【コミカライズ化!】リンドバーグの救済 Lindbergh’s Salvation

旭山リサ

9-2 ★ 君は素晴らしい!

 ミミの遺書事件以降、今日の裁判まで王室は沈黙を貫いていた。
 法廷に突然現れたギョーム陛下は「みにくい」と怒りを発した。
 王室の沈黙は今日この時を以て破られたのだ。

 ――しかり飛ばしに来たのか?

 咄嗟とっさにミミを俺の背中に隠す。

 陛下がミミに小言を並べ立てるというのなら、実父じっぷだろうと許さない。妻のたてになり、皮肉でこの口を汚してやろう。

 ――そもそも、全ての原因は陛下へいかだろう!

 陛下の希望で、ミミとチャールズが幼い時に婚約が決められた。
 俺が婚外子なのも、陛下が誠実で無かった為だ。

 ――ミミと俺を王宮から厄介者扱いして、今さらなんだ!

「これはどういうことだ、チャールズ!」

 陛下は朝刊をかかげた。真っ先に名指しされたのはなんと腹違いの弟だ。

「私は聞いていないぞ。今日ミミさんの裁判をすると。この朝刊を読んで慌てて王都へ戻ってきた。私が地方へ視察に出る日を狙ったんだな、チャールズ」
「い、いいえ」
「じゃあ、誰がこの裁判を開いた! おまえとダーシーが原告なのだろう。この新聞に書かれたことが事実なら、おまえは昨日、ミミさんに開廷日を告げたそうだな!」
「昨日? そ、そんなはずはありません。一ヶ月前に通達はされていたはずです」
「されていないと書かれているじゃないか。それになんだね、この有様は。なぜ扉が壊れている?」
「扉を破壊したのは、司祭です! その男は馬で法廷へ乗り込んできました!」

 ――責任転嫁せきにんてんかか? 今度は俺がしかられる番か?

 国教会の祭礼で何度と会う機会はあったが、陛下と私的な言葉を交わしたことは一度もない。

「君が扉を壊したというのは本当かね、アルフレッド・リンドバーグ」

 ――正直に言うしかないな。

「はい。こちらの馬で」

 馬も「ヒヒーン」と返事をした。

「我々の馬車が道中壊れた上に、御者ぎょしゃ行方ゆくえをくらましたからです」
行方ゆくえをくらましただって!」
「我々をナセルドソルという村に置き去りにしました。御者がなぜそんな行動をしたのか、大体の見当はついています」
「君たちが裁判に遅刻をし、得をする人間だね」

 陛下は侮蔑ぶべつの眼差しを息子へ向けた。チャールズは何がなんだか分からないと言った様子の困惑顔だ。

 ――あのアホづらから察すると……チャールズは、御者の失踪しっそうに関わっていないのか?

「同乗していた弁護士と証人は、別の馬車で裁判所へ向かっております。事態を知らせるべく私が先に馬を走らせてきたのです」
「そのような事情なら馬ごと法廷に飛び込むのも仕方ない。妻の大事とあって駆けてきたのだね。きみは素晴らしい!」

 ――えっ、おとがめ無し?

 陛下は俺の肩をポンポンと力強く二度叩くと、隣のミミへ振り向いた。

「ミミさん。久し振りだね」
「ご無沙汰ぶさたしております、陛下」
「貴女とご家族に多大なご迷惑をかけて本当に申し訳無い。ご両親は? 参席していないようだが……」
「病院です。私が席を外している間に、裁判所の控え室で薬入りの紅茶を故意に飲まされたようです」
「な、なんだって! ご両親は無事なのかい?」
「回復を祈るばかりです」

 陛下は辛そうに視線を落とし「なんてことだ」と頭を抱えた。犯人はアイツしかいないだろうと再びチャールズをうかがうと、なんともまぁ間抜けな顔をしている。ま、まさか本当にこいつは何も知らない傀儡かいらいなんじゃ……。

「ミミさん、ご両親のことが心配だろう。そばに付き添わなくて良いのかい?」

 陛下は自分のことのようにミミを心配している。他人事かそうでないかは、ひと目見て分かる。司祭として伊達だてに人間を見てきてはいないのだ。

勿論もちろん、そうしたかったですわ、陛下。開廷時刻の延期を願い出ましたが、執行官のシモン・コスネキンに却下されました」

 陛下はシモンの姿を見つけると、嫌悪感をにじませた。

「シモン。ご両親が大変な時に、なぜミミさんの申し出を断った?」
「さ、裁判所の規定に従ったまでです、陛下」
「規定は人倫に逆らってまで従うべきものかね、ご両親が倒れたのだぞ!」
「ミミ様から詳しいご事情をうかがっておりませんでした。延期だけ願い出られましても困ります」
「両親が急に倒れた、と私は間違い無く貴方に申し上げました」

 ミミの言葉に「そうだそうだ!」「確かに言ったぞ!」と記者たちから声が上がった。

「私達が聞いていました! ミミさんが時間の延期を願い出るのを」
「ミミさんは確かに、ご家族が倒れたとおっしゃいました!」
「その男は、ミミさんの要望をつっぱねたのです」

 記者達が口々にシモンを指差す。でまかせの嘘が首を絞めているようだな。

「裁判長、裁判官、あなた方の耳にもミミさんのご事情は入っていたはずだ。この国は女性を一人で法廷に立たせるほど、道理に反する裁判を開くのか! 被告の弁護士も証人も到着が遅れ、キャベンディッシュご夫妻が急に倒れたというのに、なぜ開廷した?」
「申し訳ございません! ですがその、我が国には本人訴訟ほんにんそしょうというものがありまして。それに廷吏ていりが、キャベンディッシュご夫妻は疲労による体調不良だと申したものですから」

 裁判長はシモンを指差した。責任のなすりつけ合いが始まる。仲間割れだ。

 ――見たところ、こいつら全員グルだろ? みにくいなぁ。

「それにしても変だ。ご両親は薬の入った紅茶を飲み、病院に運ばれた。それなのに疲労だと情報は伝達され、ミミさんは付き添いも許されなかった。まるで誰かが意図的にミミさんを追い込んだように思わないかい?」

 陛下のトゲのある言葉は、チャールズ、ダーシー、シモンの三人へ向けられたものだ。

「それは全てミミと家族の演技ですわ、陛下!」
「演技? 君は倒れた人間も見ずに、なぜそう断定できるんだい、ダーシー?」
「そもそもの始まりが、ミミが首吊りの演技をし、遺書で復讐ふくしゅうたくらんだことにあるからですわ!」
「君は人の命をなんだと思っているんだ!」

 陛下は怒気をあらわに、まなじりを吊り上げた。

【つづく】

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