【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation
9-4 ★ 近すぎて気付かないもの
「なぜそこまでして、他人の資産を頼る必要があるのですか?」
俺は声を張り上げ、ダーシーへ問う。
――ミミとおまえを一緒にするな!
「貴女の言うように、妻ミミが強欲ならば、司祭の私と人生を共に歩むことは望まないでしょう。教会区での生活は社交界の華やかさとはかけ離れています。それでも彼女は、私の手をとってくれました」
俺が右手を差し出すと、ミミが左手を重ねた。
「美徳は時と場に合わせた装いや立ち居振る舞いに表れます。ご覧の通りミミは、潔白を主張する色を纏い、精神美を表す花で髪を飾りました。貴女はどうですか、ダーシーさん?」
――法廷に赤の装いとは。真っ赤な嘘吐きにはぴったりか。
「ここは舞踏会ではなく法廷です。ご自分を鏡でよくご覧になってはいかがでしょう」
遠回しに教養の無さを窘めると、彼女は言い返すことができずに唇を噛んだ。
「ダーシー。その服は君が買い求めたものかい?」
チャールズが冷たい眼差しをダーシーへくべた。
「あ、いえ……これは、その……」
「数日前……王室御用達の仕立て屋から皮肉を吐かれたよ。〝誕生日でもないのに、婚約者に薔薇のような赤い服を贈るとは流石〟とね」
――仕立て屋、よく言った!
「ダーシー。僕は社交上、毎日のように贈り物や御礼の品を送る。これは全て秘書のザックに任せているよ。でも時には自分で選ぶことがある。女性への贈り物には人一倍気を遣うんだ。だから……あの仕立て屋の勘違いかと思った」
――ダーシー、完全に詰んだな。
さあ次はどんな嘘を吐くのかと悪女を眺めていると、ドタバタと慌ただしい足音が法廷へ近付いた。
「遅れて申し訳ございません!」
「旦那様! 奥様! お待たせ致しました!」
ロビン弁護士とナンシーは、証拠書類の鞄を抱え、法廷へ飛び込んだ。
「待っていたよ、二人とも!」
「無事に到着して良かったわ」
俺とミミは胸をなで下ろす。想像以上に早く到着して嬉しい。馬車に乗せてくれた親切な行商が飛ばしてくれたのだろう。
「貴方!  心配したわよ、もう 」
「マチルダ! 来てくれたんだね」
「今、大変な状況なの、聞いて」
マチルダ夫人がロビン弁護士に駆け寄り、口早にこれまでの経緯を語ってくれた。
「ナンシー、久し振りだね」
「へ、へへ、陛下!」
突然声をかけられたナンシーは吃驚仰天、ずり下がった眼鏡をかけなおし、背筋をぴんと伸ばした。
「今日は遠路はるばるご苦労だったね」
「とんでもございません。他でもないリンドバーグご夫妻の為ですもの」
言葉を交わす二人は親しげで、使用人と元雇い主というよりは、まるで友人のようだ。そういえばナンシーは昔、王宮に仕えていたと聞いた。
「キャロルは……きっと天国からこの法廷を見守っているだろうね」
「ええ。姉は本当に心配性でしたから」
ナンシーと陛下が、同時に俺を見た。
陛下は赤髪碧眼、ナンシーは銀髪翠眼。
――赤髪と翠眼。キャロルってまさか……。
故郷の墓地にひっそりと〝キャロル〟は眠っている。
――キャロルがナンシーの姉。ああ……俺はどうして気付かなかったんだ!
俺とチャールズが血縁だと、ミミが気付かないことが不思議だった。近すぎて気付きにくいことは往々にしてある。家政婦のナンシーと初めて会った時、懐かしい気持ちになった理由が分かった。目には見えない縁に導かれていたのだ、俺は。
「ミミの弁護士も到着したことだし、裁判の続きを始めたまえ。誰が本当の罪人か。見届けさせてもらおう」
陛下は傍聴席の空いたところに腰掛けて、ダーシーを見た。
「こんな不公平な裁判、続ける価値なんてないわ! 国王が裁定を牛耳っているもの!」
「牛耳る? ご覧の通り私は法に従っているよ」
「法に従順な、制限君主でしょう!」
ダーシーの暴言で法廷は水を打ったような静けさに包まれた。一番言ってはいけないことを彼女は口にしたのだ。ヴェルノーン王国はかつて絶対君主制だったが、今は立憲君主制。またの名を制限君主制という。同じ法制度の他国と比べれば君主権限の幅は広く、公の場では国王に敬意を表すのが最低限の礼儀だ。
「ダーシー、よくも陛下を侮辱したな!」
まず一番に怒りを発したのは、なんとチャールズだった。
「君の乱暴な言動が、このところ疑問だった。今のではっきり分かったよ!」
――チャールズはダーシーの本性に薄々気付いていた?
「君主権限を法で制御されながらも、陛下がどれだけ国に心を砕いているか、君如きに推し量れるものか! 愛国心や陛下への忠誠心は欠片も無いのだな」
あれだけ叱られても、父親である陛下を尊敬する気持ちは変わらないとはな。チャールズは馬も震えるほど恐ろしい形相でダーシーを指差すと、裁判長へ振り向いた。
「裁判長、争点が変わった。この法螺吹きの当事者尋問をすぐに始めてくれ」
「私の尋問ですって! 嫌ですわ。答弁は弁護士に任せています!」
「いやいや私には無理ですよ! 尋問はご本人でないと!」
ダーシーと弁護士が押し問答を始めた。
「貴方は……スタンレーさん?」
ロビン弁護士が声をかけると、スタンレーと呼ばれた原告の弁護士は瞠目した。
「ご、ご無沙汰しています、ロビンさん。貴方が……被告の弁護を?」
「はい」
ロビン弁護士は笑顔だが、スタンレー弁護士は真っ青で全身を震わせている。この二人、何かあったらしい。
「ダーシー・ハーパーは、証言台へ」
裁判官が証言台へ促す。ダーシーはあれやこれや言い訳を立てて登壇を拒んだが。
「ミミは一人で証言台に立ったぞ、ダーシー」
チャールズはダーシーをひと睨みする。
「僕も一人で立つ。ただし君の擁護はしない」
深く息を落とし、チャールズはつらそうに目を閉じた。
「僕は誰の味方にもならないよ。結局、誰も僕を愛してはくれないのだから。――さようなら」
恋に盲目の王子はようやく悪女と手を切った。ダーシーは共犯のシモンをはじめ悪党共を道連れにして、詐欺罪、侮辱罪、横領罪、複数の罪状により首枷をつけられた。
【つづく】
俺は声を張り上げ、ダーシーへ問う。
――ミミとおまえを一緒にするな!
「貴女の言うように、妻ミミが強欲ならば、司祭の私と人生を共に歩むことは望まないでしょう。教会区での生活は社交界の華やかさとはかけ離れています。それでも彼女は、私の手をとってくれました」
俺が右手を差し出すと、ミミが左手を重ねた。
「美徳は時と場に合わせた装いや立ち居振る舞いに表れます。ご覧の通りミミは、潔白を主張する色を纏い、精神美を表す花で髪を飾りました。貴女はどうですか、ダーシーさん?」
――法廷に赤の装いとは。真っ赤な嘘吐きにはぴったりか。
「ここは舞踏会ではなく法廷です。ご自分を鏡でよくご覧になってはいかがでしょう」
遠回しに教養の無さを窘めると、彼女は言い返すことができずに唇を噛んだ。
「ダーシー。その服は君が買い求めたものかい?」
チャールズが冷たい眼差しをダーシーへくべた。
「あ、いえ……これは、その……」
「数日前……王室御用達の仕立て屋から皮肉を吐かれたよ。〝誕生日でもないのに、婚約者に薔薇のような赤い服を贈るとは流石〟とね」
――仕立て屋、よく言った!
「ダーシー。僕は社交上、毎日のように贈り物や御礼の品を送る。これは全て秘書のザックに任せているよ。でも時には自分で選ぶことがある。女性への贈り物には人一倍気を遣うんだ。だから……あの仕立て屋の勘違いかと思った」
――ダーシー、完全に詰んだな。
さあ次はどんな嘘を吐くのかと悪女を眺めていると、ドタバタと慌ただしい足音が法廷へ近付いた。
「遅れて申し訳ございません!」
「旦那様! 奥様! お待たせ致しました!」
ロビン弁護士とナンシーは、証拠書類の鞄を抱え、法廷へ飛び込んだ。
「待っていたよ、二人とも!」
「無事に到着して良かったわ」
俺とミミは胸をなで下ろす。想像以上に早く到着して嬉しい。馬車に乗せてくれた親切な行商が飛ばしてくれたのだろう。
「貴方!  心配したわよ、もう 」
「マチルダ! 来てくれたんだね」
「今、大変な状況なの、聞いて」
マチルダ夫人がロビン弁護士に駆け寄り、口早にこれまでの経緯を語ってくれた。
「ナンシー、久し振りだね」
「へ、へへ、陛下!」
突然声をかけられたナンシーは吃驚仰天、ずり下がった眼鏡をかけなおし、背筋をぴんと伸ばした。
「今日は遠路はるばるご苦労だったね」
「とんでもございません。他でもないリンドバーグご夫妻の為ですもの」
言葉を交わす二人は親しげで、使用人と元雇い主というよりは、まるで友人のようだ。そういえばナンシーは昔、王宮に仕えていたと聞いた。
「キャロルは……きっと天国からこの法廷を見守っているだろうね」
「ええ。姉は本当に心配性でしたから」
ナンシーと陛下が、同時に俺を見た。
陛下は赤髪碧眼、ナンシーは銀髪翠眼。
――赤髪と翠眼。キャロルってまさか……。
故郷の墓地にひっそりと〝キャロル〟は眠っている。
――キャロルがナンシーの姉。ああ……俺はどうして気付かなかったんだ!
俺とチャールズが血縁だと、ミミが気付かないことが不思議だった。近すぎて気付きにくいことは往々にしてある。家政婦のナンシーと初めて会った時、懐かしい気持ちになった理由が分かった。目には見えない縁に導かれていたのだ、俺は。
「ミミの弁護士も到着したことだし、裁判の続きを始めたまえ。誰が本当の罪人か。見届けさせてもらおう」
陛下は傍聴席の空いたところに腰掛けて、ダーシーを見た。
「こんな不公平な裁判、続ける価値なんてないわ! 国王が裁定を牛耳っているもの!」
「牛耳る? ご覧の通り私は法に従っているよ」
「法に従順な、制限君主でしょう!」
ダーシーの暴言で法廷は水を打ったような静けさに包まれた。一番言ってはいけないことを彼女は口にしたのだ。ヴェルノーン王国はかつて絶対君主制だったが、今は立憲君主制。またの名を制限君主制という。同じ法制度の他国と比べれば君主権限の幅は広く、公の場では国王に敬意を表すのが最低限の礼儀だ。
「ダーシー、よくも陛下を侮辱したな!」
まず一番に怒りを発したのは、なんとチャールズだった。
「君の乱暴な言動が、このところ疑問だった。今のではっきり分かったよ!」
――チャールズはダーシーの本性に薄々気付いていた?
「君主権限を法で制御されながらも、陛下がどれだけ国に心を砕いているか、君如きに推し量れるものか! 愛国心や陛下への忠誠心は欠片も無いのだな」
あれだけ叱られても、父親である陛下を尊敬する気持ちは変わらないとはな。チャールズは馬も震えるほど恐ろしい形相でダーシーを指差すと、裁判長へ振り向いた。
「裁判長、争点が変わった。この法螺吹きの当事者尋問をすぐに始めてくれ」
「私の尋問ですって! 嫌ですわ。答弁は弁護士に任せています!」
「いやいや私には無理ですよ! 尋問はご本人でないと!」
ダーシーと弁護士が押し問答を始めた。
「貴方は……スタンレーさん?」
ロビン弁護士が声をかけると、スタンレーと呼ばれた原告の弁護士は瞠目した。
「ご、ご無沙汰しています、ロビンさん。貴方が……被告の弁護を?」
「はい」
ロビン弁護士は笑顔だが、スタンレー弁護士は真っ青で全身を震わせている。この二人、何かあったらしい。
「ダーシー・ハーパーは、証言台へ」
裁判官が証言台へ促す。ダーシーはあれやこれや言い訳を立てて登壇を拒んだが。
「ミミは一人で証言台に立ったぞ、ダーシー」
チャールズはダーシーをひと睨みする。
「僕も一人で立つ。ただし君の擁護はしない」
深く息を落とし、チャールズはつらそうに目を閉じた。
「僕は誰の味方にもならないよ。結局、誰も僕を愛してはくれないのだから。――さようなら」
恋に盲目の王子はようやく悪女と手を切った。ダーシーは共犯のシモンをはじめ悪党共を道連れにして、詐欺罪、侮辱罪、横領罪、複数の罪状により首枷をつけられた。
【つづく】
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