父様が世界で一番好きって言ってくれたのにな。時が経つのは早いね」
「貴方ったら、年甲斐もなく拗ねちゃって。ごめんなさいね」
さみしそうなお義父様の肩を撫でながら、お義母様が苦笑した。
「いえいえ。お二人が回復なさって本当に嬉しいです」
紅茶に盛られた毒薬の件では、アラベラが活躍してくれた。症状を見たアラベラは、医師より先に薬の名を言い当てたというから驚きだ。処置が早かったおかげで、ご両親もオパールも大事には至らなかった。
アラベラは毒薬を判別した経緯について、シモンの裁判で証言してくれるそうだ。毒の混入に気付かないまま紅茶を淹れ、自分も飲んでしまった女中オパールも法廷で証言が求められている。
「全て私の不注意が原因です。本当に申し訳ございません」
女中のオパールは昨日から謝り尽くしだ。
「貴女のせいじゃないわ、オパール」
ミミが宥めるも、オパールはふるふると首を横に振った。
「私はもう……お仕えする自信がございません。どうかお暇を許可してくださいまし。恥ずかしくて、皆様にお顔向けできません」
「自分を責めないで、オパールさん」
ナンシーが、オパールの隣に腰掛けた。
「キャベンディッシュご夫妻は貴女を咎めてはいないではないですか」
「そうよ、オパール。それに貴女は、裁判前に私の身支度を調えてくれたじゃない。貴女がいなければ私、寝癖お化けのままで法廷に立つところだったのだから」
――やっぱり馬車の中で寝たんだな、ミミ。
座位でも、仰向けでも、寝相が悪い人間はいる。眠っているミミに毛布を全部剥ぎ取られ、夜中に震えながら目覚めた夜もあったっけ。寝台の下で、簀巻きのようになっていたミミを救出したこともあった。
「オパール。君には本当に感謝しているんだよ」
「これからも家族の支えとなって欲しいの」
キャベンディッシュご夫妻が温かい言葉をかけると、オパールは目にいっぱい涙を溜めて肯いた。
コンコンッと病室の扉が鳴った。
「アラベラさんかしら?」
「あ、奥様。私が出ます」
ミミにかわり、ナンシーが扉へ近付く。アラベラはご両親と一緒に病院近くの宿に泊まっており「明日またうかがいます」と言っていた。
「おはようございます。お加減はいかがですか」
現れたのはなんと、大きな花束を抱えたザック・ブロンテだった。
【つづく】
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